11 レクリエーション
――五月――花咲く月メイフローラ。
「地図表示――ううーん……やっぱりない……」
明日からのレクリエーションに向けて自室で最後の準備をしていたロザリンドは、大きなため息をついた。
長年お世話になったフリーマップ『沼地のスライム』が、システム上の地図から消えている。
元々あれは四月しか行けないフリーマップだ。いまは五月。消えていて当然ともいえるのだが。
(ゲームシステムは、時間進行に沿って変化している)
この世界がゲームなのか現実なのか、ますます曖昧に感じてくる。
ロザリンドはこの世界に生きているので、現実でしかないのだけれども。
(とりあえず、これからやるべきことは……まずは自分を鍛えること。リンクシステムを使える相手との絆レベルを上げること。装備を整えていくこと。これくらいかしら)
何故なら、これから先は凶悪な魔人たちが、この国に侵攻してくるから。
全員で協力して魔人たちを倒していくのが、ゲームのストーリーだ。
(にわかには信じがたいわよね……)
そんな世界の危機、発生しない方がいいのだが、発生したときのことを考えて準備しておいた方がいいだろう。
そしてそれと並行してするべきことがある。
(エドワード・グレイヴィル王子に接近大作戦!)
――主人公であり、いまや聖女となったアリーシャの婚約者であるエドワード王子。
彼に接近してなんとかしてアリーシャの情報を聞き出したい。
(そのために、明日からの山岳レクリエーションはとっても有効だわ)
二日間、一年生で山の中で過ごす。
仲良くなれる機会はいくらでもある。
ロザリンドは事前に配布されている地図を確認する。レクリエーションエリアは学園側で安全調査済みで、危険な地域は事前に除外されている。
この半月、地図を頭に叩き入れながら、授業の中で事前準備を行ってきた。
(山岳マップと森マップでモンスターとの戦闘が発生して、特に後半のモンスターが強敵で協力して戦うはずだから、準備はちゃんとしておかないとね)
未来を知っているロザリンドは、戦闘の準備も抜かりない。
今回は個人の魔法道具も持ち込みできるので、大変都合がいい。
小部屋に入って、お気に入りの各種装備を持ち出してくる。
【装備】
・武器:クリスタルワンド(魔力+50、MP回復速度微増)
・防具:スターローブ(防御+30、魔法防御+20)
・足:ウイングブーツ(地形効果影響を軽減)
・アクセサリー1:ウィズダムリング(MP+50、魔力+10)
・アクセサリー2:エーテルブレスレット(HP+30、自動HP回復)
(よし、準備完了)
準備を整え満足したその時、部屋のドアがノックされる。
「ロザリー、少しいいか」
「お兄様!」
ロザリンドは急いでドアへ向かい、内から開く。
クリストファーはめずらしく少し驚いた顔をしていた。
「……頼まれていたものを持ってきた」
「ありがとうございます!」
ロザリンドは部屋の中にクリストファーを招き入れようとしたが、彼はドアの前から動かない。その場に立ったまま、シルクの包みを取り出した。
「ここで受け取れ」
「はい」
ロザリンドが手を差し出すと、クリストファーが魔石を置く。クリストファーの魔力が込められた青い魔石が三つ。
青い魔力は魔石の中で、ゆらゆらと、まるで生命を持っているかのように揺らめいていた。
(なんて、強くてきれいな魔力……)
――ロザリンドがリンクをしたとき、他人の魔力も魔石に込めることができた。
ならば、あらかじめ魔力を込めていたら、ひとりで戦うときでも強力な攻撃が使えるのではないか。
ロザリンドが知る一番強い魔力の持ち主はクリストファー。
義兄妹という近しさもあって、ロザリンドはクリストファーに魔石に魔力を込めてもらうように頼んでいた。
「ありがとうございます、お兄様」
「こんなものをどうする?」
「お守りにします。お兄様に守ってもらえているようで、安心できそうです」
「……そうか」
クリストファーはそれだけ言って、すぐにドアから離れていった。
ロザリンドは急いで顔を出して、廊下を歩くクリストファーの背中に声をかける。
「お礼をしたいのですが、何がいいですか?」
クリストファーが足を止めて、振り返る。
「大したことはしていない。それに、お前が無事に帰ってくるのが、一番の望みだ」
「はい。私、絶対に無事に帰ってきますね。おやすみなさい、お兄様」
【絆】
・クリストファー・ロードリック:★★☆☆☆ up!
◆◆◆
――翌日の早朝、レクリエーション初日。
学園の広場に集まった一年生の前で、学級委員のミリアム・アームストロングがレクリエーションの目的の説明をしていく。
「皆さん、おはようございます。私たちはこれから目的地に向けて出発しますが、皆さんご存じのとおり、レクリエーションの目的は自然の中で楽しむことだけではありません」
彼女の声は明確で、皆を導こうとする強い意志が感じられる。
「この二日間を通して、私たちの冒険心を養うと同時に、自然の中のサバイバル能力を高めていきます。チームワークを学び、強化することもこのレクリエーションの大きな目的です」
ミリアムはひとりひとりの目を順番に見ていく。
「レクリエーションエリアでは、魔法と戦闘技術を実践的に使用することを学んでいきます。すべての参加者は真剣な姿勢が求められます。そして何よりも、他者への思いやりと協力の精神を忘れないでください。それでは、出発します」
その後、三時間かけて徒歩で山岳エリアに移動する。
到着すると昼食休憩、その後はモンスターハンティングが予定されている。小型の訓練用モンスターをひとり一体狩って、魔石を収集するのだ。
「学生のくせに本格的すぎない……? 軍隊じゃあるまいし……」
生粋の文系ソフィアは息を切らせながら歩いている。
意外と体力のあるエリナは割と余裕らしく、ソフィアの荷物の一部を持ってあげたりしていた。
「夜のキャンプファイアー楽しみですね。皆で寝袋に入って並んで寝るのも、わくわくします」
「夜間警備も自分たちでするのよ? もー、信じられない。ロザリンドはどう思う?」
「すっ――ごく楽しみです。二日で終わるのがもったいないくらいですわ」
郊外で同年代の相手と集団生活するなんて、ロザリンドにとって初めての経験だ。楽しみでしかない。
「あなたもそっち側なのね……」
既に疲労困憊になっているソフィアの背中を押し、目的地に向けて歩き続けた。
王都近くの山の中に、学園の所有する土地がある。
宿泊施設もあり、生徒たちの訓練場として活用されている。近隣には王国騎士団の訓練場もあるという素晴らしい立地だ。
到着と共に簡単な昼食休憩を取り、すぐに最初の課題が発表される。
最初の課題は、個人でのモンスターハンティングだ。
山の中――決められたエリアに放たれた訓練用モンスターを一匹倒して魔石を拾ってくるというものである。基本的に一人での行動が推奨されるが、協力してもオッケーだ。
生徒一人ひとりに追跡魔法が付与されるので、もし迷ったりトラブルに遭ってもあとでちゃんと回収される。安全安心な環境での遊びである。
ロザリンドは解散後、まずはひとりで山の中を散策した。
【地形効果影響:軽減】
(ウイングブーツの効果かしら。悪い足場でも案外動けるものね。沼地で歩き回っていたおかげもあるのかしら)
両手を広げて、岩を足場にして跳ぶように移動する。
「ああっ、楽しい……っ」
山歩きを楽しんでいると、岩陰からひょこっと一角ウサギが顔を出す。眉間から角の生えた小さなウサギだ。
「マジックショット」
ロザリンドが軽く放った一撃でモンスターは倒れ、輝く魔石を落とした。
その場に行き、魔石を拾う。
――これで課題クリア。
(エリナとソフィアは大丈夫かしら。探しに行こうかな)
他のクラスメイトとも親交を深めたい。単独行動はこの辺りにして、人を探そうとした刹那――
曇った空から、ぽつりと雨が落ちてくる。
「……ん?」
空は急速に暗くなり、大粒の雨が降り始める。
ロザリンドは急いで荷物の中から雨具を取り出し、着る。
雨はその間にもロザリンドを、土を、岩を、木々を濡らしていく。
やがてそれは豪雨へと変わり、雨具も役に立たないほどになってくる。
(雨宿りできる場所を探さないと……確かあっちの方に深めの岩陰があったはず)
来た道を戻り、目をつけていた雨がしのげる場所に移動する。
だが、そこには既に先客がいた。金髪の男子生徒が。
「王子殿下?」
先にいたエドワード王子と目が合う。
琥珀色の瞳を見て、思わずロザリンドは後ろに引いた。
「私は別の場所を探しますので――」
「大丈夫。ここにはまだ余裕がある」
言いながら、ロザリンドが入るためのスペースを開けてくれる。
これ以上断るのはさすがに心証が悪くなる。ロザリンドはおずおずとその場所に入った。
岩陰で並んで雨宿りをする。
雨はすごい勢いで、跳ねる水飛沫だけで濡れていくほどだった。
あらゆる音が吸い込まれ、景色が雨のヴェールに覆われ、世界に二人きりになったような錯覚さえしてくる。
――ロザリンドは緊張していた。
異性と――しかも王子と二人きり。公爵家の娘であるロザリンドと、王族のエドワードは、親族のようなものだが、いままでほとんど関わりがなかった。
緊張しないはずがない。
(勇気を出すのよロザリンド……これは、アリーシャのことを聞く大チャンスなんだから!)
勇気を振り絞り、隣に立つエドワード王子に声をかける。
「すごい雨ですわね」
「ああ、だがもうすぐ止むと思う」
「……殿下は、魔石はもう手に入れられましたか?」
「君にここでそう呼ばれたくないな」
少し強張った声で言われた言葉に、びっくりする。
「ワガママだと思うけれど、学園の中だけぐらいは学友と対等でいたい」
そう言いながら、魔石を取り出す。
ロザリンドも魔石を取り出て、見せ合い、微笑みを交わした。
いままでの緊張がやわらかく解けていく。
そして、いまがチャンスと思った。
「エドワード様は、その、婚約者がいらっしゃるんですわよね」
「ん? ああ……」
「どのような御方か、お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
気まずい沈黙が流れる。
(私、やらかしちゃったのかしら……?)
学友とはいえ、親戚とはいえ、そう仲良くもない相手に、個人的なことを聞かれて怒っているのだろうか。
焦るロザリンドの隣で、エドワード王子は困ったように苦笑した。
「……参ったな。彼女のことは、ほとんど何も知らないんだ」
 




