45 勇者
(勇者……? 勇者? お兄様を勇者にした?!)
まさかの強引な展開に驚愕する。
クリストファーの反応が気になったが、彼は何も言わず、鋭い眼差しはロザリンドではなく、ナヴィーダに向けられたままだった。
神殿の中心で、光に包まれたナヴィーダは言葉を続ける。
『ロザリンドはいずれ魔王になる存在。我々は彼女を適切に管理し、監視しなければなりません。来たる滅びに備えるために』
眩い光がきらきらと、氷に覆われた神殿を照らす。
『魔王となった暁には――勇者クリストファー、あなたが彼女を永遠に眠らせてあげるのです』
世界の安定だけを願うナヴィーダは、ロザリンドに魔王の役目を押し付けて、倒すなり封印するのが最善と考えている。
――世界のために。
クリストファーは失笑を漏らした。
「悪い冗談だ」
ナヴィーダはわずかに眉を顰める。
『冗談などではありません。魔王は世界の安寧を乱し、すべてを破壊してしまいます。彼女が守りたかったものすら。信じがたいでしょうが、これが運命なのです。彼女のためにも、運命を受け入れなさい、クリストファー』
「聖女――いや、女神よ。ロザリーは、貴様の世界を破壊するかもしれない。だが、俺にとっては、貴様こそが世界の破壊者だ」
クリストファーの声も態度も揺るがない。
確固たる意志で女神と対峙し、力強く言い放つ。
「お兄様……」
ロザリンドは思わずほのかな笑みを浮かべる。
クリストファーが味方でいてくれることが、何より心強い。
『――では、仕方ありません。まずはクリストファー、あなたに神の力を刻みましょう』
女神の光と力の高まりを感じる。七色の魔力を持つ主人公と融合している状態で発揮される力は、きっとこの世の誰よりも強い。
だが、ロザリンドにはわずかだが勝算があった。
その刹那――
「無理だって! あたしの危機感知能力だと、クリストファーは一番ヤバいんだって……!」
女神の表情が柔らかく崩れ、アリーシャの慌てふためいた声と表情が現れる。
(ナヴィーダの支配が完全じゃない?)
しかし次の瞬間、再び冷徹な女神の表情に変わる。
『人の子が神に挑む愚かしさを刻み付けてあげましょう』
「それ負けフラグー! ラスボス台詞ー!」
『死にたくないのでしょう? アリーシャ。世界を救いたいのでしょう? それともあなたが魔王になりますか?』
ナヴィーダが静かに問うと、ころころ入れ替わっていた表面人格が固定される。
完全にナヴィーダがアリーシャの身体を支配した瞬間だった。
『――人の子は弱い。勇者クリストファー、その力もまだ未熟。わたくしが導いてあげましょう』
言葉が終わると同時に、女神がロザリンドに向けて力を放つ。女神の力と七色の魔力が完璧に融合した、最強の技を。
光が渦を巻き、すべてを白く塗りつぶす。圧倒的な魔力と破壊力が、神殿を揺るがせた。
「……なるほど。女神を称するだけの力はあるというわけか」
クリストファーの声が響く。
彼の氷の盾が、女神の攻撃を防いでいた。
ロザリンドはクリストファーに守られながら、確信した。
(やっぱり)
女神が未熟と評したクリストファーでも、最強の攻撃を防げている。
――やはり、女神ナヴィーダは、ロザリンドを殺すことだけはしないようだ。己の計画のために。
それこそ、ロザリンドにとって唯一の勝機となる。
『ロザリンド、あなたは選ばれたのです。世界の運命を変えるために、魔王となることを受け入れなさい』
ナヴィーダの声が冷たく響く。
ロザリンドにはその言葉が空虚に聞こえた。
「私は魔王になんてなりません!」
とはいえ、ロザリンド自身もわかっていた。一人ではナヴィーダのような強敵には絶対に勝てない。
強敵に勝つには、魔力共鳴しかない。
(お兄様と私の力をリンクさせれば――)
女神と主人公の力に対抗できるかもしれない。
「――ハンドキャノン!」
――武器召喚。
ロザリンドが何度も手にしたハンドキャノンは、いつもと同じように手の中に現れる。
これは勇者システムの範疇に含まれないようだ。
(私の力……)
銃を握りしめる。この武器が、一縷の希望となる。
「お兄様、私に魔力を合わせてください」
「ああ、任せろ」
クリストファーの魔力がロザリンドに流れ込む。
その迷いのなさと、魔力の力強さに、クリストファーからの全幅の信頼を感じた。
一度だけクリストファーと魔力共鳴したことはあるが、あの時はロザリンドが勝手に魔力を合わせた。
だがいまは、心を重ねて、手を合わせて、魔力を重ねている。
その共鳴はいままでにないほどの輝きを発した。
(眩しい……でも、あたたかい)
いつもそうだった。
クリストファーの魔力は冷たい氷のようなのに、ロザリンドが触れるそれはいつも柔らかい暖かさを感じる。
ロザリンドは自身の魔力を重ね、共鳴させる。
二人の魔力が結びついて、感情が加算されて、乗算されて、一つの奇蹟となっていく。
「――ショット!」
銃口を向けて、放つ。
ナヴィーダはすぐさま、自分の前に女神の盾を展開する。
神殿は音と光の爆発に包まれ、共鳴した魔力が女神の盾を貫いた。
大量の羽根が舞い散り、女神ナヴィーダは驚きの表情を浮かべる。
ロザリンドとクリストファーの共鳴が、神をも超えた瞬間だった。
『こんな……まさか……わたくしが、ただの人の子に……』
女神が声を震わせ、姿をも揺らがせる。ダメージこそ負わせられなかったが、ナヴィーダは明らかに動揺していた。女神の盾が砕かれたことに。
背中の翼が消え、アリーシャと、フクロウの姿に分離する。
そしてフクロウはそのまま飛び立つ。神殿の天井に開いた穴へ向かって。
――撤退判断が早い。
「逃がすものか」
クリストファーは冷静に手を伸ばし、ナヴィーダの身体を氷の魔力で捕らえる。
ナヴィーダは瞬く間に氷で覆われ、凍りついていく。
クリストファーの魔力が魔石となり、ナヴィーダを氷の像へと変えていく。
――完全に、動きが止まり。地面に落ち。
フクロウの姿をした女神の氷像が、神殿の片隅に転がった。
ロザリンドはその光景を目の当たりにし、息を呑む。
(女神を封印しちゃった……)
端末の一つと言っていたから本体はまだどこかにいるかもしれないが、その事実に変わりはない。
本体か別の端末が、またロザリンドの前に現れるかもしれない。
――それでも。
「ロザリー、大丈夫か?」
クリストファーの声を聞いた瞬間、重い鎖から解放されたかのような解放感が、ロザリンドの心を満たす。
差し伸べられた手を握り、ロザリンドは微笑んだ。
これから世界は、誰も知らない未来を歩む。何が起こるか、きっと誰にもわからない。
不安はあるが、怖くはない。
「はい、お兄様がいてくださいますから」
世界で一番強くて、一番信じられる人が、ずっと味方でいてくれるから。




