表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
満月の夜3  作者: 桐生初
6/31

安部朋樹の母親は、既に再婚して、品川区のマンションに住んでいた。


原田の調べでは、夫は居酒屋チェーンの雇われ店長だそうで、収入もほぼ平均。

年齢は10歳も下らしい。


出てきた母親は、警察と聞いて、不審気に、夏目と霞を、蔑む様な目をして上から下までねっとりと見た。

白髪混じりの茶色の長い髪は、パーマなのか癖なのか分からないが、モサモサで、服装もだらしない。

なのに、厚化粧と、清潔感がある感じはしない。


そして、太ってはいるが、長い髪で小柄だ。。


「朋樹はもう他人ですよ。会ってません。」


二人を中に入れる気もなく、寧ろ会話もさせずに追い返すつもりらしい。


「しかし、産んだのはアナタですよね。戸籍上、今は他人でも、それまでの様子は1番アナタがご存知かと思いますが。

朋樹君が養護の先生にしたことなども含め、この場でお伺いしても宜しいんでしょうか。」


カチンと来た夏目がニヤリも無く、不機嫌と書いてある顔で前に出て、かなり大きな声で捲し立てると、近所の目を気にしてか、室内に通した。


ー夏目さん、段々と課長に似て来たわね…。


笑いを噛み殺しながら、霞も後に続く。


室内は、大凡、片付いているとは言い難い。

床もテーブルの上も何かしらが乱雑に置いてある。


被害者宅とは正反対だった。


「ーで、何がお聞きになりたいんですか。保健の先生への痴漢行為は、謝りに行ったし、先生は警察には言わないって言ってたのに、今更なんなの。」


ここに着いて、車を降りようとした時、養護教諭に会った太宰から報告があった。


確かに、訴える事も、警察に通報することもしなかったが、その養護教諭は、ただもう恐ろしくて、逃げたかったのだと話したそうだ。


元々、大した怪我でもないのに、保健室に来る常連組の1人で、妙に甘えて来るとは思っていたのだが、2人っきりになった瞬間、ベットに押し倒され、胸を掴まれただけでなく、ナイフで服を破られたところで、悲鳴を聞き付けた副校長が駆けつけてくれ、それで済んだが、その時、貞操と同時に命の危険も感じたのだと言う。

副校長と校長は警察を呼ぶと言ってくれたのだが、報復されるのではないかという恐怖に駆られた。


安部朋樹が、ナイフで服を切り裂きながら、

『警察に言ったら殺してやる』

と言ったからだった。


それ以降、安部朋樹は勿論、他の男子生徒までも恐ろしくなってしまい、逃げる様に女子校に移動し、住所も変えた。


彼女もまた、判を押した様に小柄で長い髪だ。


その時に警察沙汰にしておいてくれていれば、もしかしたら、事件は防げたかもしれないが、その恐怖は、相当な物であろうし、太宰達も責める事は出来なかった。


つまり、立件はされてはいないが、既に婦女暴行未遂という立派な犯罪者な訳である。


それに、近隣の中年女性への猥褻行為、猫の虐待行為の容疑も既に浮上している。


仮に、2件の猟奇殺人事件の犯人でなかったにしても、母親から話を聞くのは当然の事だった。


夏目がかなりの早口でそう告げると、母親は顔色を失くして、怒りに任せてテーブルを引っぱたいた。


「私のせいじゃないわよ!。あの子は生まれた時からおかしいのよ!。」


今度は霞が優しく尋ねる。

霞と夏目のコンビの場合、この方式を取る事が多い。


「育て辛いお子さんだったんですね。お母様もご苦労なされたでしょう。」


「ーそうなんですよ…。」


幾分、声を和らげた母親は、その後は霞の質問に答え始めた。


安部朋樹は産まれる時から母親を苦しめた。

酷い難産で、頭部が引っ掛かり、なかなか分娩出来なかったそうだ。


産まれてからも、母親が離れると、耳をつんざく様な声で泣き叫び、成長に合わせて、その激しさは増したそうだ。

泣き叫びながらオモチャを投げる、ハイハイで母親を追い掛けると、兎に角母親から離れなかった。


可愛くない訳ではなかったが、夜泣きも酷く、その声で泣き叫ぶものだから、近所からも苦情を言われ、母親は疲れ切っていた。


一歳になっても、断乳出来なかったのも、その泣き声のせいだったそうだ。


兎に角、近所から苦情が来る前に泣き止ませなければと、ノイローゼ寸前だった様である。


しかし、父親は全くの無関心。

4歳になっても乳離れしてくれない朋樹。

母親は父親にも、朋樹にも愛情が持て無くなっていた。


そんな折り、妹を身籠もる。


はっきりとは言わなかったが、当時の浮気相手で、今の夫との子だった様である。


身籠った時から、朋樹とは違い、可愛くて堪らなかったそうで、その時から朋樹を遠ざける様になった。


流石にあの泣き方はしなくなったし、暴れるが、母親が怒れば収まる様になっていたからだ。


そして、妹が産まれると、当然ながら母乳は妹の物だ。


かと言って、妹に手を上げようとすれば、今まで無関心だった父親が朋樹を殴って怒るので、それも出来なかった朋樹は、母親の乳首に噛みつき、食いちぎる寸前まで歯を立てた。


血塗れの母の胸を見て、あろう事か嬉しそうに笑みを漏らしていたのを見た母親と父親は、朋樹はおかしいと確信した。


そして、それ以降、朋樹に関してはネグレクト近い。




「安部朋樹の異常性は、生まれつきなんですか…。」


帰りの車を運転しながら聞く夏目に、霞は冷静に答えた。


「そうね…。多分、脳の精密な検査をすれば判明するかと思うけど、幼少時から攻撃性が高く、加虐嗜好が見られ、異常な犯罪を犯してしまう人の中には、脳その物に異常がある場合があるの。」


「そうなんですか。」


「ええ。分娩時に頭が支えて難産だったと言っていたでしょう?。赤ちゃんの頭蓋骨は柔らかいから、その時に前頭葉に異常が起きたという可能性はある。

それと、泣き声が耳をつんざく様なと言っていたでしょう?。」


「はい。」


「虐待される子に多いのだけど、人がイライラしてしまう周波数の様な物が泣き声に入っている子って居るのね。

安部朋樹は、それもあったのかもしれないわね。」


「確かに、異様にイラッと来る泣き声の子って居ますね…。そういや、親もそこまでっていう位ヒートアップして怒ってるか無視してるかだな…。」


「そうね。そして、どちらの反応も子どもを更に興奮させてしまう。」


「でも、それって、どっちも自分じゃどうにもなりませんよね。」


「そうなのよ。だから不幸だし、可哀想でもある。」


「原因は分かっていないんですか。」


「今の科学では分かっていないわ。その周波数も科学的な研究で判明した訳じゃなく、あくまで人の感覚の統計だから。」


「なるほど…。」



調べれば調べる程、安部朋樹が黒に近くなって行くが、当の安部朋樹の行方が分からないままだった。


父親は予想通りと言えばそれまでだが、朋樹の行方も分からない上、交友関係も把握していない。

更に言えば、事件当夜の朋樹の状態も全く把握していなかった。


「あいつはねえ、おかしいんですよ、昔から。叱りつけたって、殴ったって、親の言う事なんか聞きゃあしねえ。友達なんか居ないんじゃないですか。居たってロクなもんじゃねえだろ。」


聞き込みにいった内田も呆れ返る程の無責任、無関心であった。


大抵、こういう場合、祖父母がせめてもの救いだったりするものだが、母方の祖父母は認知症が進んで老人ホームに入居しているか、亡くなっているかで、父方は、父親が勘当されているそうで、交流はなく、念の為千葉県の所轄にも行ってもらったが、朋樹を匿っているという線はなかった。


捜査が及んでいると気づいて潜伏しているのか、はたまた流浪しているのかも分からない。

何せ、この父親は夜勤で夜通し不在な事も多いらしく、朋樹のことはまったくと言っていいほど把握していなくて、何の役にも立たない。


こうなると、春休み中の朋樹の高校で聞き込みをしてみるしかない。

何れにせよ、学校側の話も聞きたかった太宰達は、4人揃って安部朋樹の在学している工業高校に向かった。


教師達は、予想以上に良い先生達で、安部朋樹の様子を一様に心配していた。

学校も休みがちで、当然成績も振るわず、悩みなども含め何度も面談しているが、一向に打ち解けてくれないらしい。

また、親にも当然連絡しているが、迷惑がられるだけで進展はないという。


残っているのは、友人関係だが、同じ中学から進学してきた子とも付き合いはなく、かと言って他の同級生達とも殆ど話さないらしく、高校生相手だと言うのに、捜査は難航していた。


仕方がないので、他の高校に進学した元サッカー部員にも当たってみたが、やはり交流がある人間は居ない。


安部朋樹はあくまで参考人だから、当然指名手配もできず、事件から2週間が過ぎ、新学期が始まったが、安部朋樹は登校もせず、自宅にも帰らない状態だった。


自宅を任意で家宅捜索したが、これといった物証は何も出て来ない。

朋樹の通信手段は、アルバイトで買ったスマホだけのようで、パソコン関係も無いし、例の記念品であるはずの被害者の乳首も発見されなかった。


しかし、自宅にあった安部朋樹の歯ブラシに残されたDNAは被害者から出たDNAと一致した。

これで安部朋樹がホシと見てほぼ間違いはないのだが、まだ16歳という年齢で、大々的な指名手配をかけるには待ったがかかってしまい、地道な足を使った捜査や、張り込みしかできない。


しかし、五課には次々に仕事が舞い込んで来るし、四人自ら地道な被疑者の足取りを探すという作業を続けられるわけもなかった。


致し方無く、太宰達は、所轄と一課に捜査を任せることにし、芥川と数名が所轄と連携を組んで、Nシステムの捜査も含めて、当たってくれていた。


念の為太宰達は、安部朋樹以外の犯人がいる可能性を探ったが、矢張り他に考えられる人物はいなかった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ