05 入学式の魔力測定会
「開式の辞。これより、王立学園の入学式を執り行います」
その声と共に、入学式が始まる。
まずは国旗と校旗への敬礼と、国歌の斉唱。学園長による歓迎の言葉に、国王からの励ましの言葉。
それらが終わると、次はクリストファーが壇上に上がる。
クリストファーは三年連続、この学園の首席であり、生徒会長でもある。
「新入生の皆さん――学園へようこそ。今日、君たちが学園の新たな一員としての第一歩を踏み出したことを心から祝福します。私はクリストファー・ロードリック、在校生代表として、そして生徒会長として、本日のこの特別な瞬間を共に祝うためにここに立っています」
落ち着いた低音での朗々とした口調が、講堂全体に響き渡る。
クリストファーの姿は、まるで彼がこの学園の象徴であるかのように堂々としていた。
「学園はただの教育機関ではありません。ここでは知識、品格、そして責任感を育む場所です。皆さんがこれから歩む学園生活は、教室での授業だけに留まらず、人としての成長という貴重な経験を提供するでしょう」
「――君たちがここでの生活を存分に楽しみ、充実した日々を過ごせるよう心より願っています」
挨拶が締めくくられると、講堂は大きな拍手で満たされた。
あまりにも立派なクリストファーの姿に、ロザリンドは誇りを感じるとともに、少し不安を覚えた。
公爵の娘として、そしてクリストファーの妹として、相応しい振る舞いができるだろうか。
(……頑張らないと……それにしても、アリーシャはどこにいるのかしら)
アリーシャとロザリンドは同じ十六歳。同じ年に学園に入学する。
この入学式の場にも当然いるはずなのに、見つからない。
朝焼けを束ねたような美しいピンクブロンドの髪は、どこからでもよく目立つはずなのに。
新入生は全部で五十人近くしかいない。何百人もいるならともかく、これだけの人数なのに見つからないとは思いにくい。
(髪色を変えているのかしら……だとしても主人公なんだから、特別なオーラを出しているはずなんだけれど)
仮にも物語の主人公が、こんな場で埋もれてしまうとは考えられない。あの輝きに誰も気づかないはずがない。
(遅刻? それとも体調不良かしら……エドワード殿下のイベントを私が取ってしまったことが影響していたりしないわよね……?)
心配ながらも、入学式はつつがなく進んでいく。
そしてついに、壇上に大きな魔水晶の球が設置される。
(ついにきたわね……魔力測定会!)
これは入学式における一大イベントである。
壇上に置かれている魔水晶に向かって、新入生がひとりずつ魔力を注いでいく。
魔力に応じて魔水晶が反応し、どれだけの魔力を持っているか、どの精霊の加護を受けているのかを公に示すのだ。
それは何よりの自己紹介となる。
(そして、私にとっては公開処刑)
順番に名前が呼ばれ、ひとりずつ魔力を注いでいく。
魔水晶が特に強い反応を示したのは、六人だった。
――ソフィア・アストラル。
紅い髪、紅い瞳の、気の強そうな少女。火属性。強い火の魔力が、炎のように講堂を熱した。
――エリナ・モーテル。
水色の髪、青い瞳の優しそうな少女。水属性。流れるような美しい魔力が、人々を感嘆させた。
――エドワード・グレイヴィル。
金髪に琥珀色の瞳の第二王子。光属性。強い光は全員の目を一瞬眩ませた。
――カイル・スティール。
暗い緑髪、緑の瞳の、真面目そうな少年。風属性。緑色の風の魔力が講堂を吹き抜けた。
――ジュリアン・ザカライア。
黒髪紫瞳の、静かな雰囲気の少年。闇属性。講堂内が一瞬夜の闇に覆われた。
――ミリアム・アームストロング。
茶色の髪に、焦げ茶の瞳の、実直そうな少女。地属性。講堂が少しの時間大きく揺れた。
(これで、同学年のメインキャラ全員ね)
全員が貴族だった。メインキャラの中で主人公だけが平民で、そして、最も強い魔力がある。
(アリーシャは主人公だから、全属性と聖属性で七色の光なのよね)
だが、いくら待っても七色の光は現れない。
(やっぱり、アリーシャは欠席しているのね。入学式に欠席なんて……これから先、大丈夫なのかしら……)
滞りなく全員が測定を済ませ、最後に残ったのはロザリンドだった。
「――次、ロザリンド・ロードリック」
「はい」
名前を呼ばれたロザリンドは、背筋を伸ばして堂々と歩いて壇上に上がる。
透明な魔水晶の前に立つ。手が汗ばみ、鼓動が速まっていた。
――この先の自分の運命は予想できる。
(ええい、ままよ!)
魔水晶に手をかざしたとき、会場には緊張した静寂が流れた。
――ロザリンド・ロードリック。公爵の娘であり、生徒会長の妹。
どれほどの魔力を持っているのか、どの精霊の加護を受けているのか、会場中の人間が注目している。きっとクリストファーもどこかで見ている。
――そして、ざわめきが起きる。
ロザリンドがいくら魔力を注いでも、魔水晶は無反応だった。光もしなければ、色も帯びない。
(わかっていたけれど、やっぱりそうよね)
壇上にいた教官の一人が、ロザリンドの隣にやってきて囁く。
「魔水晶に手を触れて、魔力を注いでみてください」
「はい」
同じ結果になるのはわかっていたが、言われたとおりに魔水晶に直接手を触れ、魔力を注ぐ。
だがやはり、魔水晶は無反応だった。光を放たず、色も帯びない。
そして。
「――ロザリンド・ロードリック。無属性」
判定結果が講堂に響く。
精霊の加護のない人間は珍しくはないが、それが高位貴族となると話は変わる。「公爵家直系なのに加護なし?」「まさか」「何かの間違いじゃ」というヒソヒソ声がロザリンドの耳にも聞こえてくる。
(仕方ないじゃない、モブなんだから)
モブに注目しないでほしい。モブらしく大人しくしているのだから。
(モブにはこの血筋は重たいわよね……ゲームのロザリンドが歪んだのもわかるわ)
だからこそクリストファーとの婚約がスムーズに運んだ側面もあるが。
(いいことも悪いことも考え方次第。私は、無属性の自分に誇りを持つわよ)
魔水晶から手を放した、刹那。
透明な表面にヒビが入り、そのまま魔水晶が割れた。
講堂がどよめく。
(ええええええええ? 割れた? 割れちゃった? これ、もしかして弁償?)
一番動揺していたのはロザリンドだった。
まさか魔水晶が割れるなんて、ゲームでも見たことがない。
それでも何とか平静を保つ。
「……申し訳ございません。壊してしまいました」
教官たちに向けて謝罪する。
(まさか、公爵家に請求が行くの? ああーっ、初日から大問題起こしてるうううう)
一体どれだけの金額になるのだろうか。ロザリンドの貯め込んでいる魔石を売ったら弁償できるだろうか。
澄まし顔で動揺していると、一番近くにいた教官が穏やかな声で言った。
「役目が終わる時が来たのでしょう。この魔水晶も、長年数多くの生徒を見送ってきましたから。お気になさらず」
――経年劣化。
その言葉は、ロザリンドにとって救いになった。
「……こんな風に割れてしまうのは、私も初めて見ましたが……」
小さい呟きは聞かなかったことにして、ロザリンドは頭を下げて、壇上から降りた。
あくまで堂々と、公爵令嬢らしく。