第四十七話 悪の暴走と異形の闘争 後編
力と力のぶつかり合い。
異形の人ならざる者同士が、互いの想いを掛けてぶつかり合う。
「お兄さん、おかしいと思わない?」
彼女は異常に発達した長い爪を振り翳して、驚異の連続攻撃を繰り出す。
一撃一撃が目で追うことも精一杯で、空気を切り裂く音が遅れてやってくる。攻撃は当てさせない。とにかく予測と回避を繰り返す。
「力がある方が偉いの? ない人は従わないといけないの?」
戦術も技術もない、無造作な攻撃。故に、脅威となりえる。
「そうだ。それが世界の心理だ」
焦ってパリィしようものなら、爪に巻き取られて武器を奪われてしまうだろう。隙が見えるまで、体力が切れるまで避け続ける。
「だったら、力のある私は奪っていいよね! 止められる義理はないよね!」
彼女が受けた痛みが何なのか。知らなくても予測はできる。
「アンタが奪われたものは、人としての人生か! 家族か! 故郷か!」
「全部よ!」
その質問には、間髪入れずに答えた。
その一呼吸の間に、二歩分の間合いを取る。
「全部奪われて、全部犠牲にして、代わりに力を得た。この、忌々しい力を!」
魔族の象徴たる角を指して叫ぶ。
「これが、私の今なの!」
「だが、全部じゃない」
「分かった口を利くなああああ!」
二歩分を飛び越える跳躍で、上空から両爪を振り翳す。
大振りな攻撃は隙だらけで、横にスライドしながら脇腹に蹴りを入れて吹き飛ばした。彼女の軽い体はいとも簡単に飛んでいき、積み上げてあった薪の中に突っ込んだ。
「お、お前に、何が……わかる……」
額から血を流し、壁を伝いながら上体を起こすノア。少しだけ、この女が考えていることが見えた気がした。
全てを奪った者に復讐する。それが彼女の瞳に宿る漆黒の炎の正体。
「アンタには、俺と違って守るものがあるはずだ」
「そんなもの、わかってるよ! あの子は私の子だ! あの子も守って、アイツら全員ぶっ殺す!」
欲張りな願望。母親としてのノア、人だった頃のノア、それらの願いを一人で背負い込むノア自身が耐えきれなくなって、今の焦りに繋がっていたのだ。
「その力は、それだけのものができると? ふん。馬鹿を言うな」
彼女の想いは変わらない。それだけの決意だけは備わっていた。
「その為の力なんだ」
「その力は、守る為だけに使えばいい。復讐は、俺がやる」
痛みを一人で背負うことはない。少しだけでも、俺が肩代わりすれば、彼女の気持ちも少しは晴れるだろう。
だが、彼女が首を縦に振ることはない。
「でもね、私が復讐したいのは魔族じゃないの」
「何?」
「だから、お兄さんじゃ無理。お兄さんは優しすぎるから」
俺は知っている。自分の為に振るう刃は鋭いことを。他人の為に振るう刃は強靭なことを。であるなら、彼女の振るう攻撃は、自分の為だけでないからこそ、強い。
「ぐっ!」
再び始まったラッシュに回避が追いつかなくなる。
爪に絡まないよう、パリィを繰り返すも、徐々に遅れるこちらの動きに、身体の部分部分が削がれていく。
一体どれだけの命を奪ったのか、レベルスリーなど詐欺も甚だしい。
「教えて! 私の娘は何処! アイツは何処!」
「しまっ――」
数々の受け流しで刃こぼれした剣が、彼女の左爪に絡む。
直後、鋭い蹴りが鳩尾に刺さった。
呼吸が止まる。視界が黒く染まる。
「グロリアを追ってるのか?」
「あの親父がペンダントを持っていたんだろう? だったらアイツも殺すんだ!」
グロリアがどんな人物なのか、本当のところ、あまり知らない。彼女との間に何があったのかも。
「それなら、俺も譲れないな……。それが俺の仕事でもあるしな……」
「人に散々言っておきながら、アナタも相当変だよ」
最近、どうも人に説教してブーメランが帰ってくるようだ。
「これで、終わりよ!」
脳天への重い衝撃と共に、俺の意識は潰えた。
だからよ、慣れないことはするもんじゃないのさ。
「で、何故ズタボロで倒れている訳?」
どうやら、そのまま一晩過ごしたらしく、赤と青のグラデーションが掛かった空の下、冷たい視線を送るルインに起こされた。
「お前と一緒だよ」
「……は?」
答えになっていないと騒ぎ出す声を背中で聞きながら、身体の砂埃を払う。
やれやれ。生き急ぐ奴らばかりでどうしたものか。
傷口に回復魔法を掛けながら考える。
まずは、武器の再調達か。
「飯食ったら行くぞ。支度しろ」
「は? 行くって何処に?」
怪訝なルインに振り返らず答えた。
「街だよ、街」
どうやら、踏ん張りどころが来たようだ。俺も、お前も。
そして、店に向かう前にまずはギルドへ向かう。
情報だけは伝えておく必要があるからだ。
だが、どうにも彼女はトラブルに巻き込まれやすい体質らしい。
「あの! あまりトラブルを大きくするようなら、出て行っていただきますよ!」
頬を膨らませるララと、ヘラヘラしている酔っ払い、そして、見覚えのない白服の三人組。
「女に庇ってもらってやがるとは情けないな! その様子じゃ、甘い汁だけ吸ってランクアップした感じか? 俺にも教えてくれよ、なァ?」
何があったのかは知らないが、小柄で女性のララでは火に油を注ぐ結果になってしまったようだ。予測としては、その諸悪の根幹たるは酔っ払いのようで、煽られているのは白服か。
「はぁ……」
溜息を吐いて、ルインと顔を見合う。
「マザラン、俺もあんな感じだったのか?」
苦い記憶を思い出すように、渋い顔のルイン。
「いや、お前は子供だから可愛いもんだ。あれは、救えない」
頭を軽く撫でてやると、嫌そうに首を振った。その反応は心外だ。
で、彼らに視線を戻せば、白服の中でも長身で、腰まで伸ばした銀髪の男が爆発しそうになっていた。
「貴様――」
手を出す直前、割り込む。
「そこまでにしておけ、おっさん」
「マザランさん、ありがとうございました」
「とんでもない。いつものことだ」
ララはあははと苦笑いを浮かべる。
ギルドのラウンジでテーブルを囲む六人。初対面の三人と俺の印象はあまり良くないみたいだ。
「マザランさん、戻ってきて大丈夫だったんですか?」
「どうだろうな。周りの視線が彼らなのか、俺達なのかによるからな」
辺りを見れば、チラチラとこちらを伺う目。この視線はいくら喰らっても慣れない。
「ララこそ、無事でよかった」
「私はあの場に居たことを知られていませんでしたから」
狙われているのは俺とルインの二人だけ。それならまだ安心だ。
「我々はもういいですか? 着替えもしたいですし」
アーリムと名乗ったリーダーが席を立つ。
「ああ、そうだな。すまない」
止める理由もないので、そのままララに向き合うと、戻ってきた理由を話す。
「ノアが動いた。アイツの目標はヤンググラスだ」
「ヤンググラス?」
それに反応したのは、アーリムだった。
「知っているのか?」
彼を見やると、脂汗を流して目を見開いている。
「ええ。ですが……」
「?」
彼はそれ以上の情報を寄こさず、
「いえ、こちらの話です」
そう言って、立ち去って行った。
「何だったんだ?」
彼らを見送った後、ララからは何があったのかを聞いた。彼らが協力者で、情報を明け渡したことも。その時の情報には亡くなった人の名前を伝えてはいなかったらしい。
「それで確認ですが、マザランさんはノアさんの味方ですか? それとも、敵ですか?」
その質問には、縦にも横にも振らなかった。
「それは、ララと同じだよ」
「わかりました。その言葉、信じます」
ララと別れ、俺は鍛冶屋へ向かう。
扉を開けると、そこにはあの男。もう服は綺麗になっていた。早いな。
「アンタらクラスの武器はないと思うぞ」
剣を眺めるアーリムに声を掛ける。
「いいえ。地方には地方なりに必要な武器を取り扱っていることが多いのです。それに、ここの職人はかなり腕がいいようですから、買う価値はありますよ」
そう言うニヒルな男に、
「恐縮です」
と、お辞儀をする店主。
いや、待て。
「アンタ、人見て判断するタイプだったのか」
俺の時にそんな丁寧な接客をされた記憶はないぞ。
「とんでもございません」
そう手を振る店主に
「猫被りやがって……」
と、商魂逞しい意外な一面を知って複雑な気持ちになる。
「失礼ですよ。本当に野蛮ですね」
厳しい一言にイラつく。
「悪かったな」
これでは俺の方が悪者ではないか。
癪に障る野郎だ。
「マザラン様、本日はどういった御用で?」
「剣を買い替えに来たんだが――」
その一言に、口角だけを吊り上げて、不気味な笑みに代わる。
「左様でございますか。であるならば、非常に良いタイミングです」
カウンターの下から、一振りの剣を取り出す。爬虫類の皮が張られ、窓から差し込む光を反射して青く光る鞘。黄金の唾に、青い布を巻いた柄。
「ご依頼の刀が完成いたしました。お納めください」
差し出されたその剣を受け取る。
ズッシリと重たく、鞘含めて俺の背丈ほどの長さの武器。
「抜いてもいいか?」
「ええ、構いません」
ゆっくり、鞘から抜き取っていく。
覗く銀色に輝く刀身が、俺の顔を映し出す。
「……」
息を呑み、完全に抜き取る。
やや反り返った刀身。細身の身幅に片刃の剣は、生前よく見た日本刀そっくりだ。
大きな違いは、鎬から覗く骨のような部位。そして――。
「何だ、これは!?」
柄を握る手に伝わる鼓動。あの尻尾を使用しているということは、まさか。
「お気に召されましたでしょうか?」
「この武器、生きているのか」
「どういうことですか?」
意味が分からないと目を見開くアーリム。
店主は張り付いたような笑顔で拍手する。
「ご名答でございます。これは『格差破壊』。貴方の望みを叶える最高の一振りにございます」
「れ、『格差破壊』?」
「ええ、使えばすぐにわかるでしょう」
店主の説明は以上だった。
「アナタ、一体何者ですか? 腕がいいだけとは思えません」
「お褒め頂き光栄です」
店主の姿勢は変わらない。だが、アーリムの追及は続く。
「聞いたことがあります。レベル差を覆す技術を持った魔界貴族がいることを」
その言葉に、店主の目がキュッと細くなる。
「貴様が、魔界貴族と繋がる人間か」
「おい、何を言って――」
迫られた店主は、首を横に振った。
「いいえ。貴方が言う魔界貴族と繋がる人間というなら、私は違うでしょう」
それは、完全な否定ではないと言っても過言ではないだろう。
逆に言えば、彼が普通でないことになる。
で、あるならば――
「店主じゃないな?」
抜いたばかりの切先を店主もどきに向ける
「おや、試し切りされますか? ですが、お止めになられた方が良いかと」
刃を向けられて、怯まない一般人などいない。これはつまり、誰かの成済まし。そう思ったのだが。
「何故だ」
「理由でしたら、心当たりがあるのではないでしょうか? もう既に、ご覧になられている筈ですよ」
何を言っているのだと突っぱねそうになって立ち止まる。
一つの肉体に、別の魂。俺は、その状態を知っている。
「あ、私の本体なら別行動をとっておりますのでご安心を。人間如きの魔法とは比べ物にならないと、そう思って頂ければ幸いです」
「貴様――!」
「怒らないでください。これでも称賛に価すると思っておりますから。死してなお、魂を転写するなど、正気の沙汰ではありません」
アエローの姿と、ギュエロのパートナーの魂が宿った光景が浮かぶ。
それを虚仮にするこの魔族には虫唾が走った。
「魔族よ、出ていけ!」
「心外ですね。言われなくとも、もうじき私の自我は消えます。その前に、マザラン様にはもう一つプレゼントを」
そう言って、刀の切先を避けつつ、一つの包みを取り出した。
「遠からず、必要となる日が来るでしょう。ご心配なさらず。それを作ったのはこの方自身ですので」
剣を収め、包みを受け取る。
人の頭よりも一回り大きな包みは、大きさにしてはそこそこの重量を感じた。
「では最後に皆さまへ言伝を」
彼は二人の顔へ目配りする。
「まもなく、旧アクセルの町に最大規模の闘技場が新設されます。完成してしまえば最後。全世界より魔族が集まり、手は付けられなくなるでしょう。結界の祠の一つが近くにあるとはいえ、この街が陥落するのは時間の問題です。早急な御対応をお願いします」
「そのような情報、どう信用しましょう?」
今度はアーリムが売り物の剣を抜いていた。
「どう聞いても、こちらに有利すぎますね。誘い込む罠ですか。こちらに味方するメリットが魔族側にあるとは思いません」
そこで初めて、彼の表情が曇る。
「どうすれば納得いただけるかは不明ですが、私は我が主の指示に従うだけです。このまま人間界が滅んでも、魔族が敗北しても私は一向にかまいません」
その言葉だけは、偽りがないように感じた。




