第三十七話 裏の通観、村の奪還
「どういう、ことだよ?」
ルインのギョッと見開いた目。聞き間違いの可能性を疑ってか、その瞳は揺れ動いている。
「行かない。そう言ったのだ」
そう言い切り、俺は踵を返す。
「待てよ!」
一歩目を踏み出したところで、背中部分の服を掴まれた。
「何だ」
振り切ることはできたものの、俺は足を止める。
「何でだよ! すぐ近くに魔族がいるというのに、何で行かないんだよ!」
騒ぎ立てる少年。これだから危険なのだ。
大きな溜息を吐きながら、頭を何度か掻く。
「いいか。お前は何か目的を履き違えていないか?」
「目的?」
まるで自分は間違えていませんとでも言いたげな表情。俺を掴む手を振り解くと、その生意気な子供へ尋ねる。
「お前の目的はなんだ? 村を守ることか? 魔族を殺すことか?」
「そんなもん決まってる! 魔族をぶっ殺して、村を守ることだよ!」
堂々と言い張る少年には、それが正しいと思い込んでいるのだろう。ならば、その意思を圧し折ろう。
「魔族を殺して、村の人が助かると?」
「……」
口元を歪ませ、目を逸らす。
「そういうところが自分勝手だと言っている」
「でも俺はやらなきゃいけないんだ!」
ルインはいきなり剣を抜き、切りかかる。首元に迫る刃を、易々と握って止めた。彼とのレベル差により、俺は無傷だ。
「つまりお前はその程度ということだ」
握った剣を奪い取り、遠くへ投げ捨てる。
それを視線で追った少年。あまりにわかりやすいその死角から、蟀谷に右フックを叩き込んだ。
「ぐへぁ」
カエルが潰れたような声を出して転げる小さな身体。
「前にも言ったはずだ。お前如き、潰すのに武器はいらない」
頭を押さえてうずくまるルイン。あまりの痛みで声すら上げられないようだ。
だが、まだ諦めていないようで、地面に転がる剣へと手を伸ばす。
大した根性だ。
その伸ばした手を、俺は上から踏みつける。
「があぁ!」
次は右手を押さえる少年の腹をつま先で突き上げた。
その体躯の通り、彼の身体は非常に軽く、小石のように吹き飛んで木にぶつかり、激しく咳き込んだ。
「雑魚が思い上がるな。俺にも勝てなくて、どうやって魔族に勝つというのだ」
「ヒュゥ……ヒュゥ……」
風が通り抜けるような呼吸音にこれは聞こえていないかもなと思いつつ、彼の様子を見守る。どんな手を繰り出そうとするのか見物だが、そろそろ殺さない調整が難しくなってきた。
これでもまだ折れていないというなら、どうわからせてやるか。それを考えていると、村の方角から何かが近づいてくる音がした。
「チッ――」
小さく舌打ちをして、俺は横たわるルインにヒールの魔法をかける。
下級魔法故に全快にほど遠く、時間もない。だが、今の痛みぐらいは和らげてやろう。
問題は、近づいてくる存在だ。臭いはグロリアでも、あの血でもない。だが、似た臭いをかつて嗅いだことがある。そして、その匂いは俺の中の何かを目覚めさせるようなものでもある。
――ようやく廻ってきたな。
違う。お前はまだ眠っていろ。
俺は胸の中でそう呟くと、その存在へと身構えた。その臭いの数は、二体。
意識を取り戻したルインが俺の様子と森の奥の気配に飛び起き、剣を拾って俺の隣で構えた。
「どういうつもりだよ」
少年が問う。
「寝たままにしてほしいならそう言え」
その答えに、少年は苦い顔をした。
「結構だ」
彼はムスッとしながら、
「……感謝は言わねぇぞ」
と言うものなので、
「必要ない。むしろ大声で騒ぎ立てたのはお前だろう?」
その言葉に、本気で嫌そうな顔をして見せた。
「――来る」
森の奥から現れたのは、魔族が二体。
「何か騒がしいと思ったら、人間じゃないか」
「こんな場所で何をしている」
彼らはどちらも身長が低く、体格もかなり細い。
武器は彼らの身長程の木の棒の先端に、申し訳程度の石を削り出した刃を括りつけた簡素な槍。防具は革製のつなぎのみという、コロシアムで闘った連中と比べて実に安っぽい格好である。
「貴様らは魔族だな」
「ああ、そうだ!」
「怪しい奴め! 連行してやる!」
彼らは他の魔族と同様に、好戦的な性格をしているようだ。目を血走らせて、槍を構える。
――念願の魔族じゃないか。早く殺してしまおうぜ。
断る。
俺の中に滾るどす黒い何かを押さえつけた。
今は及びじゃないのだ。この先ずっとかもしれないが。
「ふむ……」
しかし、その構えは隙だらけだった。
膝が伸び切っており、槍の矛先は揺れている。
そんな状態で、一体何を狩ろうというのか。これでは、『農家殺し』一匹狩れないだろう。
「なるほど、案内してくれるのか。親切な魔族もいるものだな」
俺が感心していると、
「舐めやがって! ここで殺してやってもいいんだぞ!」
威勢だけはいいが、一向に攻める気配はない。
それは彼らが自分に自信がないことの表れだった。
「ならば、早く殺してはどうだ? 貴様らは門番なのだろう?」
「門番だったらなんだよ」
「持ち場から離れていると、誰かに攻め込まれるかもしれないぞ」
「――っ!?」
彼らは互いに目を配らせる。
俺も同じく、ルインへ目を配らせた。
「……」
彼は何も言わず、ただ頷く。ならば十分だ。
「ふん!」「たあ!」
俺達の一振りで槍の先端が吹き飛ぶ。
「なっ――」
その勢いでもう一歩踏み込み、袈裟斬りを喰らわせる。
血を噴出し、その場に崩れる二体の魔族。
「死ぬ前に答えろ。この先の村に魔界貴族はいるか?」
俺が切った魔族に詰め寄り、尋ねる。
「カヒュ……つ、強ぇ……」
「答えろ!」
横隔膜を切断されて息が細くなった門番の左肩に刃を突き立てる。
「がああああああああ!」
「何だ。まだ声が出せるじゃないか」
「……」
何やら横から視線を感じるが、どうだっていい。少々子供には刺激の強い光景だったかもしれない。
「坊ちゃん、ちょっと向こう見てろ」
「いや、いい」
「そうか」
本人がいいというなら仕方がない。
だが、次からはできる限り見えないところでやろう。
「早く答えろ。その程度も答えられないのか」
「だ、誰が――がぅああああ」
突き立てた刃を掻きまわす。
「苦しいか。答えたら楽にしてやる」
「わ、わかった……カヒュゥ……い、いない」
「じゃあ、お前みたいな雑魚ばかりという訳か……」
「さ、さあな……」
乾いた笑いを飛ばす門番。諦めた者の態度だ。
「村には何体の魔族がいる?」
「たくさん、さ……」
「具体的に答えろ」
「ひぃ……五十しかいねぇよ!」
痛みへの恐怖に、今度はすんなりと答えた。その瞳からは、徐々に光を失いつつある。
もう限界かと思われたとき、最期に言葉を遺す。
「だから……こんな人間界ギリギリに……貴族様がいないのは……変……なんだ……」
「上出来だ」
俺はその頸を切り落とした。
「気が変わった。お前の村へ向かうぞ」
「……わかった」
話は聞いていたルインも、変な癇癪を起すことなく静かについてくる。
村に入る前に近くの建物の陰に身を隠す。
「で、ここの地理は詳しくないが、建物はどれぐらいある?」
「えーっと……」
ルインが指折り数え、
「街の半分の半分くらいかな」
「なるほど。大体わかった」
百世帯程の小さな集落とみていいだろう。
「今回のミッションを確認する」
「うん」
ルインの昂る目を見ながら、指を一つずつ立てていく。
「まずはグロリアの捜索だ。ここに連れ去った何者かがいる可能性が高い」
血痕を追ってきた理由がそれだからだ。それがイコール犯人に近づくといっても過言ではない。
「次に、坊ちゃんの目的、村の人間の居場所を調査する」
「いいのか?」
「これだけの危険を冒すのだ。それ相応の成果が必要だろう」
闘志に火が付くのを確認する。先程火を消しておきながら、もう一度付けるのはいかほどか。
「大丈夫だよ、マザラン。俺はさっきので目が覚めてる」
「……そうか」
であるならば、無駄ではなかったということだ。
「五十体程度しかいないとはいえ、同時に相手をすればこちらもどうなるかわからない」
「油断はするなと」
「……ああ」
彼の口から出た言葉に驚く。
経験さえ積めば、彼は恐ろしく強くなるかもしれない。可能性を秘めた、逸材か。
「少しずつ狩る。できる限り、はぐれた魔族からだ。情報取集を最優先にするが、仲間を呼ばれると厄介になる」
「うん」
「だから、臨機応変に動け」
「りんきおうへん?」
聞き慣れない単語だったか、首を傾げる。
「その場に合わせて行動しろということだ」
「わかった」
「危なくなったら撤退する。合図はこれを使え」
それは火の魔石と組み合わせて使うことで音が鳴るこぶし大のボール。確か、音撃玉といったか。
「無理だけはするな。以上だ。何か質問、確認はあるか?」
「スーハー……。うん、大丈夫」
一度小さく深呼吸をしてから、彼は頷く。
「では、行くぞ」
二手に分かれ、村の外側から攻略していく。
建物の陰に隠れながら、魔族を探す。
すると、武器も持たずに歩く一体が、木陰で用を足していた。
「あー女抱きてぇなぁっと」
無防備なその背中から音もなく回り込み、締め上げる。
「うぐぅ」
バタバタと一瞬暴れるも、抵抗虚しく崩れた。
彼のズボンは小便で濡れて悪臭を放っていたが、気にせず建物の裏に引きずる。
後は手足を縛りあげ、口腔内にナイフを入れて準備は完了。
「起きろ」
俺は水筒の口を開け、彼の頭へぶちまける。
「ふぐご!?」
何事かと暴れる彼の馬乗りになり、その恐怖で見開いた瞳向けて「しー」と口元に人差し指をあてて見せる。
「口の中、これ以上切りたくないだろう? だったら静かにしろ」
大人しくなった魔族は小さく震えている。
呼吸をする度に、ナイフと口の隙間から吐き気のする呼気が一筋の血と共に漏れ出ていた。
「物分かりが良くて助かるよ。この村の建物で、一番魔族が集まってるのは何処だ?」
「ふご」
「何を言っているのかわからないな。ハッキリ話せ」
「ふごご」
「ああ、すまない」
俺がナイフを抜き取ると、すかさず魔族が息を吸い込む。
大きな声で応援を呼ぶつもりか。
「ごはっ!」
そんなことは想定済みである。
鳩尾目掛けて肘を振り下ろし、強制的に息を吐き出させた。
「それ以外のことを言う必要はない。さっさと言えば解放してやる」
「そ、そいつは決まってら。集会所だよ」
「それはどこだ」
「あ、あっちさ」
もぞもぞと芋虫のように動き、顎をクイクイと動かす。だが、それでは何処かわからない。
「もう少しわかるように伝えたらどうだ?」
彼は顔を真っ赤にし、
「し、仕方ないだろう! 手を縛られているから指もさせねぇんだよ!」
「五月蝿い」
俺はもう一度鳩尾に肘を下ろす。
肺の中の空気と共に、腐乱臭が漂う。
「だが、俺も悪かった」
そう言って、俺は後ろ手に縛った紐を解く。
「へへっ! チョロいな!」
彼が村の中央にある、高床式の建物目掛けて何かを叫ぼうとする。
「ご苦労さん」
俺は叫ばれる前に、その頸を切り落とす。
さて、これで本拠地はわかった。後は周囲の建物に潜む魔族を炙り出していくだけだ。
近くの建物に聞き耳を立てる。
すると、何体かの話声が聞こえた。
この建物は一家族が居住できる程度の大きさがある。サイズ感的にはLDKのアパートの一室、かつて俺が母親と住んでいたボロ家と同等か。
窓は天井に空いている程度で、それ以外の窓は締め切っている。ガラスではないので、中の様子は伺えないが、声の感じからして恐らく三、四体程度だろう。
俺はネズミ退治でお世話になった睡眠玉を取り出し、火をつける。
天窓があるので、そこから玉を投げ入れた。
「ん? なんだこれは」
建物の中から野太い声がする。
「げ! 煙が出てきた!」
しゃがれた声だ。
「逃げろ!」
そう言って、玄関の戸が開く。
「よう」
俺はまず頸を落とす。
奥から逃げようとしていた魔族たちは、全員固まっている。
そんなところで固まっていると、すぐに煙を吸ってしまうぞ。
と思っていた矢先に、中にいた他の三体がバタバタと倒れる。
「さて、と」
換気をし、昏睡する魔族を一体ずつ狩っていく。
この調子でいけば、割とあっさり終わるかもしれない。
そう思いながら、すれ違う魔族を狩り、家に潜む魔族も狩り、時折尋問しながら進める。
ここまででわかったのは、この村にいる魔族が本当に末端の末端であるということ。世界各国に散らばる魔族の中でも、世間のはじき者であるようだった。つまり、弱者である。
残り僅かな人間界。それを征服するのに一番近いところをそんな魔族に管理させるとは甚だ疑問だ。
さらに、ここではコロシアムの魔物を一時預かりすることになっており、その檻も家畜小屋に用意されていたらしい。だが、それを逃がしてしまったとも言っているのが問題だ。
下手すれば応戦することになる。彼らで止められないのは納得だが、それを俺やルインで止められるかは謎である。
もう一つ、謎と言えばその魔物は魔族の宰相が直々に送り込んだものであるという。
何故、そんな重要なものをここに運ばせたのか。逃がすこと前提にしたとしか思えない。
疑問に思いながら、粗方片付いたところで、中央の集会所へ向かうことにする。
この時点で、ニ十体の魔族を斬っていた。
中に何体いるかはわからないが、おそらく十数体はいるだろう。
再び睡眠玉に手を出したところで、やかましい音が村中を響き渡った。
中央を全速力で突っ切っているのはルインだ。
その後ろを何か叫びながら追いかける、屈強な魔族。
「何があった?」
彼に追従しながら聞くと、どうやら仲間を呼ばれて五体の魔族に囲まれたらしい。
音に怯んでいる隙に逃げ出したという訳だ。
だが、今追いかけているのは一体だけ――。
「逃がさないぞ!」
回り込んでいた魔族。
「いつの間に!」
奴の足は確かに太く、発達している。
「走るスピードには自信があるんでな!」
方向を変え、右手に曲がるとそちらにも魔族。
踵を返せばそこにも魔族。
「囲まれた、な」
「ごめん、マザラン」
「謝る必要はない。生き残るぞ」
周囲には五体の魔族に加え、集会所からぞろぞろと集まる魔族達。
その数、二十程。
「まだこんなに――!?」
動揺するルインに、下品な笑いを発するひと際大きな魔族。
「さて、お前らを差し出せば、お咎めなしになるかな?」
「無理じゃないかな」
軽口叩きながら、俺達は剣を構える。
さて、ここからが想定内の大勝負だ。




