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第三十六話 辿った先の、果て無き闇を

 翌日。あの事件の後、寝不足が祟って泥のように眠った。身体の調子はまだ万全とは言えないが、昨日よりはマシか。

 情報整理の為、俺はいつものごとくララの元へ向かった。


「おはようございます!」


「ああ、おはよう」


 いつもの笑顔に片手をあげて応じる。


「マザランさん、無事でよかったです」


「ああ、そうだな……」


 昨日の事件については、もう職員内に展開されているのだろう。

 そして、俺が第一発見者である情報もきているということか。

 カウンターの上に置いた俺の右手を、彼女は両手で包んだ。

 その白くて細くて、しかしペンを握り続けたせいでタコができた頑張り屋の手は、微かに震えていた。場違いながら、俺は俺自身のことを幸せ者だと思ってしまう。心配をしてくれる人がいる事実は、俺の心を傷つける。

 だから、せめてもの気持ちでその両手に左手を被せた。


「いつもすまな――いや、ありがとう」


 こうしている間だけは、下手なことを考えなくて済む。

 そう思わせてくれるのは救いなのかもしれない。

 俺は一度深く息を吐き、


「昨日あったことを話そう」


 そう切り出し、個室へ案内してもらった。



 個室でララにメモを取ってもらいながら、昨日のあらましを話していく。


「盗み聞きをしていたら邪魔されたところまで話したが……ここまで間に合っているか?」


 スラスラと筆を進めるララに確認を取る。

 彼女はこちらを一瞥し、「ちょっと待ってくださいね」と、これまでの内容を書き綴った。相変わらず、こちらから何をどこまで書いたのかわからないが。


「はい、もう大丈夫です」


 アイコンタクトを取ってから、続きを話し始める。


「その後、グロリアの部屋の前で張り込んでいたんだ」


「夜ですね」


「ああ。ガラスの割れる音と暴れる音がした。慌てて中へ駆けつけたら、そこでミサは死んでいた」


 想像するだけで悍ましい光景。


「遺体の状態は聞いています。その、バラバラにされていた、と」


 彼女は渋い顔で続ける。


「これだけ聞けば、グロリアさんが犯人ではないかと疑うところですが……」


「現場から、これが見つかった」


 今度は、大事に持っていた証拠。


「これって……」


 それは、血の浸み込んだ木製のペンダント。

 三つ葉の形状の掌に収まる大きさのペンダントだ。


「このペンダントが見つかった。千切られた状態で」


 俺は切れた首掛け用の紐と、指の形に付いた血の跡を指差す。


「握った後がある。これ、犯人から引き千切ったんじゃないかと思ってな」


「犯人……」


 俺はゆっくり頷く。


「窓も外から割られた形跡があった」


「外から?」


「ああ、おかしいだろう? それに、ペンダントの状態から、イヤリングの件を咄嗟に真似たと考えることもできる」


 彼女の頭上にハテナが浮かぶ。


「つまり?」


「何者かに襲われ、目の前でミサが殺害され、グロリアは連れ去られたと」


 ララが大きく目を見開いた。


「まさか。誰が、何の為に?」


 その問いに、首を横に振る。

 そんなこと聞かれても、まだわからない。


「そう、ですよね……」


「だから、この後探ってみようかと思う」


「わかりました。無理してはいけないですよ」


 彼女の言葉に頷く。


「私の方はそのペンダントを預からせていただいても?」


「あ、ああ。いいけど、何に使うんだ?」


 俺はそれを彼女の小さな掌に載せる。


「いえ、少し気になることがあっただけです。確認が取れたら、またお話しますね」


 彼女に託してから、その場は解散となった。



 俺は再び事件のあった宿屋へ向かう。

 窓も周辺の物も、女将に無理を言って残してもらっている。本当は一刻も早く清掃したいだろうが。

 一応、遺体の回収と血の拭き取りまでは済んでいる。だが、残った瘴気だけは拭いきれない。


「そんなところで何をしているんだ」


 ふと、背中から声を掛けられる。

 振り返れば、入り口にバックパックを背負った金髪の少年が青い瞳でこちらを睨んでいた。


「なんて目で見てんだ。また俺の邪魔でもしにきたのか?」


「……」


 何も答えずに、ただ見ているだけのルイン。

 ならばと作業に戻る。


「もう一度調査をしているんだ。他には何もないか」


「なぁ」


 俺の答えへ間髪入れずに質問をしてきた。

 その態度にイラつくが、知らぬ顔で話を続ける。


「アンタ、どうしてそんなに強いんだ」


「相変わらず、坊ちゃんは自分のことしか考えないんだな」


 嫌味を込めて呟いた。


「何?」


 彼の方を見ていないので表情はわからないが、殺気が大きくなるのを背中で感じた。


「お前、俺の事情を考えていないだろう。お前の都合で話しかけて、お前の都合で正義をぶつけて、やられた側はたまったものじゃない」


「……」


 彼が黙っている間に、窓から頭を出す。

 恐らく、ここから出入りしていたはずだ。そして、あの血の海に踏み込んでいる。足跡がどこかに残っているはずだ。


「正義感丸出しにしているが、それも全部自分の為だろう?」


「違う! 俺は本当に!」


「そうか。それなら別にいい。だが、それだけ剥き出しにして、命は惜しくないのか?」


 一度死んでいる俺が言えた達ではないが。


「そんなもの、いくらでもくれてやる!」


「産んで育てた親が泣くぞ」


「どうだっていい。俺は、魔族を殺して、殺して、殺し尽くせれば何だっていい」


「それこそ自分勝手で、醜いエゴだろう」


 振り返れば、顔を真っ赤に震える少年の姿。言い過ぎただろうか。でも、それぐらい言っておかないと、彼は自ら命を捨てに行ってしまうだろう。


「エゴで何が悪い……」


「あ?」


 何を開き直っているのだ。

 ガキの駄々に構っている時間は俺にない。


「それがエゴだとしても、助けたい人達がいる。守りたい人達がいる。その為に、俺は強くなりたいんだよ!」


「……」


 俺の心に、何かが刺さる。それは魚の小骨のように不快感を持ちながら、なかなか取れないそれのように。


「あのお仲間に強くしてもらったらどうだ?」


 チームワイバーンのことを推す。他所の人間に頼むのは、チームの不和に繋がり兼ねない。安易な行動に移る前に、俺はそう提案したのだ。

 だが、その解答は思った物と違っていた。


「それはできない」


 彼は目を伏せ、ポケットに右手を入れた。そしてもぞもぞと漁ると、何かを握りしめた拳が引き抜かれる。

 何かを決意したかのように、震える拳を俺に差し出した。


「何だ?」


 握った手がゆっくり開かれる。


「――っ!?」


 そこにあったのは、小さな木のペンダント。その形状は先ほど見たばかりの代物だった。


「何で、それを持っている」


「俺も知らねぇよ!」


 声を荒げるルイン。彼は今にも泣きそうな目をしていた。


「何処で拾った?」


 彼は何も言わず、隣の部屋を見る。

 その視線が、全てを語っていた。


「だがワイバーンは昨夜、隣の部屋にいたはずだ。アリバイはあるだろう?」


「でも、グルなんじゃないかって」


 その気持ちはわからなくもないが。


「そのペンダント、もしかしたら沢山出回っているかもしれないだろう?」


「それは、そうかもしれない……」


 まだ迷っている顔だ。誰をどこまで信じていいのかわからないのだろう。

 だが、こればかりはこちらから指定するわけにはいかないのだ。信じる人は自分で決めなくてはいけない。そうでなければ、彼は自分の道を歩むことができなくなってしまう。

 ましてや、今の仲間を裏切ることになるのだから。


「何を信じるのかは自分で決めろ。お前の心は何と言っている?」


 刹那、ハッとした顔を見せた後、


「信じていいのかわからないから、確かめたい」


 そう、決意を燃やした瞳で訴えた。


「そうか」


「だから、俺にもその調査、協力させてくれ」


 少年の心境の変化に驚きつつも、ワクワクしている自分がいる。

 未だに危険な臭いを放ってはいるが、鍛えればきっといいところまで行けるだろう。


「……勝手にしろ」


「じゃあ、勝手にさせてもらう」


 そう言って、彼は部屋の中に一歩入りこんだ。


 もう一度外を見る。

 血の残り香を嗅ぐ。部屋の匂いが強すぎて、外の臭いがほとんどわからなくなっている。


「マザラン、あれ」


「何だ?」


 ルインが指差す先、よく見ると、屋根の上を血痕のような液体の跡が、ポツポツと広めの等間隔で並んでいるのを見つけた。


「確認してくる」


 俺は窓枠を飛び越え、その跡を嗅ぐ。

 ビンゴ。この血はミサと同じ匂いがする。


「いまからこの跡を追いかける」


「……わかった」


 俺達は、その掴んだ蜘蛛の糸を辿る。

 それは屋根を超え、街を抜け、森へと続いていた。

 この先に、グロリアがいるのか。本当にヤバい奴が来るのか。それはまだわからない。

 犯人が落としたであろう血痕は徐々に減ってきている。だが、匂いは強まっている。


「ここからは森の奥へ向かう。覚悟はいいか?」


「……」


 彼は複雑そうな顔で森の奥を見つめている。


「どうした?」


「俺さ、魔族を滅ぼしたいんだ」


「ああ、知っている」


 急に何を話し始めたのだ?

 ルインは、森の奥を見つめたまま語る。


「一度、魔族に村のみんなを攫われたんだ」


「そうか」


 俺はそれを知っている。命を投げ打って、勝てないと分かっていながらも、無謀と分かっていながらも、勇気だけで闘っていた小さな勇者を。


「いろんな人に助けられて、俺はみんなを解放したんだ。でも……」


 しかし、それから心に闇を溶かしてしまった勇者が、肉刺だらけの小さな手を握りしめる。


「俺達の村はなくなっていた」


「――!?」


 彼が見つめているのは森の奥なんかではない。燃やしているのも決意なんかではない。ずっと先の、逆巻く深淵を見ている。青い瞳に映る炎は勇気でも何でもない、恨み、憎しみ、怒り。この小さな身体にどれだけの物を抱えているのだ。

 だからこそ、彼は無茶なことをしていた。

 だからこそ……。


「魔族に占拠されたのか」


「ああ、もう魔界化していたよ。お陰で、全員捕まったか殺されたよ」


「まさか――」


 怒りで震える唇を、ゆっくりと開く。


「悲しむ親はもういない。でも、生きている仲間がいる。そう信じている。だから」


 ルインがこちらを向く。


「行くよ、マザラン。力を、貸してほしい」


 その先に何があるのか、何が待っているのか、彼は知っていた。


「ならば、答えは一つだ」


 俺の中に燻る闇の炎がもう一度燃え上がろうとしている。

 煮え滾るあの日の因縁が、俺の足を動かそうとしている。

 だから、だからこそ、俺は。


「ここから先へは行かない」


 そう、決断した。


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