004-5 そして悠は姿を消した
「………緊急事態よ」
机に両肘をつけ、組んだ手を口元に当てつつパーク・リー・ノーレッジは口にした。
その表情は酷く疲れており、コトが思うように進まなかったようで、重い空気が流れる。
「大丈夫ですか、ノーレッジさん?」
あまりに深刻そうな様子に、キュア・リトルベアーは心配しつつ訊ねた。
そんな私の声に、ノーレッジはチラリとだけコチラに視線を向け、深い溜め息を吐き出す。
「誤魔化す、誤魔化さない以前の問題よ」
そこまで口にした彼女は瞳を閉じると、
「キュア、シルバーに至急来るように連絡して」
次に目を開けるまでの数秒のあいだに状況を整理したのか、コチラに指示する。
その指示に従い、端末を取り出すと、指定された人物である シルバー にコールした。
流石瀟洒なメイド。ワンコールで繋がる。
いつも彼女の立ち振る舞いを参考に仕事をさせてもらっているが、
「シルバー。ノーレッジが至急来て欲しいと」
と伝えたら、珍しく取り乱したのかシルバーの声が震えた気がした。
だが、次の瞬間には普段と変わらぬ声色に戻り、先程の震えは気のせいか?と思っていると、逆にシルバーから質問され、キュアは端末を耳から離しノーレッジに聞く。
「シルバーさん以外も呼ぶ必要はありますか?」
その問いにノーレッジは少し考え答える。
「悠以外は全員」
「わかりました」
聞いたまま、キュアは伝えた。
端末越しだがシルバーの動揺が伝わってくる。
こんな彼女はーーー本当に珍しかった。
★
連絡してからーーー数分。
「どういうことよ、ノーレッジ!」
事務所の扉が雑に開けられたかと思うと、大声とともにゴールド様が現れ、ノーレッジが座っている机を叩いた。
扉の音にビクッと驚いた私だったが、声を荒げるゴールド様と平然とした様子で見つめ返すノーレッジとの温度差に、ハラハラとした気持ちを抱きながらノーレッジの横に立ち続ける。
そんな状況のなか、事務所に遅れて入ってきたシルバーとカッパーが状況を察し、ゴールド様を宥めるために2人は両脇に立った。
3人が揃ったところで、ノーレッジは口を開く。
「あなた達、ゴールドに話してないの?」
淡々と、感情の幅がない声。
あのモードの時の彼女は私でも怖いが、シルバーは覚悟をしていたのか、普段と変わらぬ様子で頭を下げつつ経緯を説明した。
「申し訳ありません。ノーレッジ様が呼んでいることと、ブレシード様に悠のことがバレたかもしれないことを話しましたらコチラへ走り出してしまいーーー詳細については」
「………そう」
「ちょっと、 無視しないで説明してよ! なんでブレシード姉様に悠のことがバレているのよ!」
バンバンと机を叩くゴールド様の姿は普段なら可愛らしいと思って微笑ましく眺めるのだが、いまはノーレッジを刺激しないで!と願ってしまう。
現に、ノーレッジは苛立ちを堪えるように眼鏡を片手で覆うように押さえていた。
「別に私がバラしたわけじゃないわよ」
「なら、なんで!」
「なんで!ーーーは、コッチが訊きたいわよ」
そこまで口にしたノーレッジは、ゴールド様達に見える様にパソコンの画面を向ける。
何故、画面を見せたのか疑問に思ったゴールド様が眉間に皺を寄せていたが、
「連絡がきてWEB通話繋げたら、
『晩乃悠という男を知っているかい?』と、
いきなり彼女に質問されてね」
語りつつパソコンの操作をするノーレッジは画面に数枚の画像を表示させた。
「知らないと答えたらーーこれを見せられた」
私からは見えないが、事前に見せてもらっているので、なにを見せられているのかは知っている。
見せられた3人は " ハッ ” とした顔をし、気まずそうな表情を浮かべた。
「悠がいると、はぐらかされそうだったから貴女達だけを呼んだのだけどーーー改めて『なんで』と訊いていいかしら?」
画面に映し出された画像の場所は空港の入管。
一般に利用する場所とは違い、プライベートジェットなどを利用した特別なお客様を対応するために設けられた場所。
そこで受付対応をするシルバーと、後ろに立つカッパー。
それだけなら問題はないのだが、カッパーの腕の中にはブランケットに包まれお姫様抱っこされたまま眠る晩乃悠の姿があった。
「……………」
誰も答えず、事務所に流れる沈黙。
「カッパー?」 「あ、その、え〜っと」
「シルバー?」 「これは、そのーーー」
「ゴールド?」 「………」
見かねたノーレッジが、それぞれに問いかけるが答えは返ってこない。
「私の疑問には答えてくれないのかしら?」
ピリピリとした空気が辛い!
その対応が ”なにか” をやらかしていると白状しているようなものなんだけれども。
きっと悠なら、ノーレッジの読み通り平然とした様子で対応していただろう。
だからこそ、彼は呼ばれなかった訳だが……。
「正直言ってしまえば、私は別にゴールド達が “ なに ” をしていようとも構わないわよ……貴女は私のクライアントなんだし、クライアントの秘密くらいは守るし、依頼されれば対処もするわ」
「………」
「ーーーけれど、今回に限っては貴女達で対処なさい!ブレシードは近いうちに顔を出すと言っていたから」
「そ、それは!」
シルバーが困ったように、そう漏らす。
彼女達は、自分達だけではブレシード様を説得することが出来ないことを理解しているのだろう。
ーーーそれに、
「ノーレッジ、そんなこと言わないで助けてよ」
言い返せないゴールド達に、カッパーが救済を求めるが、ノーレッジの反応は冷たい。
「良い機会だし、少しくらい過去と向き合いなさいーーー悠がブレシードを前にして対処できるかは知らないけど」
疲れたように眼鏡を外したノーレッジは、眼鏡の汚れを拭きながら言葉を続ける。
「私ではなく、騒動の原因である彼を頼りなさいよ」
眼鏡を掛け直し、見つめられた三人は口をつぐむ。
ゴールド達に同情するが、ノーレッジ様の気持ちも理解できる私は、隠していることを話さない彼女達に手を差し伸べることはできなかった。
「あ、お嬢様!」
耐えきれなかったのか、ゴールド様が私達に背を向け、部屋から飛び出していく。
そんな事態に、シルバーはお嬢様とノーレッジを何度か見比べたのちに、私達に頭を下げると追いかけるように部屋を後にする。
そのあとを追うかと思われたカッパーは、困った顔をしながら頭を掻きつつ訊いてきた。
「本当に助けてくれないの?」
「包み隠さず事情を話してくれるの?」
「それは………いまは無理ね」
「なら、私も無理よ」
困ったように笑いつつ答える彼女に、ノーレッジは呆れた顔をしつつ告げる。
「助けを望むならキチンと説明しなさい」
「おっしゃるとおりなんすけどね」
「それに、あんた達ーーー悠にも自分達の事情をろくに説明してないでしょう?」
「そう………すね」
その事実に私は驚き、思わず「えっ⁉︎」と声を漏らしてしまう。
集まる視線に恥ずかしさを感じつつも、
「悠ーーーお嬢様の事情知らないんですか?」
と聞かずにはいられなかった。
私の率直な疑問に、カッパーは「そうだね」と再び困った顔で笑う。
彼女の答えにーーー私は絶句する。
★
それから暫くしてーーー
ビルから晩乃悠が消え、
ゴールドが意識を失い倒れた。




