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第五話 命の価値は

 コロシアムから脱出すると、外は雨が降っていた。

 全身痛い。血が流れていない箇所がないぐらい、ズタボロだ。

 身体にぶつかる雨粒が、傷に刺さってヒリヒリする。


「借りてる服がボロボロだ。これでは叱られてしまうな」


 少女の姿をした魔物を抱えて帰路につく。

 華奢な少女の身体も、今はかなり重く感じる。

 両手の翼も水を吸って重量が増していく。


「この世界は一体何なのだ……」


 森の中、はるか遠くに思える小屋の方面を睨みながら回想する。



 小鬼の魔物を倒した後に現れた巨大な鬼。


「親玉登場ってところか」


 鱗塗れの両腕に爪を生やし、構える。

 自分の倍近くある体躯、醜悪に歪んだ牙の生えた顔面。服は身に着けておらず、股座には汚らわしいモノがぶら下がっていた。

 奴はこちらと周囲に転がる死体を見比べ、ニタニタ顔がさらに満面の笑みに変わる。


「何だその顔は。仲間じゃなかったのか?」


 見た感じ、同種族のように見えたが、そうでもなかったのか?

 ふと彼の足元に、倒れていた小鬼が手を伸ばして何かを伝えようとする。まるで、親に助けを求めるかのように。


「……」


 黙ってその様子を見ていると、大鬼は彼の頭を掴み、持ち上げる。

 何をするかと思えば、突然大鬼は小鬼の首元に喰らいついた。


「なっ――」


 絶句。

 噛まれた小鬼は悲痛な断末魔を上げ、一瞬バタついた後、ぐったりと動かなくなる。

 奴は首の肉を食い千切ると、もういらないとばかりに放り投げた。

 これは一体何を見ているのか。この世界に存在する魔物とはこうも無秩序な生き物なのか。


「ハッ。極端な弱肉強食の世界だということか。弱者が強者に屈するのはやはりどの世界も一緒だな」


 悪態を吐きながらも、胸の高鳴りを感じていた。

 ここまでやる相手なら手加減はいらない。


「さぁ、やろうぜ」


 いつしか、俺は闘うことに期待をしていた。

 怪物と目が合う。

 奴もまた、同じ気持ちかもしれない。


「おらぁ!」


 こちらから仕掛ける。

 爪を立て、柔らかそうな腹を切り裂きにかかる。が、手に伝わる感覚はまるで岩。重たい音を響かせ弾かれた。

 マズい。隙ができ――。

 その刹那、視界はぐるりとまわり、全身に衝撃が走る。

 吹き飛ばされ、檻に身体を叩きつけられたことに気が付いた。が、アドレナリンが分泌されているせいか、不思議と痛みはなかった。


「ハハハ。やるじゃねぇか」


 鉄臭い塊を吐き捨て、ふらつきながら立ち上がる。

 が、そこへさらなる一撃。

 身体があらぬ方向へ捩れ、折れた檻の、恐らく鉄製の丸棒と共に転がった。


「インチキな強さだ」


 丸棒を支えに立ち上がりながら、倒すことだけを考える。

 倒す。倒す。倒す。

 視界が真っ赤に染まり、力が溢れ出す。

 不思議な高揚感の中、まず狙ったのは顔面。

 飛び上がりながら蹴りを顎目掛けて放つ。

 が、空いた手でその蹴り足である右足を掴まれる。

 防いだ彼の顔は嬉しそうだ。が、


「甘い!」


 その濁った瞳目掛けて、丸棒を突き立てる。その先端はかなり尖っているものだ。

 だがしかし、その急所を狙った攻撃は、瞼によって防がれる。


「どうなってやがる!」


 まるで鋼鉄のような瞼に驚きを隠せない。

 この世界は、明らかにおかしい。どんなに強くとも、全くダメージが通った気がしないなんてことはなかった。だが、この世界ではどうだ。どいつもこいつも歯が立たない。

 掴まれた右足を力強く締め上げられる。

 激痛で意識が飛びそうだ。


「放せ!」


 身体を捩る。腕を振る。だが、ちっとも力は緩まない。

 大鬼は雄叫びを上げながら俺を振り下ろす。


「ガハッ」


 背中から硬い石畳に叩きつけられる。骨が何本か折れた感覚。死ぬ。今度こそ、死ぬ。

 閉じかけた瞳の先、同じく石畳の上で横たわる少女。今にも光が失われてしまいそうな瞳と視線が交差する。


「あぁ……」


 彼女へ異形の手を伸ばす。

 その手はもちろん届くはずもなく、上から踏みつけられる。

 声にならない叫びが口から洩れた。

 そして、奴は弱った少女に気づき、そちらへ向かっていく。


「やめろ」


 弱者になり果てた俺ができるのはこの程度なのか。

 こうならない為に俺は力を手に入れたのではないか。

 だが、力を解放すればどうなるか。

 何を迷っているのだ。俺は。


 丸太のように太い腕が、彼女の細い肩へ延びる。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 そこで俺の意識は飛んだ。



 大鬼が少女の姿をした魔物に手を伸ばすその後ろ。

 半人間、半蜥蜴だった男の姿はなく、全身を鋭い鱗で覆った蜥蜴の怪人が代わりに立ち上がっていた。

 全身から立ち昇る異様なオーラ。

 流石の大鬼も手を止め、そちらを振り向く。それは生物的な危険察知能力が働いたのかもしれない。

 だが、振り向いた頃にはそこに男はいない。

 慌てて周囲に視線を巡らせるも、見つけるよりも先に視界がぶれ、一瞬意識が持っていかれる。

 膝から崩れそうになるが、その隙を与えられない。

 鳩尾、胸、顎を目にもとまらぬ速さで殴打、殴打、殴打。

 力を失い、ぐったりとする怪物の横腹を次は鋭い蹴りが入る。

 肉を抉りながら、巨体がまるでボールのように跳ね飛ばされ、壁を貫通した。

 コロシアムの中心。数日前まで死闘の行われていたステージに闘いの炎が再び点火された。観客は唯一人の魔物。特等席である。

 鬼は地面に這いつくばったまま、立ち上がらない。すでに背骨や肋骨、あり得ない方向へと曲がった足、腕と、全身の骨が折れてしまっている。

 蜥蜴はゆっくりと近づきながら、右手を天高く持ち上げていた。

 その先には、炎の球が渦巻きながら生成されていた。その見た目は、さながら小さな太陽である。

 見上げる鬼の眼は迫る死期から逃れようと必死で訴えてはいるが、それを見て何か行動を変えることもなく、炎の球を構えた。


「……」


 何も言わず、彼は炎の球を鬼へ叩き落す。

 肉の焼ける臭い、コロシアムを揺さぶる断末魔。

 それも僅か一瞬のことで、蜥蜴男は捕らえられている他の魔物の元へと歩く。

 檻の中には多種多様な魔物達。元気なものも、衰弱したものも、すべて彼は焼き払いながら建物を進む。

 そして、次の標的は鳥の翼を持つ少女。

 彼が近づくと、弱々しい両翼でその腕を包み込む。

 不審に思う彼を他所に、彼女は消え入りそうな声で一言「ヒーリング」と呟いた。

 淡い光が、彼の腕から傷を消し去っていく。と同時に、彼の瞳に理性の光が宿り始める。



 気が付けば焦げ臭いコロシアムの中、俺は少女に手を包まれていた。


「まさか……君か?」


 自分よりも、他人を優先する。とてもじゃないが、少女はいつ死んでもおかしくない状況である。にも拘らずに、だ。

 俺は、救うどころか、救われた。

 だったら、俺のやることは一つだ。



 「どうしたんじゃその姿……。それに、その腕の中にいるのは……」


 家に着くなり、ギュエロはギョッとした目で俺と少女を見比べた。


「無理をするなとあれだけ言ったのに、何をしているんじゃ……」


「いや、俺はどうでもいい。それよりも、こいつを頼む」


「うん?」


 ベッドの上に少女を寝かす。

 まだ息はある。


「お、お前さん……自分が何したのかわかっておるのか!?」


 少女の姿を見るなり、声を荒げるギュエロ。


「何か問題でもあるのか?」


「そうか、お前さんには記憶がないんじゃったな」


 彼は目を閉じ、間を開けると、


「よいか? こいつは人間そっくりじゃが魔物じゃ。魔物を助けることはできん!」


「どういうことだ?」


「ルールじゃよ。もし助けたことが世に知られれば、ワシは処刑されるやもしれん」


 曰く、この世界にも法律のようなものが存在しているらしく、破れば様々な罰を与えられるそうだ。その中でも魔物を助けることは異端審問にかけられて処刑される可能性があるほどの重罪に問われるそうだ。


「見つからなければいい」


「そういう問題ではない」


「だったらもう既に……」


「『既に』何じゃ?」


「それは……」


 俺も似たようなものだと言いそうになるが、思い留まる。

 だが、そうしている間も少女の命はゆっくりと燃え尽きていく。


「どうしても無理なのか」


「無理じゃ。ワシの光魔法は、人を魔物から救うために磨いたものじゃぞ!」


「そうか……」


 息を大きく吸い、ゆっくりと吐き出す。

 再び少女を見る。もう意識はない。今にも消えてしまいそうなほど、彼女の息は浅い。

 迷う必要はない。一種の賭け。それもかなり分の悪い。だが、分が悪いということはオッズも相当だという風にとらえられるではないか。そう、無理やりな理論で片付け、ギュエロに向き合う。


「驚かないでくれ。俺もそもそも人間じゃない」


「は?」


 理解できない表情を浮かべ、首を傾げるギュエロ。

 俺は彼の前で腕を怪人化させた。


「な、何じゃこれは……」


「俺は人間ではない。つまり、そこにいる彼女と似たようなものだ」


 実際には恐らく別物だが、見る人からすればどちらでもいい。人ならざる者は恐怖の対象に成り得ると。

 それを目の当たりにした彼は泡を吹き、倒れかける。


「ギュエロさん。お願いします」


 深々と頭を下げた。自分のプライドなどかなぐり捨てて。


「わ、わかった。じゃが、こやつも死にかけじゃ。お前さんの時も酷かったが、あれから魔力を消費しておる。うまくいくかは保証せんぞ!」


 半分やけくそな形で呪文を唱える。

 だが、俺は観ていることしかできなかった。



 一晩中祈り続け、そのまま眠りについた男達。

 疲れ果てた彼らを見つめる優しい瞳がそこにあった。



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