5.彼女の仕事
深夜、足立の携帯電話がけたたましく鳴った。
「誰だよ、こんな時間に……」
眠っていた足立はもぞもぞと起き上がり布団の中から這い出ると、今もなお着信音を鳴り響かせている携帯電話へと手を伸ばす。そして渋々電話に出た。
「はい、足立です」
「夜分にすまない。私だ、熊田だ」
ドスの利いた熊田の声で寝ぼけていた頭が目を覚ます。
熊田から電話が掛かってくることは滅多に無い。しかもこんな時間に掛かってくるなどよほどのことだ。何か問題が発生したのかもしれない、そんな不安が即座によぎる。
そしてその予感は的中した。
「問題が発生した。大至急、支店に来てくれ」
「何かあったんですか?」
「事情は現場で話す。いいか大至急だ。頼んだぞ」
そう言うと通話は一方的に切られた。
何があったのだろう……。
こんな深夜に呼び出されたことは今まで一度も無かったことだ。システムに障害が発生したのか、それともアリスに何かあったのか、幾つかの可能性が思い浮かんだが結論など出る筈もなかった。
とりあえず、指示を受けてしまった以上、動かない訳にはいかない。
足立は急いで着替えて身支度を整えると部屋を出た。
◇
足立は支店へと向けて車を走らせた。
支店とはいつもの地下室とはまた別のところにある施設だ。町外れの閑散とした工業団地の中にあり、普段は何も置かれていないただの空っぽの倉庫になっている。可能な限りその存在を秘匿し、非常時にのみ使用することを目的として配置された活動拠点のひとつだ。
そこが使われるということは、本当に大問題が発生しているということなのだろう。
足立はアクセルを踏み込み車を勢いよく走らせる。
・・・
そして足立は支店に着いた。
車を降り、倉庫の出入口に向かう。
そこにはすでに何台かの大型のトラックが横付けされ、幾人かの作業員が動き回り、鉄の箱を倉庫の中へと運び込んでいる最中だった。
足立は倉庫の中に入る。
倉庫の奥には搬送用のカプセルに入れられたアリスがいた。
カプセルの近くには増田がいて、運び込まれてくる鉄の箱をあっちだこっちだと言って仕分けしていた。
少し離れた場所には熊田が立っていてそれらの様子を眺めていた。
足立は熊田の隣へと駆け寄る。
「ようやく来たか」
「熊田所長、いったい何があったんですか? これはいったいどういう事なんですか?」
熊田は作業の様子を眺めながら言う。
「内部から裏切り者が出た。組織の情報が外部に流出し、警察にアリスの存在が漏れた。警察は現在、機動隊を組織してアリスの摘発に動き出している。工場は今、連中に包囲されている。夜明けには突入が始まる予定だ」
「突入って……」
「裏のことを知らない新人共の暴走だ。正義こそが正しいと信じて今回の摘発に踏み切ったらしい。組織と警察の上層部との間にも繋がりはあるが、さすがに今回ばかりは抑えきれなかったようだ」
増田は並べられた鉄の箱を開けていく。
ひとつめの鉄の箱の中には白いドレスのようなものが入っていた。ドレスといっても布地で織り成された一般的な服とはかなり違う。薄い装甲板が幾重にも重なり、電子部品が様々な箇所に取り付けられた、まさしく機械仕掛けのドレスだ。
そしてふたつめ以降の箱には様々な武器が部品が収められていた。小さな銃からライフルやマシンガン、果てはどこから持ってきたのかレーザー兵器のような代物まで。
増田は作業員に指示してそれら内容物を箱から出していく。
足立と熊田はそんな作業風景を眺める。
「しかし上層部はこれをアリスによって迎え撃つと決めた。犠牲になる者には悪いが、それなりに人的被害を出させ、その新人共に詰め腹を切らせようという魂胆らしい。まぁ、組織に歯向かったらどうなるかという見せしめの方が本筋なんだろうがな」
増田の指示の下、作業員の手によってアリスがカプセルの中から出され、ハンガーと呼ばれる固定器具に吊り下げられ固定される。
アリスが纏っていた簡易の服が脱がされる。
そしてドレスの装着が始まる。
足立はアリスの様子を横目に言う。
「アリスを切り捨てる気ですか」
「ああ、そうだ。情報が流出した機体はもう使えんからな。あれにはここで退場してもらうことになる」
熊田は上着の懐に手を入れるとメモリーカードを取り出し、足立へと向けて差し出してきた。
「彼女の最後の仕事だ。届けてやってくれ」
拒否権は無い。それは足立もよく分かっていた。
たとえ拒否したとしても自分に代わって増田がやるだろう。そしてここでの拒否は組織からの離反であり、命の保証がなくなることも意味している。
選択肢は、はなから与えられてはいなかった。
足立は顔を歪めならも、差し出されたメモリーカードを無言で受け取った。
◇◇◇
東の空がうっすらと白む頃、足立と増田はアリスの調整作業を終えた。
アリスはドレスに身を包み今もハンガーの中で吊るされている。
白色を基調としたドレスはまるでウェディングドレスのようだ。そしてハンガーの周りには不釣り合いな黒光りする銃器がずらりと並べられている。
さらには、ハンガーの後ろ数メートルの位置には、幾本ものドラム缶と共に爆薬が設置されていた。
足立達は倉庫より外に出て、自分達の車のある場所へと来ていた。
横付けされていた大型トラックや作業員達は一足先にどこかへと消え去っていた。倉庫の周囲は今はもうガランとして静まり返っている。
熊田は足立と増田に向かって言う。
「本部には先ほど連絡を入れた。一時間後にはここの情報が流出する。ここは間違いなく戦場になる。いいか二度とここには近づくなよ。それと状況が落ち着いたらこっちから連絡を入れる。それまでは大人しくしていろ。くれぐれも目立った行動はするな。分かったな」
熊田はそう言い残すと車に乗り込み、
「それじゃ、またな」
その言葉を最後にドアをドンッ閉め、車を出すとそのまま走り去っていった。
「それじゃ、僕も行きますんで」
「ああ、気を付けてな」
増田も自分の車に乗り込むと走り去っていった。
足立は一度だけ建物へと目を向ける。
踵を返すと自分の車のところへと向かい、車に乗り込む。
アクセルを踏み込み、車を出し、足立は支店と呼ばれる倉庫を後にした。
◇◇◇
ビルの合間から日が登る。
工場と呼ばれているビルの周りを機動隊が包囲していた。
「時間です」
「よし、突入しろ」
突入の指示が最前線の隊員へと伝えられる。
扉のロックが電動工具によって切断されていく。けたたましい金属音が周囲に響き渡る。そしてガキンッという音と共にロックは壊され扉が開かれた。
扉の隙間から室内へと催涙弾が投げ込まれ、室内で閃光と催涙ガスをまき散らす。
数秒後、防護服に身を固めた機動隊員が室内へと押し入った。
部屋の明かりは点いていた。しかし部屋の中には何も無かった。
「誰もいません。もぬけの殻です」
ただひとつ、部屋の一番奥に残された機械を除いては。
機械のセンサーが機動隊員を感知する。そして次の瞬間、
工場は爆発した。