21 女子たちの勉強会
――六月。太陽が最も高く上る、サンクレストの月。
「もうすぐ試験だなんて、超憂鬱……」
休憩時間の教室に、ソフィアの大きなため息が響く。
ロザリンドは隣の席で次の授業の準備をしながら、エリナとミリアムと共にそれを聞く。
「ロザリンドはいいわよね。最近小テストの成績もいいし。やっぱり会長に教えてもらってるの?」
「いえ、ノートを借りているだけです」
「会長のノート? すごいわね、羨ましい……お願い、写させて!」
「写すのは大丈夫ですが、持ち出しを禁止されているので……そうだ、もしよかったら私の家で勉強しませんか?」
「ロードリック家で? いいの?」
ソフィアが興奮して立ち上がる。
「もちろんです。それでは、週末は我が家で勉強会をしましょう。エリナさんとミリアムさんもどうぞ」
「わぁ、すごく楽しみです」
花が咲くような笑顔を浮かべるエリナ。
「えっ? 私までいいのですか?」
ミリアムは少し不安そうだった。
「もちろん。みんなで勉強しましょう。一緒に勉強すれば楽しいですし、きっとはかどります」
「公爵家にお邪魔できるなんて、ドキドキします」
「粗相しないようにしないと……」
「ふう、これで試験に勝ったも同然ね」
ソフィアは安心したように言い、窓辺に行って外を眺める。
最早すっかり試験のプレッシャーから解放されたようだった。
「あら? ロザリンド、あれって会長じゃない?」
窓辺にくるように手招きされて行ってみると、外の廊下を歩いているクリストファーの姿が上から見えた。
「隣にいるのは副会長のイザベラ様ですね」
同じように窓辺に来たミリアムが言う。
イザベラは侯爵家の令嬢だ。ロザリンドと同じようにゲームではモブだったが、彼女には顔グラフィックがきちんとあった。水色がかった銀髪の美少女だ。会長であるクリストファーの補佐でもある。
ゲーム中のグラフィックでは少し華がなかったが、現実の彼女は瑞々しい花のように美しく、清楚な才女だった。
「距離が近すぎない?」
ソフィアが呻くように言い、エリナが頷く。
二人はぴったりと寄り添うように歩いている。
「副会長が積極的に近づいているように見えますね」
イザベラがクリストファーの腕に触れようとして、クリストファーが鮮やかにそれを避けている。
――心の距離はまだありそうだったが、会長と副会長。そして美男美女。非常に絵になる。お似合い、と言っていい。
ロザリンドの胸にチクリと痛みが走った。
(…………?)
このもやもやとした感情は何だろうか。
この胸の痛みは何だろうか。
(――お兄様ったら、アリーシャと会う前に恋人をつくったらダメじゃない)
――そう。これは焦燥だ。
「怒らないの?」
「えっ?」
ソフィアに言われたことが一瞬理解できず、ロザリンドは間の抜けた声で問い返してしまう。
「自分の婚約者に他の女がベタベタしないでって怒るところよ?」
「いえ、その……お兄様が他の方と仲良くするのは、とてもいいことだと思います」
「なんでよ」
「まあまあ、ソフィア。ロザリンドさんはマリッジブルーみたいですから」
何故か怒り出したソフィアを、エリナが宥める。
「ま、まあそれは置いといて。次は実技ですから、早く準備をして移動しましょう」
ロザリンドは気を取り直すように言って、そそくさと次の授業の準備に入った。
◆◆◆
――週末。
約束していた勉強会の日がやってきて、約束していた午前の時間にソフィアとエリナ、ミリアムがやってくる。
ロザリンドは三人を客間に通した。自室でもよかったのだが、部屋にはまだフクロウの精霊が健やかに眠っている。どこかに移したり、刺激を与えるのはよくないかと思って父に頼んで客間を貸してもらっていた。
落ち着いた雰囲気だが豪奢な調度品がふんだんに並べられている客間の様子と、ロザリンドの私服を見ながら、ソフィアが感心したように息をつく。
「さすが、ロードリック家の黄金の薔薇姫」
「なんなんですかそれ」
「ロードリック家の隠された薔薇姫。鮮やかな金髪と楚々とした振る舞いは、まるで黄金の薔薇のようって」
「一体誰がそんなことを……」
とんでもない誇大広告だ。広報官は誰なのか。
愕然としていると、エリナがふわりと笑う。
「噂は噂を呼ぶものですから。でも、確かにロザリンドさんは、生命力に溢れる五月の薔薇のようです」
「ありがとうございます……」
――噂って怖い。
見た目だけは良くて本当によかったと思う。
「勉強しましょう、勉強」
ノートを前にして、エリナが小さく震える。
「ああ……これが三年連続首席の伝説のノートですね……昔はこれをめぐって凄惨な戦いが繰り広げられたとか……」
「そんな伝説がっ? 確かに出来のいいノートですが、そんなまさか……」
ロザリンドは驚きの声を上げて、ノートを見つめる。
ソフィアがノートを一冊手に取り、パラパラと中を見ていく。
「その伝説はきっと本当よ。読んでいるだけで頭がよくなっていく気がするわ」
「確かにこれは素晴らしいですね」
ミリアムまで。三人ともまるでノートに魅了されているかのようだった。
(さすがお兄様。ノートひとつでも、こんなに人を魅了するなんて)
ロザリンドは誇らしさと共に、少し怖さを感じた。
クリストファーはあまりにも完璧すぎる。
容姿や才能は持って生まれたものと言えど、持っているだけでは宝の持ち腐れだ。磨かなければ意味がない。彼は生まれ持ったものを、そして生まれてから得たものを、最大限に活用している。
――どうしてそこまで、と思えるほどに。
(しかも最近は帰りが遅かったり、休日もどこかに出かけているみたいだし……誰かとデートならいいんだけど)
デートならもう少し幸せそうな雰囲気を出していてもよさそうなものなのに。
そんな浮かれた様子はロザリンドには見せない。
考え込んでいる隣で、エリナが持ってきた荷物を机の上に置く。
「わたしは過去に出されてきた問題を先輩方からいただいてきました。伝説のノートと、過去問題、この二つが揃えば怖いものはないでしょう」
「さすがエリナ。教官たちの好みもあるだろうけれど、さすがに一年生の最初の試験でいじわるな問題を出してきたりはしないはずよね。ノートで試験範囲の知識を満遍なく頭に入れていきながら、過去問は絶対に落とさないようしましょう」
「皆さん、さすがですね」
ミリアムが感激の声を上げ、自身も荷物の中から四角い缶を取り出す。
「私は、我が家に伝わる集中力を上げるお茶を持ってきました。眠れなくなってしまうため、夕方以降は飲むのを禁止されているものです」
「ほ、本格的ですね……」
「普段は戦いのときに使用するものですが、試験も戦いですからね」
「ありがとうございます。早速淹れますから、勉強の準備をしておいてください」
何気にこれもチートアイテムではないだろうか。
ロザリンドは慄きながらミリアムから茶葉を受け取り、メイドにお茶の準備を頼んだ。




