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第四十話 悪意と作為の矛先に

 これは悪夢か。


「これは一体、何が……」


 この宿屋街で何が起きているのだというのだ。

 何故、こんなにも血が流れるのか。

 何故、悲劇は止まらないのか。

 何故、何故、何故……。


「俺じゃない」


「ああ」


「俺じゃない。俺じゃないんだ!」


「わかっている!」


「そんな目で俺を見ないでくれええええええ!」


 血だまりに膝を付いて頭を抱えるルイン。


「ああ、わかっている。大丈夫だ。俺は、お前を信じている」


 考えるよりも先に身体が動き、少年を抱きしめる。

 彼の心は傷だらけだ。この小さな器に抱えきれないほどの痛みが、限界を超えて溢れ出る。この様子を見ればわかる。壊れる限界スレスレで戦い抜き、終わった時には全てを失った後だったのだ。だが、俺が今最も許せないのは、その傷口を抉り、塩を擦り込んだ存在達。

 それは、嫌でも耳元に入る言葉。


「アイツが殺したのか」「恐ろしい目だ」「こっちまで殺されてしまうよ」「誰か、アイツを殺してくれよ」「魔族と同じじゃない」「アイツこそ魔族だ」「許せない」


 恐怖、憤怒、憎悪。混沌に渦巻く悪意に晒される。

 彼が何をしたというのだ。

 ただそこにいたという理由で犯人扱いをされ、罵声を浴びせられる。

 心の奥底から湧き上がる怒りを俺は抑えきれない。


「黙れ!」


 その一声で、空気が凍りつく。

 音の消えた世界で、強烈な孤独感に襲われた。まるで、砂漠の中心に放り出されたかのような疎外感。

こんな感覚、いつ以来だろうか。

 不快極まりない。


「貴様らは、寄ってたかって子供を虐めて何考えてやがるんだ!」


 野次馬らはお互いを見合う。

 まるで、間違ったことをしていないということを確かめ合うように。

 ああ、俺はこれが許せないのだ。

 自分の中に正しさを持たず、自分のクソみたいな正義感を棚に上げ、弱きを貶め、自分の存在意義を保とうとする。実にくだらない。

 レベルのあるこの世界では力あるものが全て、誰もが強者になる資格があり、弱者と強者が明確に分かれていながらもひっくり返すことができるこの条件は、俺達の組織が目指していた理想形だと思っていた。

 だがそんな世界でも、弱者は弱者で集まって更なる弱者を作ろうとする。


「で、でも、コイツ以外あり得ないだろう?」


 集団の少し後ろから、男の声がした。


「だったら殺す理由はなんだ? 貴様らはコイツの何を知っている?」


 長い沈黙。

 そうだ。野次馬共はルインの何も知らない。そのくせ、今目に見えているものだけで判断してそう言っているだけなのだ。


「何も知らないなら、何も言うな」


 崩れ落ちた少年を抱え、野次馬の前に立つ。


「な、何だよ」


 目前の冒険者らしき初老が狼狽える。


「邪魔だ」


 睨みを利かせると、慌てて道を空けた。

 所詮は烏合の衆。戦うつもりもないくせに、集まった時だけ強者を騙る。蹴散らすことなど容易い。

 畏れと怯えの混じったイヤラしい視線を感じながら、畜生供の間を進んでいく。

 誰にも目を合わせず、ただ、真っ直ぐに出口を目指す。

 階段を下りた辺りに来れば、彼らは事情を知らない様子で、それこそ奇異な目で見られた。

 酔いのせいだろうか、気分が悪い。

 鐘が鳴るような脳の痛みに耐えながら宿を抜けると、鋭い視線を感じた。ずっと感じている野次馬の視線とは違う。殺意とも違う。警戒? 様子見?

 誰だ?

 周囲を見渡すも、どれがその視線か判断が付かない。


「まだ何かあるのか?」


 振り返り、声をあげる。

 周囲の人間は怯えを膨らませるだけで、余計にそれが見えなくなってしまう。


「クソが」


 悪態を吐き、踵を返した。



 自分の宿に戻ると、主人からタオルケットを借りた。

 血塗れのこの姿を見て何事かとギョッとしていたが、何も言わずとも察して貸してくれた。今はそれが非常に助かる。

 部屋に戻ると、力尽きたルインを硬い床に寝かせ、上から毛羽立ちのあるタオルケットを被せた。

 深い寝息を立てるその姿に安堵しつつ、自分は血塗れのシャツを脱ぐ。

 この服は流石に処分か。臭いもキツく、月明かりでもその染みの濃さがわかる。

 最近は依頼を受けていない分、生活が苦しい。

 ズボンも見れば同様だった。


「はぁ……」


 深い溜息を吐きながら、膝まで下したとき、何を思ったかララに目がいった。そして後悔する。未だに深い夢の中に彼女がいると思っていた。その考えが甘かった。


「あ、ああ……」


 俺は自分の姿を見て察する。これは、マズい。

 咄嗟に覆い被さるように、彼女の口を塞いだ。


「むー! むー!」


「ち、違うんだ」


「ん、ああ……」


 最悪なタイミングで後ろから布が擦れる音と、寝ぼけた声がした。

 恐る恐る振り返れば、そこには上体を起こして目を擦るルインの姿。


「な、な……」


 終わったと思った時、耳を劈くガラスの割れる音がした。


「あ?」


 その場にいた全員が固まる。

薄明りで目を凝らせば、部屋の中に転がる拳大の石。


「ヒール」


 頭目掛けて回復魔法を唱え、心を落ち着かせる。大丈夫だ。冷静さを取り戻している。

 二人に目を配り、静かにさせると、窓の下に身を潜めた。

 匂いは……ない。慎重に顔を出すと、外には人がいなかった。


「逃げたか」


 追いかけても良いが、不在の間に追撃を食らうと、今度はこの二人に危険が及ぶ。

 天秤にかけるまでもなく、俺はカーテンを閉めた。

 振り返り、二人へ向く。


「さて、何処から話そうか」


「いやああああああああ!」


 鋭い枕が飛んできた。



「さて、気を取り直して」


 二人をベッドに座らせ、俺は対面に腰かける。

 もちろん、服は着ている。何なら、ルインも服を着替えさせたところだ。

 依然、部屋は暗いまま。


「よく、平気でいられますね」


 枕なら受け止められるが、流石にその言葉は突き刺さる。


「それどころじゃないからな」


「はい」


 数秒、ララが目を閉じて気持ちを整えた。こういう切り替えは助かる。


「ルインは、大丈夫か?」


「ああ……」


 まだ落ち込んだ気持ちが上がらないようで、言葉に覇気がない。


「あの、差し支えなければ、何があったか教えて頂きたいのですが……?」


 ルインを横目で見てから、低いトーンで尋ねる。


「そうだな……」


 ララが酔いつぶれ、自分の部屋に送り届けるところからこれまであったことを話した。

 もちろん、言葉はかなり選んだつもりだ。

 ワイバーンの二人の死。遺体をハッキリと見た訳ではないが、あの部屋の中には二つの身体が転がっていた。

 俺の中で、この事件を起こした人物は決まっている。だが、それを口にしてしまえば、ララが自分を責めかねない。


「……」


 彼女は何も言わず、目を閉じて考え込んでいた。真一文字に結んだ口は、吐き出すことを恐れているようにも思える。


「ララ、気に病むことはない。この事件は確かに悲しいものだった。だが、真犯人に繋がる手掛かりがそこにあった。彼らの死は俺が無駄にはしない」


「……」


 静かな時間が流れていく。

 わずか数秒だったかもしれないし、数十分という長い時間だったかもしれない。

 彼女の様子だけが、俺は気がかりだった。


「ええ、マザランさんの言いたいことはよくわかります」


 その時間をやぶるように、口を開く。


「私があのとき口を滑らせなければよかったってことですよね」


 噛みしめるように息を整え、言葉を紡ぐ。


「後悔も反省もしています。情報漏らすなんて、プロ失格だなって。でも、私は立ち止まったりしてないですよ」


 冒険者が死ぬのは珍しいことじゃないですしと、苦笑しながら付け足した。


「立ち止まって、それで解決するなら幾らでも立ち止まります。陰に隠れて、マザランさんや誰かが解決するまで待つのは簡単なんです」


 でもと、ルインの頭を撫でる。


「ルインさん。貴方は必至で戦ったんですよね。怖かったと思います。でも、私は、休んでいいとは言いません。きっと、マザランさんは優しいからそう言うと思いますが、私なら戦えと言います」


 少年の大きく見開いた瞳がブレる。開いた唇が震える。

 彼の中で、大きく揺さぶられているのが良く見えた。


「水を差す様で悪いが、俺達が犯人に勝てる見込みもないし、ましてや狙われている可能性もある。これからの行動はよく考える必要がある」


「では、路線を変更する必要がありますね。早く、犯人を確保しないと」


「まだ決まった訳ではない。少なくとも、重要参考人として抑える必要があるな」


 ああしよう、こうしようと二人で話していると、それを見ていたルインが口を開いた。


「何でだよ」


 議論を止め、彼を見る。

 彼は立ち上がり、こちらの胸倉を掴みかかってきた。


「何で、そんなに切り替えられるんだよ! 落ち込んでちゃ悪いのかよ! こんなに必死でやってるのに、全て空回りだ! みんな死んだ! もう、無理に決まってる――」


「だったら、指でも咥えて拝んでろ。お前がやらなくても、俺がやってやる。ララが言ったとおりだ。役に立たない野郎は寝てればいい」


 ララは何も言わず、ただ様子を見つめていた。

 諦めが見える少年の瞳。

 どうするのが正解か。

 戦わせる必要はあるのか?

 彼は子供だ。

 危険に放り込むのは大人として間違いなのではないか。

 ダメだな。俺自身がブレては。

 ついこの間まで、彼のことを子ども扱いし、その中に宿る意思から戦士と認め、今もまた子ども扱いしようとしている。

 俺がやるべきは――。


「やはり、子供を事件に巻き込むべきではなかったな」


「あ……」


 俺は胸倉を掴む手を引きはがし、その体を押す。

 だが、その手はガッチリと掴まれる。


「子ども扱い……するな」


「ほう」


 俯いていて表情は伺えないが、空気が変わった。


「俺だって冒険者だ」


「わかっていないようだな。お前は冒険者の前に子供だ。雑魚だ。身体も心も未熟、あらゆるところで中途半端。そんなお前に何ができる?」


 その時、ほんの一瞬。少年が過去の自分に見えた。


「わかんねぇよ」


 彼がようやく顔を上げる。その顔は過去の自分ではなく、紛れもない小さな勇者のもの。そこに迷いはなかった。


「わかんねぇけどさ! そんなもん、後からでいいんだ。今やれることを、やれるだけやってやる。何ができるかも正直わかんねぇ! だからマザラン、教えてくれ。俺はあんたの力になりたい。どうすれば、いい?」


「ここからはお前が思うほど甘くないぞ?」


「承知の上だ」


 そうかと小さく唱える。

 子供を巻き込むことに良心が痛むか? 怪人よ。

 お前の思う悪に反するか? 怪人よ。


「フフ……」


「変なこと言ったか?」


 怪訝そうに見るルイン。


「いいや、俺の問題だ」


 野暮だったな。俺の悪は決意の悪だ。


「だったら、地獄に付き合ってもらおうか」


「おうよ!」


 固く結ばれる男の握手を不安げに見守るララの姿が後ろにあった。


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