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第六十二話 キミの幸せを望む

 爆炎の立ち上がる倉庫。莫大な数の魔石がほぼ同時に起動することで引き起こされた大爆発。それを引き起こした張本人は、離脱に遅れた。

軽々と吹き飛ばされる華奢な体。彼女の抵抗はなく、二棟ほど離れた石畳上に叩きつけられた。


「ノア!」


 悲鳴をあげる身体に鞭を打って駆け寄る。

 ノアはピクリとも動かない。


「しっかりしろ!」


 彼女の体を仰向けにし、頭を腕の上に寝かせる。


「お兄さん……私……やったのかしら?」


「ああ、よくやったよ。成功だ」


「ふふっ。私、何してるんだろうね」


 彼女は遠い目で、虚空を見つめながらそう呟いた。


「馬鹿なことを言ってないで、休んでろ」


 ヒールをかけ、頭を撫でる。


「本当、何してるんだろ……」


 襲い来る吐き気と頭痛を言い訳に目尻に浮かぶものを見て見ぬふりをした。

 ぶっちゃけ、魔力切れも起こしているわ、怪人化も解けてしまっているわ、服も鎧も限界を超えて半裸になってしまっているわ。満身創痍と言っても差し支えないだろう。

 大きく溜息を吐き、不要となったヘルムを外す。


「私、たくさん間違った」


「ああ」


「私、大事なもの守るより、自分のことを優先しちゃった」


「何も悪いことではないさ」


「私、全部中途半端だった」


「全部、これからやればいい」


「私、私……」


 紡がれる言葉は、全部許しを請うものだった。

 精神がすり減ってもなお、彼女は戦ってくれたのだ。

 そんな女性を誰が責められよう。


「もう、充分だ」


 ボロボロになった上着を巻いて、首の下に置く。


「さて、まだ暴れ足りないか? 最凶くん」


 ノアを寝かせ、倉庫の方を向いて立ち上がる。

 燃え上がる倉庫で、風穴だらけで焼けていく龍が体を悶えさせて起き上がっていた。


「ここまでのことをしたんだ。その落とし前はつけてもらうぞ」


 抉れた龍の胸元には、煌々と輝く翡翠の宝珠。それを壊せば、終わる。

 刀を鞘から抜き取り、届く位置に入るも、龍は抵抗する気配すらない。


「もう、眠れ」


 煌めく刃が空を割き、宝珠の中心に真っ直ぐ突き刺さる。

 血の代わりに流れ出たのは、温かく、柔らかな光。

 


 ゆっくりと、目を開ける。

 そこは、真っ白な部屋だった。窓も、扉もない、無垢で、冷淡な部屋。

 その部屋の端で、緑髪の少年が何かを抱きかかえ、逃がさないように蹲っていた。


「何を持ってるんだ?」


 俺は彼にゆっくりと近づき、正面で胡坐をかく。


「五月蝿い。僕に構わないでくれ」


 ぶっきらぼうに言い放つ少年。


「それ、さっきも言ってたな」


「……」


 何も答えず、その何かをさらに抱き寄せる。


「守りたいものがあったんだな」


「……」


「わかるよ。俺だって、失くしてきたからさ」


「……えに」


「ん?」


「お前に――!」


 顔を上げる少年。


「お前に何がわかるんだ!」


 彼は手に持ったものを全て放し、掴みかかってきた。

 その勢いに倒され、馬乗りにされ、顔面を殴られる。


「家族を失ったんだ! 何度も、何度も、何度も! お前はいいよな! 人の邪魔ばかりして! 好きに生きて! それで仲間ができてさ! 僕は奪われてばかりだ! 母親を男に奪われて! 父親を酒に奪われて! 親戚に住む場所と弟妹を奪われて! 不良に金を奪われて! 警察に人生を奪われて! 組織に人間性を奪われて! 仲間にチャンスを奪われて! 邪魔者に命を奪われて! 生きる世界を奪われて! 言葉を奪われて! 意味も奪われて! 希望も奪われて! また僕から奪うのか! お前は!」


 殴られ続ける中、シルフの後ろの壁に投影された映像を見て納得する。

 彼が守り続けていたのは、『自分』だった。

 あれは彼が抱え込んでいた記憶。誰にも奪われないよう、持ち出されないよう、窓も、扉も全て掻き集めて隠したのだ。まるで、大事なものを没収される子供のように。


「それが、お前の本心か」


 伸びてきた拳を握り、押し返す。


「その程度なのか、お前の覚悟は」


「ふざけんな!」


「奪われたのは全部、お前が弱いからだ」


「マァザァラァン!」


 叫ぶ少年の鳩尾を蹴り飛ばし、悶絶しているところを胸倉掴んで壁に叩きつける。


「人のせいにして閉じ籠って、奪われましただ? 対して強くもないくせに強がっていただけのお前じゃただの言い訳だ!」


「お前こそ! 自分を棚に上げて、偉そうに説教垂れてんじゃねぇよ! 中途半端な正義感振り翳して! 中途半端に首を突っ込んで!」


「俺は俺のやることをやっただけだ」


「僕の弟妹を殺しておいてよく言えたな!」


「――っ」


「どうせ、仲間も殺すんだろ? それかもう殺しているか! 僕を見捨てたしな!」


「シルフ!」


「ほら、図星だ! クソダサいね!」


「俺だって! 望んでそうなった訳じゃない!」


「ハッ! それは僕も同じだよ! そっくりそのまま返してやろうか? アンタが! 弱いから! 仲間を! 殺した!」


 床の上で、シルフの首を腕で押さえ、叫ぶ。


「そんなこと、俺が一番理解している!」


「認めたな!」


「ああ! とっくにな! 俺の弱さが、甘さが、いつも他人を巻き込んで傷つけて、奪ってしまうこともあって、それでも――!」


 クソ。視界が悪くなってきやがった。


「それでも、そのとき正しいと思った選択を信じて戦うしかねぇんだよ! 俺達は!」


「それが間違いだって言っているだろ!」


 目を閉じ、溢れそうなものを堪える。


「俺達は悪党だ。間違った選択だとしても、決めた道を進むしかない」


「じゃあ、僕の弟妹が死んだのは、仕方がなかったって言うのか」


「すまなかった」


 力を緩め、頭を下げる。


「は?」


「知らなかったとはいえ、襲われたからとはいえ、この事実は消えない」


「だったら!」


「だから、その罪も背負って生きていく」


「何を言って――」


「お前がこの世界で孤独の道を生き、大勢の人間を殺していたとしても、俺はその罪すら連れていってやる」


「無理だ。ここまで壊したら、もう……」


「無理かどうかはやってから決める」


「ハハッ。アイツみたいなこと言うんだな」


「嬉しくないな」


「マザラン」


「ああ」


 二人、六面に映像が流れる部屋の中で立ち上がる。


「逃げだしたら許さない」


「ああ」


 俺はいつの間にか握られていた刀で、シルフの心臓を突き刺した。

 彼の魂は光に溶け込んでいく。


「これはアンタへの、呪いだよ」


 世界が暗転する中、最後に聞こえたのは相変わらず生意気な声だった。




「マザランさん!」


「終わった、のか……」


 煙が月を隠すほどに立ち昇るマニフォールの夜。

 俺はララの太腿の上で寝ていた。

身体は起こせそうにない程痛む。呼吸も苦しい程に。

 やっとのことで周囲に目を配らせると、龍の姿はどこにもない。


「マザランさんが、倒してくれたんです。ノアさんと、一緒に!」


「そうだ、ノアは――」


「ママ!」


 子供の声がした。

 フードを付けた子供が通りを駆けていく。


「あの時のコソ泥か」


 俺がカバンを盗まれかけ、次に会った時にはペンダントを盗んだあの子供。ノアの、娘。

 待て、ノアの娘は行方不明だったはずだ。ここにいるということは、連れ去った人間が、今ここに――。

 その子供の来た方向。

 そこにいたのは、チームヤンググラスのリーダー、グロリア。

 炎に照らされたその顔は、不気味に歪んでいた。


「まさか――」


 娘の方を見る。

 何か、違和感はないか。

 持ち物、ない。

 服、フード、煙――。


「ライト……ニング!」


 腰に差していた初心者向けの杖を取り出し、搾りカスのような光魔法を、師匠の得意とした魔法を、見よう見まねで打ち放つ。

 放たれた光の針は、フードに付いたふくらみを貫く。

 驚き振り返る娘と、それを抱き込むノアの姿。

 落下した塊は、石畳の上で跳ねた後、小さく爆発した。


「や、やれば、できるもん、だな……」


 今度こそ限界。ララに体重を預ける。


「カティア! カティア! 無事でよかったああああ!」


「ママああああ!」


「良かった! 良かったです!」


 親子の再開に、ララが涙を流して喜んでいた。

 戦いの後の幸せな余韻。そんなもの、神は望んでいないかのように、終幕が突然襲い来る。


「おい、みんな! 見てみろよ! アレを!」


 グロリアが彼女たちを指差す。


「アイツ等、魔族だった! この街を壊したのも、セドリックやシーマを殺したのも、アイツ等だ!」


「マズい」


「そんな!」


 ぞろぞろと集まる野次馬。

 剣を抜き、親子へ近づくグロリア。

 その場にいた人間全員が、その横暴な正義が執行される瞬間を見守る。


「亡き我らの戦友たちに捧げる」


 剣を振り上げると、歓声が沸いた。

 やめろ。殺すな。お前たちを守ったのは彼女だぞ。むしろ、首謀者だと疑われているのはグロリアの方だ。

 やめろ、やめてくれ。誰か!


「魔族よ。死ぬがいい!」


 剣が振り下ろされる。

 ノアは、ボロボロの翼と両腕で娘を抱きしめる。

 その、刹那。

 誰もが魔族の処刑を想像した。

 だが、そこで起きたのは一つの想定外。


「なっ――」


 宙を舞う丸太のような腕と握りしめられた腕。

 突如腕を失ったグロリアは、燃え続ける倉庫を睨みつける。

 龍がいたはずの場所には、息の細い緑髪の少年の姿。


「小癪な!」


 グロリアは残った手で懐から魔石を取り出すと、彼の方へ投げ捨てる。

 爆発の直前、シルフは満足気に微笑んでいた。


「おい、お前ら! コイツを殺せ!」


 その場に蹲りだしたグロリアが、野次馬へと声を荒げる。

 その号令は最悪な結末へと導く。

 野次馬の一部が、武器を手に彼女らを襲う。

 殴り、蹴り、罵る暴徒たち。

ノアは必至で庇い続ける。

 そして俺は、残った力でララの口と体を抑え込む。


「んんー! んんんー!」


 大粒の涙を流し、理不尽な束縛を解こうと暴れ回る。

 正直、俺の体力も、気力も擦り切れそうだ。だが、手を放すわけにはいかない。

 ここで手を放せば、彼女まで殺されてしまう。

 かつての仲間に誓った矢先、俺は俺の無力さにおかしくなりそうだ。

 今すぐアイツ等を殺してしまいたい。こんなもの、こんなもの!


「ハハハハハハ!」


 それを見て高笑いをするグロリア。こいつの本性を見抜けなかった。悔しくて、悔しくて堪らない。


「ハハハハ……あ?」


 ふと、外道の表情が固まる。

 それは、暴徒たちの攻撃が、届かなくなったこと。

 それは、まるで見えない壁に邪魔されているような……。


「そこまでです!」


 騒めきを切り裂き、群衆を掻き分けて登場したのは、馬に乗ったアーリムだった。


戦いの終わりに訪れた悲劇。

彼らの道は何処へつながるのか。


次回、第二章 終幕

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