第四十八話 決戦準備の昂る空気
騒がしい連中が去った静かな店内。
何故我が主はこうもあの男に固執するのか。あの方の考えることなど、下等な私に知る由もないが、知りたいと思う欲求ぐらいは許して頂きたいものだ。
さて、私に与えられたミッションはこれで完遂した。
この身体に与えられた残り時間は僅か。
その時間でできることは何か。
ポケットから取り出したのは、一枚の便箋。もちろんこれは主からのものではない。あの方のものであれば、必ず完了させる。
これは配達を頼まれたものだ。しかも、人間もどきに。
であるならば、このまま燃やしてしまっても構わない。
だが、それではあまりに芸がない。
折角ここまで持ち続けたのだ。それに、私本体は何があったのか知る由もない。
物語は起伏がなければ面白くない様に、この世界も予定調和ばかりでは面白くないではないか。
期待していますよ。素直なお嬢さん。
明くる日、ギルドより緊急クエストが発令された。
内容は、アクセルの町奪還作戦。作戦決行日は三日後。
「かなり早くないか?」
「ええ、私もそう思いました」
だが、待っている時間などないと、上層部がそう判断したのだ。
進言したのは、あのAランク冒険者。
「なぁ、Aランクってそんなに偉いのか?」
数々の冒険者を見て来たであろう若手のホープのララ嬢は苦笑いする。
「私も彼らしか見たことないのでいまいち分かりませんが、裏を返せばBとAの差はそれ程までに大きいということです」
では、この短期間まで育て上げたチームトリプルアクセルというのはかなり凄いということか。
「Bランク以上が今回の受注条件となるのはご存知かと思います。なので、一応Bランクのマザランさんも受注可能ですが……」
こちらの顔色を伺うように小首を傾げるララ。これはもちろんイエスだ。
ゆっくり頷くことで、意思を伝えた。
「わかりました。では、登録しておきます。ところで……」
帳簿に記入しながら、チラリと視線が動く。その視線の先には、腕を組み、険しい顔をしたルインがいた。
「ルインさんは、現在ワイバーンに所属されていることになっておりますが、どうされますか?」
どうするとは、今後の進退についてだ。
ワイバーンは現状Cランク。このままでは参加ができない。
「聞くまでもないよ。トリプルアクセルに加入する」
その解答に、俺も頷く。
「俺もそれで構わない」
彼自身のレベルはまだ低い。この三日間でどこまでできるかはわからないが、できるだけのことはやっていこう。
「とりあえず今受注できるクエスト、ありったけ出してくれ」
「わかりましたよ。そんなに焦らなくても大丈夫です」
彼女は微笑みながらそう言ってサクサク手続きを進めていく。
「今回はかなり大きなクエストです。命の危険も非常に大きいです」
「そりゃ、戦争だからな」
「だから、マザランさん――」
帳簿を閉じた彼女が顔を上げた。
何を言おうとしているのかはわかっている。
その泣きそうな眼を見れば、より深く。
「任せろ。帰ってきたら、また飲みに行こう」
「――約束、ですよ?」
小指を絡める俺達を、横から複雑な眼で眺めていた。羨まし気に、恨めし気に。
「あと、マザランさん」
彼女は一枚の、開封済み便箋を取り出した。
「これは?」
「実は昨日の晩、鍛冶屋さんが来てこれを渡してきたんです」
「なっ――」
鍛冶屋と聞いて身構える。
それはつまり、例の男からという訳だ。
「内容はどうも私たちに向けたものではなさそうです」
「何?」
急いで中身を確認すると、そこには――。
深い森の奥。
一人の獣が、ボロボロのローブを身に纏い、彷徨っていた。
ここから先は危険な香りがする。生物的な勘がそう警告を鳴らす。
だが、僅かに残った人間的な欲望が、その先に進めと言っている気もした。
進むか、戻るか。
悩む獣の前に、三つの小さな影が飛び出した。
「進むの?」
「進むでしょう」
「進むよ」
彼らは額に宝石を持つ、リスのような小動物。獣が驚き身構えるも、驚いたのは、何も突然飛び出してきたからではない。
その言葉が、言葉として聞き取れてしまうのだ。
「驚いたかな」
「驚いたでしょう」
「驚いたよ」
口々に似たようなことを話す小動物たちを警戒する獣。だが、彼らの話は止まらない。
「友達がいなくなったでしょう」
「友達がいなくなったかな」
「友達がいなくなったよ」
「――っ!?」
その言葉に反応すると、
「友達知ってるよ」
「友達知ってるでしょう」
「友達知ってるかな」
誘いをかけてきた。
「会いたいかな」
「会いたいでしょう」
「会いたいよね」
怪しみながらも、頷く獣。
「ついてくるんだよ」
「ついてくるかな」
「ついてくるでしょう」
その解答と共に駆け出す小動物たち。その先は、危険信号を鳴らした結界のさらに奥。
だが、彼はもう迷わなかった。大事な友達を守る為に。
夕暮れ時。
いよいよ明日の朝は決戦の時だ。
以前、魔界貴族と戦ったときは、何の準備もできていない段階だった。
「道具はこれで良しっと。ルイン、買い忘れはないか?」
後ろをついてくる少年に声を掛ける。
すると、かなり苦しそうな声で、
「あ、ああ、だいじょうび……」
と答えた。
レベルもトリプルアクセルと同等とは言えないが、それなりに上昇し、生存確率も上がっただろう。
今回は単独での戦闘を行う訳じゃない。ならば、重要なのは敵の戦力の分散。即ち、死なないことが重要なのだ。
で、この特訓の成果はこれだけでない。
今回の新武器の性能。これが桁外れに強かった。
『格差破壊』の名に恥じぬ性能。高レベル相手に挑んでみた際、本来なら傷一つ付けられない対象も切ってしまった、まさにバランスブレイカー。検証した感じ、対象のレベルを刀自体が吸収し、同レベルにしてしまう。そして、そこに上乗せされた己のレベルで攻撃するといった物か。だが、それは敵に触れている一瞬の話で、離れれば途端に戻ってしまう。また、恐ろしいのは戦闘後。かなりの高負荷なのか、それとも魔法的力が働いているのか、力を出し切った後には強烈な倦怠感に襲われる。乱用は禁物である。
心強い切り札と共に、街の中心を歩く。
現状、変な目で見られる感覚は残りつつも、襲ってくる奴はいない。あの夜の一件を考えれば当然だ。そういうことをしてくる奴らは、面と向かって勝負を挑めない弱者。烏合の衆とも言える。ルインが独りにならない限りは大丈夫だろう。だが、戻る先は宿でなく村。寝込みを襲われたら堪ったものじゃないからな。
問題は、疑っていない層からもあまり話しかけられなくなったことである。出回る噂のせいで、仲がいいと思われると何されるかわからないとなっているからだ。
「それと、朝早いのは御愛嬌ってか」
「朝早くに、何処へ行くって?」
そんな俺達でも近づいてくる好き者はいるようで。
「マザラン、この人だよ!」
怯えるルイン。
目の前にいるのは、かなり血色が悪くなったノアだった。
「お前も一度戦っているんだったな」
ワイバーンが殺された夜。少年も懸命に戦おうとした。だが、実力及ばず逃がしたどころか濡れ衣を着せられたのだ。
「よお、ノア。元気そう……ではないな」
「こっちは全然見つかってないんだよ! よくそんなことが言えたな!」
荒々しい口調のノア。普段の余裕が全くなくなっているのが見て取れる。
「すまない。これは不躾だったな」
彼女の立場になれば、どういう心境なのかはよくわかった筈だ。それを怠った俺の過ちである。
「――噂は聞いているわ。明日、参加するのね」
「ああ。俺の仕事だからな」
「そ……」
素っ気無い返事とは裏腹に、手が握られ、緩み、そして強く握られる。
「これは私の推測、女の勘ってやつだけど」
根拠がないことを前提に置く割には妙に確信めいた面持ちで言う。
「うちの娘、アクセルの町に誘拐されたんじゃないかって思ってるんだ!」
これは、どっかの誰かさんが伝えたのか。
「また余計なことを……」
ここにはいないお節介に悪態を吐くと、
「いや、ララさんは悪くないの! これは、私がお願いしたこと。望んだことなの!」
名前も出していないのにこの有様なら確定だろう。
「はぁ……」
大きく息を吐く。
彼女の戦闘力は、とてもありがたい戦力の一つと成り得るだろう。
何せ、そこそこの冒険者を殺害できる程なのだから。
「ダメだ」
俺が出した結論はノーだった。
「どうして! 私も戦える! その為の力だって、ここにある!」
耳元に触れるノア。そこには漆黒の三日月が揺れている。
「だから、余計にダメだと言っている。そんなもの見られて、味方だと思う奴がどこにいる」
「お兄さんがいるじゃない!」
そこで俺頼りか。
「お兄さんだって、ほら」
マズいと思い、後ろを見ると、何を言っているのかわからないといった顔をしたルイン。
「何を言っているのかわからないが、俺にも力はある」
そう言って、愛刀を撫でた。
「だったら、今試してみる?」
そう言って、手を伸ばそうとするノア。
やれやれ。困ったものだ。
「アンタ、勘違いしていないか?」
「何のこと?」
息を少し肺に溜めて、ゆっくり吐き出す。落ち着いて、冷静に。
「俺は力に関しては認めているつもりだ。だが、俺が心配しているのはそこじゃない」
「他に何があるの? 容姿?」
「それも含めてだ。アンタがもしこの街に居られなくなったら、この世から居なくなったら、助けた娘はどうする? アンタ母親だろう?」
思い出されるのは、俺の唯一の親。その親がいなくなった世界で、俺は――。
「今のアンタは俺が唯一の味方に見えているかもしれないが、娘はアンタが全てなんだよ!」
「でも、それじゃあ私は――」
「アンタが帰る場所にならなきゃ、助け出す意味がないだろう?」
「――っ」
憔悴しきり、隈だらけになった妖艶さの欠片もない瞳から、大粒の涙が流れだす。救いなのは、これが化粧をしていたら流れて目も当てられない姿になっていただろう。
という、場違いな感想を抱いて俺は自分を誤魔化した。
「信じて、いいの?」
「でないと困る」
「約束、よ」
「ああ」
また保証のできない約束をしてしまった。いくつ重ねればいいのかと悩んでいた矢先。
「――」
唇に柔らかい感触。彼女の手が添えられた胸は、鼓動がフルスロットルで急加速する。
「おま――何を!」
離れた途端、手の甲で唇に触れた。感触が、熱が染みついて離れない。
「これは前金よ! 帰ってきたら、サービスしてあげる!」
そう言って、彼女は走り去っていった。
消えた後も、その方角を見つめる。
「おーい、おっさん。大丈夫か?」
荷物を重たそうに持ちながら、ジト目で見る少年など、気にもならない程に。




