第四十三話 闇の中で踊る風
寝坊しました。
今回も主人公不在ですが、よろしくお願いします。
右方からの縦切りを躱した先で待つ薙ぎ払い。誰の目から見ても完璧と思われたコンビネーションも、黒ローブに一歩届かなかった。
高跳びの要領で、踏み切った反動を用いて上体を逸らし、横薙ぎの剣擦れ擦れを通る。人間離れしたその身の熟し。
だが、救世主たちもなかなかの手練れのようだ。
「はあ!」
空中にいたのでは躱せまいと、浮き上がった腹目掛けて刃を振り下ろす。
が、まるで何かワイヤーのようなもので引っ張られたかのように、身体はそこから消えていた。
「一体どういうカラクリでしょうか……」
指示を出していたリーダーらしき銀髪ロングの男が首を傾げる。
「さぁね。ただ、わかるのはヤバすぎる反応速度ってだけかな」
右隣に立つのは、先程ベルダと呼ばれた小柄でおかっぱ頭の少年。彼の武器は二本の短剣。右手の剣をクルクル回しながら舌なめずりをしていた。
左隣に戻ってきたのは、青髪で目を隠したツェーウェルドと呼ばれた青年。
「タイミング、完ぺきだった」
小さく呟くと、刀身が青白く光る剣を顔の隣に構えた。
「そうですね。では、パターンを変えましょう。」
「躱してばかりということは、レベルが低い可能性があるね」
「そうなの?」
作戦を練りながらも、彼らの視線は決して外れない。
「いえ、フレックスからのトライアングルです」
「ええ!? マジで!?」
「大マジです。あの方はかなりの実力者と見えます。油断なさらぬよう」
作戦の意味は分からないが、どうやら強者と判断したらしい。
嫌そうな顔をするベルダとそのやり取りを聞いているのかいないのかわからないツェーウェルド。
そして、
「お嬢さん」
「は、はい!」
突然話しかけられて素っ頓狂な声が出てしまった。恥ずかしいと思う暇もなく、銀髪のリーダーが続ける。
「ここは危険です。早く離れてください。ここからは、守りながら戦うのは厳しそうです」
「え、あ、はい!」
言われるまま、子供の手を取り、踵を返す。
「おっと、ここから先は通しませんよ」
後ろから声が聞こえる。振り返れば、黒ローブとの間にアーリムが入り、行かせまいとガードしてくれていた。何者かわからないが、感謝だ。
私はダッシュでその場を後にする。直後、空気が切り裂かれる音に変化していた。ここからはもう足手纏いになるだけだろう。死なない様に、必死で町中を駆け抜ける。
通りを一つ抜ければ、ぽつぽつと人が出歩いていたが、誰しも何事かという顔をしていた。皆、街で何が起きているのか把握できていないようだ。
そんなことを他所に通りを二つほど超えた頃。まさかの人物と遭遇する。
「あれ、アンタ……」
「の、ノアさんっ――」
鼓動が激しいのは、走った後だからという訳ではないだろう。
出会うことを一番避けたかった人物が、寄りにもよってこのタイミングで出会ってしまった。
服装は以前マザランと共に出会った時と違い、ラフで動きやすそうだ。しかも、探検でもしてきたのかと言わんばかりの乱れ具合。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「そ、それは……」
なんと話せばいいのか。何を話せばいいのか。
反射的に子供を後ろに隠してしまう。だが、その不自然な動きが逆に注目を集めてしまった。
「その子は?」
もしかしたら、ノアの探していた子供のことかもしれない。
本当なら帰してあげたい。しかし、私の中で信用しきれないのだ。
「えーっと……」
彼女が子供に視線を合わせようと屈む。フードで隠れているものの、顔を見られてしまえばその途端にバレてしまう。
でも、それを防いでしまえば、余計に怪しまれるに違いない。
私ができるのは、ただただ待つのみ。
ギュッと目を閉じて、その時を待った。
「坊やもお母さん達とはぐれちゃったのかしら?」
「え」
それは、母親のような優しい声色でありながらも、その子の親でないことの証明でもあった。場違いながら、ホッとする。
「何をそんなに呆けた顔をしているんだよ! 早くこの子を親元まで届けてあげないと!」
「え、ええ、まぁ」
まだ理解が追いつかないまま、頷く。
「よし、じゃあ行くわよ!」
言われるままに、迷子の親探しが始まった。
その子供、名をケイラという。年齢は八歳。性別は男の子。
町の住民で、彼自身も家の場所をよく覚えていたので、家はすぐに見つかった。そもそもを言えば迷子ですらないのだから当然だ。巻き込まれただけである。
「あの、ノアさん」
「ん?」
帰り道。隣を歩くノアへ声を掛ける。その彼女は、どこか間の抜けた返事で答えた。
「手伝って頂き、ありがとうございました」
立ち止まり、彼女の方へ向いてから感謝を伝える。
「大したことはしてないわ! 迷子にしてはすぐに終わったし!」
歩きながら、そう返事をするノア。
遠ざかるその背中に、私は声を掛けた。掛けなければ、このままどこかへ消えてしまいそうな気がしたから。
「ノアさん、まだ、お子さんは……」
そこまで言いかけておいて、日和る自分が情けない。
「見つかってないわ。ずっと、探してる」
「……」
恐れていた答えだった。
それを聞いてしまえば、もう、誤魔化せない。
「それで、ララさん。何か手掛かりは見つかったのかしら?」
「いえ、それは……」
その時、空気の流れが変わる瞬間というものを実感した。
「ないとは言い切らないのね」
「あ」
彼女は一息ついてからこちらに向き直る。
「それは、私の子供のことかしらぁ? それとも――」
耳を塞ぎたい。早く逃げだしたい。マザランさんのもとへ早く行きたい。もう、不用意な発言で誰かが傷つくのを見たくない。
「一連の事件のことかしら?」
それが例え、殺人鬼だとしても。
「ここから先は通しませんよ」
この間合いなら、ミドルを選択した方がいいだろう。そう判断した男は剣を持ち替える。
かの者と言語を通じたコミュニケーションは取れそうにないが、雰囲気でわかってくれたようだ。突破を諦めたかのように、急ブレーキをかける。
「理解が早くて助かりますね」
そう思ったも束の間。
黒ローブは建物の方へと向かう。
「だから、ダメなんだってば!」
先回りしたベルダが動線上を塞ぎ、二本の短剣を繰り出して追い返す。そうなると次の行動は、その逆サイド。
「ダメ、です!」
ツェーウェルドが土の柵を出現させ、足止めする。
一瞬の間に、三人で囲むポジショニングができあがった。彼らにとってこの形はよく使う方法であり、対魔界貴族用として活躍した。
「皆さん、八番で行きます。ツェーウェルドは一番を。我々は三番で行きます」
リーダーのアーリムが手早く指示を飛ばす。
ジリジリとこの三角形が小さくなっていく中、黒ローブの何者は風の刃を作り出して土壁を破壊し、牽制を流す。
しかし、三対一では限界を迎える。
ベルダが素早い剣戟で釘付けにさせ、
「今です」
アーリムの合図でツェーウェルドが黒ローブの足元を沼に変え、足が取られたところでアーリムが魔石で焼く。焼き固められ、身動きが一瞬取れなくなったところを、止めと言わんばかりにアーリムが刃を振り下ろす。
だが、確実に決まったと思った一振りも、直前で停止する。
「なんですか、これは!」
まるで、見えない壁と鍔迫り合いをしているかのような感覚。
いや、強烈な風だ。これは風に押し負けている。
「アナタ、一体何者ですか!?」
その強風は相手のフードすらも取ってしまう。そして、脱げたフードの先は、人ならざる者の顔。
それも、魔族や上位種の魔界貴族などではない。
それは、猛禽類の顔そのものだった。
「は?」
呆気にとられる一同。
黒ローブは両腕を羽ばたかせ、足を屈伸の勢いで地面から引き抜くと、呆気にとられるツェーウェルドを蹴り飛ばし、舞い散る羽でベルダの視界を翻弄すると、アーリムの剣を反動に用いて飛び去っていった。




