第五十四話 ミステリーボックス
『箱』の中身は――。
爆音と共に閃光が走ったコロシアム。
ツェーウェルドの雷撃は、確かな威力で魔族の大半へ壊滅的なダメージに繋がっていた。だが、それが効くのはただの魔族だけ。
「貴方の魔法、腕を上げましたね。直接叩き込む為にどうするか。その結果辿り着いたコンボ。水で通りをよくした雷撃ならば、私の壁レベルの壁も全て超えられるとそう、睨んだのでしょうね」
燃え尽きた服の下は、無傷な白い肌。
魔界貴族は濡れた焦げ茶の髪を振るう。
「ですが、魔術の原理を何もわかっちゃいないようですね」
ゆっくりとツェーウェルドへ歩を進める。
何かを察したアーリムとベルダが止めに入るが、不可視の壁が干渉を許さない。
「折角です。我々へ素敵な贈り物をして頂けたのですから、せめてものお礼を」
「フレイム! フレイム! フレイム!」
打ち出した小さな火球は、壁を使うまでもなく素手で弾かれてしまう。
「貴方が使用したのはこれでしたか。エレクト」
彼が指を弾くと、後ろで壁に齧りついていた二人か痙攣し、その場で跪く。
「あ、ああ……」
彼らの手は空を描き、壁に触れることすら許されない。その必死で縋るような視線の奥では、恐怖に腰を抜かして後退る。
「魔術を使用するのに杖など必要ありません。ただ、指向性を与えるのに熟練度の低い素人が支えにしているに他なりませんそう、前回はレクチャーしましたよね」
怯える青髪の青年は、背中に壁が当たるのを感じ、手で漁ると、そこには見えない壁。
「では次のステップといきましょうか」
伸びた、病的な肌色に細くも引き締まった筋肉の詰まったアンバランスな見た目の腕。そこからは想像の付かない程の握力と腕力で首を掴むと、そのまま足が浮く程まで持ち上げた。
その首を掴む手を解こうと力を込めるが、万力のような指からは逃れられない。
「魔術とは、魔素の性質変化。この世の万物には魔素が循環しています。生物は、己の魔素を通じて外部の魔素操作をすることで魔術を、発動する訳です」
ツェーウェルドの抵抗が弱まっていく。その変化を感じながら、言葉を選ぶ貴族。
「では、話はそこまでにして、その身体で魔術を感じて頂きましょうか」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
巨大なコロシアムを、喉も耳も焼き切れそうな悲鳴が轟いた。
操られている訳ではない。そう、貴族は言っていた。
相変わらず防戦一方になりながら、巨大な箱の上という狭いフィールドで化け物とやり合う。
こちらがどこに居ようと、お構いなしに激しく翻弄してくる彼の動きは彼らしいともいえるが、この際思い出なんてどうだっていい。
「戦う理由ってなんだ。お前はもう死んだんだよ! ここには妹も弟も、お前が背負う呪いも、何もないはずだ!」
化け物は何の答えも示さず、ただひたすらに止まらない連撃を繰り出し続ける。
厄介なのは、この箱へ攻撃を絶対に通してはいけないということ。空気を切り裂く刃を切り裂き、威力を下げて受け流すことでしか、今は方法が思いつかない。味方の援護も期待できない。
どうする? 思い切って飛び降りるか? この高さならば、受け身次第でダメージを押さえられるだろうが、その代わり隙塗れになる。
「ルイン!」
近くで控える少年に一か八かを掛けることにした。
「今から落ちる。カバーしてくれ!」
「わかった! いつでもいけるよ!」
彼の二つ返事に決意を貰い、三連撃の風切り刃を割いた後、間髪入れずに飛び込んだ爪撃をパリィする。
間合いが空いた。今しかない。
肩から体を巻き込みながら飛び込む。重力をその身に受けながら、後ろから迫る殺気を感じ取った。
「たああああ!」
真横から叫びが聞こえた直後、硬い地面の上で転がった。
その勢いを殺しながら体の向きを翻すと、そこには弾き飛ばされたルインの姿。
「おい!」
「だ、大丈夫。勢い余っちゃった、ハハ」
血塗れになりながらサムズアップする少年に少し安堵する。
「無茶させたな」
「ぜ、全然! 余裕だし!」
強がる彼の姿に鼻を鳴らす。
これで少しは戦いやすくなったが、根本の解決になっていないのは確かだ。
身体の関節を動かし、ダメージチェックをする。大丈夫、動ける。そう判断した直後、悲鳴が響き渡る。
何事かと振り返れば、衝撃の光景。首を掴まれたツェーウェルドが首を激しく横に振りながら叫び散らしていた。
「ま、ずい……」
思い返すのは、別のコロシアムで起きた悲劇。
再び訪れる殺戮に、心が揺さぶられる。
「がぁ!」
小さな悲鳴。横を見れば、弾き飛ばされたルインと、それを方向転換の起点に飛び込むシルフの姿。
慌ててガードするも、勢いを殺しきれる筈もなく、軽々と水平方向に吹き飛ばされる肉体。意識を置き去りにしそうな速度の中、嫌な予感が過る。
この先にあるものはなんだ。壁か? もし壁じゃなければ?
その答え合わせは不幸な形ですぐに的中する。
板の割れる音と打ち付けられた痛みに点滅する視界。舞い散った砂埃に咳き込みながら起き上がると、そこは巨大な箱の中。
気付いたその時に慌てて周囲を確認するが、そこには人の姿がない。
「幸い、といった方がいいのか、それとも……」
腕に刺さった木片を払いながら、瓦礫から外に出ると、会場から音が消えた。
「どういう、ことだ?」
戦いへの興奮と歓喜の声も、巻き込まれたことへの悲鳴もない。あるのは、混乱に混乱を重ねた不穏な空気。
「おい、これはどういうことだ!」
一人の魔族が声を上げた。
「俺達を騙していたのか!」
何故、彼らは怒りを露わにしているのか。
責め立てられるのは、今も右手に意識を失って項垂れる魔術師を握ったままの貴族。
「騙していたとはとんでもありません!」
左手を広げ、潔白を示す貴族。彼自身も予想外だと言わんばかりの表情。そして、
「何処、見てる――」
「は?」
ぐったりとしていた青年の、前髪に隠れていた瞳が文字通り光を灯す。直後、群青の強烈な光を宿した刃が、弧を描いて腕を肘から切断する。
「がぁ! 何故、何故!」
赤黒い血をドクドクと流れる右腕を押さえて叫ぶ貴族。
「貴方の言葉、覚えてた。忘れられなかった。だから、強くなった。望み、通り」
「ふ、ふふ。はははははは!」
今度は狂ったように笑い始める貴族。
「皆様へ改めて紹介しましょう! 私、『赫赫のグラックス』。この境界闘技場統括当主にして魔界貴族随一の魔術師でございます。本日の余興はシナリオ外からのゲストキャラクターによって皆様に大変楽しんでいただいております」
止まらない血を他所に、腕を広げて会場を支配するグラックス。
「私、皆様には臨場感たっぷりで楽しんでいただくのがモットーでございます故に! 本日の余興クライマックスの時間が訪れましたまさに! 皆様の求めるものが何者かによって奪われてしまった!」
この真下に来た時、箱の中や空間には、人の臭いが充満していた。だが、あれだけの箱=人数が発する二酸化炭素も、声も、音も、何も無かったことに今更気が付く。
「馬鹿言え!」
一人の魔族が、観客席から飛び降りて、別の箱の外壁を一枚引き剥がす。
そして、その中身を見て益々青ざめる顔。
「嘘だろ……」
やはり、中には誰もいない。
「そんな!」
悲鳴を上げる魔族達が、次々と箱を壊していく。
暴動に繋がり兼ねない空気の中、主催へ最初に動いたのはシルフだった。
「やはり、貴方が先に動きましたか」
微動だにしないグラックスの前に迫る怪人のインファイトは、やはりというか擦ることもなく止まる。
「であるなら今、貴方の行動は不正解です」
見えない壁に食い込む爪。だが、破れる気配はない。
暫しの膠着。一同がそれを見守る末、シルフは諦め、高高度に飛び上がると、周囲へ視線を巡らせた後に飛び去って行った。
「さて、皆様にも問いましょうか。何が正解なのかを」
その言葉で、人間達へ視線が集まる。
この数を相手にするのは、正直厳しい。倒せなくはないだろう。だが、あのシルフを放っておけない。
「マザラン!」
グラックスの後ろで、ようやく立ち上がれたアーリムが叫ぶ。
「貴方に任せた仕事はこれではない筈です!」
「ふっ。お前らだけでやれるのか?」
「いいえ、むしろ邪魔です。早く消えてください」
「そうか。じゃ、お言葉に甘えさせてもらおうか」
嫌な言い方だが、悪くない。
「行かせるかよ!」
後ろの殺気を察知し、振り向きざまに首を落とす。それは、最初に箱をこじ開けた魔族だった。
「さて、そこを退いてもらおうか」
立ち塞がる魔族共へと刀を向ける。どいつもこいつも、下品な飾りを付けたセレブ被れなケダモノ揃い。
目指す先はシルフと人命。
まだミッションは幕を開けたばかりである、と。
やっぱり嘘だったじゃないですか。中に誰もいませんよ。




