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第五十三話 交差する誤算

 我々は弱者救済に向け、日々戦い続ける。

 その対象は、暴力を振るう者、権力を振るう者、武力を振るう者。どれも、強者たる力の持ち主である故、我々自身も強くなくてはいけない。

 力の種類は多種多様。権力、武力に加え、財力。各方面へ枝葉を伸ばし、急成長をしてきた組織だったが、それに伴って敵も強大になっていく。

 では、強大な力に対抗するにはどうするか。

 そこで生まれたのが、人知を超える力。人間であることを捨て、異形に変化してでも望みを叶える力。単騎で制圧することに特化した武力。

 だが、圧倒的な力には犠牲を伴う。

 五感や、知能、感情等、人間を人間たらしめる各要素が力と共に失われる。例え、矛盾を抱えようとも。



「奴は痛覚を失っている」


「痛覚?」


「ああ、痛みを感じないということだ」


走りながら首を傾げるルインに、その恐ろしさを告げた。


「つまり、怯むことなく攻めてくる」


「怯まない……あっ」


 魔石の爆発で砂埃という疑似的な煙幕を発生させ、間合いを取る。

 横に再び並んだところで、ルインは俺の肩を見て身震いした。


「わかったか?」


 唾を飲み込む姿に頷くと、煙の向こうを見る。動きは、ない。

 理性を失った獣のようで変に知性を感じさせる行動に、淡い期待が脳裏に纏わりつく。


「怯まないなら、攻撃が止まらないこと前提で突っ込んでみるよ。こうなったら、追撃しまくってみる」


「わかった。俺は隙を見て、一撃で決めに行こう」




「本気でやるつもりなのか」


 作戦ポイントの向かい側、雑居ビルの屋上。

 フェンスの上に絶妙なバランスで腰かける少年の背中へ声を掛ける。


「何の用? 止めに来たんなら無駄だよ」


 こちらを振り返ることもなく、彼は拒絶した。


「俺達は違う信念を持ちながらも、同じ方向を向いているはずだ。であるなら」


 フェンスに背中を預け、黄昏ていく鈍色の空を眺める。


「誰がやっても同じって言いたいんだろ?」


「そうだ」


「断る」


 強情な声色で切り捨てる発言に蟀谷が痛くなりそうだ。


「これは僕がやらなきゃいけない。そうじゃなきゃ、人を捨てた意味がない」


 俺達は、一度人を捨てている。それは、生半可な覚悟で出来ることではなかった。この少年だって、その一人だ。若くして幹部に昇り詰める実力者。その裏に抱えるものが何なのか、俺は知らない。


「僕らはいつだって悪者だ。別に正義のヒーローになりたい訳じゃないけどさ、僕らのことを碌に知らない人に限って邪魔をしてくるよね」


「そうだな。だが、お前はもう――」


「君はどっちなのかな。知らないくせにお節介を焼くの、僕にとっては悪だよ」


 首だけ振り返れば、既に怪人態に変化したシルフがこちらを見下ろしていた。

 その大きな瞳には、狩人の冷酷さを宿している。


「勘違いするな。俺の仕事は子守りだ。どっかの坊ちゃんがまた無茶しないか、心配なんだってよ」


「本当に嫌いだわ」


 その氷の視線を向かいのビルに向け直す。


「痛覚麻痺は欠点だと自覚はしておけよ」


「……それらを含めて僕の力だ」


 言い残すと、彼は上体を倒してビルから落下していった。




「お前が他人の話を聞かないのは、今に限ったことじゃないが」


 激しい剣戟を繰り出すルインと、怯むことなく反撃するシルフ。それを一定の距離を保ちながら見守る。


「嫌なものから目を逸らすその癖は相変わらず欠点だと気づいていないみたいだな」


 ルインの攻撃は、レベル差によってダメージには繋がらない。だが、牽制目的としては十分だ。

 彼の特殊な間合いに付いてくることができない怪物は、ついにその隙を作り出す。

 振るおうとした翼の内側に潜り込まれ、狼狽えたところで、首へショートソードを叩きこまれる。

 乱れたステップ。ここしかない。

 本能が全身に指令を下し、その刹那の穴に糸を通さんと地面を蹴り上げる。

 瞬きする間もなく、間合いへ。

 怪物と目が合う。その瞳に映る男が刃を振るう、その瞬間。


――また、仲間を殺すのか。


「なっ――」


 突如、脳内に轟くあの声。

 緩んだ攻撃は決め手どころか、隙へと変化する。


「マザラン!?」


 叫びが虚しく響く中、腹に突き刺さった刀を一切気にしないシルフの回し蹴りが左肩へヒットする。

 何かが砕ける嫌な音と共に、砂の上を転がっていく。


――怖いのか。


「五月蝿い!」


 口の中の砂を吐き出し、腕を立てて体勢を起こす。


――ほら、また耳を塞ぐ。


「黙れ」


 膝立ちになった時、頭に鋭い痛みが走る。

 直後、足が宙へ浮き、それが掴まれていることに気づいた頃には、スタジアム内を高速で駆け巡っていた。


――自分の正義感に照れ隠しで悪を飾り付けて、エゴで塗り固めた汚い倫理観で戦って、いざとなったらまた仲間を殺す。笑えるな。


「黙れ黙れ黙れ」


――戸惑ったのも、そうやって喚くのも、全部お前が都合のいい解釈で戦った結果だろうが。


「黙れええええ!」


 腰に携えたナイフを、頭に食い込んだ足へ突き立てる。


「ああああああ!」


 一切、刃が立たない。


――それもまた自分の甘えが見えるな。


 無視して、怪人の脇腹に刺さった愛刀を引き抜く。

 そして、足を切りつけた。


「がはっ」


 振り落とされた先は、巨大な木製の箱の上。

 捕まった人間が、この下にいるかもしれない。


――死ぬな。お前のせいで。


「お前も俺ならわかるだろう。俺は強いって。お前の力は使わない。俺のできることを、ただやるだけだ。諦めるのは、最後の次でいい」


 足から血を流しながら、空中でホバリングしながらこちらを見下ろすシルフ。


「相変わらず高いところが好きだな」


 もし、彼が俺と同じく、今もノイズに苦しんでいるのならば、それを解放してやる。そこにいる、小さな勇者のように。


「折角、同じ世界に生き返ったんだ。あのときできなかったこと、やり直すぞ」


 刀を腰に構える。


「どこからでも来い。俺が目を覚まさせてやる!」




「ふむ、なるほど……」


 その様子を観察しながら、顎に手をやる魔界貴族。優雅で穏やかに映る彼の所作は、殺意の籠った連撃を受けながらではないのであれば様になる。


「メガアクア!」


 ツェーウェルドの放つ水の魔法。それが浮き彫りにしたのは彼の特殊能力の正体。見えざる壁が展開され、ぶつかった水流が不自然に対流を起こす。

 そこへ間髪入れずに、アーリムとベルダが左右から同時攻撃を仕掛けた。


「ハハハ! 素晴らしいですね! 段々学習してきている!」


 それでも、刃は届かない。が、口元に笑みを浮かべるアーリム。その様子に気づいた魔界貴族が眉を顰める。


「――まさか!」


 直後、飛び退くも、追従してくる水流に吹き飛ばされてしまう。


「小賢しい真似をしてくれますね!」


「今です!」


 アーリムの合図で、ツェーウェルドが叫ぶ。


「ギガエレクト!」


 杖の先から放たれた指向性の持つ青白い雷撃が、コロシアムを震わせる地響きを引き連れて、魔族達を襲う。


「はぁ……はぁ……やった?」


 肩で息をするツェーウェルドが見つめる先。肉の焦げる臭いと悲鳴が会場を阿鼻叫喚の渦へ引き込む中、服が燃えて上裸になった貴族が壁を支えに立ち上がると、シルフを指差して告げた。


「何か勘違いされているかもしれませんが、あの化け物は操られてなどいませんよ!」


 何を言っているのだと、人間達は皆注目する。


「ただ少し、戦う理由を与えただけに過ぎません」


 その言葉の意味に気付いた、刀を振るう赤髪の大男だけが絶句していた。


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