003-6 彼女達
「なるほど夜風にあたりに来た。と」
そんな目的を叶えるように、カッパーは悠の手をひき、バルコニーへと歩き出す。
「てっきり、脱出経路でも探索してるのかと思ったっすよ」
「まっさか〜」
そんなことを歩きながら訊くと、悠は笑いながら答えた。
まぁ、嘘ではないだろう。
ただ、まったくそういったことを考えてないわけでもないだろうけど。
途中、ジムに併設しているキッチンエリアの冷蔵庫から自分の分の水を取り、
「悠は、なに飲むっすか?」
冷蔵庫の中身を見せつつ言うと、
「う〜ん、炭酸水で」
悠が答えたので要望通りに炭酸水を渡す。
それを悠が受け取り、私達はバルコニーへ出る。
夜。この場所は大通りから少し外れているので思いのほか静かで、遠巻きに聞こえてくる喧騒がまるでBGMのように聞こえる。
「ーーー悠」
そんな雰囲気を感じつつも、カッパーはバルコニーに設置されているソファに座り、ポンポンと叩くと悠を座るように促した。
促されるまま座ると、悠が一息つく。
それを見たカッパーは水を一口飲んだ。
外気は肌寒い気もするが、悠とのやり取りで熱くなった身体には心地よい。
「ここは、思ったより静かだね」
悠は、『プシュッ』と炭酸水を開ける音を響かせながら告げる。
「そうっすね。メインストリートは夜中でも賑わっているっすけど、すこしメインからはずれれば、こんなもんすねーーー公園も近いですし」
「そうなんだ」
炭酸水を飲むと空を見上げた、悠。
だが、都心の空では満足いく星は見えないだろう。
「公園って、セントラルパーク?」
「そぉーーーーれは、秘密っす?」
空を見上げたまま、サラッと訊かれたので普通に答えてしまいそうになった。
「秘密っすか、残念」
本当なら、せっかくの米国だ。悠を色々と案内してあげたいが……現状は無理で。
( ーーー観光したい? )
と聞きたかったが、答えはあきらかだし、軟禁してる側に云われても皮肉を言われそうなので………やめる。
悠には申し訳ないが、誘拐生活が始まりカッパーは嬉しかった。
お嬢様は笑ってくれるし、悠と過ごして数日しか経っていないが、彼が来るまえよりも楽しい日々を過ごせている。
ーーー彼を犠牲にして。
罪悪感でチリチリと胸が痛む。
彼は良い奴だ。そんな良い奴にコチラの都合を押しつけていることが、本当に申し訳ない。
「そういえば、カッパー」
「なんすか?」
思い出したように、悠が聞く。
「俺は合格なの?」
「あぁ、ごうか、くっ、すよ ⁉︎ 」
思わず答えてしまいながら、口にした言葉の意味と、彼の言った意味を理解して驚愕する。
「あれ、違った?」
驚きすぎて、言葉が返せない。
「あえて感情を逆撫でてみたり、スキンシップを過剰にしてみたりして、俺が暴力的だったり性的な行いをしないか探っていたんじゃないの?」
「チ、チガウッスヨ」
「有罪時のゴールドみたいになっているよ、カッパー」
「な、なんで気づいたっすか?」
「恋人でもない女性が、過剰にスキンシップしてくるなんて裏の思惑があるときぐらいだったからねーーー過去の経験上」
なんだか、思った気づかれ方ではなかった。
「なんというか、どんまいっす!」
「うるさいやい!」
なんだか、悠の悲しげな過去が垣間見える。
「あ、煽りについては、正直いってカッパーに不自然さがなかったから気づいていなかったけど、ある出来事で “ もしかして ” と思ったんだよね」
「ある出来事って?」
そう聞くと、悠は両手首を見せると告げた。
「手錠をオモチャに入れ替えたでしょう」
「……………」
「米国にきてから手錠をはずしたのはお風呂に入ったときぐらいで、手錠をつけ直したのはカッパーだけだしね」
「もとからオモチャだったんじゃないっすか?」
「はい、ダウト!」
ーーーはい、正解。
「シルバーは “ オモチャ ” であることに驚いていたけど、カッパーは “ オモチャ ” である可能性もあった解答だね」
ーーーこれも正解。
「だから、手錠をオモチャに入れ替えたカッパーは他にも色々と俺を試していたんじゃないかな?って思ったわけですよ」
ーーーはぁ、バレバレだったみたいっすね。
「そこまで理解していたってことは、私がやったことに対する反応は演技だったんすか?」
「いや、ほぼ素です!」
「え〜、嘘っすよね?」
そんなことないと、悠は顔の前で手を振る。
「スキンシップに関しては耐えるのに必死だったし、正直耐えれてない部分もあったし。
煽りだったのかな?ってのも、シルバーとのゴタゴタがあったとはいえ手錠してない俺にカッパーが平然としていたからだからね」
「そうっすか!」
そこまで聞いたカッパーは、悠の本心なんてどうでもよくなってきていた。
ソファに身体をあずけると溜息を吐き出す。
なにもかも見透かされていたと思うと、悠を相手に色々仕掛けていた自分が馬鹿らしく感じる。
「まぁ、私の身体は魅力ないっすからね」
「いや、魅力的でしょ!」
即答され、思わず悠を見るカッパー。
言った本人は失言したと口を押さえていた。
(おや、おや、おや〜)
これは、いままでの反応は嘘ではないのかもしれない。
★
口を押さえつつ、悠は身の危険を感じる。
カッパーの顔が完全に悪戯っ子のそれだ。
まずい、と思いカッパーに背を見せ、逃げようとソファから立ちあがろうとしたが遅かった。
両手首を掴まれ、ソファの背もたれに押さえつけられると、カッパーは悠の太ももにまたがり腰掛ける。
「ちょ、ちょっと、カッパーさん?」
深夜。男女二人、この体勢はいけない。
この光景を周囲のビルから見られでもしたら勘違いされてしまう。
戸惑う悠を、見下ろすカッパー。
そこからカッパーは胸を悠の胸に押しつけ、顔を近づけてくる。距離が縮まっていくのに止まらないカッパーに、悠は耐えきれず目を閉じた。
それでも、顔が近づく気配を感じて……
「ーーー悠」
耳元で名前を呼ばれ、ビクリと体を震わせる。
が、そこから何もなく悠がゆっくりと目を開けると、太ももに乗ったままカッパーがニヤニヤと笑っていた。
「確かに、いままでも素だったみたいっすね」
「クッ、コロ」
やられた!と、悠は顔を背ける。
揶揄いすぎだと文句でも言ってやろうかとカッパーへと向きなおるが、彼女の表情は真面目なモノへと変わっていた。
「ねぇ、悠は他に “ 何 “ に気づいているの?」
「………何に?って」
誤魔化そうか?とも思ったが、カッパーの真剣な顔と、両腕を押さえ込まれ逃げることのできない状況に、質問に答えることにする。
「気づいているわけじゃないよ、ただ疑問があるから考えているだけで」
「疑問………すか?」
「たとえば、何故誘拐という手段を選んだのか?
たとえば、何故ゴールドは俺に友好的なのか?
たとえば、ゴールドの家族はどうしたのか?
たとえば、学校には行っていないのか?
たとえば、事業の初期資金はどうしたのか?」
あながち悪くない部分に疑問を抱いていたようで、カッパーが驚いているのが伝わってきた。
「君達が教えてくれれば、こんなこと考えなくてもいいんだけどね」
おっと、すこし皮肉っぽくなってしまった。
「それは………申し訳ないっす」
彼女の表情に、自分の大人げなさを反省する。
「まぁ、他人の事情にズカズカと土足で入り込むつもりはないーーけど、生活をともにする相手のことは知っておきたいよね」
こんなこと言われたカッパーの気持ちはわからないが、なんだか重くなってきた空気に耐えられず、わざとふざけた口調で言葉を続ける。
「へっ、へっ、へっ、そんなわけで君には俺の協力者として色々と情報を教えてもらおうか」
★
「わ〜、すごく小物っぽいっす」
演技くさい悠の台詞に、あえて乗る。
正直、両手首を掴まれソファに押し付けられ、あまつさえ膝の上に座られている彼が小悪党のようなことを言われても、なんら意味はない。
こちら側が「協力してもらおうか!」と迫るほうが効果がありそうだ。
まぁ雰囲気を切り替えるのには、ちょうどよい。
彼も小悪党キャラを続けるつもりはないようで、ふざけた顔をやめ、普通の口調に戻す。
「まぁ、シルバーにも言ったけど互いに協力できる部分は協力して問題を解決しようよってことなんだけどね」
「悠は、この生活嫌いっすか?」
「嫌いじゃないよ、普段の生活なんかに比べても快適なくらいだし」
「なら、深く考えず。この生活を堪能すればよいのではないっすか?」
そういうと、悠はジトーっとした視線で見る。
「幼女の財布にタカって生活しろと?」
「お嬢様はお金持ちだから問題ないっすよ」
こっちが無理をしいているのだから。
「問題なくても嫌なの!ゴールドが努力して稼いだものだから使い方にまで口出すつもりはないけど、依存する気もないんだよ」
(努力。ーーー努力かぁ)
カッパーは彼の言葉に微笑む。
「まぁ、悠の好き嫌いは別にして。お嬢様の資産なら悠ひとりの生活費くらい屁でもないっすよ。投資だけで数十億の資産築いたみたいですし………事業分も含めれば百億には届いていそうすっからねぇ」
「ーーーー⁉︎」
驚いてる、驚いてる。
「ひゃ、百億?」
「YES、百億!」
「ゴールド、しゅごい⁉︎」
けれど、思ったより驚きが少ない気がした。
「それだけっすか?」
「うん?ーーーあぁ、この生活中はゴールドの近くにいるんだし弟子にしてもらって学ばせてもらおうのもいいね♪」
「いや、そうじゃなくて!」
「ーーーえ?」
「子供が大金を稼いで妬ましくなったり、過剰な資産だとか文句言ったり、おこぼれ期待したり、巻き上げてやろうとは思わないんすか?」
「いや、羨ましいとは思うけどーーーゴールドが頑張った結果でしょう。別に自分を騙したわけでもないし、そんなこと思う理由がないけど?」
なぜ、お嬢様が彼を招いたのか理解した。
そしてシルバーが警戒する理由も理解する。
「ーーーふっ、あはは」
「どうした? 急に笑って」
「いや、なんでもないっすよ」
誘拐までされてるのに、彼は聖母様かよ。
彼の純粋さが怖くもあるが、いまの私達には必要な存在なのかもしれない。
「変なこと言って悪かったっすね」
そして、彼にベットするように笑う。
「それはそうと私は可能な範囲にはなるっすけど、悠に協力することにしたっすよ」
「そら、どうも」
急に協力的な態度になった私に、戸惑う悠。
「ちょ、ちょっと?」
これから負担をかける悠への報酬前払いとして、カッパーは悠の顔を胸に押しつけ抱きしめた。
(どうか、どうか問題が解決しますように)
と、願いを込めるように抱きしめる。
「それじゃあ、よろしくSAVIOR」
淡く、それでいて特大の期待を抱きながら。
★
「はぁ、まったく」
朝。執事然とした服装を着こなすシルバーは、お嬢様達を起こしにいこうとした途中の光景に、あきれたように呟く。
図書エリアに置いてある、ソファ。
3人程座れるソファだというのに、片側だけを使いお嬢様と悠が眠る。
読書途中で寝てしまった悠に、あとからお嬢様が抱っこされるような形でくっついたのだろう。
少々窮屈そうだが、二人共スヤスヤと気持ちよさそうに寝息をたてていた。
(どうしたもんか?)
本来なら起こすのが正解だが、あまりに気持ちよさそうに眠る二人に、シルバーは一度その場を後にする。
そして戻ってくると、二人を起こさぬようにタオルケットを掛けた。
ーーーすこしだけでも、
この幸せそうな時間を堪能してもらえるように。




