03 フリーマップ『沼地のスライム』
――座標転移。
マップ上の地点と地点を瞬間移動する機能。
主人公しか使えなさそうなものだが、知ってさえいればモブでも使える。地図表示も、座標転移も。
それに気づいたときは、すごく感動したものだった。
風を感じて目を開く。
そこは王都の公爵邸の庭ではなく、王都の城壁から離れた場所にある丘だった。
丘の上から下の方を見ると、底には沼地が広がっている。そして、スライムが四体蠢いていた。
中央奥には人の背丈ほどもある大きなスライムが一体。その周辺に小さなスライムが三体。
緑の身体に、赤い二つの目。ぷるんとした動き。
――かわいい、と言えなくもないが、たいていの人間は恐れを抱くだろう。
「まずは、雑魚の掃討」
高台から、小さなスライムへ狙いを定める。
ロザリンドは右手を人差し指だけ立てて軽く握り、スライムの一点に指先を向けた。まるで、銃で照準を合わせるように。
【無属性魔法】【命中補正:特大】
「ショット!」
――超初級魔法『マジックショット』
魔力を撃つだけの単純な魔法。無属性魔法の基礎の基礎。
無属性なので精霊の祝福がなくても、魔力があれば誰にでも使用可能な汎用魔法。
射出された純粋な魔力の塊は、スライムの弱点を貫通する。
――クリティカル。
スライムは一撃で倒れ、霧散した。
これも、長年かけて磨いてきた命中スキルのおかげだ。
連続してマジックショットを撃ち、残りの二体の小型スライムも掃討する。残るは、ボスのみだ。
ボスは事態に気づいているのかいないのか、ずっとその場から動かない。
(――自分が攻撃されるまでは動かないから、いまの内に準備準備)
その辺りの小石を拾って、ウエストポーチに入れる。
「さて、メインディッシュに行きますか」
いまだに動かないボススライムを高台から眺める。
このゲーム、高所から物理攻撃をすると射程ボーナスと威力ボーナスが発生する。ただしあくまで物理攻撃のみ。マジックショットは対象外だ。
ロザリンドは小石を一つ手に取り、ボススライムへ投げる。
【投擲:上級】【命中度補正:特大】
――命中。ボススライムの中に小石が沈み込む。大きなダメージは与えられていない。
当たったのを確認してから、歩いて少し場所を移動する。
(向こうには自動回復スキルがあるから、いくら攻撃しても倒れない)
ボススライムの身体が淡く光り、与えたダメージが回復する。
そして、ロザリンドめがけて移動を始める。
(私の方が足が速いから、立ち回りさえ間違わなければ追いつかれない)
ロザリンドは高台から下りないように気をつけながら、石を投げては、近づいてくるボススライムから離れて間合いをしっかり取る。
そしてまた小石を投げる。命中。ボススライム回復。移動。
ルーティーンを繰り返しているうちに、少しずつ太陽が昇ってくる。今日はまだ朝食を食べていない。
(そろそろ帰りましょうか)
ロザリンドは少し大きめの石を拾い――
「バレット」
魔力を纏わせる。
そして石投げ姿勢を取り、ボススライムに向けて強く投げる。
【投擲:上級】【命中度補正:特大】
「――ショット!」
弾丸と化した石を、魔力を纏わせてボススライムに投擲する。
クロスボウのような勢いで放たれた石はボススライムの身体を貫き、その瞬間ロザリンドの魔力がボススライム内で大きく弾けた。
ボススライムの身体が大きく崩れ落ちる。そして、キラリとした無色の石が零れ落ちた。
「戦闘終了、ですわね♪」
これでしばらくは自動再生スキルは機能しない。
――そう、丸一日は。
明日になったらまた復活している。いままでずっとそうだった。
「きゃっ、レアサイズの魔石ゲット。ラッキー。さて、いまはどんな感じかしら。――ステータスオープン」
■ロザリンド・ロードリック
【ステータス】
・レベル:32
・経験値:12260→12560(+300)/15000
・HP:420/420
・MP:310/310
・攻撃力:260
・防御力:295
・魔力:350
・魔法防御:330
・敏捷性:275
・運:150
【スキル】
・【無属性魔法】バレット/ショット:Lv.4
・【治癒魔法】ヒールウェーブ:Lv.2
・【特殊能力】インサイトリンク:Lv.1(絆を感じ取ると、一時的にステータス向上)
・【投擲:上級】【命中度補正:特大】
【装備】
・武器:装備なし
・防具:スターローブ(防御+30、魔法防御+20)
・アクセサリー1:ウィズダムリング(MP+50、魔力+10)
・アクセサリー2:エーテルブレスレット(HP+30、自動HP回復)
【称号】
・無名の公爵令嬢
・スライムを狩るもの
【絆】
・クリストファー・ロードリック:★☆☆☆☆
「さすがに何年も同じことやっていると、経験値も少ないなぁ……それにしても、いつ見てもお兄様の好感度が最低値なのは、やっぱりゲームが始まっていないから? それとも、やっぱり嫌われている? ……うーん、よくわからない」
とりあえず拾った魔石をウエストポーチに入れ、目を閉じる。
「地図表示――ホームへ、座標転移」
◆◆◆
湿度のある風の感覚がなくなり、無風となる。あたたかな――少し乾燥した空気が身体を包み込む。
目を開ける。そこは、公爵邸の小さな部屋だった。
ロザリンドの自室の奥にある、秘密の小部屋だ。
元々はウォークインクローゼットだったが、ロザリンドが改造した。使用人も家族もここには入れない。
ドアは一つだけ。自動的に鍵がかかる【オートロック】という魔導具を使っていて、鍵はロザリンドの魔力か、中からしか開けられないように設定している。
つまり、ホーム設定――座標転移の帰還場所に設定しているロザリンドにしか入れない部屋というわけだ。もし万が一、何らかのトラブルで誰かが入ってしまっても、出ることは可能だし、一度出てしまえば二度と入れない。
そもそも公爵家の令嬢の部屋に入ってこられる人間は限られている。
ロザリンドの秘密基地である。
ウエストポーチの魔石を取り出し、小部屋に置いてある衣装箱の蓋を開ける。中に入っているのは服ではなく、いままで入手してきた大量の魔石だ。そこに今回入手したものも放り込んで、蓋を閉める。
装備しているリングとブレスレットも外し、決めている場所に置く。
結んでいた髪をほどいて外に出る。
――これにて、日課終了。