第三十八話 勘ぐるスクランブル
ひと際大きな魔族が尋ねる。
「二人で乗り込んで何が目的だ?」
囲む魔族を掻き分け、正面に仁王立ちした。
魔界貴族と比べると、下品さも華美さも控えめだ。だが、態度からわかる。彼がこの集団のリーダー格であると。
「さて、何だろうな。例えば……ここの奪還、とか?」
「な、マザラン!?」
近くで驚く少年がいるが、それを無視する。
何なら、それをかき消す様に雑魚共が大笑いした。こんな人数でどうやるのかと。
と、大柄の隣にいた小柄な魔族の頭が砕けた。
「――っ!?」
「……」
息を呑むルインを他所に、俺は大柄の表情を伺う。
どうやら彼は、多少話が分かるタイプのようだ。
「黙らねぇとぶっ殺すぞ!」
「もう殺しでぇっ――」
反論した魔族の頭も、熟れたトマトのように握り潰す大柄。
流石にもう口を開く者はいなかった。
「正気か?」
「別におかしなことは言っていないと思うが?」
俺は周囲の魔族を数えるように目を配らせる。
大柄もそれに合わせて目を配らせ、納得したように鼻で笑う。
「であるなら、俺達は撤退しよう」
「お、親分!?」
ざわつく魔族。俺もその言葉に耳を疑った。
「ほう。敵前逃亡が許される程ぬるい種族なのか?」
油断を誘っているのではないかと、こちらの臨戦態勢は崩さない。
「許されないだろうな」
魔族の中には足が震え、顔を見合う者も居た。
「貴様、戦士の風上にも置けんな」
「俺は戦士でも何でもない。どうしようもねぇ唯の魔族の端くれだ」
彼は目を伏せ、自分に言い聞かせるように呟く。
こちらの煽りに乗る気配はない。コイツは何かが違うと、そう感じさせる。
やがてゆっくりと開いたその瞳には、揺るがぬ決意が宿っていた。
「だが、どうせ死ぬなら確率の高い方を選ぶ」
「高く買われたものだな」
「この状況を見ればサルでもわかる。いや、サル以下のこいつ等じゃわからなかったみたいだが……」
そのサル以下の扱いをした魔族を見渡し、
「このアホ共を一人でも多く生き残らせる。ここにいる奴らには何も残されていない。ならば、ここで無駄な足搔きをするよりも、生き残ることに全てを賭ける。命があれば、いくらでも賭けることはできる」
そう述べる。
「死は完全敗北と同義と?」
彼はゆっくり、深く頷いた。
「俺達はここから逃亡する。死んだことにして――いや、生きていても恐らく誰にも知られはしない。元々捨て駒の俺達だ」
「最後に聞こう」
自暴自棄になる彼らに問う。
「ここに、一人の冒険者が運び込まれたはずだ」
「……何のことだ?」
惚ける大柄の眼を覗き込む。
「血の跡を辿ってここまで来た。中年の冒険者を攫ったやつがここにいる筈だ」
「そんな男は見た覚えがない」
白を切っているのか、本当に知らないか。
「男なんて一言も言っていない筈だぜ」
「何?」
ドヤ顔で決めるルイン。
「だとよ。何を隠してやがる?」
「……」
「答えろ!」
俺は切先を喉元へ突き出す。だが、微動だにしない大柄。むしろその口元には笑みすら浮かべる余裕があった。
「何が可笑しい?」
睨みつけるも、急変したその態度はこれ以上の変化を見せない。
「貴様、先と態度が違うな」
「ああ――」
彼は目下の刃に手を伸ばし、それを握る。力が柄を握るこちらにも伝わった。悪い予感がする。それを裏付けるのは奴の手。その掌から血が流れることは、ない。
「こういうことだからな!」
鈍い音を立てて、鋼の刃が砕け散った。まるで、クラッカーのそれのように。
「くっ――。おい、坊ちゃん! こいつだけはヤバイ!」
「俺だけじゃないぞ!」
同時に襲い掛かる魔族の集団。
「低レベルが!」
右側の顔面を殴り、左後ろへ肘を突き刺す。
「放せ!」
両腕を掴まれたルインが身を捩る。
彼の右腕を掴む魔族の脳天目掛けて折れた剣を放つ。
だが、その剣は物理法則を無視するかのように弾かれ、地面に転がる。
それが示すのはつまり――。
「どうした? 低レベル?」
奴が下品な笑いを交えて拳を振るう。
それを受け流しつつ、鳩尾へ発勁を打ち込んだ。
ノックバックはあるものの、やはり明確なダメージは見られない。
「気に入らないな。その余裕な表情」
動きは確実に止めを刺しに来ている。体格を生かしたパワー系かと予測していたが、隙は少ない。あの魔界貴族よりも、戦いにくい相手だ。
「ちょこまかと小賢しい奴め」
攻める動きが変化する。狙う位置が急所から、体力と動きを奪うような方向へ。
タイマンならば善戦できたが、今回はそうはいかない。周囲の雑魚と拘束されたルイン。
ならば、こちらも違う手に移るしかない。
一歩距離を開け、息を整える。奴は構えを崩していない。
その瞬間、周囲の雑魚がこちらに飛び掛かる。これまでの回避を防ぐためだろう。
弾丸のような拳が伸びる。回避は――不可能だ。
だが、それこそが狙い。
そのパンチの軌道上へ、右腕にしがみつく魔族を突き出す。
「うわああああああ!」
拳はそれの胸を貫き、彼は断末魔を上げて崩れる。
「お前……」
血塗れの拳を引き抜き、払う。
細められた目には、歓びが見え隠れしている。それは奴の本性が戦闘狂であると語っていた。
そこにできた隙は活用するほかない。
足元にいる魔族共は顎を蹴り飛ばして気絶させ、左腕の魔族はそのまま首を掴んで持ち上げる。バタつく彼を他所に、首を締め上げた。やがて口から泡を吹いて沈黙するのを待って、ルインの方へと投げる。
「うわあ!?」
羽交い絞めにしていた周囲もろとも吹き飛ばし、一旦散開させる。
「別に感謝はしないからな」
強がる少年に、
「ああ、いらない。行動で示せ」
と、あっさり返す。
「相変わらず偉そうだな」
その返事を聞いて少し安心した。まだ、空口叩ける余裕があるようだ。
これで三分の一が沈黙。だが、未だに油断できない。
そして、自分の身体に限界が近いことも感じている。
勝てないならば、突破口を見つけて逃げるのだ。
「逃がさねぇよ。お前らはここで殺してやる」
そう言って、奴はまた周囲の雑魚を何人か握りつぶした。
「何を考えて――まさか!?」
奴は、ここでさらにレベルを上げ、確実に殺そうというのだろうか。それこそ、かなりマズい。
「今度こそぶっ殺してやる!」
再び構える大柄。そこから放たれる覇気は先程の比ではない。
「行くぞおら!」
身構える。だが、奴の初速は倍以上に早くなっていた。レベルの上昇? 否。恐らく、隠していたのだ。実力を、この時の為に。
マズい。回避は――間に合わない。
ならばと、反射で腕を構える。
だが、右腕の中央へ延びた拳はその衝撃を受け止めきれず、その骨を砕く。勢いは殺されず、身体ごと吹き飛ばされ、砂の上に転がった。
「がああああ!」
痛みに顔を顰めながら、即座に治癒魔法を詠唱する。骨折が治せるとは思わないが、多少の痛みは引かせられるはずだ。
「させないよ」
腹につま先が刺さる。
肺の空気が全て抜け、視界がチラついた。
暗闇に、憎たらしく嗤う男の姿。
それも、俺と同じ顔で。
――お前の力は借りない。
それが声に出ていたのかは知らない。
だが、死ぬかもしれないと思っても、借りたくないという感情が勝つ。つまらないプライドか、恐怖心か。どちらでもいい。俺は――。
「な、なんだおま――」
一瞬だった。
驚愕に目を見開く大柄。その視線が追った先にあるには対になった手と足。それが自分の物であると認知する頃には、その頸は胴との繋がりを失っていた。
点滅する視界の中、映るのは血の雨に打たれて吠えるフードを被った黒ローブの獣が叫ぶ姿。
その動きはあまりに素早く、そこにいた十数あまりの雑魚も切り裂いていく。だが、武器を振るうどころかその手には何も持っていない。
阿鼻叫喚の図。逃げることは許されず、バタバタとトルソーになった魔族が血の海に沈んでいく。
「ア、アアアア……」
怒りに燃える相貌がこちらを捉える。
「貴様……」
目と目が合い、心の奥底にある『何か』が引っかかった。
その引っ掛かりが何なのか考えている間、こちらへと歩み寄る黒フード。隠れた表情の裏から殺意をまき散らしながら。
「マザラン! 逃げよう!」
ルインが叫ぶ。
待ってくれ。何か、何か分かりそうな――。
「マザラン!」
向こうとの間に魔石の爆発が壁を作り、引き摺られるようにその場を撤退する。
そして、煙の向こうでは悲哀を含んだ獣の叫びが木霊していた。




