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第六十三話 代償と清算

あの日から一週間。

長い眠りから覚めたマザランは……。

 知らない天井、知らない部屋。

 宿屋の一室なのはわかるが、俺の契約していた部屋じゃない。

 開け放たれた窓から流れ込む柔らかな風が、花の香りを運ぶ。

 暖かく、穏やかな時間があの事件が夢だったのではないかと錯覚させる。


「ま、こんなんじゃ誤魔化しきれないけどな」


 左腕に巻かれた包帯を見て苦笑する。

 と、右手は右手で刺すような痛みを感じた。

 握りしめられた掌を開けば、そこには翡翠の宝珠。


「何故、こんなものがここに……」


「――っ!」


 陶器の割れる音。そちらを向けば、部屋の入り口で固まるララの姿。

 泣きそうになりながら、笑おうとして断念し、眉を顰め、目を閉じ、顔を下げ、肩を落としたかと思えば、最後は感情を殺した能面で視線を外した。


「目が、覚めたのですね」


「ああ」


「お身体、痛くないですか」


「ああ。今は大丈夫だ」


「そうですか」


 聞くだけ聞いて、彼女は割れた花瓶を拾い集め始める。

 その無愛想な態度に違和感を覚えるが、触れることなく見守った。


「一つ、聞いてもいいか」


「……」


 その無言を肯定と受け取り、続ける。


「ノアは、どうなった?」


「……」


 ララの片付ける手が止まった。


「そうか」


 それが、答えなのだと納得する。

 小さな部屋にカチャカチャと、陶器の欠片が鳴らす不規則な音が暫く続く。

 納得はしても、認めるとは別問題。そのジレンマの狭間に、俺達は立っている。それが招いた結果であることはわかっていても、抜け出すことはできない。

 やがて彼女は片付けを終えると、ようやく口を開いた。


「そもそも、あの時点で手遅れだったそうです」


「……」


「娘さんは、王都の施設へ運ばれました。魔族によって親を失った子供達を預かっている施設だそうです」


 彼女は椅子をベッドの隣に置き、逡巡の後に少し距離を離してから腰を掛ける。


「私からも、一つお伺いしたいことがあります」


「ああ」


「何故、あの時、助けようとしなかったんですか。どうして、私を止めたのですか」


 徐々に、語気が強くなり、


「どうして、見殺しにしたのですか」


 トーンダウンさせ、ゆっくりと問う。


「……無駄なことだから、ですか」


「……」


 あの選択をしても無駄だったかどうかなんて、結果論でしかない。


「ご自身だけ質問しておいて、何も、答えてはいただけないのですね」


 身勝手だと、そう思っているのだろうか。

 卑怯だと、罵りたいのだろうか。

 ならば、好きに捉えてくれて構わない。

 そこに、何も間違いなどないのだから。


「私にはわかりません。貴方のこと、何も」


「……」


「私は、貴方のこと、信じていました。凄い人だって思ったんですよ。突然現れて、レベルが低いのに、とっても強くて、なのに弱い人の為に力を貸して。クールだと思ったら、とっても熱くて、時折慌てる姿もあって。器用そうで不器用なところも私は知っています」


「俺はそもそも、褒められた人間じゃない。守ることを言い訳に、何度も奪ってきた。そういう悪党だ。勝手に期待しておいて、勝手に期待外れだと思っているのはお前たちだ」


 窓の外から、小鳥の鳴く声と、復興作業中の掛け声を耳にする。


「一つだけ、質問すると言っていたな」


「……」


「何故、あの時助けようとしなかったのか。それは他人に期待をしていないからだ」


「私のことも信用できないから、止めたのですか」


「……」


「すみません。一つまででしたね。よくわかりました」


 彼女はゆっくりと立ち上がり、出口に向かう。

 扉の前で止まると、


「さようなら。生きていて、良かったです」


 そう言い残して去っていった。

 これで、良かったと思う。

 だが、その後に聞こえてきた咽び泣く声は、傷ついた肉体によく刺さった。耳は塞がない。それが、せめてもの責任だからだ。


「そのクセ、目は一切見れなかったけどな」


 自虐的に呟いて、右手の中の石を強く握る。

 その痛みだけが、俺に許しを与えてくれた気がした。



 それから医者がやってきて、回復魔法と処置、そしてマッサージを施してもらい、ある程度身体が楽になった。

 時折、面倒をみてくれる看護師に話を聞くと、俺が眠っていた一週間で復興が始まり、生き残った住民で瓦礫の撤去とライフラインの回復、奪還したアクセルとバルの魔界浄化手続きを行い、王都から専門家が来るまでの間はマニフォールに避難してくることとなったらしい。

 そして、グロリアは逮捕され、腕の止血の後、収監されたそうだ。


「我々が追っていたのは、冒険者を殺害し、一部民間人を魔族に売り払っていたという凶悪事件でした。その犯人として目星をつけていたのがあの男でした」


「そうか。つまり、魔族に売られたノアが復讐をしただけという、グロリア達の因果応報だった訳だな」


 わざわざ見舞いに来てくれたチームドライクーゲル。服がダメになったツェーウェルド含め、全員の白服が新品同様に綺麗になっているのが不思議だ。


「アイツ等、偽名まで使って本当にクソ野郎だよな」


「偽名?」


 ベルダの言葉に引っ掛かる。


「あれ? 聞いてないの?」


「何をだ?」


 それは、ヤンググラスというパーティが、元々は違う冒険者で構成されていたという事実だった。

 ある悪人が名前も、チームも、シンボルさえも奪い、この街までやってきたのだ。

 そして、それを調査していたのが、彼らドライクーゲルと、ギルド職員内に展開された情報を覚えていたララであった。


「しかし、よく戻ってこれたな」


「ええ。貴方のお仲間がピンチを知らせてくれたのです」


 ルイン。アイツが向かった先はコロシアムだった。

 あんな死地に戻るなんて正気の沙汰じゃないが、それでも優先順位が何なのか、彼なりに考えて行動していたのだ。


「ぶっちゃけ、あの後あの貴族も逃げちゃったし、生き残ってた雑魚も余裕だったけどね」


 少年が、「よゆーよゆー」と、頭の後ろで手を組んで笑っていた。

 その様子を見て頭を抱える二人を見れば、それなりに苦労していたらしいことはわかったが。


「あれ、アンタら何でそのペンダントを付けているんだ?」


 彼らの胸元には、木彫りの三つ葉が下がっていた。


「これは、我々が預からせていただくことになりました。それなりに交流もありましたし――」


「自分達の、戒め」


 そう言って、握ってみせた。

 ならば、俺にとってのこの石と同じか。


「アンタ達はこれからどうするんだ?」


「王都へ戻ります。どうやら、お呼び出しをされているみたいなので」


「そうか」


 会話もほどほどに、彼らは戻っていった。



 それからさらに一週間が経ち、ようやく退院した。

 魔法の力とは素晴らしいもので、全身の骨折もたった数週間で完治させる。

 瓦礫の撤去がある程度済んだ街は、崩壊した建物や、ひび割れた石畳が残る、精神的にも歩きにくい街だった。

 まだ活気は取り戻せていないが、住民達の表情には笑顔があり、少しだけ安心する。


「お、英雄さんがお目覚めですかな!」


 等と、俺を知る、俺の知らない人たちが持ち上げるが、手を挙げる程度で流していく。

 英雄だと称えられるのは俺じゃない。

 もっと活躍していて、ずっと貢献した人が大勢いる。彼女らを差し置いて、俺が褒められる資格はない。



 かつて俺がお世話になった宿屋は辛うじて残っており、不在の間預かってもらっていた荷物を主人から受け取る。

 特に荷物があるわけではないが、ギュエロから預かった本と、トリプルアクセルの遺灰だけは回収しておかなくてはいけない。

 チェックアウトを済まし、その足でアクセルへと向かった。



 浄化は既に完了しており、アクセルの町は徐々に復興が進んでいた。

 町の奥には相変わらず、我が物顔で鎮座するコロシアムがあったが、そのうち解体されるだろう。


「あの、もしかして、貴方がマザランさん?」


 近づいてきたのは、壮年の夫婦たちだった。


「ああ。そうだが」


「やっぱり。この町を取り戻してくれた英雄様ですね!」


「いや、俺は大したことをやっていないのだが……」


 否定をしても、「いやいや、ご謙遜を」と、遠慮として受け取られてしまう。弱ったものだ。


「それ、誰に聞いたんだ?」


「はい。白いコートの三人組です。そのうち、トリプルアクセルのマザランって赤髪の大男が来るだろうから、彼が町を取り戻した英雄だって言ってましたよ」


 その言葉の裏に、ドヤ顔で満足気なアーリムの顔が浮かぶ。

 やはり、アイツは気に入らない。


「あの、つかぬことを伺いますが、うちのアイルたちは元気でしょうか?」


「え――」


「ヴァイスの父です」


「ライの母です」


 ここに集まっていたのは、皆トリプルアクセルの家族だった。

 俺が、一番逢いたかった人達で、一番顔を合わせたくなかった人達だ。


「あの、これ……」


 俺はバックパックから骨壺を取り出す。


「本当に申し訳ない。彼らを、死なせてしまったのは、危険な目に巻き込んでしまったのは、全て私の責任です。今日は、それを言いに参りました」


「っ――」


 親族達は、面食らって崩れ落ちそうになる。

 だが、誰一人目を背ける人はいなかった。


「詳しく、教えて頂いてもいいですか?」


 そう尋ねられ、俺は彼らとの短い冒険譚を話した。

 右も左もわからなかった俺に手を差し伸べてくれたこと。何でも教えてくれたこと。戦いの面で慕ってくれたこと。目標を共有してくれたこと。最期まで、俺を信じてくれたこと。彼らが、俺なんかよりずっとずっと強かったこと。

 俺が語れる彼らの生きた証を何でも話した。

 その場にいた全員が涙を流して交流し、頷き、死を受け止める。

 消えない後悔は残り続けるが、ようやく前に進めた気がした。


「アイル、ヴァイス、ライ。お前たちの願い、叶えたぞ」


 家族へ遺灰を預け、俺は町を後にした。



 数日後。

 グロリアが王都へ輸送されることになった。

 超重罪人という扱いになるらしく、頑丈な鉄製の荷台が用意されたとのこと。


「……」


 後日回収したヘルムを被り、街の端に位置する建物の上からその馬車を見下ろしていた。

 時間は深夜。住民も、草木も寝静まる夜。

 町を出た直後。突然馬車が、爆発をした。

 倒れる荷台、巻き込まれた馬は大慌てで逃げていく。

 そしてやはり、中から何食わぬ顔で降りて来たのは、隻腕の男だった。


第二章も残り一話。

是非お見逃しなく。

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