003-5 彼女達
寝息をたてるゴールドを起こさないように、悠は寝床を抜けだした。
音をたてないように歩き、扉を閉める。
中途半端な時間に起きてしまった。
再度、眠気がくるまで何をしようか?
ゴールドの趣味部屋ーー多目的エリアーーには、時間を潰すには最適な品が多数あるけれど、皆が寝静まった深夜にするのは憚られる。
書籍エリアに行って、本でも読もうかとも考えたが気分が乗らない。
音に気をつけつつ、フロアを歩いていると、上の階への階段が目に入った。
そういえば最上階にはルームツアー以降行ってない。ジムなんかの他にバルコニーもあるので、夜風にあたれば良い気分転換になるかもしれない。
そんな思いつきに、悠は階段を上がっていく。
★
ーーー足音が聞こえる。
その音に、カッパーは走っていたランニングマシンを止め、近くに置いていたタオルで汗を拭う。
そして、端末で時間を確認しながら考える。
「……お嬢様?じゃないよね。白銀?」
深い、深い夜。
お嬢様は寝ている時間だし、ここ数日はベッドに入るところまで確認している。
なら、白銀ーーことシルバーかとも思ったが、彼女は気配を感じさせない程、静かに歩く。
………と、なると彼しかいない。
カッパーは近づいてくる足音にニヤリと笑うと、入口すぐの壁に背をつけ、気配を消す。
そうしていると足音は入口まえで止まり、音が響かないように扉をスライドさせる。
「しつれいしま〜〜す」
「いらっしゃいっす〜」
薄暗い雰囲気にあわせ声を震わせると、部屋を覗き込んできた男ーーー悠が悲鳴をあげかけたので慌てて口を塞ぐ。
流石に、こんな時間にお嬢様やシルバーを起こしてしまっては説教されてしまう。
いまや瀟酒なメイド然としたシルバーだが、数年前は慣れない仕事を頑張って覚えようとする姿が可愛かったのにーーーいまは擦れたあの態度。
「 ん〜〜! ん〜〜! 」
少々感傷に浸っていると、拘束し、口を塞いだままの悠から腕をタップされ現実に戻される。
「悠。悲鳴をあげてお嬢様達を起こしてしまうと面倒くさいっすから、手をはずしても静かにするっすよ」
「んんんんんん!んんんんんん!」
騒がれないように話しかけたのだが、
ーーー逆に、悠に騒がれてしまう。
「静かにするっす!シルバーに気づかれて起きてこられたら説教されてしまうっすよ!」
大声にならないように気をつけつつ、カッパーは騒いでほしくない理由を説明した。
「 ん〜〜! ん〜〜! 」
すると悠は苦しげに、カッパーがおさえている『鼻と口』を指差し、なにか言いたげにもがく。
その様子に、状況を理解したカッパーは慌てて綺麗に鼻と口を “ 塞いだ ” 手をはずした。
「は〜〜、は〜〜」
「あはは、申し訳ないっす」
膝に手をつき、肩を上下させ、悠は酸素を求め大きく何度も呼吸を繰り返す。
咄嗟だったとはいえ、苦しい思いをさせてしまって申し訳ないと、カッパーは謝罪する。
だが、なかなか呼吸が整わない悠の反応はなく、
「だ、大丈夫っすか?」
と、心配になって顔を覗き込む。
そんなカッパーの姿に、悠は深く呼吸をすると身体を起こして言い放つ。
「死ぬかと思ったよーーーまったく!」
半分は本気。半分は冗談気味に。
声をしっかりと落としつつ文句を言っているので、彼も本気で怒っているわけではないだろう。
カッパーは念の為、悠に顔を近づけると、彼の顔色を確認した。
薄暗く、はっきりとは見えないが平気そうで安心する。
「大丈夫そうっすね。いや〜、本当に申し訳なかったす。まさか、あんなに綺麗に鼻まで塞いでしまって。苦しかったすよね」
「本当だよ!天国が見えるかとーーー」
文句を言いつつカッパーを見た悠は、慌てて目を逸らす。
「どうしたんすか?」
そして困惑したようにチラチラと、コチラを何度か確認してしてくると、彼は自分の目を手で覆い隠しながら言った。
「服が透けてるから上着着てもらっていいかな」
悠の言葉に、カッパーは自身の状態を確認する。
と、着ている白いTシャツは汗で肌に張り付き、薄暗い部屋でも分かるくらい透けていた。
眠れず、軽く身体を動かしていただけだったが思いのほか熱が入っていたらしく、自分が思っているよりも汗をかいていたようだ。
深夜でラフな格好をしており、下着もつけていなかったため、自身の大きな双丘や割れた腹筋などがあらわになってしまっている。
「ねぇ、カッパー。上着着た?」
本来なら、こちらが見られたことに対して悲鳴をあげてもよいのだろうが、自分より年上の男性が必死に目を隠し、顔を赤くしている姿を見ていると悲鳴をあげる気分にはならなかった。
まぁ、もとより悲鳴なんてあげるつもりもない。
気娘でもないし、故意でもないのだから。
ただ、本人よりも恥ずかしそうにする彼の姿にムクムクと悪戯心が芽生えていく。
★
ペチャっと、水気を含む “ 何か ” 落ちる音がした。
気になったが目を塞いでいるので見ることは出来ないーーーが、目を塞いでいるのは己の手なのではずして確認したい衝動に駆られる。
この手を維持しているのは己の忍耐力のみ。
手のひらの向こうでカッパーが動く気配を感じ、気になってしかたないが見るわけにはいかない。
邪な考えが浮かんでは消し、浮かんでは消して不埒な行いをしないようにする。
興味ないといえば、嘘。
魅力的な女性の裸体を見れるチャンスがあらば拝見したいに決まっている!
だからといって、ここでカッパーの姿を堪能してしまえば後の祭り。きっと、ここから先の誘拐生活は地獄のような状況になってしまうだろう。
(ーーー心頭滅却、心頭滅却)
何度も心のなかで唱えるが邪念は消えなかった。
「ハ〜ル〜」
「ひゃい⁉︎」
カッパーの声に内心を見透かされたようでドキリとしてしまい声が上擦る。
と、名前を呼ばれてから特にアクションがないので服を着終えたと思い、手をどけた。
「ーーーーー⁉︎」
けれど、カッパーの姿を見た瞬間に、再び自身の両目を両手で隠し、背中を向ける。
「なんで裸になってるの!」
チラリと見えた彼女は上半身裸で、片腕で双丘を隠しているだけの姿だった。
一瞬だけ見た彼女の姿が頭に貼り付き、先程以上に全身が熱くなるのを感じる。
きっと、それは彼女にも伝わっているだろう。
「いや〜、せっかく悠がいるなら背中を拭いてもらおうかと思って」
からかうような声のあと、背中に柔らかな感触を感じ、悠は「⁉︎」と声が出そうになるが、なんとか堪えた。
強い弾力を感じつつも、柔らかな “ それ ” がなんなのかなんて簡単に想像できる。
「……背中拭いてくれないっすか?」
艶のある声で耳元で囁かれ、ドキリと心臓が跳ね上がった。
「拭くときに見ちゃったとしても……許してあげるっすよ、悠」
あきらかに反応を楽しんでいると理解しているが、だからといって許可があるからと嬉々とした行動も出来ない自分は身体を硬直させつつ目を覆い続けるだけ。
過去。あの女にされた時と同じような反応しかできず、成長できていない自分に嫌気がさす。
不運には慣れても、こんな状況ではボロボロで。
背中の感触に、耳元の声に、これ以上攻められてしまったら心が保たない。
「ーーーお、」
「お?」
「おんにゃの子が、無闇にそんな格好して、か、軽々しく誘惑するようなことし、しちゃ駄目だよ。じ、自分も男だから理性がいつまで保つかわからないから!」
ーーーだから、もう許して。
そんな気持ちを込め、悠は言った。
あぁ、モテ男のようなスマートな対応ができない自分が情けない。
悠の言葉に、すこしのあいだ動きをとめていてカッパーは、小声でなにか呟いたかと思うと、
「ちょっと揶揄いすぎたっすね」
と、背中から離れていく。
★
ーーーあぁ、顔が熱い
カッパーは、近くに置いていたパーカーを着る。
軍所属時代、バキバキに鍛えた身体は自慢だった。けれど、女としては自信が持てなかった。
男には女扱いされず、女には男扱い。
そんな私を「おんにゃの子」なんて……馬鹿だね。
悠は特殊な性癖の持ち主なんだろうと馬鹿にしながらも、堪えきれずに顔がニヤけてしまう。
それを必死に引き締めながら、カッパーはパーカーのチャックをあげた。
「はい、上着きたっすよ」
「本当、本当に?」
「本当に、本当っすよ」
からかいすぎて信じてもらえなかったようで、目を隠していた手をおろすと、恐る恐るといった様子で振り返る。
「ほら、ちゃんと着ているでしょう」
両手を広げ確認してもらうポーズをとっているカッパーが、しっかりとパーカーを着ていると確認出来ると、悠は安堵の息を吐き出した。
ただ、パーカーを着ているとはいえノーブラなので、悠は葛藤しながら胸に視線がいかないようにしていた。
また揶揄いたくなる衝動に駆られるが、彼が拗ねるかもしれないのでやめる。
ついつい楽しくて横道に逸れたが、カッパーは悠に大事なことを訊ねた。
「それで、こんな深夜になにしてるんすか?」




