第六十一話 Deadly wound
失ってばかりの世界に希望を求め、血を流す。
ずっと、夢を見ている気分だった。
真っ白な空間で、独り。
あの時の出来事も、今のこの戦いも。
自分の生きてきた証が、生きる意味が、希望が、あの事件で全て風に攫われてしまった。ちょっとした風で吹き飛んでしまうような脆いものだったことに、僕は失くしてから気付いたのだ。
それを受け止められる程、僕は強くなかった。故に、僕は現実から逃げたのだ。
だけど世界は残酷で、僕を眠らせてはくれなかった。連れ去られた先は、弟も妹もいない世界。
言葉も通じない、生きる目的もない。そんな世界でも、光はあった。
妹よりもずっと幼い、フードを付けた女の子。彼女は、孤独な僕に食事を与えてくれた。
それは、元の世界で食べたどんなものよりもずっとみすぼらしく、ずっと不味く、ずっと美味しかったと思う。
視界に掛かった白い靄が少し晴れた気がした。だけど、この世界もまた、危険が多い。だから、守る為に僕はたくさん殺した。今度こそ、手を放しちゃいけないんだ。そう言い聞かせ、邪魔する者を消し続けた。
それなのに、大事なものはある日突然無くなった。また僕は、手を放してしまったのだ。
手遅れになる前に、早く見つけないと。
でも、邪魔をする人が多いんだ。
だから、邪魔者は消さないといけない。
たとえそれが、かつての仲間だとしても。
かつての、仲間?
彼は本当に、仲間?
「この化け物、全然攻撃が効かないじゃない!」
「ああ、ダメージを入れたとしても、すぐに回復しやがる」
手数が一人分増え、戦局に余裕が生まれる。
「だから、高火力な攻撃を一つ叩き込む」
「高火力? そんな技を隠してるの?」
「いや、俺じゃない」
話している時にも襲い来る、鞭のようにしなる尾の叩きつけを、左右に分かれて回避する。
その後、街の上、大きく弧を描くように、ノアへ合流しに行く。
龍の方は翻弄されたのか、キョロキョロと視線を巡らせるだけに留まった。
「狙いはそこだ」
ノアにも伝わるよう、指を差し
「あの幅の広い建物、倉庫なんだが、あそこで保管しているのは恐らく、大量の魔石だ」
「まさか、そこに突っ込ませる気?」
「そのまさかだ」
血色が更に悪くなるノア。
「だから、誘導をしてすぐに離脱するのがゴールだ」
「わ、わかったわ」
彼女の震え気味な回答に頷くと、次の攻撃に備えて動き出す。
基本的に奴の攻撃は単調。
徐々に倉庫の方へ向かいつつ、興味を削がれないよう、時折攻撃を仕掛ける。一人でそれをやるのはなかなかに困難だが、そこを彼女にフォローしてもらう。
基本的には、追撃対策だ。
屋根から屋根に飛び移っていく中、後ろからは建物を全て破壊しながら突っ込んでくる龍の姿。
今まで以上に本気の怒りを感じる。そうまでして戦う理由はなんだ。
ひとまず注意をひけているからいいものの、油断をしたら瓦礫の一部になってしまうだろう。
だが、倉庫まではあと数メートル。龍との距離は充分。
このまま釘付けなら、いける。
そう確信した時、龍の動きに変化が起きた。
追いかけるのを止め、その場に留まる龍。
「何だ?」
その巨大な咢を持ち上げ、空気を大量に吸いはじめる。
まるで、深呼吸をしているようだ。
いや待て、これが深呼吸のようなら、吸った後に待っているのは――。
「しまっ――」
龍の頭がこちらを捕捉する。と同時に、蓄えた莫大な量の空気を噴出した。
それは周囲の音を奪いながら、三半規管を破壊する。
「ガアアアア!」
吹き飛ばされ、倉庫を超えて向かいの建物の壁に叩きつけられた。そのとき、背骨やあばら骨まで数本折れたようで、呼吸が苦しい。
「まだ! まだ終わってない!」
視界の範囲の外枠に黒い縁取りが付き始める中、倉庫の上に立つノア。
またあのブレスを準備し始める龍。
「や、やめろ……」
地面に突っ伏しながら手を伸ばす先、今度の標的はノアだった。
「わああああああああああ!」
心の臓を震わすほどの叫び声をあげる、異形の女。
彼女の願いは、理を超え、さらなる力を与えた。
「天使……」
第一に抱いた印象が口から零れる。
彼女の背中には、大烏の様な漆黒の翼が一対生えていた。その姿が、まるで堕天した神の使いのように見えるほど神秘的で、美しい。
彼女はその翼を用いて、立体的な軌道でブレスを躱す。
上手い。戦闘経験が浅い筈なのに、身のこなしは一級品。
こちらは、今のうちにヒールをかけて痛みだけでも和らげる。
戦局の維持はしやすくなったかもしれないが、誘導しようにもあのブレスが厄介だ。
遠距離攻撃では、爆発に巻き込み切れない。
考えろ。他に隙ができる瞬間。
「たああああ!」
彼女は龍の周りを飛び交いながら、様々な攻撃に適応していく。
敵にはしたくないものだ。
龍の攻撃は物理的な突進とブレスを使い分けながら、ノアを追う。早めに決めなくては、新しいパターンの攻撃をしてくるかもしれない。そうなれば、今度こそヤバいかもしれない。
早く、次なる弱点を探さなくては。そう思った時、ある一つの賭けを思いつく。
そのヒントは、足元に転がっていた。
「魔石。止め以外にも使えるか?」
ブレスを繰り出そうとしている龍をよく見る。やはりそうだ。
「ノア!」
彼女に向けて、拳ほどの大きさがある魔石を投げる。
「あ、魔石?」
どう使えと言わんばかりにこちらを不安気に見るノア。
「龍のブレスは息を吸ってから吐き出す」
「もしかして」
ハッとした彼女に頷く。
「その瞬間に吸わせる。そうすれば、落とせるかもしれない」
「……わかったわ」
ノアは倉庫の真上まで来ると、翼を広げ、宵闇の空へと羽ばたく。案の定、龍もまたその後に続いた。
高速で飛び距離が開くと、再びブレスの準備に入る。
「今だ!」
天空より、魔石を投げ込むと、龍は空気ごとそれを飲み込んだ。
「……」
龍はブレスを放ちそうにない。
わずかな間の後、爆発音が龍の中で鈍く聞こえた。
「よし!」
だが、龍は落ちない。
ブレスを諦めたに過ぎないのか。
それでも、ノアは諦めなかった。
「そりゃああああ!」
空中に留まる龍の腹へ、急降下して飛び込む。
まさか、自ら落とすというのか。
このままでは、離脱が間に合わない。
「ノア、やめろ!」
「ああああああああ!」
彼女は龍ごと倉庫へ落下する。
「ノアああああああああ!」
喉が灼けそうになりながら叫ぶ。
すると、倉庫の中から飛び上がる一人の影。
良かった。間に合った。そう、安心した直後。
周辺の建物を跡形も失くすほどの大爆発が、マニフォールの街に響き渡った。




