第三十五話 悲劇の連鎖、無意味なセンサーに佇む月下
注意
この話にはショックの大きい描写が描かれています。
苦手な方は、読むことをお勧めしません。
「それでも大丈夫」という方は、覚悟を持ってお読みください。
※この話を飛ばしてもストーリーに大きく差し支えありませんので、不安な方はそのまま次の話へ進んでください。
ルインに再び邪魔され、グロリアを見失ってしまった。
彼を救うつもりはなくとも、この事件は解決したいと思う気持ちはある。大した仲ではなくとも知り合いが殺されたのだ。
これが更に伝播することも視野に入れなくてはいけない。
その想いが足を動かし、グロリアの滞在する宿の前。
レンガの建物の三階の中央辺り。確かあそこが彼の部屋だった筈だ。
窓はカーテンが閉められているが、光は漏れていた。恐らく、部屋にいる。
昨日は突き放すような言い方をした手前、彼の前におめおめと姿を見せる訳にはいくまい。俺ができるのは、未然防止ではなく、事件後の犯人を捕まえることだけだ。
壁に寄りかかり、その様子を見守る。
十数分程経っただろうか。遠くから、若者が談笑しながら向かってくる声がしてきた。
男女が数人いる。
そちらを向けば、カラフルな髪色の集団。赤に緑に金に黒。バラエティ豊かだ。
男の方はチーム『ワイバーン』赤髪のロックに緑髪のライズ、金髪のいけ好かないクソガキ。
女の方は――。
「あ」
その集団の中で最初に目が合ったのが黒髪の女性。ノアだった。今日も露出が多くてテカリのある服を着用している。男が好みそうな服だ。
「お兄さん、また会ったね。今は調査中かなぁ?」
「そんなところだ」
昨日は稼げなかった分、今日はたくさん稼げそうだなと心で思いながら、他のメンバーに視線を送る。
他に女性は二人おり、一人は以前声を掛けてきた金髪に見知らぬ青髪。
やはり、金髪さんには一歩引かれる。一体何をしたというのだ。
「おや、さっきのおっさん」
「こんなところで何してんだ?」
ワイバーンの二人が首を傾げる。
「さっき言ったとおりだ」
そう言い残して、視線を外す。
「ぁ……」
何か言いたげな奴が一人いたが、そんなことは知らない。
「やめとけやめとけ。あんな奴構ってないでさっさと男になろうぜ、マジで」
「楽しみだぜぇ!」
半ば拉致されるようにルインは連れていかれた。
「じゃねー」
と手を振るノアに会釈して、俺はグロリアの部屋を見上げる。
暫しの間に隣も明かりが灯った。どうやら、あの集団は隣の部屋を使っているらしい。
同時に明かるくなった窓がもう一つあったので、どうやら大部屋に泊っているようだ。パーティで同じ部屋を借りた方が安上がりだったりするので、賢い選択だろう。
ヤンググラスは個室だった。歳も歳だし、金もあるだろうからそれでいいのだ。
しかし、あの集団は同時に複数人のプレイをするのか。画面の奥の世界だと思っていたが、一体どんな気分なのだろう。
想像しかけて、首を振る。余計な煩悩はセンサーを鈍らせる。
少しでも早く動けるよう、身構える必要があるのだ。
さらに時間が経ち、数十分。寝不足からか睡魔が襲ってきた。
欠伸が止まらず、視界がぼやける。
あともう少しだけ、耐えたい。
伸びを試せば心地よい痛みが背中に広がり、顔を擦れば視界が少しクリアになる。
そういえば、こんな感じに張り込むことも過去にあったか。
そういう系の組織に少数で乗り込む前の調査にて、長時間に及ぶ尾行をしていた時か。あの時は俺含めた部下と三人で行った任務。建物から出てくるまでの間に仮眠を交代で取りながら待機をしていた。
正直、かなりしんどく、できれば二度としたくない任務だったと思う。
あの後、罠に掛けられた俺達は命の危険に晒され、脱出の為にやむなく全滅させたのだったか。
そこにアイツが、正義のヒーローが現れ、部下を一人やられたことは忘れもしない記憶だ。つくづく思う。ああいう勘違いして正義感丸出しで突っ込む輩は嫌いだと。
今のルインを見て感じるのは、当時のヒーロー君そっくりだということだ。
危なっかしく、邪魔くさい。それを、ワイバーンと行動することで余計に助長されているように見える。
「相当疲れているようだ。俺が他人の心配するなんてな……」
「きゃああああああああああああ!」
眉間を押さえて溜息を吐いていたそのときだ。けたたましい悲鳴が月夜に響いたのは。
「何事だ!?」
眠気が吹き飛び、内なるエンジンに火が灯る。それが脈打つ度に全身に血流が流れ込むのがわかった。
すぐさま飛び出し、宿の三階へ駆けあがる。剣を抜く準備をしてその場所へ向かう。
「うわああああああああ!」
階段側の部屋から飛び出したのは、なんと、半裸のルインだった。
彼は泣きながら、服も着ずに階段を駆け下りていく。
「……」
その背中を完全に見送るよりも早く、開け放たれた扉の中に飛び込む。
「何があった!?」
そこに広がっていたのは、現実を疑うような、実はうっかり眠ってしまっているのではないかと勘違いしそうな世界が広がっていた。
「きゃああああああああ!」
呆気にとられる俺の顔面に何か白いものが投げつけられる。
それが枕だと気づく頃には、扉の外へ追い出されていた。
「あ、あれは一体……」
俺は、脳裏に焼き付く衝撃的な世界に困惑する。
肌色だった。俺の予想は赤だった。でも、肌色の世界だった。
よくよく考えれば、血の匂いがしなかったことで判断できたはずだ。
やはり、無理をし過ぎたらしい。センサーがバグってしまっている。
「ん?」
階段の側で反省していると、下から様子を伺う少年の姿があった。縮こまってどうしたと言うんだ。
「――るなよ」
「あ?」
蚊の羽音のような声で呟く。
「そんな目で、見るな……」
一体どんな目をしていると言うんだ。興味はないので、知ったことではない。
「お、俺をバカにしているんだろう?」
「してない」
「い、意気地なしだと思っているんだろう?」
「思っていない」
「お、俺だって、訳があるんだよ」
「知らない」
彼は聞いてもいないことを語りだした。
「俺は故郷に許嫁を残してきたんだ。だから、こんなこと、できないんだ……」
「聞いていない」
「そ、それに、あんなにたくさん裸を見て、あんなに弄られたら、俺、俺……」
「はぁ……」
頭を掻いて、少年を放っておくことにした。勝手に言い訳していろ。
第一、俺も褒められるような状況じゃないのだ。
乱れた服を整えると、宿を出ようと踵を返す。
その時、ガラスが割れたような音がした。
慌てて振り返る。
何かが暴れるような音。
「ああああああああ!」
男の叫び声が建屋を震わせる。
これは只事では無い。
一帯に急激に緊張の糸が張る。
一拍置いて何かが走り去る音と、ざわつきが聞こえてきた。
この音は、今の部屋ではなく、隣の部屋――グロリアの部屋だ。
心がざわつく。次は、汗の臭いの中に、血の臭いが混ざっている。
俺はグロリアの部屋を叩く。
「グロリア! 何があった!」
「……」
返事がない。
扉を開けようと手を伸ばす。
ガチャガチャと何度か捻ってみるも、鍵が掛かっていて開かない。
普通に開けることを諦め、俺は剣を抜く。これは緊急事態だと、ノブを根本から切り落とす。鈍い金属音が廊下に響くと、それは簡単に落ちた。
鍵を弄ると、これもまた簡単に解除できる。
「入るぞ」
答えられる状況ではないことを分かっていながら断りを入れると、扉を開けた。
「これは――!」
中はそれこそ凄惨な状況だった。
セドリックの時とは比べ物にならない程の。
飛び散った赤黒い液体は、壁や天井を染め上げ、元の状態がどんなものだったのかわからなくなっている。
床は血の海ができており、その中心には、裸のトルソーが一体沈んでいた。
「何だ!?」
隣の部屋から人が出てくる音がした。
「来るな!」
俺の声に、集まり始めた人々の足が止まる。
「お、おい……この臭いって……」
「ああ、そういうことだ。耐性のない奴は、来るな」
顔を見合わせ、離れた位置でひそひそ話出す野次馬。
そんな中、近づいてきたのはルインとノアだった。
二人共裸に近い格好であったが、今はそんなことを気にしていられない。
もう一度、こみ上げる物を抑え込んで、部屋を観察する。
飛び散っているのは血だけではない。トルソーにくっついていたであろう四肢が文字通り四散していた。さらに、窓が開き切っており、夜風が不快な臭いを乗せて運んでくる。
もとい、開き切っているのではない。窓は、砕け散っているのだ。
「これは、凄い光景だねぇ」
「うっ……」
ノアは平気そうに、ルインは今にも吐きそうになりながら、この光景を目に焼き付けていた。
「頭はどこに――」
俺が血だまりに足を踏み込んだ瞬間、足に重たい感触が伝わる。
それはボウリングの球のように転がり、数回転した後に止まった。
それが何なのか、嫌でもわかってしまう。目が合えば、それは直前に、経験をしたことが無い程の壮絶な感情をその身に浴びたということを理解できた。理解できてしまった。
何もできない絶望を、生への欲望を、死を目前にした恐怖を。
「おぇ」
ルインが嗚咽をする。吐いてないだけ大したものだ。
「これ、ミサだ……」
「ミサ――」
グロリアに捕らえられ、調査の結果釈放された女だ。
「何か、心当たりがありそうだね」
「ああ、夕方にミサとグロリア――この部屋の主が裏路地で話をしているのを聞いたんだ」
「何の話をしていた?」
「何か頼みごとをしているように見えた。だが、ハッキリと聞こえた訳じゃないし、最後まで聞けた訳じゃないんだ。どっかの誰かさんに邪魔をされてな」
俺は顔を真っ青にしている少年を睨んだ。
彼は震えて目を伏せる。
ノアはなるほどと頷き、
「じゃあ、怪しいのはグロリアとかいう人だと」
「……ああ」
だが、動機が何なのかがわからない。希望を失くした男は何を目的に……。
「セドリックを殺したのがまだあの子だと思い込んでいて、復讐の為に殺した、とか?」
「……ゼロではないな」
殺される前に殺す。ということか。
いや、レベル差を考えればあり得ないことぐらい、あの状況でもわからないだろうか。
「そんなことが……」
彼はショックで口をパクパクして佇んでいる。
ようやく事の重大さがわかったらしい。
「だから、ヒーローごっこは他所でやれと言ったんだ」
「ご、ごめん……」
「謝らなくていい」
「で、でも……」
「謝ってこの状況が良くなるのか」
彼は苦い顔で俯く。
「行動で示せ」
つまり、もう邪魔をするなということだ。
俺は動かなくなったルインを放置して、布を口と鼻に当てながら、ノアと中に踏み込む。
「遺体の状態を見ても、俺には知識がないからわからない」
「そうね。私も同じよ」
そのとき、ギルドの職員が二人やってきた。
「通報受けてきたが……これは、なんとも……」
二人共、部屋に入るなり吐きそうになっている。
「この様子から見るに――うっ。この部屋の主が殺害して逃げたと見た方が――おぇ。いいのか?」
涙目でそう言う職員。
早く帰りたくて、さっさと結論付けようとしているのだろう。
普通に考えればそうだが、本当にそうか。
俺は窓に近づいたとき、違和感を感じた。
「そう結論付けるには、早いかもしれない」
俺は足元を指差し、そう唱える。
職員は少し嫌そうに、ノアは興味深そうに耳を傾けた。
「ここに窓の破片が転がっている」
「それがどうかしたのか?」
「内側に割れているのは、何か変じゃないか?」
「それに、窓から逃げるなら、割る必要ないんじゃない?」
部屋内の全員が顔を見合う。
「いや、でも、破片がこっちに入っただけかもしれないし、空けられない事情があったのかも――」
「じゃあ、これって何だと思う?」
ルインが、血を浴びた荷物を指差す。
「逃げるなら、荷物を置いていくことあるだろう?」
職員の一人が否定する。だが、それに首を縦に振らない少年。
「いや、荷物じゃなくて、このペンダントだよ」
血だまりから躊躇しながら拾い上げたのは、小さな三つ葉の形に作られた、木製の小さなペンダント。
「これ、明らかにちぎれているよね」
「犠牲者と揉み合った時にちぎれた、とか?」
ノアが可能性を述べる。
「かもしれないけど、これ、指の形に血が付いてる」
それは、あのイヤリングとそっくりな状況だった。
今度もその持ち主はいない。
「この方法を知っているのはグロリア本人だ。わざわざ逃げる為の証拠を作るとは思えない」
「じゃ、じゃあ――」
一同が息を呑み、俺の言葉を待つ。
「俺に、俺達に気づいてもらう為の、メッセージかもしれない」
その一言で、部屋の中が凍り付いた。
事件はさらに、混沌へと突き進む。




