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2年前の事件も、桜の開花直前の3月に起きた。
被害者は家族4人。
推定犯行時刻もほぼ同じ、午後8時半頃から、翌深夜1時位まで。
50歳の会社員の父親は、玄関を開けるなり、斧で額を割られ、仰向けに倒され、斧をぬかれている。
違っているのは、事件当時、中学2年生であった長男が物音で部屋から出て来たのであろう事位か。
長男は2階の自室の前で、父親同様に抵抗する間も無く、額を割られて殺害されている。
鑑識や検死の結果から行っても、今回同様、母親と妹は入浴中であった。
妹の年齢は、幼稚園児と、今回よりも小さいが、母親を殴って気絶させた後、妹の首筋を叩き斬る様にして切り、絶命させている。
この3人の推定死亡時刻はほぼ同じで、8時半から9時半頃となっている。
その後、母親をリビングまで引き摺って行き、ナイフで刺しながらレイプし、頸動脈を切り、血飛沫の中、死後にレイプしている。
母親の死亡推定時刻は、午後11時頃から翌深夜0時だから、かなり時間を掛けてゆっくりと殺しているのが分かる。
その後の行動も全く同じだった。
キッチンへ行き、血だらけの手を洗い、カレー皿にご飯を盛り、夕飯の残りであろうカレー鍋からカレーをよそい、ダイニングテーブルで食べている。
その後か前かは分からないが、冷凍庫のアイスクリームを出して食べ、テーブルの上の籠の中にあったかと思われる市販のクッキーやスナック菓子を食べ散らかしているのも同じ。
血塗れの衣服をリビングに脱ぎ散らかしているのも全く同じだ。
玄関の来客用スリッパを持って、風呂場へ行き、血を洗い流し、この時は長男のクローゼットから衣服を奪い、下駄箱からも同様に靴を奪って、立ち去っている。
どうしてそこまでこちらで分かったかと言えば、血の足跡のお陰もあるが、犯人は、被害者宅から奪った物が入っていたであろう場所の扉全てを開けっぱなしにしているからだ。
下駄箱、冷凍庫、カレー鍋、炊飯器の蓋、風呂場のドア、長男のクローゼットの扉、引き出しも。
両家共だが、母親は専業主婦で、常に家の中は片付いていたという事から、犯人以外にあり得ないと判断された。
長男の年齢は同じで、通っていた中学も同じ。
というのも、2年前の事件は、1キロ圏内で起きており、学区が同じなのだ。
一番激しい被害を受けている母親は同年代の40代後半だが、顔やスタイルは全く違う。
近所でも良い奥さん、良いお母さんと評判が良い。
似ているところというと、2人共髪が長く小柄という位だろう。
又、近隣の目撃情報等の聞き込みも、上手く行っていないのも同じだ。
管轄の太田南署が靴をすり減らして、目撃情報等を追っているが、全く出て来ない。
高級住宅街ではなく、一般的な戸建て住宅がひしめき合っている立地なのだが、夜8時を過ぎると、辺りに人影はほぼ無く、皆、雨戸を閉め切ってしまうらしい。
どうも、泥棒や悪戯が多い地域らしく、防犯の為らしい。
夏目と甘粕がホワイトボードに整理して出してくれた、前回と今回の事件概要を見ていると、幸田が来た。
今回の幸田の報告も、丸で判を押した様に、気味が悪い程同じだった。
「今回もホシのDNAは出まくりだぜ。母親の膣内、右胸部の切傷から精液。
風呂場から毛髪。
脱ぎ捨ててあった衣服の物と一致。
前回のホシとも一致。
だが、ヒット無し。つまり前科無し。
推定年齢は10代から20代。
足のサイズは26センチ。
前回と変化無し。
身長の推定は168センチ。
前回と変化無し。
そして今回も、下着からスニーカー全部、ウニクロの量産品紳士物Mサイズ。
出所は追えねえと思ってくれい。」
「幸田。」
「何だ、太宰。」
「つまり、ホシに身体的成長は無えって事ね?。」
「まあ、そう言えんね。つーか、ガキの仕業だと思ってんのか、太宰。」
「う〜ん…。」
太宰が言葉を濁していると、柊木が来た。
「検死報告だが、前回とは若干違う。」
「つーと?。」
「父親と長男は一緒だが、娘の方は首がちょん切れる寸前まで切ってる。
前回は、髪の毛掴んで、壁に押し付けて頚動脈を狙って切ってる感じだったが、今回は床に押し付けて、叩き斬る様に上から斬ってんだ。」
「残虐性が高くなったという事なんでしょうか…。」
霞が言うと、柊木は首を捻った。
「俺には分かんねえ。だが、何となくだが、前回より、力は強くなってる気はすんな。
親父と兄貴の傷も深くなってる。」
「成る程な。他には?。」
「母親の傷の数は、ほぼ倍の53箇所だ。全部浅いがな。多分だが、殺さねえ程度にしたんだろうが。」
近所の聞き込みでは悲鳴等の類いは聞かれていない。
「叫べなくさせてたとかは分かったのか?。」
「おう。血塗れで分かり辛かったろうが、猿轡をさせてた。タオルでな。顔に跡があったし、ガイシャの血溜まりの中から発見されてるぜ。」
「なんで外したんだ?。」
これ程までに何でも出しっ放し、開け放し、やりっ放しの犯人だけに、猿轡もそのままにしておきそうなのにと、太宰は思って聞いた。
しかし、柊木は苦虫を噛み潰したかの様な渋面で黙っている。
「なんだ、どした。」
「ガイシャの唇周りからホシの物と思われる唾液が検出されてる。多分、死んじまった後にチューでもしたかったからなんだろうさあ!。」
後半部分やけになるのもよく分かる。
ただ只管気持ちが悪い。
柊木が去ると、夏目が言った。
「母親が目当てだったんでしょうか。」
「そうね…。そうなんだろうとは思うけど、家族構成も一緒。各々の年齢も、夕飯のメニューも一緒。母親と娘がお風呂中という状況も同じっていうのは、なんだか意図的な物を感じるわね…。」
霞が言うと、甘粕も頷き、4人揃って唸ってしまった。
「しかも、これだけの事やっておきながら、前(前科)が無えって、なんなんだかな…。」
太宰が唸りながらそう言い、甘粕を見た。
「甘粕。プロファイリングできそう?。」
甘粕は聞いた太宰ではなく、霞を見た。
「ホシの年齢…。霞さんはどう思いますか…。」
「そうですね…。全てに置いてだらしなく、遺留品やDNAを残しまくりな事から、一見無秩序で知能程度の低い犯人かと思われますが、私は、2年も犯行を我慢した事や、他に警察沙汰を起こしていない事から、計画性の高さと、計算高さを感じます。
従って、20代後半から30代手前ではないかと。」
「そっかあ…。」
甘粕はそう言ったきり、考え込んでしまった。
何故か太宰は苦笑し、今度は夏目を見た。
「夏目はどう思う?。」
「ーいや、俺は…。」
「いいから言ってご覧。」
「ーすいません。殆ど知識もないので、間違っていると思いますが、俺は高校生位の男じゃないかと思っていました。」
甘粕は興味深そうに夏目を見た。
太宰に至っては、本日初めて見る笑顔だ。
霞は若干慌てている。
何か見落としていたと気付いた風だ。
「課長、さっき幸田さんに、『成長期じゃないのか』という様なご質問をされてましたよね?。もしかして、課長も甘粕さんもそうお思いに?。
是非、御三方のご意見、伺いたいです。」
「じゃ、夏目からお言い。」
夏目は太宰をひと睨みしてから、言いづらそうに切り出した。