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第四十六話 悪の暴走と異形の闘争 前編

 バルの村に逃亡して数日。

 ルインの村で、特訓を繰り返す日々を過ごしていた。


「タァ!」


 元々筋のいい少年だったが、荒さを削れば光りつつある。これまでの弱点は踏み込み過ぎの駆け引きが苦手だということだった。訓練を繰り返す最中、その弱点を徹底的につぶしていく。剣道の間合いも一部転用しており、さらに隙が減った。


「甘い」


 しかし、まだまだ重心の使い方が甘い。

 奥まで踏み込んだ時かなりの加速度を持つが、それ以上に体格が育ち切っておらず、ブレーキが遅れるのだ。

 ならば、そのがら空きの懐へ木刀を入れ込む。こちらから力を入れる必要はない。相手が勝手に突っ込みに来るからだ。


「ぐぅっ!」


「ほう」


 確かに俺のちょっかいを回避するのは不可能な間合いだったが、瞬時に判断してその横薙ぎの木刀を軸に前転する。勢いを殺せないなら、活かすという自分なりの工夫。やはり、彼にはセンスを感じる。


「せい!」


 彼は着地後、地面蹴り上げ、反動を用いて切り上げた。

 砂埃の中、伸びてくる切先の擦れ擦れを通って、柄を脳天に叩きつける。


「ぎゃあ!」


 脳天に直撃した重い一撃に、少年は伸びてしまった。

 かなり良くなってきている。現状、付け焼刃でしかないが、この様子なら大抵のモブ魔族と戦っても勝てるだろう。

 やれやれと、地面に突っ伏す少年の横に胡坐をかく。

 風で揺れる前髪の奥にたった今できた、たん瘤が見える。今のうちに回復魔法をかけて、治しておこう。傷の治りを待つほど時間は残っていないのだから。

 ふと、何かの気配を感じて意識を集中させる。

 立ち位置は……風下か。匂いで判断することは厳しい。

 どうする? 声を掛けるか?

 それとも、油断を誘うか?

 相手の出方を窺う。向こうもこちらの出方を見ているのか、動きがない。

 膠着状態ではどうしようもない。俺は横たわるルインを放置して、気配のする方向へ近づく。できる限り、気づいていない振りをしながら。

 二棟ほど通り過ぎたタイミングで、何かが動くのを感じた。

 場所は……真左――。

 即座に木刀を真っ直ぐ飛ばす。


「きゃっ!」


 建屋に突き刺さった木刀に掠るほどの距離には、一人の女性の姿があった。


「お前は――」


 それは、長い黒髪を半分刈り上げた、パンクでセクシーな女性、ノアだった。




「何でここにいる?」


 潜伏先の家屋で机を囲む。自分の家ではないので、お茶も出すことはできないが、我慢してもらおう。


「それは、探してるからよ。うちの娘を」


「だったら、ここにはいない」


「そ……」


 彼女は頬杖をつき、目を逸らす。その視線は空虚を見つめ、反応と共に、焦っている母親にしては、どうにも素っ気無さ過ぎた。


「心配じゃないのか?」


「そんなに嘘ついているように見える?」


「いや、そうじゃないが」


 彼女は深い溜息を吐いて、机の上をトントンと叩く。


「焦っている理由は一つだけじゃなさそうだな」


「いやいや、私は自分の娘のことしか考えてないわ」


 目線は合わせない。


「何かマズいことでも隠しているのではないか?」


「病気持ちだって言いたいの? デリカシーないわね」


 それは意図的に逸らしているようにも取れた。その証拠に、机を叩くスピードが増していく。


「違うな」


 彼女が隠しているもの。

 彼女に掛けられた嫌疑。


「チームヤンググラス含めた一連の殺人事件」


「っ――」


 机を叩く音が止まる。


「ようやく、目を合わせてくれたな」


「何で……」


「最後に起きた殺人事件、ワイバーンの二人が殺された件。彼らが殺される直前、その居場所を知り、怪しいと聞いていたのはアンタだ」


「そ、それだけで……」


 目を伏せるノア。

 その仕草が、もう答えを教えてくれている。


「アンタはあのペンダントを追っていた。違うか?」


「……」


 彼女は何も答えない。


「ペンダントは、三つ存在していた。二つはワイバーンの二人。一つは、アンタも見たグロリアの物。おかしくないか?」


「……」


「元々持っていたのは誰か。三つあるのに、ワイバーンが持っているのはおかしい。あのチームは二人組だったからな。そこにやんちゃ坊主が入って三人に増えたが……」


 隣の部屋で寝息を立てる彼の方を見る。彼は巻き込まれただけの被害者だ。むしろ、よくぞここまで生きていたものだ


「となれば、ヤンググラスの持ち物だったのではないかと。どうしてあの二人が持っていたのかは知らないが、ヤンググラスのものというのは根拠がある」


「……」


 彼女は相変わらず反応がない。退屈そうに、宙を見ていた。


「ヤンググラス――若草。ペンダントの形状も、それに因んでいた。弱いかもしれないが、あながち間違いではないと思っている」


「……それで、何が言いたい訳?」


 痺れを切らしたノアが、苛立ちをぶつける。慣れない探偵ごっこなんかするものじゃない。


「アイツらの殺害には、アンタが関わっている」


「……」


 瞑目するノア。何を考えているのか、彼女は声を上げて笑い始めた。


「あっはっはっはっは! レベルスリーの私が? どうやって? 何の為に?」


「……」


 その質問にも、完璧な答えなど用意していない。


「……黒ローブの人物が怪しい。俺達はそう睨んでいる」


「黒ローブ?」


 彼女は聞き覚えのない単語に首を傾げる。


「ああ、黒いローブを纏って、フードで顔を隠した奴だ」


 それでも、彼女は何も引っかかることはないようだ。


「本気で知らない……のか?」


「おあいにく様。私に協力者なんていないわ」


 どういうことだ? それでは、あの事件の辻褄が全て崩れる。


「話は終わりかしら? 私も暇じゃないの」


 彼女が席を立ち、家の外へ出る。いいのか? このまま放っておいて。最重要人物が、このままでは解き放たれてしまう。それは、マズい。


「待て!」


 ノアの足が止まる。今日の服装は、かなり軽装で、動きやすそうだった。いつもとの違いはなんだ? よく見ろ。よく考えろ。


「――イヤリング」


「は?」


「そのイヤリング、何処で手に入れた?」


「え?」


 彼女が左耳に手を触れる。そこには、依然なかったものが着いていた。


「二つ目のイヤリング、あの時は着けていなかったはずだ。片方しか」


「何を言って――」


「それは一体どこで見つけた?」


「何処って、普通に家にあって――」


 ピースがカチリと嵌まる音がした。


「アンタの娘、普段フードを付けさせていないか?」


「何でそれを――」


 本気で知らないようだった。


「俺は、アンタのイヤリングをかつて持っていた。そして盗まれたと伝えたな」


「それがうちの娘だと?」


「ああ。だから、家にあったのだろう」


 そうすれば、イヤリングがなかったタイミングも納得がいく。


「だから何? アレは落としたからって言ったじゃない」


「いや、あの時の状況はおかしい。そうだ、おかしいんだ」


 ミサが捕まった時、服はどうだった? 着ていた筈だ。

 だとしたら、殺されるタイミングがおかしくなる。

セドリックが三人でしようと迫ってきた。それはつまり、ミサも現場に居たことになる。だが発見当時、上着も羽織って今来たと言わんばかりの格好だった。それが示すのはつまり、


「ミサが来た時には死んでいた?」


「ちっ」


 彼女は舌打ちと共に目を逸らす。ビンゴか。


「ならば、グロリアの残した痕跡。ペンダントを引き千切って連れ去られたというアピールを納得していた人物がもう一人……」


それは、引き千切られた張本人しか知りえない。イヤリングの件の時には、揉めた時に千切れたことまでは同意していたが、殺害の証拠としては濁していた。


「お兄さん、行かせてくれないかな」


 誘惑してきた時の顔や、余裕を見せていた時の顔、真剣な顔に焦っているときの顔と、様々な表情をこの短期間で見てきたが、今回のこの表情を見るのは初めてだった。

 それはとても悲しみと苦しみに押しつぶされそうな一人の人間の表情。


「それはできない。グロリアと、ララと約束しちまったからな」


「そっか。じゃあ、仕方がないね」


 彼女は家から出て、天を仰ぐ。

 それを追いかけ、すっかり暗くなった空の下で対峙する。


「私、お兄さんより強いよ?」


「レベルスリーのクセにか?」


 自信ありげに答える彼女を見守る。

 どんな形になっても、どんなものを抱えていても、俺は彼女を捕まえなくてはいけない。

 ノアは、左耳のイヤリングを右手で愛しげに撫でながら、語り始める。


「私は、人でありながら、人であることを捨てたの。でも、守りたいものを守る為には仕方がなかった」


「……」


 何も言わず、ただ言葉を聞いた。


「逃げてきたこのマニフォールの街なら、やり直せるって思ってたんだ。何もかも」


 彼女は続ける。今も続く悲しみの物語を。


「そしたら、突然現れたの。忌々しいペンダントを持った男達を。それで、この力があれば、失った物を取り返せるんじゃないかって思ったの。何ともならない筈なのに。帰ってこない筈なのに。馬鹿でしょう?」


 同情を求める悲劇のヒロインを、俺はジッと見つめる。


「罪に罪を重ねて、気が付いたらもっと失ってた。これは罰なんだって思った。でもね、もう止まれないの。だから、通して」


「……」


 彼女の歩んできた道が何なのかは知らない。それでも、気持ちはわかる。


「弱者はいつも虐げられる。俺も、同じだった。それで悲しむ人を救いたかった。でも、弱者では救うことができない。できても、せいぜい傷の舐め合いまでだ。だから、俺は強者になりたかった。力も手に入れた。強者になったつもりだった。だが、それで救えるものというのは、手を伸ばせる範囲だけだった。それを教えてくれた奴がいて、ようやく気付いた」


 目を閉じれば、勇敢で、真っ直ぐな、心の強い英雄達がいた。


「彼らがしたように、俺も戦うまでだ」


 ノアはゆっくり首を振る。


「お兄さんは優しいね。でも、手加減はしてあげない」


 彼女は両耳のイヤリングに触れ、呪文らしきものを唱えた。


「もう一度言うわ。私、お兄さんより強いよ」


 変化したその姿は、長い角の生えた魔族そのものだった。


「なるほど。それがこの世界ならではのトリックという訳か」


 やはり、慣れない探偵ごっこはするものではない。


「アンタが人間を捨てた力を振るうというなら、それを止められるのも、俺だけだという訳だな」


 少しだけ、力を貰うぞ。


「ああああああ!」


 心の奥底にある闇を放つ。甘い誘惑に全てを持っていかれそうになるが、まだ大丈夫だ。

 全身を覆ったりはしない。手足の部分だけ。それで今は十分だ。


「醜くて素敵ね! 益々興奮してきたわ!」


「そうか。だが覚悟しろ。簡単にはイカせない!」


 異形の者同士の衝突が、始まる。

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