26 ナヴィーダ
(よし、これで無事ストーリーが進行するはずだし、破滅阻止もできるはず。順調ね)
ロザリンドは早速両親に話して、クリストファーに同行する許可を得た。
クリストファーと一緒なら安心ということで、あっさりと許された。本当に信頼が厚い。
(アリーシャの思い通りにはさせないわ。お兄様は、私が守る)
グランドールダンジョンでは魔人ベラドリスとの戦いが待っている。
この段階ではまだレベル差で圧勝できるはずだ。だが、油断はできない。しっかり準備しておかないと。
装備の確認と準備のため自室に戻ったロザリンドは、ふと窓際を見て固まった。
窓辺で、フクロウの精霊が起きてこちらを見ていたのだ。
大きな目がぱっちりと開いてロザリンドを映していた。
「よかったぁ。元気になったのね」
急いで部屋のドアをしっかりと閉めて、窓辺に寄る。
『わたくしはナヴィーダ』
しっとりとした女性の声が、嘴の先から響いた。
「喋った?!」
驚いて思わず身を引く。
「えっ? 本当にナヴィーダ? お助けナビゲート精霊の?」
刹那、フクロウの身体が眩く光り輝く。
光の中から現れたのは、美しい女性の姿だった。流れるような金色の髪が、内側から眩く光り輝いている。
瞳は深い蒼で、まるで星空のような神秘的な輝きを漂わせていて。
身に纏う白いローブは、星が織り込まれているかのように動くたびに光り輝いていた。
表情は落ち着いていて、浮世離れした威厳と優しさがある。
「あの、どちら様ですか……?」
『わたくしはナヴィーダ。この世界をつくった女神の一部であり、【勇者システム】の端末のひとつです』
自己紹介として語られた言葉たちに、ロザリンドの思考が停止する。
「……情報量が、多い……」
『最初から説明します』
親切だ。
『わたくしはこの世界を創造し、見守ってきましたが、ある時点でどうしても滅亡してしまうのです』
落ち着いた声で、とんでもないことを話しだした。
「滅亡……」
『はい。滅亡です。すべての命は死に絶え、未来が閉ざされます』
「それは、大変ですね……」
あまりにも現実感のない話に感じて、まるで他人事のように言ってしまう。
ナヴィーダは真剣な表情で続けた。
『わたくしは世界を存続させる方法を求め、異世界の人間に干渉し、この世界の分岐点となる一年を再現するゲームをつくらせました』
「――なんてことを。さすが神様……もしかして、それが……」
『はい。エターナル・リンクスです』
さすが神。やることが大胆すぎる。
ナヴィーダは切なげな瞳で続けた。
『ゲームをプレイし、知識を付けた人間の魂をこちらへ連れてきて、世界を救ってもらおうと考えたのです』
「へ、へえ……そうなんですか……」
『その者を手助けするために、そのゲーム内のシステムを使えるようにもしました。それが【勇者システム】です』
――つまり、『エターナル・リンクス』はゲーム制作者の空想ではなく、異世界の神の干渉によって作られた作品で。
この世界はゲームの中ではなく、まぎれもない現実で。
そして、ゲームオリジナルのシステムが、転生者をサポートするために導入されている世界。
「……少し、わかってきたかも。私も、そうやってこの世界に魂を連れてこられたわけね」
『そうです』
「だから私も地図とか座標転移とか、ステータスオープンが使えるのね」
『そのとおり。絆システムもその一つです』
「なるほど……」
いままで抱いていた疑問が解消していく。
この世界は、現実にしてはゲームらしすぎて、ゲームにしては現実的すぎて、いったいどちらなのかと思うこともあった。
(現実にゲームシステムが組み込まれているのなら、わからなくなって当然よね)
疑問は解消したが、何故か嬉しくなかった。
(神様に、ゲームの駒扱いされているみたいだわ……)
あまり愉快な話ではない。
『――ロザリンド。お願いします。この世界を滅亡から救ってください』
「うーん……そもそも、どうして私が、ロザリンドが選ばれたの? 本筋には関係ないモブなのに」
『……ほとんどの人間の魂は、ゲーム以外の記憶は漂白されます』
「消えるってこと?」
『その通り。無垢な赤子の魂となるのです』
――ゲーム知識は残ったままなのは、無垢な赤子と言えるのだろうか。
(だから私は、前の世界のことを覚えていないのね)
元の世界に未練がまったくないのはそのためだろう。
『ですが稀に、前世の記憶の多くを覚えている人間もいます。それが、今回のアリーシャです』
確かにアリーシャには、そういう素振りがあった。
「……ん? 今回の、アリーシャ? もしかして、何度もこういうことしてるの?」
『ええ。わたくしは何度も、滅亡を回避するために異世界の魂を連れてきています。通常は【ストーリーテラー】の力を持たせた、主人公となる者にだけ魂を入れていますが、今回はたまたま魂を二つ連れてきてしまったため、あなたはその器に入れました』
――なんてことを。
つまりロザリンドは、主人公として選ばれなかった魂。
正真正銘のモブである。
『そしておそらく、今回のアリーシャのやり方もうまくいかないでしょう。いままで同様の方法で何人も失敗してきました』
本当に、何回試してきたのだろう。
その回数を聞いたところで、気が遠くなるうえに絶望的な気分になりそうだったので、聞かないことにする。
『――ロザリンド』
改めて名前を呼ばれる。
嫌な予感がした。
夜空のような青い瞳がまっすぐにロザリンドを見る。
『わたくしは、あなたに賭けています。あなたならいままでとは違う方法で滅亡に立ち向かい、打ち勝てるのではないかと思っています』
おまけの存在に、世界の命運を懸けないでほしい。
「ひとつ確認したいのだけど」
『はい』
「もし、失敗して世界が滅亡したらどうなるの? また最初からやり直し?」
『女神であるわたくしは力が尽きるまで何度でもやり直せますが、異世界の魂にやり直しはありません。一度きりです』
「なら、失敗したとき、私やアリーシャの魂はどうなるの?」
『元の世界に戻ります。記憶はすべて漂白され、別人として生まれ変わります』
「…………」
――ロザリンドは、元の世界の記憶はない。家族のことも、自分の人生のことも。
だがアリーシャはそうではないようだった。元の世界の家族に会いたがっていた。戻れるなら、死ぬのも我慢すると。
胸がちくりと痛む。
あまりに酷な現実だ。アリーシャはこのことを知らないのだろうか。
「どうにもならないの?」
『こればかりはどうしようもありません。別世界への干渉は、ほとんどできないのです。一時的に魂を連れてくることと、言葉を授けるぐらいしかできません』
「そうですか……」
神が、自分の作った世界を守りたいという気持ちはわからないでもないが。
そのために異世界から魂を連れてくることは、正直、どうかと思う。
せめて、希望者だけにするか、前世の記憶はきっちりと消しておいてくれたらよかったのに。
『ロザリンド、わたくしは信じています。この世界を継続できる方法を、あなたなら見つけられると――』
「いや、そんな期待しないでください……」
いままでだって期待していなかったはずだ。絶対。
ナヴィーダの姿が再び光り輝いていく。太陽のように眩しく、神々しく。
『わたくしは常にあなたのそばにあり、【勇者システム】でサポートします。頼みましたよ』
「了承してなーい!」
光が消えた時、そこには一匹のフクロウの姿があった。
ロザリンドはふぅ、と息をつく。
「変な白昼夢を見てしまったみたいね。何も覚えていないけれど」
『今日からあなたをサポートしますよ、ロザリンド』
声は、フクロウからした。
(やっぱり、白昼夢じゃなかった……)




