41 聖女からの呼び出し
数日後、完全に回復したロザリンドのところへ、聖女アリーシャからの直々の呼び出しがかかる。
「どうして私に?」
部屋で招待状を見つめながら、困惑して呟く。
招待状は最上級の紙で、聖女アリーシャの紋章が金箔で押されているという、正式なものだ。
内容は、友人として神殿に招くというもの。
貴族でも神殿にはやすやすと入れない。
(行ってみるしかないわね)
ロザリンドはあくまで友人として、翌日アリーシャのいる神殿に訪れることにした。
本音を言えば、クリストファーが戻ってくるまで待ちたかったが、彼が王都にいないいまだからこそ、できる話もあるかもしれない。
――翌日。
ロザリンドは緊張しながら、王城の隣の敷地にある神殿に向かった。案内役に従いながら門をくぐり、厳重な警備の中、ゆっくりと内部に進む。
しばらく歩き続け、ある扉の前に連れていかれる。
扉が開くと、中に入るように促される。
ひとりで中に入ると、背後で扉が閉まる。
部屋の中にいたのはアリーシャだけだった。警護の人間も、他の神官もいない。
二人きりだ。
アリーシャは、玉階のような高い場所で、王座のような椅子に座り、足を組んでロザリンドを見下ろしていた。
まるで女王のように。
汎用最強装備セイクリッドシリーズが眩しい。
アリーシャは不機嫌さを隠そうともしていなかった。むすっと頬を膨らませ、視線はそっぽを向いている。
ロザリンドは部屋の中央に立ち、静かにアリーシャを見上げる。
アリーシャはしばらく黙っていたが、やがて口を開く。
「……知っている? いまあなた、『戦乙女』と呼ばれているんですって」
「…………え?」
ロザリンドは口をぽかんと開けたまま固まる。
アリーシャは明らかに不機嫌そうに、すねたような様子で続ける。
「『聖女』が不在なら、『聖女』と呼ばれていたんでしょうね。あたしがいるから気遣って別の呼び方をしているんだわ」
「…………」
何と言っていいのかわからない。
明確なのは、アリーシャはその事実がとても気に入らないということだ。
「それだけ、学園での戦いの働きが評価されているってこと。近々勲章も与えられるんじゃない?」
「…………」
「対してあたしは、学園に魔物が出ることをどうして予言できなかったのかって、陰口を叩かれてるわけ」
――怒っている。
身体がわなわなと震えている。
「わかるわけないじゃない! ゲームにそんなイベント一切なかったんだから!」
苛立ちながら、吐き捨てるように言う。
アリーシャはすっと立ち上がり、まっすぐにロザリンドの顔を指差した。
「『戦乙女』への命令よ。クリストファーを殺してきなさい」
「ちょっ――そんなこと、できるわけがないじゃないですか」
声が上ずる。
クリストファーを殺すだなんて、できるはずがない。
――もし。
もし迷いなく全力で倒しに行ったとしても、返り討ちされるのが目に見えている。氷漬けにされるか、氷炎で燃やされるかだろう。
そんな恐ろしい事はできない。
アリーシャが業を煮やしたように勢いよく立ち上がる。
「あたしの予言に従ったってことにするから、罪には問われないわよ。勇ましい戦乙女が、魔王を討ったってね」
「そういう問題ではありません!」
「従わないと死刑にするから!」
「な……」
そんなさらりと人の運命を決めないでほしい――ロザリンドは呆れながら思った。
「……まずは、あなたの計画のすべてを教えてください」
アリーシャの命令に従うつもりは微塵もないが、アリーシャの計画は知っておきたい。
どのようにストーリーを変化させるつもりなのか。
アリーシャは困った顔をして椅子に座る。
「計画って言ってもね……クリストファーが弱いうちに魔王化させて倒すつもりだっただけよ。早いうちに魔人に遭わせて魔王フラグ立てて――なのに……」
「なのに?」
「強すぎる!」
アリーシャの絶望が広い部屋に響く。
「クリストファーが異常に強すぎるのよ! あたしはすぐにわかったわよ。あ、これ誰も倒すの無理って。魔人もあっさり倒しちゃうし!」
怒りと困惑で不安定な精神状態になっているのが見て取れる。
「他のを魔王化しようにも、あれを退場させないといけないのに、これじゃあ暗殺もできないし、クリストファールートに行こうにもフラグが立つタイミングを逃してるし!」
頭を抱えて唸るアリーシャを、ロザリンドは下から見上げていた。
「――お兄様は、魔王にはならないと思います」
「どうしてそんなこと言えるのよ。あなたがクリストファーフラグを立てているから大丈夫とでも言うわけ? モブが?」
その気はないのだろうが、煽るように言われてムッとする。
言い返しかけて、ぐっと堪える。立場的には聖女アリーシャの方が上なのだ。仕返しに罰されてはかなわない。
「……ああ、そういえばあなたたち、随分仲が良いって話じゃない。ゲームとは違って婚約関係だし。モブの愛でラスボスが救われるって? 無理でしょ。モブ風情が、主人公の代わりができるわけないじゃない」
「…………」
確かに最初は、主人公の代わりにクリストファーのフラグを立てるつもりだった。
ラスボスにしないために。
だが。
「お兄様は、魔王化のフラグを自分で折っていますから」
「……はあっ?」
自力で魔王への道を跳ね除けている。
決して誘惑に乗ることなく、自らの道を進み続けている。
そんなクリストファーが魔王に堕ちるなんて、どうしても思えないのだ。
「でも、もしかしてということもあるじゃない。絶対にクリストファーを魔王にはさせられないわよ。あんな強い男が魔王化しちゃったら、本当にどうしようもないってのはわかるでしょ?」
「それはわかります」
とてもよくわかる。
きっと誰もクリストファーには敵わない。
「だから、暗殺なの。もうすぐクリストファーたちが遠征から帰ってくるわ。クリストファーを暗殺してきて。家族の前では油断するでしょうよ」
「無理です。何度言われても、無理なものは無理です」
「じゃあ、みじめに殺されるしかないわよ。焼かれて死ぬなんてイヤでしょ?」
――ゲームの通りに。
「それはもちろん嫌ですけれど……」
その未来を避けるため、小さいころから考えてきた。
だが、現実問題として無理だ。
ロザリンドが何をしても、クリストファーに傷一つ付けられないだろう。
そして、それ以上に。
ロザリンドはクリストファーを傷つけたくない。
どうやっても殺すことはできない。
もちろん自分も死にたくないが――……
「お兄様は魔王にはなりません。そのうち、自然に別のラスボスが湧いてくると思います。そのラスボスを全員で協力して倒しましょう」
「別のラスボスって、クリストファーより強い隠しラスボスでしょ? クリストファーにも勝てそうにないのに、そんなのと戦える? あたしは戦わないわよ」
どこからか生まれて、急速に育って、世界に滅びを与えようとする。人格のない存在。
――原初魔王。
ハッピーエンドのためのご都合主義的ラスボスだ。ただし強い。物凄く強い。
隠しキャラの助けがなければ、とても勝てないバランスだ。
『そのとおりです』
落ち着いた女性の声が、上から響いた。まるで神の声のように。
眩い光と共に、フクロウが神々しく降りてくる。
アリーシャはそれを戸惑うような表情で見つめ。
「ナヴィーダ?」
名前を呟き、そして次の瞬間、顔を怒りに染めた。




