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満月の夜3  作者: 桐生初
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元担任の話は、さっきの老婦人の話の裏付けの様な物だった。


「わざとではないにしろ、性行為を見せるなんて虐待ですし、給食代も払いませんでしたね…。

課外授業で弁当持参となっても、パン一個買う金だけ持たせて、おにぎりすら作って持たせない。

心配になって聞いても、夕飯は妹と母親の分だけ作ってあり、自分は余ったら貰える程度だと。

児童相談所にも言ったんですが、なかなか動いて貰えず。」


「何故妹さんだけなんでしょうね。」


太宰が聞くと、中年の男性教諭は忿懣やる方なしという様子で話を続けた。


「私も聞いたんです。そしたら、朋樹は気味が悪いと言うんですね。

我が子に向かって何を言うんですかと言ったら、小6になってもお母さんの胸を触り、吸おうとすると…。

まあ、確かにそれは気持ちが悪いかもしれませんが、何か病気や悩みを抱えているのかもしれないから、病院に連れて行ったらと言ったんですが、全く。

大体、あの母親が性行為なんか見せるからじゃないんでしょうかね。」


「つまり、安部君は小学校時代から学校をサボったり、勝手に早退して家に帰っていたという事なんでしょうか。」


「申し送り表にはそう書いてありましたね。」


「それは何故だと先生は思われましたか。」


「う〜ん…。

まあ、はっきり言ってしまうと、落ちこぼれでしたから授業に付いて行けないという面は大きかったでしょうが…。

家庭が落ち着かないというのも大きいでしょうし…。

彼のお父さんは、この3年は仕事が長続きせず、しかも肉体労働ばかりで、家に帰って来ると、いつも疲れ切って寝てしまっていた様なんですね。

小6になっても母親にそういう甘え方をするというのも、元から母親からも愛情を貰えなかったせいなんじゃないかと思っています。

被害に遭われた保健の小島先生とも、早く精神科に連れて行って、カウンセリングを受けさせた方がいいよねと話して居たんですが…。」


元担任の学校を出て、保健教諭の新しい勤め先の中学校に向かう車中で甘粕と話し合う。


「やっぱ、そういう理由で、変態の熟女マニアになっちまうの?。」


「いやあ〜、誰しもがという訳ではないですよ。素養となる人格や知能が大きく関わって来ますから。

血が流れるのを見て、性的な興奮を得る攻撃性は、育て方云々とはまた別の話になって来ますしね。

ただ、自分には冷たい母親の性行為を見ていたというのは、大きな点だとは思います。

勿論、安部がホシだったらの話ですが、愛情をくれないから愛情を求める、それが年齢的なものもあり、性的な対象に移ってしまう。

しかし、同時に憎悪の対象でもある。

だから痛め付けて殺すという行為に及んだと考えれば、辻褄は合います。」


「なるほどねえ。確かに気持ち悪いが…。でも、そう考えると、かなり小さい頃から朋樹に対して母親は冷たかったと考えられるんだよな?。」


「そうですね。」


「我が子を愛せないって、分かんねえなあ…。」


「俺は子持ちじゃないんで、なんとも言えませんが、例えば、嫌いな人の子どもだったとして。」


「うん。」


「その嫌いな人そっくりだったら、我が子といえども毛嫌いする人は居そうな気がしますが。」


「ーなるほど…。奔放な男性関係だった様だし、父親はうだつが上がらない…。

父親の事、嫌いだったのかね。朋樹の母は。」


「そんな気はしますね。想像でしかありませんが。」


養護教諭は、ちょっと離れた女子校に勤務しているそうで、車を走らせている間に原田から連絡が入った。


「中年女性のおっぱいを、後ろからいきなり揉む被害届は、同じアパートの住人以外で、4件あったよ。

芥川が話聞きに行った〜。

でも、暗がりで、悲鳴上げた瞬間に凄い早足で逃げてったそうで、全部手掛かり無しだね〜。」


「みんな小柄で髪長いのかい?。」


「それを芥川が確かめに行ってんじゃん。カチョー。」


「芥川も分かって来ているのう!。」


嬉しそうに言う太宰に、苦笑する甘粕。


「あと、安部朋樹の両親だけど、2年前の3月10日に離婚届出してるね。

因みに、安部朋樹は中3になる手前。

中3なりたての身体測定で、168センチあったみたいだよ〜。」


「他になんか分かる事はあった?。」


「成績は悪いねえ。高校もそんくらいだね。令状無いし。」


「確かにのう。ありがとな〜。」


原田からの電話を切った瞬間、今度は柊木から電話が掛かって来た。


「だざ〜い!。見つけたぞ!。ある筈なのに、無えもんを!。」


「おう!。なんだ!。」


「乳首が見つからねえ!。」


「ーち…くび…?。」


「そう。おっぱいの先に付いてる突起物。人により、大きさなどマチマチの…って、説明が必要な程、女性経験少なめだったか、おめえ。」


柊木は中学から大学、果ては職場まで一緒だっただけあって、太宰の事は妻より良く知っている。


甘粕が堪らずに吹き出しているのを横目で睨む。


「分かってるよ!。そうじゃなくて、見つからねえってのが、よく分かんなかっただけだあ!。」


「仏さん、2年前も胸の傷が多かったんだよ。んで、乳首が切り取られてた。

でも、こん時の検視官も、持って行ったとは思わなかったんだろうな。

何せ、切り刻んだ肉片が一杯落ちてたから。

ところが、鑑識の報告には、乳首が別に落ちていたという報告が無えし、幸田が電話して聞いたが、現場の遺留品、肉片、落ちてる物は全部拾ったが、乳首だけは落ちてなかったっつーの。」


「なるほど…。」


「で、今回。やっぱ無えから、幸田に血の海から探しといてくれって言ったんだけど、やっぱ無えんだと。」


「はあああ…。マジで気色悪いぜ…。持って帰って吸ってんだろうか…。」


真っ青な顔で言う太宰に、甘粕は当たり前だと言わんばかりに素っ気なく頷いた。


「そうでしょうね。口唇期から問題があったんでしょう。恐らくは、傷を残す様な状態で断乳したんじゃないかな。」


「やめて〜!。口に出すなよ、気色悪い〜!!!。」


「課長は5課の課長なんですから、不快でしょうが、頑張って乗り越えて下さい。」


「ふわああああ〜!。なんか俺、無理〜!!!。」




太宰の他にも、もう1人。

無理とは言わないが、『そんな変態は殺す』と顔に書いてあるかの様な状態で柊木の代わりに報告に来た幸田を睨み付けている男が居る。


「おっ…俺を睨むんじゃねえよ!。小僧っ!。」


夏目だ。


幸田は完全に怯え切り、真っ青になって後退りしている。


しかし、夏目は幸田に迫る。

ほぼ八つ当たりな気がするが、霞は面白いので、何も言わない。


「んなもん持って行ったって、その内腐るでしょ…。どうすんですか、2年間も。」


「知らねえよ!俺はあ!。それはお前らの管轄だろお!?。」


「中学生でも思い付く様な防腐措置はなんですか。」


「ん…んなの分かんねえけど、手っ取りのは、冷凍だろ!?。」


「ーなるほど。冷凍…。冷凍庫に入ってても気付かない様な父親なんでしょうね。見慣れない服を着て、夜中に帰宅しても気付いていないんだか、見ないふりしてんのかは分かりませんが、無関心。

仮に冷凍庫に異様な物が入っていたとしても、見て見ぬふりってやつですか、霞さん。」


「という感じじゃないかしらね。どうも、安部朋樹は当たりな気がするわね。

私、本当になんで教科書通りの事しか思い浮かばなかったのかしら…。」


2人で話し始めた隙に、そっと立ち去ろうとした幸田に気付くと、夏目はいつものドスの効いたダミ声で声を掛けた。


「幸田さん!。」


「うわあ!。」


幸田は本当に飛び上がっている。


夏目はニヤリと笑う。

幸田にとっては、この世の物とは思えない。


「有難うございました。」


「ーお…おうっ…!。」


とうとう幸田は走って行ってしまった。

夏目アレルギーは酷くなるばかりだ。


霞を見た夏目は、少し心配そうな目をしていた。


「どこかお加減でも悪いのでは?。顔色が良くないです。」


「有難う…。実は、なんだか怠いし、眠くて堪らないの…。もう30間近だからなのかなあ…。」


「ご無理なさらないで下さいください。」


「有難うございます。じゃ、課長達が帰って来る迄に、原田さんが調べて下さった、安部朋樹の母親に会いに行ってみましょうか。」


「はい。」



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