第六十話 笛鳴らせず罪重ねる
最期のミッション。あの日に馳せる想いは迷いを手招く。
「シルフ、地下へ向かえ」
児童養護施設を騙るビル内へ二人で侵入したあの日。
俺はインカムで先行する同僚へ指示を送る。
「はぁ。そうやって僕に命令するのやめてくれない? いつからマザランが上になったの?」
インカムを握りつぶしたくなるが、歯を食いしばって抑えた。
何をそんなに突っかかるのだ。
「俺の言うことじゃない。組織からの指示だ」
「でたよ。組織組織。マザランはいつもそれ。秩序だとか、道理だとか、ぶっちゃけどうだっていいよ」
「あ?」
聞き捨てならない言葉の数々に、彼が四天王へ名を連ねることに疑問が浮かぶ。
変な地位を与えるから図に乗るのだ。今度、彼には痛い目を見てもらおう。
「目的を達成したいなら、俺の言うことをちゃんと聞いておけ」
「はいはーい」
地下には、未確認の部屋があることが、正式な工事依頼書に記載されていた。そこから何か秘密が隠れているのではないかというのが組織の、司令部からの見解であった。
わざわざ存在を隠すほど。相当マズい代物が出てきそうだ。
こちらはというと、逆に最上階へ向かっていた。
情報が正しければ、今日は代表が来ていると思われる。折角お邪魔させてもらっているのだ。挨拶をしておかないとな。
非常階段を駆け上がり、最上階へ辿り着く。ここまで、出会ったのは警備員のみ。監視カメラのジャックも終わっている。後は詰めの部分が重要だ。
ダクトへ潜り、代表室の場所へ。
換気口から覗くと、背広を着た男の後ろ姿が見える。何やらパソコン作業をしているようだったが、画面までは確認できない。今は彼ひとり。狙い時だ。
「NPO法人『パイドパイパー』代表『阪笛良嗣』だな?」
懐から短刀を抜き取り、細身な首元へ添える。少しでも動けば、頸動脈を切り裂ける位置で。
一瞬、阪笛の小さな肩が震えたが、両手をすんなりと上げ、
「確かに私が阪笛だ。君と会うのはいつぶりかな?」
「さぁな。貴様のことは児童誘拐と業務上横領の詐欺犯ということしか知らない」
「酷い謂れようだ。私のことを誤解しているらしい」
「他にも余罪があるって意味か?」
こんな状況でもなお、クックックと含み笑いで肩を上下させる代表。
その胆力は只者ではない。
「君は『ハーメルンの笛吹き男』をご存知かな?」
「そんな話をしに来たんじゃない」
俺は刃先を皮膚に触れさせる。その冷たさに反射的に動いたせいで薄皮が切れ、血の筋ができた。
「いいから、いいから」
彼はそれでも、田舎の何でもくれる老人のように宥める。
何か情報が聞き出せるならと、少し耳を傾けた。
「童話だろう。笛吹き男が子供を連れ去ったって。貴様らそっくりだな」
「実際に起きた事件を元にしているんだよ。中には、疫病や、十字軍へ少年兵として起用したことを示唆したという説もある。そして、子供が自らついて行ったという話も」
「子供が勝手についてきただけだと言い訳するつもりか」
「いいや、そうじゃない。嘘つきで、意地汚い大人を見限ったんだよ。我々はそれに救いの手を差し伸べただけに過ぎない」
あっけらかんとした態度を崩さない阪笛の態度に怒りがこみ上げる。
「だが、この孤児院にいる子供が里親に引き取られた後に皆行方不明になっている」
「出任せを言わないでくれよ。彼らは今も幸せに生きているよ」
「データは揃っている! 貴様らが何を言おうと、無駄だ!」
「データが揃っているなら、何故我々は捕まらないんだろうね」
彼は全部わかっている。知っていて、そう言っているに違いない。
「それは政府や司法と癒着しているからだろう!」
「そこにデータはあるのかい?」
「貴様っ――!」
これが余裕の証拠か。
「君は今、下手を打った。相変わらず、意地張って行動を間違えるね、君は」
刃を摘まみ、引き剥がすと、彼は振り返って眼鏡を外した。壮年であり、目尻にしわが寄りながらも、歳を感じさせない目力と余裕を持つ男。
俺はその顔に見覚えがあった。だが、思い出す間もなく。
「チェックだよ。折角孤児院に来てくれたんだ。是非ともうちの子と遊んであげてくれ。『黄昏』さんのところとどっちが優れているかな」
「なっ――」
代表室の壁を破壊して現れたのは、人の子ほどのサイズはある、巨大な昆虫だった。その数、六体。
「君達、お兄さんと遊んであげなさい。私は少し出かけるからね」
「待て!」
彼はPCからUSBメモリを抜き取ると、背広のポケットに入れる。
追いかけようとするが、左右から襲い来る虫に邪魔をされてしまう。
「あ、そうそう。君のところのお仲間、通信に出てくれるかな? どうも仲悪そうだったからね。不貞腐れて勝手なことするかもよ」
忘れていたかのように告げる男の目は嗤っていた。
「じゃ、後よろしく」
首元をハンカチで押さえながら出ていく阪笛。
「阪笛ええええ!」
怪人化し、虫をいなしていく。
炎は使えない。使えば、自分やここの職員、周辺住民へ被害が及んでしまう。
単騎ずつの撃破しかできないが、強靭な外骨格とリーチの長い手足、そしてこの数に苦戦は必至。
「シルフ。聞いてくれ、これは罠だ!」
だが、応答はない。
「シルフ、逃げるんだ!」
まさか、アイツ、本当に耳を閉ざしたとでもいうのか。
「ガアアアア!」
鋭い鍵爪に皮膚を切り裂かれながら、大顎に挟まれながら、甲殻の隙間に突き立て、引き千切り、一体ずつ処理をしていく。
全てを倒し切る頃には、体力を大幅に消耗していた。
「何なんだ、この、化け物は。情報に、なかったぞ」
膝を付き、息を整えていた時。一人分の足音が聞こえ、身構える。
「こ、これは、一体――」
それは、リュックを背負った一人の青年。どう見ても、ただの一般人。
「お前が、やったのか?」
呆然とした様子でこちらに問いかけてくる。
やったも何も、化け物に襲われたのはこっちだ。
「き、きりや君! しおん君も、みおんちゃんも、何で、どうして……」
この異常な光景を見て、彼は狂ってしまったのか? そこにいるのは――。
「馬鹿な」
そこにいるのは、虫の死骸ではなく、人の子だった。
人の子が、血を流し、バラバラになり、目も当てられない状態で転がっていた。
「許さない。俺は、アンタを!」
リュックを下ろしながら、何かのデバイスを取り出す。
そのデバイスを腰に装着していた人物を何度か見たことがある。決まって、俺達が活動している最中、仮面と甲冑を付けた状態で。
「錬装!」
掛け声と共に、デバイスを操作する青年。直後、禍々しい色の液体がデバイスから溢れ、それが全身を覆っていく。僅か数秒でそのプロセスが完了すると、その姿は見慣れた件の仮面の騎士。
「チッ。こちとら消耗してんだ。勘弁してくれ」
突如現れた彼の存在に、時間も体力も全て奪われていった。
あの作戦は失敗した。
俺は撤退、シルフは帰らぬ人となり、敵は逃亡。
『黄昏の三連星』が世間に悪として認識される大きな事件となった。
龍によって上空へ飛ばされ、落下しながら、思い返すあの事件。
俺は、どうしたいのだろうか。
止めたいのか。謝りたいのか。それとも、許したいのか。
迷いが、この結果を生み出しているのだろう。自覚はあるが、覚悟がない。
ならば、一層のことここで死んでしまってもいいのではないか。
「マザラン!」
ハッと目を開くと、眼前に迫る潰れた龍の顔。
だが、それは横から飛んできた蹴りによって軌道が逸れ、九死に一生を得る。
「ノア……」
隣に降り立った女性を見て驚く。
顔色も、乱れた髪も、ヨレヨレの服も、どこにも女性らしい魅力が残っていなかったが、それでも不思議な安心感があった。
「アンタ、どうしたのよ。さっきから、全然パッとしないじゃない」
「……ああ」
この煮え切らなさに目を細めるノア。
「何があったのか知らないけど、お兄さん言ってたじゃない」
「?」
彼女は俺の背中を強く叩いてこう言った。
「『俺に任せろ』って。『帰る場所がないとダメだ』って」
「ちょっと違うが……」
ニュアンスに間違いはないが、その似ていないモノマネは頂けない。
「嘘にするつもりなの?」
彼女の言葉が突き刺さる。
「そんなつもりはない。ちょっと、手こずってるだけだ」
もう、決めた。
俺は、俺の責任を果たす。
だから、お前も――。




