35 小さな騎士団
教室にいる生徒の顔が、騎士の顔に変わる。
全員が、戦う決意をした瞬間だった。
「……やだなあ、騎士のロマン主義ってのは。早死にするよ」
ジュリアンが小さな声でぽつりと零す。
ロザリンドは、聞かなかったことにした。
「脱出方法を計画するためにも、現状を把握しないといけない。まずは作戦図を作ろう」
エドワードの提案に従い、複数人が紙を繋げて、学園の見取り図を描いていく。
教室は作戦会議室となり、紙には主要な建物が次々と描き込まれていった。
「今日解放されているのは、中央棟と図書館だけだ。この中央棟を拠点にする」
王立学園の中央棟には、教室、教官たちの研究室、医務室が揃っている。通い慣れていることもあり、籠城に適した場所だった。
「まずは武器が必要だ。地霊グールと戦うためにも、怪我人を護衛するためにも」
「となると、まずは武器保管庫に行かないとねぇ」
エドワードの言葉に、ジュリアンが呟く。
学園には武器の持ち込みは認められていない。
授業中は学園保有の訓練用の武器を使う。あくまで訓練用なので弱い武器だが、あるのとないのとでは大違いだ。
――特に物理攻撃が得意な生徒にとっては。
「……問題は、武器保管庫は校舎外にあることだ」
地図に武器保管庫を描き込みながら、エドワードが神妙な顔で言う。
ジュリアンが肩を竦める。
「モンスターのいる外を突っ切って、武器を手に入れ、戻ってこないといけないってわけだ」
「ああ。モンスターと戦う戦闘要員はもちろん、武器を運搬する人員も必要だ。予備も含めて、できるだけ多く武器はあった方がいい」
中央棟と訓練場横の武器保管庫の位置関係を見ながら、エドワードが言う。
王立学園は広い。それなりに距離がある。
「攻撃魔法が得意な人間と、運搬要員として武器を扱える人間……それでチームを作る」
「命運を握る人たちってわけだ。誰を任命するんだい? 非力な僕は遠慮しておくよ」
モンスターが跋扈する中を突っ切って、武器を確保し、戻ってくる――責任重大な役割だ。失敗すれば、いま以上の窮地に追い込まれる。
「もちろん、僕が行く」
エドワードが当然のように言う。
「君に何かあったら誰が指揮官をするのさ。王子様」
「……危険を冒す必要があるのなら、それは僕であるべきだ」
「ロマンはいいけどさ。指揮官がいない集団なんて、目も当てられないよ。君以外に指揮官に相応しい人間もいないし」
「だが――」
「代わりのいる人間なんていないけどさ、君はその中でも最たるものだ。諦めて。他に立候補は?」
ロザリンドは一番に手を挙げる。
「私が行きます」
「ロザリンド……」
心配そうな表情をするエドワードに、ロザリンドは力強く微笑んだ。
「適材適所だね。我が学年一番の無属性魔法の使い手だ。文句のあるやつはいないだろう」
「無属性魔法の使い手は、私しかいないですけれどね」
冗談めかして言うと、小さな笑いが起きる。皆少しだけ肩の力が抜けたようだった。
「あたしも行くわ。じっとなんてしてられない。敵は全部燃やす」
ソフィアが強気に言う。敵に対する怒りが滲み出ていた。
「エドワード、もちろん俺もだ」
「カイル――ああ、前線を任せる。道を切り開くのは君の役目だ」
そう言うエドワードが一番行きたそうな顔をしている。
だが、彼は王族であり指揮官だ。危険な目に遭わせるわけにはいかないというのが、全員が一致している認識だ。
ミリアムも行きたそうだったが、エドワードの護衛という立場上、手を挙げなかった。
他は剣を使える騎士見習いたちが五名立候補し、合計八名となる。
「さてと、無事にチームが結成されたところで、これをお披露目しよう」
ジュリアンが懐から加工された魔石を大仰に取り出す。
それはレアサイズの丸い魔石で、闇の魔力が込められていた。数は六個。
「まさか本当に使う日が来るなんてねぇ。これは通念石。離れた場所でも双方向で意思疎通ができるようになる魔導具さ」
その説明を聞いて、ロザリンドは感激に震えた。
「ジュリアンさん――それが本当ならすごいです!」
「ああ、さすがロザリンドさん、この価値がわかるかい?」
「はい! 離れた場所でも意思疎通ができるなら、戻って指示を聞いたり、伝令兵や信号を出さなくても、部隊がその場で司令部と情報をやり取りできるということですよね」
「そのとおり!」
――教室の他の面々はぽかんとしている。
エドワードだけは、利用状況を真剣に考え込んでいた。
「つまり、チームに分かれた状態でも、迅速な情報交換や連携ができる……確かに画期的だ」
「だろう? 問題があるとすれば、中継役として闇属性の使い手が必要なことだけどね。もちろん僕がやるよ。実験がてらにね」
ジュリアンはそう言うと、椅子に座った。
「あー、たくさん話したら疲れた。準備が出来たら起こして」
机に突っ伏して、あっという間に寝てしまう。
ロザリンドはチームメンバーに向かって、少しだけ声量を落とした声で言う。
「――それでは、準備を整えてから出発しましょう」
方針が決まり、各々が準備を始める中、ロザリンドは急いでマルーン教官の研究室に向かった。
鍵を開けて、中に入る。部屋の中は相変わらず静かで、涼しげで、外の喧騒などまったく関係のないようだった。
ロザリンドは先ほど自分が仕分けしたばかりの魔石の棚の前に立つ。
「少しだけお借りします。生徒のためなので、許してくださいね」
戦闘のための魔石を取り、制服のポケットに詰める。
そして、急いで教室に戻る。
教室前の廊下に、エドワードが一人で立っていた。ロザリンドの姿に気づくと、顔を上げる。
「エドワード様、どうしました?」
「すまない……君を危険な目に遭わせることになるなんて……」
ロザリンドは驚いた。
エドワードがこんな場面で、こんな弱気なことを口にするとは思わなかった。
本人にも相当なプレッシャーがかかっているのだろう。
――当然だ。他者の命を預かっているのだから。
「エドワード様。そんなこと気にしないでください。有事に動けるよう、私たちは学んでいるんですから。むしろ私、帰らないでいてよかったです」
「君は案外、おてんばだな」
「あら、知らなかったのですか? あの、ひとつだけお聞きしたいんですが……このことは、聖女様の予言にあったのですか?」
「いや。こんな予言はなかった。モンスターの集団発生の予言はあったが別の場所だ」
――やっぱり。
騎士団はそれを討伐しに行っていて、戦闘向きの教官たちもそちらに行っている。
「……クリストファーが王都にいたら……」
「エドワード様、お兄様には及びませんが、私も戦えます。同じロードリックですもの」
ロザリンドは微笑み、エドワードの顔をまっすぐに見た。
「私たちを信じてください。あなたに信じていただけたら、皆、勇敢に戦えるんです」
「……すまない。本当に」
「いいえ、エドワード様がお優しいのは知っていますから。さあ、教室に入りましょう」
教室に入ると、すでに皆準備ができて戻ってきていた。
改めてルートと手順を確認し、通念石の使い方の確認する。
魔力を通して声を発すれば、ジュリアンを通して教室まで――司令部まで伝えられるようだ。
「――僕たちの戦力で敵を殲滅できるならよし。無理となれば、怪我人の脱出を最優先する。もし、それも難しいとなれば――回復術が使える者たちに頑張ってもらうしかない」
エドワードの言葉に、エリナは無言で頷く。いつも穏やかなエリナの顔に、悲壮感が漂っていた。エリナの深い葛藤が窺い知れる。
ロザリンドはエリナを励ますように、明るく笑いかける。
「皆、くれぐれも、無理はしないでくれ」
「はい。全員で無事に帰ってきます。では、出発しましょう!」
ロザリンドはできるだけ力強く声を上げ、仲間と共に教室を出発した。




