第八話 スタートラインへ
人外ロリっ子ゲロインが登場しましたが、今回はお休みです。
死にかけてたから仕方ないね。って、ここにいる三人は全員死にかけてませんか?
という訳で第八話です。次へのキッカケは……。
夜も更け始めた頃。うつらうつらとする少女を簡易的に作ったハンモックに載せ、ギュエロと向かい合って座る。
「ギュエロさん。本当に申し訳なかった」
深々と頭を下げる。もちろん、大失敗した先程の料理の話ではない。
居候の身でありながら無理をし、勝手に拾ってきては彼女の命を救えと脅した。そして、馬乗りになって押さえつけるという、命の恩人に対する行為とは言えないことをした。
それら全てひっくるめての謝罪だ。
「構わん。ワシも年甲斐もなく騒いでしまった」
疲れた表情でお茶を一口啜り、息を吐く。
「お前さんからは熱いガッツを感じた。久々に若いころを思い出したよ」
朝方とは違い、穏やかな顔だ。
「若いころ……か」
「お前さんぐらいのとき、光魔法に魅入られてずっと研究に明け暮れておった。一応、冒険者登録もしておったが、結界の向こうから来たはぐれ魔物の討伐依頼ぐらいしか受けんかった。それも余裕持って戦えるレベルの」
一部聞き慣れない言葉もあった。彼は特に解説もせず続ける。
「それでワシも若いころはモテたもんでね」
「は、はぁ……」
「なんじゃ。疑っておるのか」
皴だらけの目を細めて睨む。
「いや、まぁ、そうか」
「で、あるとき嫁さんができての」
話が一気に進行した。
「じゃが、ワシは魔法ばかり見て、アイツのことを一切見ておらんかった」
人は夢中になるものがあると、盲目になってしまう。その気持ちはかなりわかる。一時期、俺も強さだけを求め続けていたときもあった。そういう時ほど、ある一定の強さまで行って頭打ちになったものだ。
「それでな、ワシが討伐依頼に出かけていると、何故かアイツがいたんじゃよ」
「……」
「ワシに振り向いて欲しかったのじゃろう。健気なもんじゃ……」
目頭を押さえて固まる。溢れ出るものを押さえようとしているのだろうか。
「それで、ワシの姿観るなり突っこんできた。ずっと低レベルな町娘のくせにこんなところに来て……。ワシは気づけなかったんじゃ。魔物の気配に」
「魔物……」
「一瞬じゃった。鳥型の魔物が飛んできて、アイツを――」
それ以上は語らなかった。
だが、引っかかることが一つ。
「それでアエロのことをよく思わなかったのか」
「アエロ?」
「あそこで寝ている嬢ちゃんだ」
アエロという名の少女は、こちらの会話なんて知ったこっちゃないと寝息を立てている。
昼間に作業しながら聞いた名前だ。風を感じる名前で、とてもいいと思った。
「それを理由にしてはならんがな。お前さんらと出会って、魔物にもいろいろあるって知れた。申し訳なさとありがたさでいっぱいじゃよ」
「……俺は魔物がどういうものか知らない。少しだけ戦って、彼らが野生動物よりも卑しさを持った上級生物だということはわかった」
「お前さんは特に不思議じゃよ。こんなに人間そっくりに化けられる魔物は見たことがない」
俺からしたら逆なのだが……。
そこでふと気になることが。
「そういえば、ギュエロさん。魔界貴族って知ってるか?」
「魔界貴族か。コロシアムを牛耳っていた奴じゃな」
「そうだ」
あのインチキな強さを持つ巨漢。奴は魔界貴族と呼ばれていた。
「奴らは魔族の中で――」
「待て、魔族ってなんだ」
「魔族を知らなかったな」
コホンと咳払いを一つ。
「魔界を支配する魔王と同じ種族の人間に似た魔物が魔族じゃ。大きな特徴としては、人間並みの知力、青白い肌に、角が生えているということじゃ」
「他には無いのか?」
知らない知識ばかりで中々情報の整理ができない。
さらに衝撃的な言葉が漏れる。
「ああ。あまり情報はないのじゃ。なにせ、この世界は魔族に九割が支配されておるからな」
……は?
「で、では、今住んでいるところは――」
「結界に守られ、一割だけ残った人間界といったところじゃよ。そしてここはその辺境の地。ヴィントヴァルトって地域さ」
「そうだったのか……」
「で、魔界貴族の話じゃったか。奴らは階級制度がある。その階級が高ければ高いほどレベルが高く、魔王が最も強いとされるらしい。詳しいことは知らんがの」
そこまで言って、彼はお茶を飲み干す。
「ワシゃもう眠い。次にいつ起きるかはわからんが、眠らせてくれ……」
「ああ。すまなかった」
彼はふらつく足で消えてゆき、やがていびきが聞こえ始めた。
俺はまた、星を眺めに外へ出る。
知らないことがまた少し知れた。知識が増えればわからないことが増えていくが、それもまた楽しみの一つか。
魔王に侵略された世界か。まるでお伽話かゲームの中のようだ。あまり詳しくはないが。
近くに街はあるだろうか。あの少年と会いたい。そうすれば、もっと情報が手に入る。
「明日も調査よりも前に家のことをやらないとな」
かつてはずっとヤニを吸っていたが、この世界では美味しい空気を吸って健康になった気分だ。この体の状態を健康と言っていいかは疑問だが。
とにかく、いろいろあったが、少々清々しい気持ちで眠れそうだ。
朝。
早朝に目覚め、顔を洗う。そしてクリケットを握りしめて素振りを開始する。
「九百九十五、九百九十六……」
指先に意識を全集中。
「九百九十九、千!」
汗が散る。傷がまだまだ痛むが、まあいいだろう。
この世界に来てからは筋肉を虐めるのがご無沙汰だったのだ。これから取り返さねばなるまい。
そういえば、レベルってどうしたら上がるんだ?
「知りたいかな?」
「ん?」
声がした。
警戒して辺りを見渡す。
どこにも姿はない。だが、確かに女性のような、子供のような、いや、中性的な声がした。
「誰だ!」
叫ぶと、それに応えるように、森の中を笑い声が木霊する。
「誰でしょう」
「誰だろう」
「誰かな」
輪唱の様に連なる言葉。心地よいハーモニーに反して神経を逆撫でする態度だ。それらは複数いるのか。
「どこにいる?」
「ここだよ」
「ここかな」
「ここでしょう」
声のする方には、三匹の小動物。リスによく似ているが、明らかに違うのはその額。それぞれ赤、緑、青の宝石を持っている。魔物の類か?
「魔物かな」
「魔物でしょう」
「魔物だよ」
「心を読めるのか……」
「読めるでしょう」
「読めるんだよ」
「読めるかな」
鬱陶しい。
彼らの目的は何なんだ? ただちょっかいをかけに来たのか?
「ついてくるんだよ」
「ついてくるかな」
「ついてくるでしょう」
そう言って彼らは踵を返し、森の中へ消えていく。
「わかったわかった。ついていけばいいんだろ」
彼らのペースはかなり早い。
道なき道をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、小さな足をせっせと動かしている。こちらは転ばないようにするので精いっぱいだ。地面は木の根が張巡り、湿った苔や落ち葉が足を掬いにくる。ここまで走りにくいところを走るのは子供の時以来ではないか。
「いるかな」
「いるでしょう」
「いるよ」
時折後ろを気にしながら彼らは駆ける。
「はぁ……はぁ……まだ続くのか?」
どれだけ走っただろう。何キロも走っていると思われる。
体力もかなりしんどい。
「もうすぐでしょう」
「もうすぐだよ」
「もうすぐかな」
「どっちだよ……」
「どっちかな」
俺の言葉にも反応するのか。
そのもうすぐは確かにすぐで、森を抜けた。
「こ、これは……!?」
膝に手をつき、息を整える。
目に映る地面は舗装された石畳。
「これは、街……」
人と人が行き交い、馬が荷台を引き、屋台に肉や野菜を並べる人々、調理中の串焼きの芳ばしい香りも漂う。そこには、煉瓦と土で出来た白茶の街並みが広がっていた。