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第五十二話 風の運ぶ影

懐かしい風は、鋭くて、苦い。

 かつて、『黄昏の三連星』という組織が日本で暗躍をしていた。

 地方都市中心に、全国数百から全盛期には千人規模の大型組織と言っても差し支えないレベルである。

 その組織が何をやっていたのか、内部にいる人物ですら全容の把握は厳しい程に多種多様。善行も悪行も、上げ出したら枚挙にいとまがない。

 だが、決して思想のない半グレ集団ではなかった。

 彼らは唯一、共通の目的を持っている。それは、弱者救済。救う為なら、どんなことでもする集団。たとえそれが犯罪行為であっても。


「はいはーい。それ、僕やりまーす!」


 とある日の幹部会。ビルの高層階に構えたオフィスで、五名の男女が顔を突き合わせていた。

 元気に手を挙げたのは、緑色に髪を染めた、垢抜けない顔立ちの少年。


「シルフ。君は前回失敗をしている」


「わかってるわかってる。信用ならないって言うんだろ?」


 背もたれに体重を預け、頭の後ろで手を組み、組んだ足をデスクの上に乗せるという、明らかに上司への態度ではないシルフ。


「ああ。だから、今回はマザランに任せようと思っている」


 その行動を咎める気のないリーダー。


「またマザランかよ。いつもいつもマザラン、マザラン、マザラン! 本当にリーダー様は大好きだよね」


「おい、口を慎め」


「はいはーい、親友ですもんねー」


「シルフ!」


「いや、気にしなくていい。確かに、彼の言うとおりだ。困ったときに頼り過ぎていた」


 珍しく折れるリーダー。


「俺は構わない」


 そう告げるも、


「だったら、僕で決まりだね」


 そう言い切って、小柄な少年は、器用に椅子を半回転させると、そそくさと出ていった。

 置いて行かれた残りのメンバーは、それを止めるでもなく溜息を吐く。


「相変わらずですわね。話を聞かないあの感じ」


「じゃが、あそこまで焦る坊ちゃんは珍しいのう」


 他の幹部も険しい表情だ。

 それに深く頷くのがリーダー。


「マザラン、また頼んでばかりで悪いんだが」


「幹部なのに子守りしろってか」


 苦虫を噛み潰したような表情で手を合わせる彼に、俺はただ後頭部を掻いた。



「今でも悔やむよ」


 彼に聞こえるかわからない声で問いかける。


「あの時、いち早く異常に気付ければ、ああはならなかったって」


 鋭い両足の爪撃を受け流しながら、あの事件を思い返す。


「お前が抱えた闇、少しでも受け止められたら、違う結果を得られたかもしれない」


 感傷に浸る程余裕はないが、どうしても、この胸に残るしこりを取り除きたい。

 それが完全にエゴであることも自覚している。それでも。


「お前も俺と同じなのか」


 翼を振るう度、不可視の斬撃が突き抜けていく。


「相変わらず、狂った攻撃してやがる!」


 頬を掠める一陣の風。一瞬の油断が命取りとなるこのやり取り。風の一撃は確かに恐ろしいが、厄介なのは見えないことではない。見えなくとも、翼の動きである程度軌道の予測は可能だからである。


「正直、俺はお前とやり合うのは御免だ。だが」


 素早すぎる連撃を躱し、踏み込むと、刀の柄を鳩尾に叩き込む。だが。


「がああああ!」


 肩に嘴が突き刺さる。怯むどころか、そのまま攻撃チャンスへと転用してきたのだ。


「マザラン!」


 少し離れた位置からルインの声がした。


「大、丈夫だ。この程度、どうということはない」


 怪物から距離を取ると、即座に回復魔法で止血を施す。今の俺ではこの程度が限界だ。

 やはり、あの体質は変わらないか。


「なんなんだ、コイツ! 助けてくれたり、今度は敵だったり!」


「とりあえず言えるのは、まともに戦うな、だ。空気の刃を、翼を振ることで飛ばしてくる」


「は?」


「その速さは予想の三倍はあると思えばいい。だから――」


 言っている側から攻撃の予備動作に入る。双翼を振り下ろす直前、身体を半歩横へずらす。直後、後方で爆音と遅れて悲鳴が聞こえた。


「こうやって、攻撃の直前に一歩早く動けばいい」


「無理無理無理無理! そんなの、アンタだからできることだろ!」


 騒ぐ冒険者達。首が取れんばかりに激しく横へ振る。


「見えないこと以上にこれが厄介なのは認める。だが、俺達は生きなくてはいけない。生きる為には、不可能すら可能にしなくてはいけない。それが厳しいようなら、箱を盾にでもしてろ」


「そんなこと言っても――」


 言い切る前に、一人の首が飛んで行った。


「死にたくなかったら、やれることをやれ! 目的を見失うな!」


 号令をかける。士気も何もないが、騙し騙し焚きつけた。


「無茶苦茶なことを言いますね、貴方は……」


 聞いた声がする方を見れば、そこは壁が一部崩れており、その中から這い出るように白かった男達が現れた。


「何だ、まだ生きていたのか」


「ずいぶんな言い様ですね。今回は健闘に免じて許してあげましょう」


「誰の許しがいるって」


 間合いを取り、出方を窺いながらもアーリムの方を横目で見れば、彼が見ているのはこちらではなかった。


「あの怪物は貴方に任せます。どうやら貴方の方が詳しそうだ」


「ああ、構わん。で、お前は?」


 フッと空気の漏れる音。


「一番美味しいところを頂きましょう」


 贅沢な申し出に俺は何も答えなかった。

 答えたところで、何の意味も持たないだろう。


「少しは強くなったのでしょうね。今まであっさりし過ぎていましたから、そろそろ楽しませてくれないと――」


 光の速度で振り抜いた剣。

 だが、魔界貴族は一歩も動くことなく涼し気に笑みを浮かべた。


「違う味を知りたくなってしまいますよ、ね?」


 何が起きたのかわからないが、攻撃が届いていないようだ。レベルの差? いや、物理的に届いていなかったように見える。メカニズムはわからないが、トンデモ異能力を持っているに違いない。ますます、彼らの存在から俺達の共通点を感じてしまう。


「危ない!」


 余所見をしている隙に間合いへ潜り込んでいたシルフ。だが、彼の横腹へ突き刺さる爪先。重みは無いが、鋭さは中々にある為、上体をブレさせることで攻撃の発生を防ぐ。


「助かった」


「へへっ!」


 得意げなルインを横目に、


「さて、どうするかね」


 右手に握った刀を見つめた。鱗を背負う、特殊な刀身。どんな格上の相手でも命を切り捨てることのできる必殺の刃。


「俺がチャンスを作るよ! そこを真っ二つに……マザラン?」


「……」


 その磨き抜かれた鏡面の鎬に、歪んだ顔を蒼く反射していた。


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