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第七話 魔物

大パニックの後の話です。

だが、まだまだ問題は多そうで……。

あ、萌えキャラと言うか、人外ロリっ子です。よろしくね。

「どーしてダメなの!」


 昨日とうって変わって鈴の音のような抗議をあげ、少女はタオルに包まって頬を膨らませる。彼女は、真ん丸な目の中心で輝く大きな翡翠の瞳を潤ませ、不満そうに睨んでいた。人間の少女と大差ないのはその顔と胴体だけで、両腕には浅葱色の大きな翼、先端には四本の細い指と鋭い爪。足も同様に猛禽類のような四本指である。異形さが人間でないことを証明していた。


「そんなこともわからんのか」


 俺から見て左手、彼女と机を挟んで座るギュエロは腕を組み、ずっと指をトントンと叩いている。こちらからは背中を向けていて顔色は窺えないが、あまりよくはないのは安易に予想できる。


「むーわかんない!」


「ギュエロさん、恐らく子供だ。ちゃんと言ってあげないとわからないと思う」


「俺を騙していたやつがよく言う」


「……」


 彼が怒っている理由に少女が備蓄食料を食い荒らされたことはあまり含まれてはいないだろう。そんなことより、魔物に対する嫌悪感が圧倒的な割合を持つ。

 騙すつもりはなかったが、俺は人間じゃない。だが、少女を救うためにはこうするしかないと思った。


「これだから魔物は……」


「わかんない! わかんない! わかんない!」


 少女は足をばたつかせ、癇癪を起こす。


「そうだな、まずは……他人の物を勝手に食べちゃいけない」


 悪党の俺が言えたことではないが。いや、だからこそか。


「魔物ごときが『人』を語るのか……」


 相変わらず悪態をつく老人。暫くはこのままだろうか。


「何で食べちゃダメなの!」


「自分の食べ物を取られたら嫌だろ?」


「でも、パパは取られる方が悪いって言ってた!」


「――っ!?」


 そうか。彼らの生活がどういうものかは知らないが、厳しい世界で過ごしているならそれも納得だ。自分が生きてきた世界というのは決して裕福とは言えなかったが、かなりマシなのかもしれない。


「野蛮な生き物だな」


「……。お父さんやお母さんはどうした?」


 とりあえず無視して尋ねる。


「パパとママは……」


 彼女は俯き、震え始める。

 まさか……。


「うぅ……うわああああああん!」


 大声で泣き始める。

 耳を劈き、心を抉る声。これを止める手段を俺は持たない。

 だが、それは望まぬ形で止まる。


「五月蝿い!」


 皴だらけの握りこぶしが机を叩きつけていた。

 そして、静まり返った小屋の中。すすり泣く音が続く。


「ギュエロさん……」


 彼は荒々しい息遣いで、肩が上下に動いている。


「魔物のくせに泣くんじゃねぇ」


 下を向き、地面に吐き捨てる。


「親が死んだ? 魔物ごときが被害者ぶりやがって! 散々人殺してきたようなお前らが、今度は殺されましたと泣くのか!」


「ギュエロさん!」


「うわああああああん!」


「てめぇらのせいで、ワシはすべて奪われたんだ!」


「しらない! しらないよぉ!」


「知らないで済まされるか!」


「いい加減にしろ!」


 ギュエロが立ち上がり、少女へ手を伸ばそうとする。その手を透かさず掴み、持ち上げた。


「ガキに手を出すのか!」


「何がガキだ! ワシの家族を奪っておいて! そこはてめぇの座る席じゃねぇ!」


 暴れる老人を押さえる。揉み合いになっていると、机や椅子が倒れながら、床に伏す。

 流石に体格差もあり、俺が馬乗りになる形で地面に拘束した。


「放しやがれ!」


「放したらどうするつもりだ。殺す気か!」


「ああ、そうだ! 魔物はやっぱり許せねぇ!」


「本当にあの子が殺したのか!」


「魔物が殺した!」


「違う! 俺が聞いているのは、魔物か魔物じゃないかじゃない! あの子かどうかだ!」


「五月蝿い! てめぇらなんか助けなければよかったんだ! ほら見やがれ! 命の恩人に手をかけるようなクソ野郎なんだよ! 魔物は!」


 彼の身体を返し、胸倉を掴んで叫ぶ。


「違う! 俺はあんたに感謝してんだ!」


 だが、彼は目を合わせない。


「感謝してんなら、なんでこんな勝手をするんだよ」


 その眼から一筋の光るものが零れ落ちた。


「対して強くもねぇくせに、なんで戦ってんだ。なんで無理してんだ。ワシの魔法じゃ生き返らせることはできないんだぞ」


「すまない……」


「ワシは何度失えばいいのじゃ……」


「だが、救える命もあった」


 俺は少女の姿を見る。

 うずくまって、震えていた。


「ギュエロさん。あんたがどんな過去を持っているのか知らない。それがどんなに辛い過去だとしても知らない。こんな勝手なことをして、こんなことを言えた義理じゃないが、俺には許せないことがある。それは弱者を虐げることだ。それ以上に許せないのは自分の無力さを棚に上げて弱者をこき下ろす行為だ。もう一度聞く。あの子は、本当にあんたの仇なのか?」


「……」


「よく、見ろ」


 その視線の先、ぐちゃぐちゃに崩れた顔の少女。折角の美人が台無しだなと場違いな感想が一瞬よぎったが、すぐに振り払う。


「違うさ。違うとも。わかっていたんだよ」


 彼はこちらに目を移す。


「お前さんは出会って間もないが、他と違うのはわかる。お前さんが命がけで助けたのも、訳があるのだろう? ワシに、魔物であることを明かしたのも」


「わかっていたのか」


「全部はわからん。同じくお前さんの過去も知らない」


「信じろとは言わない」


「信じよう。お前さんの眼は本物じゃ」


 彼はそのまま目を閉じた。


「だったら、言うことがあるんじゃないのか?」


「すまなかった」


「俺に謝る必要なんてない」


 そう言って、顎をしゃくる。未だ震える少女へ。


「そう、じゃな」


 俺は彼から降りる。老人の身体が心配だったが、低レベルの俺ではダメージを与えられないようで、無理なく立ち上がった。


「嬢ちゃん……」


 近づく彼を泣き腫らした眼で睨みつける少女。頭へ手を伸ばすと、彼女の肩がびくりと跳ねたのを見て、慌てて引っ込める。頑張れ。


「すまんかった。嬢ちゃんは、なんにも悪くない」


 食事泥棒をしているので、まったく悪くないことはないのだが、ここで突っ込むのは野暮だ。


「許してくれ。本当にすまんかった」


 そう言って、深々と頭を下げた。憎いはずの魔物相手に。

 これは、ちょっとやそっとでできるものではないと思う。自分より格下だとか、嫌いを超えて憎い相手に頭を下げることはとても難しい。俺自身も、かつての部下にできていたかと思うと、些か疑問である。


「君を助けたのは、このおじいさんだ」


「うそだ」


 彼女の記憶に恐らくないだろう。

 自分を嫌う相手、怖い相手を信じようとするほうが厳しい。ましてや相手は子供だ。


「噓じゃないさ」


 目線を落としてからそう言って、ギュエロの方を見る。

 彼は困った顔をしていた。

 そこで、傷だらけの腕を指さすと、目を見開き、首を横に振る。

 そして、声をできるだけ殺しながら、抗議してきた。


「無理じゃ。ワシゃ、昨日も魔力切れを起こしてクタクタなんじゃ! 殺す気か!」


「アンタが蒔いた種だろ!」


「それを言うならお前さんも……ひぃ」


 俺は無言で睨みつけた。この眼をすると、文句を垂れる部下は黙って仕事をして呉れた記憶がある。あれ、これってパワハラになるのか?


「わ、わかった。少しだけじゃぞ」


 おお。どうもこの世界でも通用するらしい。


「見てごらん」


「え――」


 少女は俺の腕を見て絶句した。

 正直、精神衛生上よろしくない見た目だと思う。だが。


「……ヒール」


 魔法の力で、みるみるうちに腕の傷が消えていく。


「……すごい」


 少女は魅入っていた。その、現実離れした光景に。


「ありがとう。もう十分だ」


 まだ完全に治り切ったわけではないが、ギュエロさんの体調もあまりよろしくない。ましてや老体に鞭を打ち過ぎて限界を超えているのだ。


「どう? 信じてくれたかい?」


「……うん」


 小さく頷く少女の頭を強く撫でる。


「そうか。偉いぞ!」


 子供の方がよっぽど聞き分けが良くていい。そう思いながら横を見ると、今にも意識を失いそうな老人。


「ギュエロさん。無理させて悪かった。ゆっくり休んでいてくれ」


「あ、ああ。そうさせてもらおうかの……」


 彼はふらつく足で寝室へと戻っていった。


「さてと。まずは何からしようかね」


 まるで台風が暴れまわった後のような室内を見まわして考える。まるで、カチ込んだ後のような惨状に頭が痛いが、やることがあるだけマシだなと思い、頭の中で整理を始めるのだった。



 目が覚めると、既に夜だった。

 前回の魔力切れは丸一日眠ってしまったが、今回は半日で目覚めてしまった。原因は隣の部屋の騒がしさだろう。


「ふあぁ。やかましいわい」


 カーテンを開けると、


「もう起きて大丈夫なのか?」


 こちらを振り向く大男の姿。なんと、台所に立っている。

 魔物の少女はというと、椅子の上で行儀よく座っていた。

 部屋もかなり片付いており、まるで朝の光景が夢の中のようだ。


「お前らが五月蝿くて目が覚めちまったぞ」


「すまない。だが、飯はもうすぐできるから座っていてくれ」


「あ、ああ」


 目を擦りながら、椅子に腰かける。少女の正面に。やはり、目は合わせようとしてくれない。仕方がないか。だが、割と凹む。

 と、そこであることに気が付く。


「椅子が、増えとる」


「ああ、作った。勝手に道具は借りたけどな」


 そう言いながら、彼はスープを器に装う。


「ギュエロさんが大事にしていた椅子はそっちに置いておいた。誰か、別の人のもんなんだろ?」


「そうじゃ。ワシの伴侶の物じゃ」


 結局、アイツが座ったことは一度もないがと付け足した。

 壁際に、その椅子は置かれている。誰も座ることなく何十年。唯一座ったのが初対面の男とは皮肉なものだ。


「ありがとう。大事にしてくれて」


「むしろ、何も知らずに座って申し訳ない」


「おなかすいた!」


 そんなワシらの会話を破って少女が叫ぶ。


「ほら、できたぞ」


 男は器を食卓に並べる。ほう。なかなか美味しそうではないか。


「お前さん、見かけによらず器用じゃの……」


「あ、ああ」


 なんとも歯切れの悪い返事だったが、あまり気にする者でもないか。

 ワシもかなり腹は減っておる。そして、長年生活してわかるのは、空腹が一番のスパイスだということ。


「いただきます」


 薄黄金色に輝くスープ。入っている肉は……魚か。

 芳ばしい香りが鼻孔をくすぐる。スプーンで肉を軽く崩し、とろみのついたそれを口へ運ぶ。ああ、なんという、なんという……なんということをしてくれたんだ!


「「おええええええええええええええ!」」


 口に運んだ後、ワシらは盛大に吐き出した。甘ったるいスープが舌に纏わりつき、生臭さが鼻を駆け抜ける。何だこれは。これは料理なのか!?


「あれ? 口に合わなかったか?」


 そういう戦犯はというと、何食わぬ顔で食べ続けている。


「こ、これ……こんなのたべれないよぅ……」


 喉を押さえて咳き込む彼女を見れば、それは魔物だからという訳ではなさそうだ。


「も、もういい! ワシが作り直す!」


「す、すまない……」


 彼はかなり落ち込んでいたが、知ったこっちゃない。


「まったく。世話の焼ける連中だ」


 そう言いながら、にやける口元を見せぬよう厨房に向かった。


マザランの料理のマズさが彼の過去にあると見抜いたギュエロ。

でも、記憶喪失を装う秘密漏洩対策も万全なマザランは、ギュエロの質問を次々と封じ込めていく。

彼が家を出る前に勝負を決めないとギュエロの負けが決まっちゃう!

何か大逆転する方法はないの!?

次回『逆転! 味覚破壊』デュエルスタンバイ!

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