7.吹き上がる炎と煙
「第三班、負傷者が既定の数に達した為、退避を開始しました。第四班は第三班の退避行動の支援に当たりますっ」
「相手はアンドロイド一体だぞっ、さっさと制圧できないのかっ」
隊長は忌々しそうに倉庫を睨みつける。
アリスは外での戦闘は損耗が激しいと判断し、その主戦場を倉庫の中へと移して籠城戦へと行動内容を切り替えていた。倉庫内に置かれた銃器を使い、中へと入ってくる機動隊員を次から次へと撃ち抜いていく。銃の弾倉が空になれば投げ捨て、新たな銃に持ち替えて撃ち続ける。アリスはひたすらそれを繰り返していた。
一人の隊員が隊長の隣へと駆け寄り報告を行う。
「特火隊が到着しました。指示を求むとのことです」
「ようやく来たか。すぐに突入させろ。第三班と第四班はさっさと倉庫内より退避しろ。巻き添えを食らうぞっ」
隊長はにやりとほくそ笑む。
「ロボットの相手はロボットにしてもらうのが一番だ」
機動隊の包囲網の遥か後ろに機械の塊のような歪な形をしたトラックが停まっていた。
そのトラックの周りには他の隊員とは異なる色合いの服を着た十数名の隊員がいた。それら隊員の誘導と共にトラックの荷台が開かれる。
トラックの荷台から四足のロボットが三基、姿を現した。
・・・
一時的に相手からの銃撃が止んだ。
アリスはここぞとばかりに武器の換装を行う。
ドレスの各所に設けられたスリットに未使用の小銃を固定する。腰の固定金具にも未使用のマシンガンを固定し、予備のマガジンもドレスの収納スペースに格納していく。
一番の大物は携帯型のレーザー兵器。そのエネルギー供給源は背中に背負うタイプのエネルギーパックだ。アリスはそれを背負う。アリスのシステムが自動でリンクを開始し、エネルギーパックは駆動を開始する。そしてアリスは砲身の長いレーザー照射機を手に持った。
アリスのシステムが敵を感知する。
手に持ったレーザー照射機を倉庫の出入口方向に向けるのとほぼ同時に、多数の銃弾が壁を貫いてアリスへと降り注いだ。
ハンガーが銃弾を受けて砕け散り、周囲に置かれていた銃器も吹き飛ばされていく。
アリスは身を翻して飛来する弾丸を避ける。
そして着地と同時に再度レーザー照射機を出入口の方に向けて構えると、引き金を引いた。
照射機から眩しい光が放たれ、壁を貫通し、立ち並んだ鉄骨の柱をも貫いて、出入口に立っていた四足のロボットの外殻装甲を焼き削った。
しかしロボットはそんなものものともせず倉庫の中へと入り込んでくる。
アリスは次弾の照射準備に入った。
エネルギー弾倉の切り替えに掛かる時間は3秒掛。エネルギー供給の回路が新しい弾倉に切り替わり、照射機のシステムがそれを認識し、照射機へのエネルギー供給が開始され照射機に充填される。
それよりも早くアリスの位置より右側の壁が爆発するような勢いで砕け散った。
散乱する瓦礫の向こうから別のロボットが現れる。
ロボットのメインカメラがアリスの姿を捉え、銃口がアリスへと向けられる。
アリスは躊躇うことなくエネルギー充填状態に入った照射機でロボットの銃口を叩いた。
ロボットの銃口は逸れ、銃の射線はあらぬ方向へと向く。放たれた弾丸は壁や天井を貫いた。銃口を叩いた照射機は電流と火花を散らして爆散した。
それらの余波に巻き込まれアリスは床を転がった。
さらに頭上の天井が砕け散り、落ちてくる瓦礫と共に三体目のロボットが降ってきた。
アリスは寸前のところで体勢を立て直し、さらに床を転がってこれを避けた。
そんなアリスを追い駆けるように二体目のロボットがアリスに向けて弾丸の雨を降らせる。
さらには出入口のところにいた一体目のロボットがアリスのいる区画まで入り込んできた。
一対三。
アリスのシステムが自身へと向けられる銃口と赤外線照射を感知して警告メッセージを発する。同時に銃口の動きと射線の隙間を計測し、アリスをその中へと誘導する。
アリスは背負っていたエネルギーパックを一体目のロボットのメインカメラの前へと向けて投げつけた。そしてマシンガンを手に持ちエネルギーパックを撃ち抜いた。
漏電と化学反応による爆発。噴き出る炎と飛び散る破片や化学物質によりロボットのセンサー類が一時的な目眩らましを喰らい動きが一瞬だけ止まる。
アリスはロボットの体を駆け上りジャンプする。そしてロボットの頭に取りついた。
ロボットの外殻装甲の隙間にマシンガンの銃口を突っ込み、内部に向けて銃を乱射する。
ロボットは暴れ回りアリスを振り落とそうとする。
さらに残る二体のロボットが、一体目のロボットもろともアリスに向けて銃撃を行う。
一体目のロボットの頭が銃撃により吹き飛んだ。
アリスは片腕を吹き飛ばされてロボットの上から転げ落ち、床へと落ちた。
二体目三体目のロボットからの銃撃は終わらない。
間髪入れずに床に転がったアリス目掛けて弾丸が注ぎ込まれる。
アリスは床を転げ、すかさず体勢を立て直し立ち上がると降り注ぐ弾丸を避けた。
ドレスのスリットから小銃を取り出す。腕を伸ばし、ロボットへと向けて構える。
アリスは小銃の引き金を引く。そして降り注ぐ弾丸の中を走った。
・・・
瓦礫の山と化したハンガーの後ろ。幾本ものドラム缶が置かれ、その間には爆薬が設置されている。
爆薬に設けられた小さなモニターの中では、表示された数値が徐々にその値を減らしていく。
・・
アリスは二体目のロボットに取り付き、メインカメラを小銃で撃ち抜いた。
しかしロボットの複数のサブカメラとセンサー類はアリスを補足し続け、至近距離でアリス目掛けて銃を乱射する。
直撃は無くとも弾丸は掠めるだけでドレスを破壊し、アリスの身体を引き裂いていく。
そして距離が空けば再び弾丸の雨を放ってくる。
アリスは小銃を手になおも走った。
・
モニターに表示された値が3、2、1、と減っていく。
そして遂に、その値は0となった。
直後、大爆発が起こった。
◇
倉庫の外で銃声に耳を傾けつつ倉庫の様子をうかがっていた隊長は唖然とした。
倉庫は突如オレンジ色の炎を噴き出し、次の瞬間にはもうもうと黒い煙を立ち昇らせ始めた。
衝撃波と熱風が押し寄せ通り抜けていった。
隊長は叫んだ。
「な、何が起こったっ! 状況を報告しろっ!」
周囲の隊員もおろおろするばかりで正確な情報はなかなか入って来ない。
その時だった。
炎と煙の中からアリスが飛び出してきた。
アリスは着地したかと思うと物凄い勢いで走り出し、そして再び飛んだ。
「なっ!?」
驚きの表情を浮かべた隊長の頭上を跳び越えていく。
バリケードのように並べられた車両の屋根に着地したかと思うと、それを足場にしてさらに先へと飛んだ。機動隊員の合間を駆け抜け、さらに別の車の上に飛び乗りさらに先へ。
アリスは機動隊による包囲網を突破し、その場より逃走した。