40 戦闘終了
ガイウスの姿が完全にバラバラになり。
揺らぎながら、だが元には戻らず、夕焼けの赤い光に溶けていく。
(勝った……?)
ガイウスが消滅したことで、地霊グールも消滅していく。
そしてようやく勝利を確信した。
「――戦闘終了、ですわね……」
経験値の大量入手に伴い、レベルが上がる。36から41まで。
(い……生き残った……)
ハンドキャノンを解除する。
肩で息をしながら、自分の手を見つめる。
(あの一撃が避けられたのは、運が良かった)
集中力の賜物だ。
一度避けるのが精いっぱいだった。もう一度剣を振るわれていたら、きっと当たっていただろう。
ガイウスが倒れ、地霊グールも消えたことで、活性化していた学園結界も元に戻り、すぐに救援がやってくるだろう。
だが、救援が到着するのを待っている暇はない。ロザリンドは急いで西口に向かう。
近づけば近づくほど、激しい戦闘の痕跡が見えてくる。
崩れた砦。砕けた岩。地面に長く伸びる血痕。
西口の扉は開いていた。
中は更に凄惨な有様だった。皆、床に倒れていて、ぐったりとしている。傷つき、血を流している。誰も起き上がれていない。意識もない。
カイルも、ミリアムも、ジュリアンも――……
特に、エドワード――もっとも守られていたはずの人物が、一番手前にいて、一番重傷だった。
きっと、皆を最後まで守り、最後まで戦ったのだろう。
ロザリンドはエドワードから借りていた上着を脱ぎ、彼の身体にかける。
「ヒールウェーブ」
全体治癒魔法を使う。
治癒魔法としては低ランクの魔法だが、効果はある。効果の弱さはかける回数で補う。何度もかけ続けていれば、少しずつ癒されていく。
呪毒に侵されているようだから、完全な治療はできない。それでも、外からの救援が到着するまでは、なんとしてでも命を持たせる。
治癒魔法をかける度に、皆の傷が少しずつ癒されていき、血色が戻り始める。
だがエドワードだけ、顔が青いまま、死の淵から戻ってきてくれない。
(このままじゃ……他に、何か手は……)
ロザリンドは残っていた魔石を手に取る。
各属性の六色の魔石を見つめ。
(攻撃にも使えるのなら、回復にも使えるはず……)
魔石の中の魔力と、自分の魔力をリンクさせる。
「ヒールウェーブ」
六つの属性が混ざり合い、共鳴し、癒しの光となって降り注ぐ。
エドワードの呼吸が安定し始め、他の生徒たちの様子も、まるで安らかに眠っているかのように落ち着いていった。
(これでもう大丈夫ね……あとは呪毒さえなんとかできれば……)
くらりと、頭が揺れて足元がふらつく。
朦朧とする。
魔力を使いすぎたのだ。
意識が薄れ、身体が力を失っていく。倒れかけたところを、優しく、力強く支えられた。
ぼやける視界に映った見慣れた顔に、目を見張る。
「お兄様……?」
銀色の髪に、青い瞳。整った顔立ち。優しい眼差し。
「遅くなってすまない」
クリストファーの声は温かく、安堵を感じる。
だが、クリストファーがここにいるわけがない。
騎士団に同行していて王都にはいないはずだ。
これはきっと夢だ。
夢だから、有り得ないことが起きている。
夢だから、思いっきり甘えてみることにした。
「私、頑張りましたよ」
「ああ。よくやった、ロザリー」
クリストファーの言葉は優しさに満ちていた。
ロザリンドの胸が喜びに満ちる。
夢でも褒めてもらえるなんて。
認めてもらえるなんて。
嬉しすぎる。
「我らが魔王、我らが魔王よ……」
外から虚ろな声が響いてくる。夕闇の中に、ゆらゆら揺れるガイウスの残影が浮かんでいた。
まるで幽霊のようで、形はとりとめなく、この世への未練のようだった。目は空虚で、かつての英雄の面影は微塵もない。
「最近の貴様らの動きは目に余る」
クリストファーは一瞥もせずに言う。
彼は怒っていた。静かに、深く。
「魔王よ……我らに福音を、世界に滅びを……」
ガイウスの声は死の淵からの呼び声のようだった。
クリストファーは失笑する。
「ありえないことを言う。俺が貴様らの側に着くと、僅かにでも思ったのか?」
幻想を打ち砕く声と共に、青い炎が燃える。
冷たく熱い氷の炎がガイウスを燃やす。静かに、容赦なく。未練の欠片も、魂の一部さえ残さないように燃やし尽くす。
氷炎は外にも広がり、大地と大気に満ちる死の気配を浄化していく。
学園内の空気が急激に澄んでいくのを、ロザリンドも感じた。
クリストファーは倒れたままの生徒にも目をやり、水属性の治癒魔法を使う。柔らかな水の力はすべての傷を癒し、その奥で蠢いていた呪毒まで浄化した。
(さすがお兄様……夢の中でもチートすぎる……)
あまりにも圧倒的な力に安心しながら、ロザリンドは甘い夢に沈んでいった。
◆◆◆
ロザリンドが目を覚ますと、見慣れた部屋の中にいた。公爵家のロザリンドの部屋を、朝の光が明るく照らしていた。
「う……」
全身が重い。頭はすっきりしているのに、身体が疲労でいっぱいだった。
起き上がろうとしても、すぐに力尽きてベッドに倒れる。
「おはようございます、お嬢様。お身体の調子はいかがですか?」
部屋に入ってきたのは侍女だった。
「ねえ、何があったの? 皆は無事なの? 学園は?」
ベッドで寝たまま質問攻めにすると、侍女は静かに話し始める。
「全員助かりましたよ。怪我人全員が回復し、無事に救出されました」
ロザリンドは安堵の息をつく。皆が無事で本当によかった。
「学園の修繕のために、夏休みが二週間延長されることになりました。お嬢様もゆっくりと休養を取ってください」
「ええ、そうするわ」
――校舎も、壁も、結界もかなり影響があった。修繕にはそれぐらいかかるだろう。むしろそれぐらいの延長で済むのが驚きだ。
夏休みが延びたのは嬉しいが、皆に会えるのが先になってしまったのは残念だった。
早く、皆の顔が見たい。この目で無事を確認したい。
「……ねえ、お兄様はどうされているの?」
ふと疑問に思って聞いてみると、侍女は少し驚いた顔をして、微笑んだ。
「クリストファー様は騎士団の一員として遠征に出られておりますよ」
「そうよね……そうだったわ」
やっぱりあれは夢だったのだ。
本物なわけがない。
座標転移でも使えない限り、簡単に行き来できるはずがないのだから。
「きっともうすぐ無事に戻られます」
「ええ。それまでに元気になっておかないとね」
【絆】
・クリストファー・ロードリック:★★★★☆ up!
・エドワード・グレイヴィル :★★☆☆☆ up!
・カイル・スティール :★★☆☆☆ up!
・ジュリアン・ザカライア :★★☆☆☆ up!
・ソフィア・アストラル :★★☆☆☆ up!
・エリナ・モーテル :★★☆☆☆ up!
・ミリアム・アームストロング :★★☆☆☆ up!




