9.微笑む彼女
薄暗い部屋の中。
アリスは椅子に座っていた。少しだけ頭を垂れ、じっと床を見詰めている。
部屋の片隅では足立が熊田と電話で話をしていた。
「はい、はい、申し訳ありません。今は隠れ家の方に来ています。アリスは今はスリープモードの状態です。はい、それ以降は動かしていません。はい、はい、分かりました。以後は連絡を待ちます。失礼します」
そして足立はため息と共に熊田との電話を切った。
足立は今、いつも寝泊まりしているアパートとは違うまた別の住宅に来ていた。
特定の誰かが住んでいる訳ではない。基本的には空き家であり、非常時に使用することを目的に確保された予備の隠れ家だ。
逃走しているアリスを拾ってしまった以上どこで足がついているか分からない。自身の身元もすでに特定されてる可能性がある。あのアパートにもいつ監視がつくか分からない。そんな場所に戻るのは危険だ。
それらの理由により足立は仕方がなくこの隠れ家に身を寄せていた。
「熊田所長が上手く取り計らってくれればいいが……、あとは祈るしかないな」
不可抗力とはいえ組織の計画を台無しにしたのだ。さらにはアリスの回収という目立つ行動までしてしまった。何かしらの処罰が下されてもおかしくない。
本部の判断ひとつで自身の今後は大きく左右される。
かといって組織の尻尾切りにされるのは御免だ。それは勘弁願いたい。
運を天に任せ、本部が寛大な判断を下してくれることを願うばかりだった。
足立はアリスを見た。
片腕を失っている。それ以外の箇所もボロボロだ。髪は焼け焦げているし、全身傷だらけで無傷と呼べる場所はほぼ無いに等しい。純白だったドレスも今や煤で黒く汚れてボロ雑巾のようだ。
本当にあとはもう廃棄される以外に道が無いロボット、そのものだった。
かといってこのまま放置するのも心が痛んだ。なまじ人の形をしているからかもしれない。あとで綺麗にして少しくらいは整備してやろう、そんな思いが胸に湧いた。
足立はアリスの顔へと目を向ける。
不意に苦笑いがもれた。
「何だか楽しそうだな」
俯いた彼女は微笑んでいた。そんな気がした――。
END