16 宝探し
(ううーん……)
宿舎に戻り、寝袋でこっそりと自分のステータスを見返していたロザリンドは、心の中で唸った。
【絆】
・クリストファー・ロードリック:★★☆☆☆
・エドワード・グレイヴィル :★☆☆☆☆
・カイル・スティール :★☆☆☆☆
・ジュリアン・ザカライア :★☆☆☆☆
・ソフィア・アストラル :★☆☆☆☆
・エリナ・モーテル :★☆☆☆☆
・ミリアム・アームストロング:★☆☆☆☆
(これで、クラス内のメインキャラクター全員と絆が結べた。まるで主人公ね)
仲良くなれたのは嬉しいが、状況的には好ましくない。
このまま主人公不在で進んでいくとしたら、大きな問題が出てくる。
(モブの私は、本格的な戦いには役に立たない)
いまはレベル差がある分、肩を並べて戦えている――あるいは少しリードできているが、戦闘を重ね、レベルが均等化していくと、加護も才能もないロザリンドが自然と落ちこぼれていく。
皆の魔力をリンクさせることはできるだろうが、それも一体いつまで可能だろうか。
あまりにも魔力に差が出ると、束ねられないのではないだろうか。
(やっぱり、なんとかアリーシャに主人公に復帰してもらわないと。とりあえず一度会って、どんな人となりか確認して、説得……)
疲労に押し流されるように、ロザリンドは眠りに落ちていった。
――翌朝。レクリエーション二日目の朝は、山の中での瞑想から始まる。
朝の光が清々しく照らす中、静かに呼吸を整え、朝の空気と森の魔力を身体に巡らせながら、集中力を養う。
その後は軽いストレッチと体操をして身体をほぐし、簡素な朝食を取る。
――レクリエーション中は豪華な食事など存在しない。
遊びの要素は強いが、本質は戦闘訓練であり、行軍訓練なのだ。敵との戦闘中に食事には気を遣えない。
朝食が終わると、二日目のメインイベント――宝探しだ。
チーム分けがされ、地図が与えられる。自分のチームメンバーと合流したロザリンドは、意気揚々と声を上げた。
「それじゃあ、優勝目指して頑張りましょう」
「優勝を目指すとか、コスパ悪いよ。適当が一番」
闇のジュリアンはため息をついて肩を竦め、火のソフィアはそんな彼を軽蔑の眼差しで見る。
「何こいつ、やる気なさすぎ。どうしてこんなのと組まないといけないの?」
「それは君のクジ運の悪さのせいだね」
ピリピリとした険悪な空気が漂う。
(最初から雰囲気が悪すぎる)
本当にどうしてこんなメンバーなのだろうか。クジ運か、教官たちの計らいか。
どちらにせよ、やることは変わりない。
それに、最初雰囲気が悪いなら、これ以上悪くなることはないはずだ。きっと。たぶん。
「まあまあ。とにかく最初の手がかりを探しましょう」
ロザリンドはもらった地図を広げる。
地図は簡素なもので、目印となるものと方角だけが記されている。この地図を頼りに三ヶ所のチェックポイントを通過して、ゴール地点に辿り着くのが目的だ。
クリアタイムによって順位付けがされ、一位のチームには賞品がある。
(優勝賞品が、欲しい!)
優勝チームへ与えられるアイテム――ブルースターペンダント(魔力と魔法防御力を小幅に上昇させる)は、このイベントでしか入手できない。
(同効果のアイテムも、上位アイテムもたくさんあるけれど、プレイヤーとしては限定アイテムはコンプリートしておきたいところよね)
地図を見る。第一チェックポイントは、猫の頭の形のような石と、小さな泉が目印だった。
「ちょっと見せて」
ジュリアンが手を伸ばしてきたので、地図を渡す。彼はそれにさっと目を通すと、すぐにロザリンドに返した。
「では早速、この猫石と泉を探してみましょう」
「すぐに見つかるよ。前のやつらの足跡を追っていけば、すぐだ」
「へえ、頭いいじゃない」
探索を開始する。生い茂る木々の間を歩き、目印となっている猫石を探す。
ジュリアンの言った通り、先に出発したチームのものと思わしき道を歩いていったら、すぐに見つかった。
「わあ。本当に猫の形をしていますね。この辺りに泉と、チェックポイントがあるはず――」
「ロザリンド、ちょっと地図見せて」
「はい」
渡そうとした瞬間、びゅんっと勢いよく黒い影がロザリンドとソフィアの間を飛んでいく。
それは、鳥のモンスターだった。
小型の鳥が地図を嘴でつかんで持ち去っていく。
「燃えろ!」
ソフィアが魔法の火矢をモンスターに放つ。火矢は見事に空中のモンスターに当たり、モンスターが燃え上がる。
そして地図も炎に包まれて灰になり、はらはらと枯れ葉のように落ちてきた。
すべてが一瞬の出来事だった。
残ったのは、灰となった地図と、モンスターの小さな魔石のみだった。
「あーあ」
ジュリアンの呆れたような声が森に響く。
「……ごめん、なさい」
ソフィアは顔を青くして俯いた。
「私もちゃんと持っていなくてごめんなさい。大丈夫です! 戻ってもう一度地図をもらいましょう」
「時間の無駄だね。何か紙はある?」
ジュリアンはあくまで冷静だった。
冷たいともまた違う。
「紙ですか? レクリエーションのしおりのメモ欄くらいでしょうか」
「うん、これで充分」
ロザリンドが渡した紙に、ジュリアンは手をかざす。
すると手のひらから、じわりと黒いものが水に溶けたインクのように流れ出す。
それらは紙に吸い込まれていき、やがて地図がそこに描かれた。転写されたかのように正確に。
「あの地図です! さすがジュリアンさん!」
「大げさだよ。念のために覚えておいただけだし。少し違うかもしれないけど、元々ざっくりした地図だし大丈夫じゃない?」
ジュリアンはあくまで冷静だ。慌てることも怒ることも誇ることもしない。
「……ありがと」
ソフィアが、少し涙ぐみながら言う。
「どういたしまして。それじゃ、さっさと終わらせて休もうよ」
「うん」
ジュリアンは相変わらずそっけないが、先ほどよりも空気が和んでいた。
ロザリンドも微笑む。『エターナル・リンクス』では仲間同士の絆も重要だが、それ以上に、友人たちがこうして少しずつ打ち解けていくことが嬉しかった。
そうして、泉のほとりの第一チェックポイントに到着する。教官からスタンプをもらい、時間を記録してもらう。
その後、第二チェックポイント、第三チェックポイントも無事経過。
「後はゴールに向かうだけですが……ごめんなさい、少しだけ失礼します。あの先の三本杉で合流しましょう」
「なに? 一緒に行くよ」
「いえその……」
ロザリンドはソフィアをちらりと見る。
ソフィアは了解したとばかりに頷き、ジュリアンのローブを引っ張る。
「デリカシーのないやつね。乙女の秘密を探るものじゃないわよ」
「なんなんだよ、もう」
ロザリンドは曖昧に笑いながら道の脇に逸れる。
見晴らしのいい場所に跳ねるように移動しながら、クリストファーの魔力がこもった魔石をひとつ取り出す。
「バレット」
自分の魔力を込め、自らの銃弾にする。
これでロザリンドが魔石を自在に操れるようになった。
(シナリオ通りなら、孤立したロザリンドのもとに――)
木の陰に隠れながら顔を上げると、上空を飛んでいる魔族の姿が見えた。
赤紫の髪、黒い翼を持つ少女が、感情のない澄ました顔で飛んでいる。
(いた――燭台のグレイシア)




