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第四十五話 荒唐無稽な訪問者

 鍛冶職人、レインは悩みに悩んでいた。

 どこぞの冒険者が持ち込んだ魔物の素材が、鉄とちっとも結びつかないのだ。

 そもそも、片刃の剣など見たことも聞いたこともない。

 刃そのものの切れ味を追求すればするほど、刃こぼれしやすくなり、靭性を追求すれば武器ですらなくなるほど曲がってしまう。

 両立させる方法が思いつかず、今日もまた溶鉱炉へ剣をぶち込む。

 試行回数はもう三桁に辿り着きそうだった。

 鉄と炭素の配分、温度、湿度、冷却速度、どのパターンを試しても、掠りもしない。

 正直、心が折れそうだった。

 初めのうちは、面白そうだと引き受けてみたものの、ここまでハードルが高いとは思いもしなかった。


「頼む。割れるなよ」


 炭素含有量を若干減らした赤褐色に光る刀身を、氷の魔石で限界まで急冷する。本来ならクラックしてしまう為にやらない方法だが、あえて試してみることにした。

 恐る恐る、キンキンに冷えた刀身を確認する。よし、表面上は割れていない。

 あとは、刃の部分を研いでいく。


「これで、どうだ!」


 完成した試作品を丸太目掛けて振り下ろす。

 しかし、柔らかすぎた刃は、丸太の半分程食い込んだところで反り返り、止まってしまった。


「畜生!」


 感情のまま、丸太ごと蹴り飛ばす。しかし、丸太は非常に重たい。転がっていくのはいいものの、己のつま先にも絶大なダメージが入り、悶絶する。

 その最中、一人の男が工房へ踏み入ってきた。


「これはこれは、なかなかに焦心されておりますね」


「だ、誰だ」


 うずくまっていたところから見上げると、黒コートに皮手袋を巻いた、長身で病的に細い男が、後ろ手にこちらを見下ろしていた。鍔付きの帽子がその視線を尖らせ、背筋に冷たいものが流れる。


「クライアント……というと少し違いますが、貴方の仕事ぶりを確認しにきました」


 彼は凛と通る声色でそう言った。


「ああ? そいつは冷やかしってことか? だったら間に合ってらぁ」


 その怪しげな人物に、手をひらひらさせる。こういうのとは関わらないのが吉だ。

 だが、彼はこっちの話などどうでもいい様子で、丸太に刺さった剣を簡単に抜き取る。


「ふむ、やはり苦戦されておられるご様子」


ひん曲がった刀身を凝視し、しばらく顎に手を当てて考えに浸っていた。その様子も隙が無く、彼が何を考えているのか知りたくなってくる。

いやいや。こんなもやしのような男が、鍛冶屋などできる筈がない。最初の言葉からして、冷やかしと虚仮にしにきたに決まっている。


「どうやら、お客さんはそうとう目利きがいいようだ。どうだい? そのヘンテコな武器を見て何が悪いか当ててみなされや」


 そう言ってのけると、彼はこちらを一瞥することなく語った。


「これは、古来より極東に伝わる伝統的な剣でしてね。私も骨董品や美術品としてしか見たことはなかったのですよ。ただ、技術としては完成され、もう模倣しか叶わなかったと聞いておりました。やはり、それをゼロから創り上げるのは非常に難しいようです」


 極東? 美術品? 何を言っているんだ?

 そもそも、人間界で長らくここが極東のはずだ。近年再び領土が縮まりつつあるが、この街には結界の祠がある。よって、これ以上縮むことはない。


「おいおい、じゃあまさか、まだ魔族が攻め入る前にはそれがあったというのか?」


 そうなると、目の前の男は、そして注文してきたマザランは、一体何者なのだ?


「おっと失礼。今回はそんな『お伽話』をしたいのではありませんでした」


 彼は何処に隠し持っていたのか、一冊の本を取り出した。


「本を持つことは禁止のはずだ」


「ええ。存じ上げております。でも、知りたくないですか? 古来より伝わる製造方法を」


 古めかしい、分厚い本。紙は黄ばみ、端は湿気で寄れている。

 彼の差し出すその本に、つい腕が伸びていく。

 知りたい。鍛冶屋として、その先が知りたい。知識や技能への欲望が、惰性で生きて来た己の心臓に火をくべる。

 あと数センチ。指先が本に触れようというところで、我に返った。


「いや、自分で辿り着くまでそれは見れない。俺のプライドが、許してくれない」


 伸ばした右腕を左手で静止し、胸元で受け止める。

 開いた真っ黒な掌には、これまでに刻まれた切り傷や、火傷や、胼胝などが、大量に残っていた。今それを受け取ってしまえば、これらを裏切ることになってしまう。積み上げてきたものが、一瞬で崩れてしまう。それだけは、認めることができない。


「折角だが、申し訳ない」


 そう言って顔を上げた時、彼は俺の頭を鷲掴みにした。この細い腕からは想像もつかないような、非常に強い力。解こうと腕を伸ばすが、まるで万力のようにガッチリ掴み、食い込んだ指はビクともしない。


「言うのを忘れておりました。私は別に交渉をしにきた訳ではありません」


 徐々に暗くなる視界の中でも、彼の表情は無表情のまま。


「仕事には期限というものがあります。では、その期限が守れない場合、どうするかはご存知ですよね」


「や、やだ。やめてくれ! 死にたくない!」


 手足をばたつかせても、振り解けそうもない。気が付けば、自分の足は宙に浮いていた。

 それでも、彼は表情一つ動かさない。まるで、人形のように。


「なるほど。落とし前を付けるやり方ですか。それは私の好みではないですね。それに、完成しないことに変わりはないです。それではよくないですよね?」


「だ、だったら別の人に頼んでくれ! そんな短納期で俺はできそうもない!」


 その解答がようやく正解だったのか、若干男の表情が緩む。


「その通りです。早く完成させるためには、できるところがやればいいのです」


 その言葉に安心する。だが、一向に手が緩むことはない。


「ど、どうして……」


 彼は小さく首を横に振り、空いた方の手で指を一本立てる。


「まだ少し足りません。もう一つ、クライアント側が介入するという手法です。なので、今からはその二つを用いて、貴方のサポートを致します」


「は?」


 彼の立てた指先に、青白い光が灯る。


「な、なんだよそれ! 嘘だ! 嫌だ!」


「どうか、ご自身を詰責なさらないでください。悪いのは貴方ではありません」


 伸びてきたその腕を両手で掴む。しかし、焼け石に水でもかけたかのように、全くの効果を示さない。


「やめやめやめやめやめやめやめや――」


 男はその光を、俺の蟀谷に――。


「悪いのは、それ以上に早く回ってしまった世界の方ですから」



「おうおう、冒険者ってのは、いつから騎士様のお仕事になったってんだァ?」


 情報共有が終わり、ドライクーゲルのメンバーが準備に取り掛かろうと応接間から出て来たところで、突然どこからか品のない野次が投げ込まれた。

 方向は、ギルド内の休憩用テーブルのどこか。

 現状、作戦会議や軽食を取るなどといったチームが幾つか座っており、その大半が物珍し気にドライクーゲルの姿を見ている為、誰が喧嘩を売っているのかわからない。彼らの服装は、冒険者の……言い方悪いが小汚いイメージと違い、純白の装いに身を包んでおり、歩き方も上品だ。見ようによっては、王宮騎士のようにも見えるかもしれない。まぁ、そんな騎士様に会ったことはないが。

 しかし、どうしてこううちのギルドは血気盛んな人が多いのか。都会はどうか知らないが、これでは恥ずかしい。


「皆さん……」


 後ろから声を掛けると、首だけ振り返ったアーリムが微笑む。


「別に気にしておりませんよ」


 両隣にいるメンバーも笑って頷いていた。まさに紳士だ。

 が。


「おーっと失礼!」


 スープを運んでいた一人の低ランク冒険者がアーリムとぶつかる。

 彼の持っていたスープは香辛料たっぷりで、色もかなり濁ったものだった。


「あらま、真っ白な服が台無しだ!」


 そのスープが零れ、彼の真っ白な服を茶色く染め上げる。

 これは間違いなくわざとだ。


「前見て歩かなきゃダメだぞーってか! あっはっはっはっは!」


 まるで酔っぱらっているのか、アーリムの肩をバシバシ叩く中年の冒険者。そんな彼を見下ろすのは、これまでに見せてこなかった冷酷な目。そりゃ、誰だってそうなる。


「な、なんだよォ! どうせ戦っていたらすぐに汚れるんだから、いいじゃねェか!」


 そう勝手な理論で正当化してくる男には、こちらも頭が痛くなってくる。


「お前……」


 今にも飛び掛かりそうなのは、ベルダの方だ。

 だが、それすらも手で制してしまうアーリム。一番怒りたいのは彼であろうに。

 その様子を見て、さらに煽り立てる。


「まさか、格好ばかりで腑抜けだったなんてな! 情けないね、都会の騎士様は。あ、冒険者だったかァ?」


 その様子に、オロオロするツェーウェルド。彼の場合、こういったトラブルは特に苦手そうだ。


「あの! あまりトラブルを大きくするようなら、出て行っていただきますよ!」


 私の大きな声に目を見開く一同。私だって、やるときはやるんです。

 しかし、今回は逆効果だったようで、


「女に庇ってもらってやがるとは情けないな! その様子じゃ、甘い汁だけ吸ってランクアップした感じか? 俺にも教えてくれよ、なァ?」


 威圧的な態度が、収まるどころかさらに肥大化していく。

 そして、ついに琴線に触れたのか、空気が一気に引き締まる。


「貴様――」


 彼の手が伸びそうになった時だ。


「そこまでにしておけ、おっさん」


「マザランさん!」


 厄介ごとが起きた時、いちばん頼りになる男が現れた。実に、数日振りである。


「ほう、貴方が……」


 アーリムが目を細めてみる中、酔いどれは勝ち誇ったように胸を張った。


「よォマザラン。暫く見なかったじゃねェの! そんなことしているうちに変なのがのさばり始めたから、挨拶してやったぞ! あっはっはっは!」


 上機嫌に声をあげて笑う様子を見てから、染みだらけのアーリムと見比べるマザラン。ほんの一息だけ吐くと、


「ちゃんと謝ったのか?」


 そう冷たく問う。


「へ?」


 流石に予想していなかったのか、素っ頓狂な声を出す男。


「おっさん、その歳で謝れないのか?」


「ま、マザラン、何言って――」


 大男は腰を落とし、彼に目線を合わせると、


「謝り方がわからないなら、教えてやろうか?」


 と、笑顔で言った。目は、一切笑っていないが。

 流石に怖すぎたのか、


「わ、悪かったよ! 勘弁してくれ!」


 と言って、火が付いたネズミのように走り去っていった。

 やはり、トラブルの対応は彼に任せるに限る。


「で、アンタは誰だ?」


 マザランはアーリムに向き直って問いかけた。


「普通は人に名を聞くときは自分から名乗るのが先ですが、今回はわざわざ助けていただいたので、お答えすると致しましょうか」


 聞かれた美丈夫はというと、何とも嫌味な返しをした。


「そうやって筋通そうとするところ、嫌いじゃねぇよ」


 何とも穏やかでない二人が、火花の散りそうな勢いで握手をする。

 そして、マザランの手の甲に爪が食い込んでいるのを、私は気付かなかった。

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