表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/46

08 学園での戦闘訓練






 その後、クリストファーよりも先に家に帰ったロザリンドは、部屋でゆっくりと考える。

 これから自分のするべきことを。


(――まずはアリーシャに会う。事態を把握しないと、始まらないもの。アリーシャがどんなつもりか、どんな状況にいるのか)


 問題は、相手はもう平民ではなく聖女、そして第二王子の婚約者ということだ。

 どうやって会うかが問題になってくる。公爵令嬢とはいえ、神殿と王家に保護されている聖女にはやすやすとは近づけない。


(入学してくれてたら、いくらでも話す機会があったのに)


 他の方法としては、エドワード王子に繋いでもらうか、公爵である父に頼んでみるかぐらいしか思いつかない。


(でも、どんな口実で……? 聖女様とお近づきになりたいなんて言ったら、警戒されるわよね)


 しかもロザリンドの目的が、クリストファーとアリーシャを恋仲にすることと知られたら、一体どんな事態になるか。


(とてつもないことになりそうな気がする……)


 少なくとも、クリストファーとアリーシャが結ばれる道は完全になくなるだろう。


(主人公のストーリーが変わりすぎていて、どうなるかわからなくて怖いわね……)


 ひとまずは、アリーシャがいない間はアリーシャの代理としてイベントをこなしていこう。

 そうしていればいつかどこかで、アリーシャと話す機会もできてくるはずである。どこかのパーティで、あるいは王城か神殿で。


 それまでは日々を精一杯頑張ることにする。




◆◆◆




 学園に通い始めて三日目。


 この日の午前は、初めての戦闘訓練――『応用魔法実践』の授業だった。ロザリンドは運動服に着替え、髪をひとつにまとめ、広大な練習場に立つ。

 周囲には同じ運動服を着た一年生がずらりと並んでいる。


(この世界にはモンスターがいるから、授業も実践重視なのよね。貴族たるもの、モンスターから民を守れないと話にならないし)


 弱い貴族は貴族たる資格がない。


 だからこそ学園では歴史や戦術戦略などの座学の授業と共に、実技が重視される。


 この授業の教官は二人。寡黙そうな男性教官ザイード・ウィンダールと、ゴーレムに乗った若い女性教官モニカ・マルーンだった。

 ウィンダール教官が前に出て、口を開く。


「まずは君たちの実力を確認させてもらう。あの的に、放出した魔力を当てるのだ。なぁに、簡単だろう?」


 示した先には的が置いてある。

 射撃用の的に似ていた。


(最初の戦闘授業はチュートリアルで、戦闘の仕方をナヴィーダが解説してくれるんだけど)


 ――ナヴィーダは、ゲームのお助けナビゲートキャラである。フクロウの姿をしている精霊で、マスコットキャラとしてプレイヤーに愛されている。


 主人公ではない人間たちに、そんな加護はない。


 だが、ロザリンドは、前世で主人公としてゲームをプレイしていた。

 転生したことで忘れてしまったことも多いが、戦闘のやり方やメインストーリーは魂が覚えている。


「では、ロザリンド・ロードリック。やってみろ」


 いきなり名前を呼ばれて驚く。


(まさか最初に指名されるなんて……)


 勝手は知っているものの、さすがに緊張する。


「はい」


 大きく返事をして、前に出る。


「壊せるものなら壊していいぞ」


 挑発なのか激励なのか。ロザリンドは激励と受け取った。

 集中し、魔力を指先に溜め。


「マジックショット!」


 放出した魔力は、遠く離れた的に難なく当たる。衝突の瞬間、衝撃波が出て的が揺れた。

 背後から歓声が沸き上がる。


「見ての通り、反魔力素材でできているので壊れない。ロードリック、続けろ」


 ウィンダール教官が言って杖を振った瞬間、先ほどの的と同じ場所に新たに的が出現する。ただしひとつではなく、五つ。ずらりと横に並ぶ。


(チュートリアルって、こんなのだったかしら?)


 小さく首を傾げるロザリンドに、教官が言う。


「五個の的にすべて当てろ。そのタイムを計測する。――では、始め」


 考える時間も集中する余裕も与えられない。

 ロザリンドは一度深呼吸をし、左手を前に伸ばした。

 五本の指を、それぞれ一つずつの対象に向ける。


「マジックショット!」


 五条の光線が放たれる。

 それらは正確無比な軌道で飛び、五つの的の中央に当たった。


「…………」


 ウィンダール教官は黙ったまま。


 ロザリンドが振り返ると、他の生徒たちも黙ったまま固まっていた。


「あの、何か間違えてしまいましたか?」


 五つの的に間違いなく当てたはずだが。


「……いや、何も問題ない。歴戦の戦士が如くよい動きだ」


 ウィンダール教官がやや掠れた声で言う。口元がわずかに引きつっていた。


「――フラウ」


 ウィンダール教官が新たな魔法を唱えると、ひとつ、的が浮く。

 風船のようにふわふわと空を漂う。


「ロードリック、これを落とせ。撃てるのは三発だ」

「マジックショット!」


 狙いを定めて打つ。だが的はマジックショットから逃げるようにふわりと揺れた。


 ――放出した魔力が空気中の魔力を攪拌して風を起こし、その風に乗って動いているのだ。マナ風と呼ばれる現象だ。


(うーん、これは……普通に撃っても無駄ね。チャンスは後二回。なら――)


 なら、魔力を針のように細くする。マナ風を起こさないように細く、鋭く。


「マジックショット!」


 放たれた魔力の針は、一条の光となって浮かぶ的を撃ち抜いた。

 驚愕の声が練習場に響く。


「うむ……発想も、魔力の操作も、威力も精度も大したものだ。さすがロードリック妹、大した逸材だな」

「ありがとうございます」


 ウィンダール教官はロザリンドから他の生徒たちに向き直った。


「――さて、君たちはロードリックの真似をしてもいいし、堅実に一つずつ射抜いていってもいい。ただこれはあくまで現時点での実力の確認だ。無茶はしないように」


 その後はロザリンドは放置されたので、練習場の隅で他の生徒たちの奮闘ぶりを見守った。


(うーん、気合の入りすぎで射程が短くなってる。あの子は思い切りが足りない……あの子は集中が足りない。でも皆、すごい才能を持っている……)


 頭の中で個別トレーニングをぼんやりと考える。

 そうしていると、ウィンダール教官がロザリンドの方へやってきた。


「魔法は兄に習ったか? いや、あの身のこなしは生半可な訓練では身につかんか」


 ロザリンドが答える前に、一人で納得したように呟く。

 そして、そのとおりだった。無属性の娘に、両親は戦闘技術を叩き込もうとはしなかった。


 ロザリンドの魔法はすべて独学である。


(ゲーム知識があったからこそできたことよね。なかったら、この世界のシステムも何もわからずに、ただの無属性の公爵令嬢だったはず)


 そしてコンプレックスにまみれていただろう。


「本当にたいしたものだ、ロードリック妹。君の目標はどこにある?」

「とりあえず、先生に名前で認識してもらうことです」


 ――ロードリック妹としてではなく。


「なるほど。では更に精進することだ」


 義兄は遥か高みにいる。ロザリンドではまだまだ追いつけないぐらいに。


(当然よね。お兄様なんだから)


 それが嬉しく、誇らしかった。

 クリストファーはロザリンドの自慢の義兄なのだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでくださってありがとうございます。
少しでもお楽しみいただけたら↑の評価(⭐⭐⭐⭐⭐)を押していただけると嬉しいです!

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ