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04 王立学園入学の日




 ――四月――エイプリルウィンズ。いよいよ王立学園入学の日が来る。


 ロザリンドは清々しい気持ちで目覚める。


(いよいよこの日がやってきたわね。私にとっても、お兄様にとっても、運命の日が!)


 初日から遅刻するわけにはいかないので、今日は日課のフリーマップは休憩。庭で運動と石投げに留まる。


 朝食に向かおうとすると、既に制服を着たクリストファーと玄関ホールで出会う。制服は彼のために誂えられたかのように似合っていた。


「おはようございます、お兄様。お早い出発ですね」

「ああ。今日は色々と準備があるからな」

「いってらっしゃいませ、お兄様。あとでお会いできるのを楽しみにしています」


 明日から、クリストファーの卒業までは一緒に学園に通うことになる。


(お兄様の卒業を無事迎えられるように、頑張らないとね)


 にこやかに微笑んでいると、クリストファーも柔らかい笑みを浮かべた。


「ああ、行ってくる。入学おめでとう、ロザリー」


 優しい声色に安心する。

 婚約解消の話をした夜以来、何となくぎくしゃくして微妙な雰囲気だったから、余計に。


「ありがとうございます。私にも、お兄様にも、素敵な出会いがあるといいですね」


 明るく言ったその瞬間、周囲の温度が急激に下がったような気がした。


(な、何? お兄様の魔力?)


 クリストファーの魔法属性は水――それも氷に近い冷たさの。

 彼は穏やかそうに笑っているのに、背筋が凍るような冷たさを感じる。


(まだ怒ってる……?)


 ロザリンドが微笑み続けていると、クリストファーはすっとロザリンドの横を通って、屋敷の外に出ていった。


 その背中を見送って、ロザリンドは大きくため息をつく。


(やっぱり怒っているわよね……でもまあ、あからさまに雰囲気が悪いわけでもないし、まあいいか。そのうちいつも通りに戻るはず。切り替え、切り替え)


 せっかくの晴れの日なのだ。暗い顔をしていられない。

 ロザリンドは気を取り直して、食事室に向かった。





 朝の光が窓ガラスを通して、公爵家の食事室に優しく降り注いでいる。

 朝食のテーブルは、今日は特別豪華な料理で飾られていた。


「上機嫌だな、ロザリー」


 公爵である父が、ロザリンドを見て微笑を漏らす。彼の声と眼差しには威厳が宿りつつも、娘に対する愛情が満ち溢れていた。


「ええ。ようやく学園に入学できますもの。公爵家の名に恥じぬよう、精進いたします」

「うむ。クリストファーを見倣って、存分に励みなさい」

「もちろんです」


 ロザリンドが答えると、母である公爵夫人も優しく微笑んでいた。娘の大切な日を心から祝福しているようだった。


 ロザリンドも感無量だった。


 ――ロザリンドの父である公爵は、前妻を亡くして深く悲しみ、分家筋から優秀な男子を引き取ることを考えた。その間に再婚し、ロザリンドが生まれたが、ロザリンドは精霊の加護を持たない人間だった。

 実子に爵位を継がせることを完全に諦めた公爵は、まだ幼いクリストファーを引き取り、次期公爵としてとても厳しく教育した。


 ――しかし。


 ロザリンドが育つにつれ、父と母は、実子であるロザリンドに公爵家を継がせたいと考えるようになった。


 そこで邪魔になるのがクリストファーの存在だ。


 クリストファーが無能だったら、まだ穏便に進んだかもしれない。だがクリストファーは神童だった。頭の良さも、魔力の強さも、剣術の上達速度も。


 クリストファーへの当たりは強くなり、彼が八歳、ロザリンドが六歳の時には、ひどい折檻が行なわれるようになっていた。


 ――だが、ロザリンドがクリストファーと結婚すると言い出したら、嘘のように穏やかになった。


 教育は厳しいが虐待ともいえるような折檻はなくなり、十年もたてば平穏な家族になっていた。

 食事もできるだけ一緒にとる。今日は用事のためクリストファーはいないが。


 ――昔のことなど、何もかも忘れてしまったかのように、平和で、仲の良い家族だ。


(でもきっと、誰も忘れてはいない。特にお兄様は)


 出来の悪い妹は実子ということで可愛がられ、自分は虐待を受ける。その痛みと疎外感はきっといつまでも消えない。


 その上、その妹と結婚だなんて、不幸すぎる。


(お兄様は解放して差し上げないと)


 クリストファーが頑ななのは、十年も婚約者だったのにいきなり解消してくださいでは納得できないからだろう。

 だがいずれ気づくはずだ。この婚約に固執する価値はないと。


 そして今日、入学式でアリーシャと出会えばわかるはずだ。自分の運命の相手が。


(そうなれば、婚約解消もスムーズに行くはずよ)


 ロザリンドは決意を深め、朝食を終えた。

 真新しい制服に着替え、髪を整え、公爵家の馬車で王立学園に向かった。




◆◆◆




 ――王立学園は、貴族の子女と、魔法の才能がある人間が入学できる。

 平民で魔法の才能があるものは、奨学生として迎えられ、魔法の基礎を学ぶ。


 貴族の家系はほとんどが魔法の才能があって、家庭教官の魔術師に小さいころから基礎を学ぶ。そのため、平民と貴族の間には入学時から縮まることのない差が生まれる。


 ――よほど、強烈な才能を持っていない限り。


 その卓越した才能の持ち主が、主人公だ。

 この世界の主人公ともうすぐ会える。


 緊張か、期待か、胸を高鳴らせながら、校門の石造りのアーチをくぐる。


(こ、これはゲームで何度も見た光景……感動……)


 煌びやかに輝く石畳を歩く。


(ああ、あそこが講堂で、あっちは校舎……向こうは校庭で、あそこに見える塔は図書館のものかしら……ああ、何もかも知っているとおり……)


 高くそびえる講堂の扉には、複雑なレリーフが施されていて、歴史の重みが感じられる。

 空には、鮮やかな青と白が交じり合い、王国の旗が風になびく。広い校庭に、遠くに見える図書館の塔。


 それらが、現実に存在する。

 現実なのに、まるで夢の世界だ。


「――危ない!」


 見惚れながら歩いているロザリンドを、焦ったような声が引き戻す。

 その次の瞬間、道の端にある段差でロザリンドはバランスを崩した。


 ――倒れる。


 焦って身構えようとした瞬間、倒れかけた身体を力強い腕で支えられる。

 驚いて顔を上げると、そこには王子が立っていた。金髪に琥珀色の瞳――この国の第二王子エドワード・グレイヴィルが。


(お……王子殿下……?)


 ゲームの中で何度も目にした姿。現実でも何度も見かけた姿。だが、こんなに近くに来たことはない。

 間近で見ても、王子は完璧な王子だった。

 顔立ちは端正で、だが近寄りがたさは感じず、琥珀色の瞳は優しい。


「大丈夫? ロザリンド」

「あっ――は、はい。ありがとうございます」

「よかった」


 笑顔を浮かべてロザリンドを立たせ、手を放す。


「ロザリンド、これから三年間よろしく。それじゃあ、またあとで」


 言って、講堂の方へ歩いていく。

 あまりにも爽やかでスマートだった。


(何もかも、ゲームのとおり……)


 ロザリンドは感動する。

 ゲームの世界が現実と重なり合っている。


(私は本当に『エタリン』の中にいるんだわ……エドワード王子に入学式で転びかけたところを助けてもらうのも、ゲームのとおり……ん? ゲームのとおり?)


 ――何かがおかしい気がする。

 そしてロザリンドは思い出す。自分はモブだということを。


(私、モブなのにどうして王子とのイベントが発生してるの? ……もしかして、主人公の出会いイベント取っちゃった?)


 さあっと血の気が引いていく。

 モブの分際で何をやらかしてしまっているのか。


(いやいや、主人公たるもの、モブにイベント取られるわけがないわよね。きっともう同じようにイベントを済ませているはずだわ)


 だからきっと問題ない。

 ロザリンドは自分を安心させて、入学式が行われる講堂に急いで向かった。






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