004-3 そして悠は姿を消した
「ちょうどいいところに戻ってきたわね」
シルバーがカッパーとオフィスでの用事を済ませ戻ってきたところ、エレベーターホールにいたノーレッジ様にそう言われた。
声を掛けられる直前、ノーレッジ様は溜め息混じりに端末を見て、面倒くさそうな雰囲気を漂わせており、シルバーは嫌な予感がする。
シルバー達は逃げたい気持ちになったが、エレベーターの扉が閉まる前に降り、彼女の口から告げられる次の言葉を待った。
「アイツから連絡があった」
「ーーーーー⁉︎」
その言葉に緊張が走る、二人。
ノーレッジ様が告げた “ アイツ “ が誰を指しているのか、シルバーとカッパーには理解できた。
だからこそーー緊張する。
「悠のこと、アイツに報告することになると思うけど……いいわよね?」
「そ、それは」
即答できず、口ごもってしまう。
それをノーレッジ様が見逃してくれるはずもなく、
「報告されたらマズイことでも?」
シルバーから理由を探るように目を細めた。
「………いえ、ありません」
そう答えるしかないシルバーだったが、疑惑を抱いた彼女は許してくれず、
「そうは見えないんだが?」
と、更に追求するように聞いてくる。
「ノ、ノーレッジ様」
重い空気にカッパーすらも迫力に負け、絞りだすように名前を口にするのがやっとだった。
重圧に負け、余計な事を口走りかけたとき、
「なに、修羅場? 修羅場?」
悠がエレベーターホールに顔を出す。
普段と変わらない笑顔の悠の姿に、シルバーはホッとした気持ちを抱く。
「別に修羅場ではありません、悠」
「いや〜、でも空気重いし、ノーレッジは機嫌悪そうだしーーーあ、もしかしてノーレッジからキュアちゃんを引き離そうとしちゃった?とか」
「違うわよ!」
揶揄するように口にする悠に、ノーレッジ様が間髪入れず否定する。
「なら、なにがあったん?」
平然と聞き返してくる悠に、ノーレッジ様は面倒くさそうに彼を一瞥すると、やれやれといった様子で説明した。
「クライアントであり、ゴールドの姉でもある人物に私はゴールドの様子を報告するように依頼されていてね……さっき、その彼女から連絡が入っていたのよ」
「近況報告せよ!と?」
「そうよ」
ノーレッジ様から告げられる内容は、シルバー達にとって緊急事態で。
あの方にバレてしまえば悠との誘拐生活は終わってしまう。だからといって執拗に口止めをお願いすればノーレッジ様に疑われてしまう。
「問題、ないわよね?」
訊いてくる言葉が、探りの言葉に聞こえる。
答えが浮かばず沈黙していると、
「問題はあるんじゃない?」
悠が平然と答えてしまう。
悠の言葉に、私だけでなく、ノーレッジ様とカッパーの視線も集まるが、彼は気にした様子もなく言葉を続ける。
「いや、だってノーレッジと最初に会ったときでさえ、あんなに揉めたんだよ。
いくら俺がゴールドから招待されてゴールド邸で過ごしているとはいっても、見方によってはゴールドが自宅に男を連れ込んでる状態。
ゴールドのお姉さんの性格は知らないけど、問題ない!とは言えない状況じゃないかな?」
的を得た言葉に、沈黙する一同。
「そもそもノーレッジは、そのまま近況報告すれば厄介なことになるのが目に見えているから、そんな面倒くさそうにしてるんでしょう?」
ノーレッジ様の沈黙が、彼の言葉を肯定していた。
「まぁ、面倒くさい事態にならないと思うなら、ありのままを報告すればいいんじゃない?」
狡い言い方。けれど、シルバーも参戦する。
「いえ、きっとブレシード様のこと。烈火のごとくお怒りになるのではないかと」
「そうっすね。たしかにお嬢様のためとはいえ、外から見れば年上の男を自宅に連れ込んでるように見えるっすからーーー大激怒っすね!」
察したカッパーが、さらなる追撃。
「どうするの、ノーレッジ?」
「どうしましょう、ノーレッジ様?」
「どうするんすか、ノーレッジ様?」
三人からの問いかけに、彼女は耐えかねたように叫ぶ声をあげた。
「ちょっと、私に振らないでよ!」
「でも、ノーレッジは報告するんだよね」
「………そうだけど」
「だったら最初に問い詰められるのはーー」
「ノーレッジ様ですね」
「ノーレッジ様っすね」
私達の言葉に面倒事になる未来が浮かんだのか、ノーレッジ様は大きく息を吐き出すと、
「あんた達ねぇ……わかったわよ!」
頭を掻きながら覚悟を決める。
「誤魔化せるなら誤魔化してみるわよ。アイツが怒ると面倒くさいからね。ただ、バレたときのためにアイツが納得するような説明を用意しておきなさいよ!」
タイミングよく到着したエレベーターに乗り込んだノーレッジ様は、扉が閉まるなか私達に言い放ち、そのまま消えていった。
「騒ぐだけ騒いで消えてったね、ノーレッジ」
「それは貴方がーーーいや、もういいです」
私の疲れた顔に、カッパーが苦笑する。
正直、どうなるかと思ったがノーレッジ様が対応してくれるなら大丈夫……な筈だ。
ブレシード様相手なので完全に安心することはできないが、時間は稼げるだろう。
張っていた気が緩み、息が漏れる。
「ともあれ、悠。助かりました」
「本当、ナイスタイミングっすよ!」
なんとかなりそうな状況に安堵した私達は、功労者である彼に感謝を伝えた。
が、言われた本人は呆れた様子で告げる。
「たぶん、すぐバレると思うよ」
「「え⁉︎」」
「ノーレッジも言ってたじゃない、『誤魔化せるなら誤魔化してみる』って」
「えぇ、ですので私達はーーー」
「だから誤魔化すってことは、ゴールドのお姉さんであるブレシードは “なにか” に気づいたからノーレッジに連絡をしてきたんでしょう」
彼の指摘に言葉を失う。
「なら、今日なのか明日なのかは不明だけど、ノーレッジの面倒くさそうな様子から近いうちに嵐が来るんじゃないかな」
そんな彼の言葉に襲ってくる不安。
思わず、今回のように助けてくれないかと救いを求めるように彼へと視線を向けそうになるが、巻き込んでいる私達が縋るなんて図々しく感じ、視線を落としてしまう。
私の不安な様子が、カッパーにも伝わり不安にさせてしまう。
ーーーどうにかしないと。
ーーーどうにかしないと。
ーーー私がどうにかしないと!
考えれば、考えるほど思考は坩堝にはまる。
そんな私を見かねたのか、悠が口を開くが、
「いないと思ったら、みんなしてエレベーターホールでなにしてるの?」
と、お嬢様が顔を出した。
「いえ、特になにも」
「用事を済ませて上がってきた所っす」
もしかしたら悠が助けてくれたかもしれない状況が途切れたことを残念に思いながらも、普段通りにお嬢様に笑う。
カッパーも私の思いを汲んでお嬢様に接する。
悠の対応が不安だったが、
「悠は、どうしてここに?」
「勉強飽きたから本でも読もうかと思ったら、ちょうどエレベーターホールから音して見にきた感じだよ」
とりあえず私達に合わせてくれた。
そして、そのまま何事もなかったかのように普段通りの生活に戻るーーーくすぶる不安を抱えながら。




