08 学園での戦闘訓練
その後、クリストファーよりも先に家に帰ったロザリンドは、部屋でゆっくりと考える。
これから自分のするべきことを。
(――まずはアリーシャに会う。事態を把握しないと、始まらないもの。アリーシャがどんなつもりか、どんな状況にいるのか)
問題は、相手はもう平民ではなく聖女、そして第二王子の婚約者ということだ。
どうやって会うかが問題になってくる。公爵令嬢とはいえ、神殿と王家に保護されている聖女にはやすやすとは近づけない。
(入学してくれてたら、いくらでも話す機会があったのに)
他の方法としては、エドワード王子に繋いでもらうか、公爵である父に頼んでみるかぐらいしか思いつかない。
(でも、どんな口実で……? 聖女様とお近づきになりたいなんて言ったら、警戒されるわよね)
しかもロザリンドの目的が、クリストファーとアリーシャを恋仲にすることと知られたら、一体どんな事態になるか。
(とてつもないことになりそうな気がする……)
少なくとも、クリストファーとアリーシャが結ばれる道は完全になくなるだろう。
(主人公のストーリーが変わりすぎていて、どうなるかわからなくて怖いわね……)
ひとまずは、アリーシャがいない間はアリーシャの代理としてイベントをこなしていこう。
そうしていればいつかどこかで、アリーシャと話す機会もできてくるはずである。どこかのパーティで、あるいは王城か神殿で。
それまでは日々を精一杯頑張ることにする。
◆◆◆
学園に通い始めて三日目。
この日の午前は、初めての戦闘訓練――『応用魔法実践』の授業だった。ロザリンドは運動服に着替え、髪をひとつにまとめ、広大な練習場に立つ。
周囲には同じ運動服を着た一年生がずらりと並んでいる。
(この世界にはモンスターがいるから、授業も実践重視なのよね。貴族たるもの、モンスターから民を守れないと話にならないし)
弱い貴族は貴族たる資格がない。
だからこそ学園では歴史や戦術戦略などの座学の授業と共に、実技が重視される。
この授業の教官は二人。寡黙そうな男性教官ザイード・ウィンダールと、ゴーレムに乗った若い女性教官モニカ・マルーンだった。
ウィンダール教官が前に出て、口を開く。
「まずは君たちの実力を確認させてもらう。あの的に、放出した魔力を当てるのだ。なぁに、簡単だろう?」
示した先には的が置いてある。
射撃用の的に似ていた。
(最初の戦闘授業はチュートリアルで、戦闘の仕方をナヴィーダが解説してくれるんだけど)
――ナヴィーダは、ゲームのお助けナビゲートキャラである。フクロウの姿をしている精霊で、マスコットキャラとしてプレイヤーに愛されている。
主人公ではない人間たちに、そんな加護はない。
だが、ロザリンドは、前世で主人公としてゲームをプレイしていた。
転生したことで忘れてしまったことも多いが、戦闘のやり方やメインストーリーは魂が覚えている。
「では、ロザリンド・ロードリック。やってみろ」
いきなり名前を呼ばれて驚く。
(まさか最初に指名されるなんて……)
勝手は知っているものの、さすがに緊張する。
「はい」
大きく返事をして、前に出る。
「壊せるものなら壊していいぞ」
挑発なのか激励なのか。ロザリンドは激励と受け取った。
集中し、魔力を指先に溜め。
「マジックショット!」
放出した魔力は、遠く離れた的に難なく当たる。衝突の瞬間、衝撃波が出て的が揺れた。
背後から歓声が沸き上がる。
「見ての通り、反魔力素材でできているので壊れない。ロードリック、続けろ」
ウィンダール教官が言って杖を振った瞬間、先ほどの的と同じ場所に新たに的が出現する。ただしひとつではなく、五つ。ずらりと横に並ぶ。
(チュートリアルって、こんなのだったかしら?)
小さく首を傾げるロザリンドに、教官が言う。
「五個の的にすべて当てろ。そのタイムを計測する。――では、始め」
考える時間も集中する余裕も与えられない。
ロザリンドは一度深呼吸をし、左手を前に伸ばした。
五本の指を、それぞれ一つずつの対象に向ける。
「マジックショット!」
五条の光線が放たれる。
それらは正確無比な軌道で飛び、五つの的の中央に当たった。
「…………」
ウィンダール教官は黙ったまま。
ロザリンドが振り返ると、他の生徒たちも黙ったまま固まっていた。
「あの、何か間違えてしまいましたか?」
五つの的に間違いなく当てたはずだが。
「……いや、何も問題ない。歴戦の戦士が如くよい動きだ」
ウィンダール教官がやや掠れた声で言う。口元がわずかに引きつっていた。
「――フラウ」
ウィンダール教官が新たな魔法を唱えると、ひとつ、的が浮く。
風船のようにふわふわと空を漂う。
「ロードリック、これを落とせ。撃てるのは三発だ」
「マジックショット!」
狙いを定めて打つ。だが的はマジックショットから逃げるようにふわりと揺れた。
――放出した魔力が空気中の魔力を攪拌して風を起こし、その風に乗って動いているのだ。マナ風と呼ばれる現象だ。
(うーん、これは……普通に撃っても無駄ね。チャンスは後二回。なら――)
なら、魔力を針のように細くする。マナ風を起こさないように細く、鋭く。
「マジックショット!」
放たれた魔力の針は、一条の光となって浮かぶ的を撃ち抜いた。
驚愕の声が練習場に響く。
「うむ……発想も、魔力の操作も、威力も精度も大したものだ。さすがロードリック妹、大した逸材だな」
「ありがとうございます」
ウィンダール教官はロザリンドから他の生徒たちに向き直った。
「――さて、君たちはロードリックの真似をしてもいいし、堅実に一つずつ射抜いていってもいい。ただこれはあくまで現時点での実力の確認だ。無茶はしないように」
その後はロザリンドは放置されたので、練習場の隅で他の生徒たちの奮闘ぶりを見守った。
(うーん、気合の入りすぎで射程が短くなってる。あの子は思い切りが足りない……あの子は集中が足りない。でも皆、すごい才能を持っている……)
頭の中で個別トレーニングをぼんやりと考える。
そうしていると、ウィンダール教官がロザリンドの方へやってきた。
「魔法は兄に習ったか? いや、あの身のこなしは生半可な訓練では身につかんか」
ロザリンドが答える前に、一人で納得したように呟く。
そして、そのとおりだった。無属性の娘に、両親は戦闘技術を叩き込もうとはしなかった。
ロザリンドの魔法はすべて独学である。
(ゲーム知識があったからこそできたことよね。なかったら、この世界のシステムも何もわからずに、ただの無属性の公爵令嬢だったはず)
そしてコンプレックスにまみれていただろう。
「本当にたいしたものだ、ロードリック妹。君の目標はどこにある?」
「とりあえず、先生に名前で認識してもらうことです」
――ロードリック妹としてではなく。
「なるほど。では更に精進することだ」
義兄は遥か高みにいる。ロザリンドではまだまだ追いつけないぐらいに。
(当然よね。お兄様なんだから)
それが嬉しく、誇らしかった。
クリストファーはロザリンドの自慢の義兄なのだ。