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満月の夜3  作者: 桐生初
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「ハイバランスの514は、日本には直販店に500足しか入ってないレア物らしい。一課で、購入者をしらみつぶしに当たってくれるそうだ。」


一足遅れで入ってきた太宰がそう言った。


「有難うございます。」


甘粕が礼を言い、逢坂が頭を下げた所に、夏目が風の様に素早く、しかも息を切らせる事なく、走って入ってきた。


「面会者リストです。」


原田にどんな圧力を掛け、こんなに早く持って来られたのか、最早聞く者は居ない。

一緒に覗き込んでいた逢坂が声をあげた。


「こいつ…!。」


「ん?どうした?。」


「この担当刑務官!青木って奴!」


青木という、面会者担当の刑務官の名前は、長沢以降、ほぼ毎回書いてある。


「もしかして、愛って女を凄えいい女だとか言ってたって言う…?」


「そう!奴だ!」


それを聞いた瞬間に太宰が叫ぶ。


「夏目!青木を任同(任意同行)だ!芥川連れて行って来い!。」


「はい!」


返事をした時には、もう一課に向かって走り去ってしまっていた夏目の背中を頼もしく眺めながら、太宰は労わる様な目で甘粕を見つめた。


「甘粕。仙崎君にお別れ言って来ていいぞ。」


甘粕は少し笑って、首を横に振った。


「いえ。早期に真相を解明する事が奴への1番の供養だと思ってます。」


涙ぐむ太宰は、そのまま逢坂を見つめた。


「あの、貴方は、甘粕を心配して付いて来てくれたんだよね?。このまま捜査に加わって頂いていいのかな?。長沢とその奥さんに関わっていた方だから、居て貰えると助かるのは確かなんだけど…。」


逢坂はニッと笑った。


「話しても居ないのに、そこまで読めるんですね。流石甘粕が直ぐに信用した課長さんだ。

その通りですが、俺はメシ奢って頂けるなら、お手伝いしても構いませんよ。今日、明日は予定も入ってませんし。」


太宰の目が一瞬点になる。

それはそうだろう。

逢坂については、甘粕の同期で、第1の事件の被疑者である長沢の弁護をしていたという報告しか受けていない。


太宰が検視室に向かって全力疾走している時に、遠目から見た様子や、その後の逢坂の表情から、逢坂は仙崎とも同期であり、知り合いではあるが、甘粕と仙崎程の仲の良さは無かったのだろうという感触を受けた。

だが、甘粕とは仲が良さそうだ。

それで、逢坂は仙崎の死に矢も盾もたまらずというより、甘粕を心配して来てくれたのだろうという結論に達したのだ。


それは当たっていた様だが、何故唐突にメシの心配なのかまでは全く分からない。


確かに、一流大学出の弁護士というには、あまりに貧相な出で立ちではあるが、食うにも困っているのだろうか。


と、そこで、普段、滅多に笑わない死神と名高い森検事が、腹を抱えて大笑いしながら話してくれた、嘘の様な体験談を思い出した。


森検事のその体験談では、熱い論戦を繰り広げ、敵ながら拍手を送りたくなる様な、名演説と言える最終弁論をした公判直後、挨拶を交わした相手の弁護士が突然倒れたのだそうだ。

何事かと、それだけでも驚いた森検事だったが、取り敢えず助け起こし、救急車を呼ぼうとすると、ガシッと森検事の腕をつかんで、一言、


「腹減った…。」


とだけ言う。

滅多に驚かない森検事だったが、あまりに予期しない原因だった為、かなり仰天し、そのせいか、相手のキャラクターなのか分からないが、直ぐに何か食わせなくてはと思ったらしい。

そして、近所の定食屋に担いで連れて行き、天丼3杯奢ってから、幸せそうな笑顔を見て、漸く面白くなって来て、笑いが止まらず、丁度会った太宰に話してしまったという事があった。


その不思議な弁護士は、太宰は実際に見た事は無いのだが、仮に目の前に居る逢坂で想像すると、やたらとリアリティが増して来る。


つまり、イメージにピッタリなのだ。


「もしや君は、森検事に天丼3杯奢らせて、大笑いさせた…東京地裁の伝説の行き倒れ男…。」


逢坂は頭をかいて、また笑って肯定した。


「だ、大丈夫だよ。食い過ぎて倒れるくらい、食わせるから…。」


「ほんとですか!?。ああー、ほんといい課長さんだなあ!甘粕う!。」


気がつけば、場はスッカリ和んでいた。

甘粕が逢坂の事を1番の親友と言っていたのが、霞には分かる気がした。


甘粕がキャリアを捨てても、どこまでもついて行くと、絶大な信頼を寄せている太宰とよく似ている。


「では。俺が気になっているのは2点。」


太宰がホワイトボードの前で、マジックを構えながら話し始めた。


「その1。

第1の大手家電メーカー課長殺人事件の被疑者。長沢の妻が行方不明な事。

その2。

被害者、被疑者の住所。

大田区、世田谷区、目黒区と区は跨いじゃいるが、車や自転車、或いは交通機関を使えば、簡単に行き来出来る範囲にすっぽり収まっている事。

愛という女がなんらかの教室を開いている可能性が高い事を鑑みると、この地理関係は役立てたほうが良さそうに思う。」


霞が手を挙げ、同意した。


「私もそう思います。課長の仰る通り、地理的プロファイリングが有効になると思います。」


被疑者の自宅と、事件被害者の自宅は、3区を跨いだこの円の中にある。


そして、愛は何かの教室を開いていた。


ここから考えられる事は、愛の開いている教室に、その両者の妻なり、本人なりが、愛の教室に通っていた可能性が出て来たという事だ。


「問題は愛が開いてたっつー教室なんだよな。ガイシャの妻達は、調書以外の事は頑として話さねえって感じだったから、ある程度確証得てからの揺さぶりにするとして、被疑者の妻達にもう一回、聞いてくるわ、俺。まだ寝る時間でもねえし。」


すると、逢坂が立ち上がった。


「俺も手伝いましょう。分担した方が早い。」


「おお、助かるよ。じゃあ、甘粕と行って下さい。」


こうして分担し、8人の被疑者の妻の所に再び向かった。




その頃夏目は、東京拘置所で、青木刑務官をほぼ泣かせていた。


取調室に連れ込み、壁際に追い詰め、泣く子も黙る鋭い目で上から見下ろして圧を掛けまくる。


「毎回、同じ女が妹だとか、親戚だとか言って来たの、通してたんだな?。」


「は、はいっ!」


「なんで。」


「なんでって、その…。」


「惚れた弱みか。」


「は、はい…。そんな所です…。」


「で、関係持ったのか。」


「い、いえ、それが…。あのまた今度ゆっくりってなかなか…。」


「要するに、利用されたんだな。で?顔貌、容姿、特徴、本名、何でもいい。分かる事全部話せ。」


「うぐ…。わ、分かる事なんて…。」


「名前は!?」


「かっ、片桐愛って…!」


「ラインやアドレスの交換は?」


「してませんっ。」


「じゃあ、どうやって連絡取ってたんだ。」


「職場に電話くれてました…。」


「で?」


「明日行くから居てねって…。」


「おい、分かってんのか、てめえ。自殺じゃなくて、てめえが手を下したとも考えられるんだぞ。フワフワした返事ばっかしてねえで、ちゃんと話せ。」


ーそれはお前さんに怯えちゃってるからだよ…。


と言いたい芥川だったが、思わず黙ってしまう夏目の迫力。


「ぼっ、僕は殺してなんかいませんっ!。ただ、僕は、愛ちゃんが親戚のふりして通るのを黙認するのと、数分間2人きりにしてあげるだけで…っ!」


「それが、重大な職務違反だって分かってんだろうな。ええ?。」


「ひいいいいー!」


とうとう、生命の危機まで感じてしまったらしい、青木刑務官。


「すびません!ごめんなさいいいい!」


鼻水は垂れているし、30にもなった男が本気で怯えている。


「俺に謝って済むなら、立法機関なんか要らねえんだよ。きっちり送検してやるから、そっちで罪償うんだな。で!だから容姿!職業!」


「職業は知りません…。容姿はええっと…。」


夏目は悪寒を感じた。

またこの不可思議な感じだ。

何故惚れているのに、容姿を聞いてパッと出てこないのか。

どんな心理操作をしているのか知らないが、そんな事が出来るとしたら、不気味で堪らない。


「可愛いんです…。上品で…。ちょっと話してるだけで、夢心地っていうか…。」


漠然とし過ぎている。

ただ気持ち悪い。


「目が大きいとか、細いとかだよ!そんな観念的な事聞いてんじゃねえ!。てめえも警察官の端くれなら、其れ位分かんだろ!」


「す、すみませんっ!口では上手く言えないんです!」


芥川が夏目のスーツの袖を斜め後方から引っ張った。


「科捜研の川端さんの所に連れてったら?」


「似顔絵では全国一という、あの方ですか。」


「そうそう。」


川端という人物は、どんなはっきりしない証言であろうとも、掬い取って、繋ぎ合せて、本人と殆ど大差の無い似顔絵の作成が出来ると、警視庁内でも有名なご老体である。

既に定年退職しているのだが、その腕ーもはや才能を乞われて、非常勤の嘱託として、警視庁に居る。


「でも、この時間に居られますか。もう8時過ぎてますが。」


「あ、そっかあ!あの人6時に寝るから、5時には帰っちゃうんだよな!」


「6時に…寝る…。」


夏目は驚いているというより、何か考えている様だ。


「夏目、仕方ないから、こいつ、連れて帰って、拘留しとこ。」


「ーいや、それは危険です。今の所、コイツが唯一の目撃者です。自殺時限爆弾でも入ってたら、シャレになりません。」


青木と芥川は一瞬にして真っ青になって固まった。


「自殺時限爆弾!?。そんなのも仕込んでる女なの!?」


「いや、知りません。」


ずっこける芥川と、若干安心する青木。


「知りませんが、無いとは限らない。ていう、妖怪女に関わったんだよ、てめえは。

ったく…しょうがねえな。」


そう言うと、夏目はスマホを取り出し、科捜研に電話した。


「夏目です。」


出たのは幸田だったらしく、電話なのに、踏み潰された様な声を出している。


「な、なんだあ!」


「川端さんはもういらっしゃいませんよね?」


「と、とっくに帰られたぞ!」


「お電話番号を教えて頂けますか。それと住所。」


「ん…ん…。ちょっと待っとけ…。」


そして夏目は電話を切ると、メモもしてないのに、川端の自宅に掛けた。


「警視庁捜査五課の夏目と申します。夜分に申し訳ありません。……。はい、お休みなのは承知しておりますが、急ぎお願いしたい案件が発生しましたので、これから参考人を連れて伺います。ご準備宜しくお願い致します。では後ほど。失礼致します。」


ー凄え…。川端さんの話、殆ど聞いてねえ…。


呆然と言葉を失う芥川だったが、夏目の方は物も言わず青木の首根っこを掴み、芥川に言った。


「川端さんのご自宅で描いて頂く事になりました。」


ーそれ、なったって言う!?。夏目が勝手に決めましただろお!?。


勿論、言っても無駄なので、芥川も突っ込まず、そのまま夏目を手伝って、灰になりそうになっている青木を車に乗せた。


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