第四十九話 進軍
「なぁ、マザラン。あの手紙の内容って?」
村へ向かう道中、ルインが話しかけてくる。
「ん? ああ、あれか」
手紙とはララから受け取ったもののことだろう。
「脅迫状だよ。ノア宛ての、な」
「な、何だって!?」
心底驚く顔をするルイン。そこまで驚くことだろうか。
「だて、あのエッチぃ姉ちゃんが犯人なんだろ? なのに、あれ?」
「差出人は不明だが、概ね予想はつく」
歩きながら、グロリアの顔を思い浮かべる。
「そうか。だから檻を使っていたのか!」
「な、何をそんなにデカい声を出しているんだよ……」
うんざり顔のルインを他所に、思い出す。
「村の厩舎を改造した牢屋があっただろう? あそこは人間用に使ってたんだ。何故か」
「グロリアのおっさんが自分で入ってたんだろ? あわよくば助けてもらう体にする為に」
興味なさげに答えるルイン。だが、そうじゃなかった。
「それなら、あの場に居なかったのはおかしいだろう?」
「じゃあ、逃げるつもりだったけど、もしもで入っておいたってこと?」
「そうじゃない。入っていたのは自分じゃない」
眉間に皴を寄せる少年。暫くの逡巡の後、アッと声を上げる。
「姉ちゃんの子供を誘拐した?」
俺は頷く。
「だから、差出人はグロリアだ。子供の存在に気づいて、ノアを炙り出す為に」
村に戻り、明日の支度を始める。
目的は村の奪還、魔族の殲滅、捕虜の開放。
最優先は人命救助。
故に、死なない戦い方をしなくてはいけない。
ここ数日で付け焼刃と言えど、それなりに戦えるようになった。だが、魔物以上に相手は知能も高く、戦闘能力は高い。レベルも我々より高い可能性がある。
「なぁ、マザラン。行きたいところがあるんだけど」
「何だ?」
ルインが提案したのは、
「風神様へお祈りを捧げたいんだ」
「風神様?」
最後の神頼みだった。
「それは、何処にあるんだ?」
「村外れだよ」
彼に付いて行くこと数十分。
村の本当にすぐ近く。小さな祠が鎮座していた。
「これが、風神様の……」
木立の隙間から、月明かりが神秘的に映し出す、小岩を積み上げて作られた小さな祠。
「魔界化を食い止める結界の役割も担っているんだって」
祠の前へ移動しながら、「それでも村は魔界化しちゃったけどね」と舌を出す。
神の加護をないがしろにしたらそれこそご利益が無くなりそうなものだが、事実だから仕方がない。
「そういうのは迷信みたいなものだからな」
「まぁね。でも、この中には翡翠の秘宝っていう緑色の球が祀られているんだってさ。それが何か力を持っているみたい」
と、言い伝えを教えてくれた後、祠の前で手を組み、祈りを捧げるルイン。
この世界の方式は知らない。だから、今は日本の仏教式で勘弁してくれ。神様ならきっと寛大でお許し頂けるだろう。
ルインの横に並ぶと、手を合わせて瞳を閉じた。
月明かりも感じない完全な闇に自分を置くと、感覚が鋭くなるもので、さっきまで気にならなかった虫の声や、土の匂いが感じられる。
この世界も、元の世界と同じように、沢山の命が育まれ、次の命へ繋いでいく。
それを一方的に奪う奴らがいるなら、俺は許すことができない。
と、心臓の奥で何かが共鳴するのを感じた。
これは、まさか。そんな。
「マザラン?」
目を開けて隣を見れば、心配そうにこちらを見上げるルインの姿があった。
「いや、気にするな。ちょっと神秘性にあてられただけだ」
そう言って、祠を後にするのだった。
やがて夜が明け、早朝の中央広場に大勢の冒険者が集まる。総勢五十名近くいるだろうか。近隣の町で活動する冒険者も集められたようで、見知らぬ顔の方が多いぐらいだった。
「冒険者ってこんなにいたんだな……」
見たことが無い数の冒険者に圧倒されるルインに俺は無言で頷く。
流石に生前のカチコミでこの人数の経験はないが、日本で人が集まるのは珍しくなかったからあまり。それでも、これだけの人数が集まったのは感心する。
「諸君、この度は作戦への賛同いただき、感謝申し上げる」
突如響いた声に、全員が注目した。
広場の真ん中にて、空き箱で作った即席の檀上には、長い銀髪を靡かせる美丈夫の姿。
距離が離れているため、人だかりに隠れて見えにくいが、左右にベルダとツェーウェルドらしき頭も見える。
「我々はこの五百年間、魔族に苦しめられ続けて来ました。我々が生まれてからも魔族との闘争は絶えず、奪われたものは数知れず、未だ悲劇の連鎖は止まらず、こうして多くの血と涙が流れ続けました」
一同が目を閉じ、傾聴する。
全員が、彼の丁寧かつ力強い言葉に心奪われていた。
「これはたった一つの町を取り返すだけの話ではありません。我々人間が、もう弱者ではないという証明をし、世界中に希望の光を取り戻す、重要なミッションであることを、皆さんにもご理解いただきたい」
この世界は、魔族によって支配されかけている。それはこの世界にとっての不安要素でしかなく、終わりを待つだけの絶望に繋がっていたのだろう。
「この戦いに参加すれば、命の保証はありません。ですが、名誉ある死であると、残された者が心に刻み生き続けるでしょう!」
彼は大きく息を吸い、もう一段階ゲインを上げる。
「皆さんに問います! 命を、我々に捧げてくださる覚悟はありますか!」
「おおおお!」
怒号が早朝の街に轟かせる。
いやいやいや。近所迷惑だろうと、ヒートアップする周囲に反して冷ややかな目で見ていたが。
「いや、そうでもない、のか……?」
周囲には気が付けば、大勢のオーディエンスが集まってきていた。
窓や扉を開けて、誰も彼もが拍手喝さいを送っている。
高揚し、沸騰しかけの空気に逆上せそうになりながら、その中心核にいる男を見た。このような状況下でも、彼は無表情で見下ろしていた。アーリムが何を考えているのかはわからないが、俺はどうにも信用しきれないでいた。まぁ、好みの問題かもしれないが。
「皆さん、ありがとうございます。さぁ、参りましょう! 希望の未来を、勝ち取る為に!」
「うおおおお!」
怒号が響き渡り、ドライクーゲルを先頭に進軍が始まった。
「へへ。こういうの、楽しいな!」
「縁起でもねぇ」
気分上々でついていくルインに水を差しておく。このままだと、命を捨てに行きかねないからな。当の本人は不服そうだが。
進軍を続ける中、ふと、ギルド前にスタッフの集まりができているのが見えた。
「ララ……」
お馴染みの受付嬢が、相変わらず不安気な表情でこっちを見ている。周りを見て見ろ。みんな期待の視線だぞ。そんな表情するなよ。俺は大丈夫だ。
安心させる言葉がいくつも浮かぶが、その全てが口から出ることはなく、人の歩みに押されて届かない距離になってしまった。
少し心残りはあるが、仕方がない。帰ってからの食事を楽しみにしておくこととしよう。
道中、することもないので他の冒険者の言葉を聞いていると、「このクエストの成功報酬見たか?」「ああ、見た見た。すげぇ額だよな!」「それにランクアップも夢じゃないぞ!」といった、志以上に商魂逞しさを持つ者や、「恋人の故郷なんだ」という決意、「弔い合戦じゃ!」という悲しい過去を背負った人等、多様な想いが詰まっていた。
かくいう俺も、グロリアがどうこうとか、ノアがどうこうとかあるにせよ、俺の目的は他にアイツ等の故郷を取り戻してあげたい気持ちや、魔族の殲滅といった、他の皆が持つ想いと似たものを持っている。それが大層な理由なのかはさて置いて……。
「止まってください!」
アーリムの号令で皆の足が止まる。
場所は……懐かしい。あの三人と共に蜥蜴男と戦った道ではないか。邪魔だからと巣を取り除いた甲斐があったというもんだ。
だが、停止したのはもちろんそんなことではなく、
「何かがおかしいですね……」
「おかしいって、何が?」
「シッ!」
問いかける冒険者を手で静止するアーリム。
その様子に沈黙する集団。
冒険者達の呼吸音と、風で揺れる木々の音以外、何も聞こえない静かな森。
「やはり、おかしいです」
その言葉にピンと来たのがツェーウェルドだった。
「静か、過ぎる、ね」
なるほど。その観点はなかった。
魔物どころか、野生動物の声すらしない。
それが表すことはつまり、逃げ出したか、殺されたか。
それほどまでに強大な力が、この先にいる可能性が高いということだ。
「ここから先、魔界へと突入します。皆さん、お覚悟を」
全員、無言で頷く。
いざ、魔界、アクセルの町へ。待ち侘びたこの時を彼らと共に来れなかったのはかなり残念だ。だが、その無念は俺が晴らそう。
意気揚々と進む中、俺は嫌な予感がしていた。というのも、近づけば近づく程、嫌な臭いが鼻孔を刺激するのだ。それでも覚悟した以上、俺達が引くことなどできない。
そして遂に、木立から抜けた先で待っていたのは、想像を絶する光景だった。
「な、なんじゃ、こりゃ……」
魔界化の特徴が大きく出たサイケデリックな空の下、舗装のされていない道は荒れ果て、多くの建物は半壊もしくは瓦礫の山へと変貌している。生える植物は、高濃度の魔素を吸い込んで以上発達し、瓦礫を緑色に染め上げていた。
中央の大通りを抜けた先に見えるのは、かつて俺が囚われていたコロシアムの二回りは巨大な施設。
そのどれもが異常であったが、我々が震撼したのは全く違うものであろう。
「む、惨い……」
「おえぇ……」
道端で気分を害する者が多数発生するほど、凄惨な現状。
「嫌な臭いはここからだったか」
睨みつける先には、飛び散り、折り重なった夥しい数の『死』が転がっていた。




