37 帰還
武器を携えて教室に戻ると、そこには待ちわびていたクラスメイトたちがいた。
「無事に帰還しました! 武器です!」
回収してきた武器に、教室中が一気に活気づいた。
剣、槍、盾、魔法杖。普段の訓練でも使っている、手に馴染んだ武器たちだ。
「本当、ロザリンドさんは過激だよねぇ」
ジュリアンが軽く笑いながら言った。
その表情と手にしている闇色の魔石を見て、ロザリンドは通念石の存在を思い出した。
「聞こえていました?」
「もちろん全部聞いていたよ。ここにいる全員がね」
ロザリンドは頬が赤くなるのを感じる。
エドワードがロザリンドたちの前へやってくる。
「よくやってくれた。君たちの勇気ある行動に、敬意を」
その言葉は大きな励みになった。
同じ王立学園の一学年だが、やはり王族の――特にエドワードの言葉は、皆に喜びをもたらす。
――そして作戦会議室では、これからの方針が話し合われることとなった。
「君たちが武器保管庫に行っている間、こちらでも色々と調べてみた。見える範囲から確認したところ、地霊グールの他に大型のモンスターが複数体、校門と裏口を押さえている」
エドワードが作戦地図を見ながら説明していく。
つまり、完全に閉じ込められているという状況だ。
「地霊グールだけなら何とかなるかもしれないが、大型モンスターは厄介だ。これから暗くなってくることもあって、やはり殲滅は難しい」
ジュリアンが肩を竦めた。
「そもそもモンスターは何が狙いかも気になるけれど、やっぱり籠城が一番じゃないかな」
「いや、怪我人の脱出を最優先させる」
エドワードが強く言う。
「怪我人の症状を考慮すれば、明日の朝まで待てない。夜になればモンスターが狂暴化する。いましかない」
ロザリンドもその方針には賛成だ。
「脱出させるとして、校門も裏口も使えないとなれば、どうしましょう。無理やり突破しましょうか?」
「怪我人を連れての戦闘は避けたい。なんとかして門を閉ざしている集団を移動させるか、別ルートを探す方向で考えよう」
話を聞いていたソフィアが、カイルを見る。
「カイルが怪我人を抱えて、上を飛んでいけば?」
カイルは静かに首を横に振った。
「――学園上部には網状の結界がある。この檻は外部からの大型モンスターの侵入を阻止できるが、同時に内側からも出られない。……おそらく敵は、その網の隙間から侵入したんだろうが」
ジュリアンが唸りながら、作戦地図を見つめ、一点を指差した。
「東部分の――ここの壁は結界が弱っている。魔法で強い一撃を加えて壁ごと壊せば、外に出られると思うよ」
――どうしてそんなことを知っているのか。
好奇心の強い彼のことだから、きっと色々と校内を調べているのだろう。
「とはいえ、いくら強くても個人の力じゃ難しいだろうね。でも、魔力共鳴させればどうだい? ロザリンドさんなら行けるんじゃないかな」
ジュリアンが楽しむようにロザリンドを見つめる。
(私がリンクさせれば――何倍もの力を出せる)
更にハンドキャノンでその魔力を撃ち出せば、かなりの火力が出せるはずだ。
「できると思います……いいえ、やります」
すべての力を使って、必ず脱出口を開けて見せる。
――そうして、方針が決まる。
エドワードの手が、中央棟西側を指し示す。
「敵を一か所――西側に引き付けよう。防壁を作って戦っている間に東方面に穴を開けて、怪我人を脱出させる。――ミリアム、防壁づくりを任せる」
「了解しました」
◆◆◆
方針が決まり、ロザリンドは次の作戦の準備が整うまでの時間、医務室へ向かった。
ベッドに横たわる生徒たちは苦悶に満ちた表情を浮かべていた。エリナを始め治癒魔法が得意な生徒たちが、医務官と共に必死に魔法をかけていた。
――立ち入れる雰囲気ではない。
ロザリンドはそっとその場を離れて、踵を返す。
そして、廊下にいたエドワードと目が合った。
「エドワード様も、いらっしゃっていたんですね」
「ああ」
エドワードも外から医務室を見つめる。中に入ろうとはしない。
その表情は、この異変が始まってからずっと硬い。
皆の命を背負っているのだ。どれだけのプレッシャーだろう。
ロザリンドは自分にできることで、少しでも彼の負担を軽くしたいと思った。
(――私にできるのは、持てる力のすべてを使って、敵を倒すこと)
それが自分にできる唯一のことだ。出し惜しみしている場合ではない。
ロザリンドは決意して、顔を上げた。
「エドワード様、私、長距離から敵を攻撃することもできるんですよ」
こっそりと打ち明ける。
「ですのでいまから単独で行動し、身を隠しながら情報を集めて、大型モンスターの数を減らしていきたいと思います。特に、東側の敵を減らしておきますね」
――マルーン教官の魔石はまだまだある。
途中で教官室に行って補充すれば、長距離狙撃でかなりのモンスターを倒せるだろう。
(あんまり物騒な能力はできるだけ隠しておきたかったけれど、ハンドキャノンも見せちゃったし、今更よね)
それに、秘密を守ることよりも、仲間を守ることの方がずっと大事だ。
「――ああ、頼む。これを持っていてくれ。何かあったら呼んでほしい」
一度ジュリアンに返しておいた通念石を再び持たされる。
「くれぐれも気をつけてくれ。君に何かあったら……」
「大丈夫です。きっとお父様も、お兄様も、お母様も、よくやったと言ってくださいますわ」
冗談めかして笑う。
「君は、本当に強いな」
「エドワード様も」
そう言いつつも、エドワードの方がロザリンドよりずっとずっと強いと思っていた。
ロザリンドには、あのプレッシャーは背負いきれない。
(最前線で戦っている方がずっと楽だわ)
だからこそロザリンドはエドワードを尊敬する。
「――ロザリンド、これを着ていってくれ」
エドワードは上着を脱ぐと、ロザリンドに渡してくる。
それを見て、自分の上着が破れたままなことを思い出した。
「もしものことがあったら、僕はクリストファーに顔向けできない」
「ありがとうございます」
エドワードの防御力が下がってしまうのが心配だったが、この気遣いは断れない。
ロザリンドは自分の破れた制服の上に、エドワードの上着をコートのように羽織った。
大きくて、少し重い。そして、勇気が湧いてくる。
ロザリンドが笑顔を浮かべると、エドワードもわずかに微笑んだ。
「エドワード様、ひとつお願いしていいですか?」
ロザリンドは手持ちの無属性の魔石たちを取り出す。
「これに、エドワード様の魔力を注いで欲しいんです」
「ああ、もちろん」
ロザリンドの手のひらの魔石たちに、エドワードの光の魔力が注がれる。
とてもきれいな光だった。
ロザリンドはそれらを強く握りしめる。
「ありがとうございます。それでは、また後でお会いしましょう」




