第三十四話 肝心なのは、犯人誰か
早朝。まだ外を出歩く人はまばらで、朝市の準備を進める商人が作業をちらほらしているぐらいだった。
だが、その誰もが不思議そうな顔をしている。理由は言わずもがな。
「おい、何で俺が腕を掴まれなきゃいけないんだ」
両サイドを女性に掴まれた状態で、俺はギルドへ歩を進めていた。
「私はこうしておけば逃げないでしょう?」
左腕を掴むノア。いや、それなら逆だろう。
「別に問題ないでしょ?」
と、上目遣いに訴えるララ。理屈がよくわからない。
「はぁ……」
本来なら、両手に花とでも言うべきなのだろうが、望まず起きれば邪魔でしかない。
「歩きにくいのだが……」
「放しません!」
何故こうも張り合うのか。何を張り合っているのか。
俺の常識の外にあるのは確かだった。
そんな奇妙な同伴はもちろんギルドに着くまでなので、十数分程度で終わる。だが、その短い時間ですら時間が長く感じた。
「へぇ。初めて入った……」
ギルドに入るなり、ノアが周囲を見渡す。
冒険者や商人等、関わりのある人でない限り、中に入ることはないのかもしれない。
「さぁ、着きました。準備をするので、エントランスで待っていてください」
若干名残惜しそうに腕を解放すると、すぐさま奥へと消えていく。
俺達は二人きりになり、近くのテーブルに掛けた。
「で、お兄さんはあの子のことどう思っているの?」
頬杖をつきながら訪ねてくる。彼女の口角はにんまりと上がっているのがなんとも答えにくい空気を出していた。
「俺とララは冒険者と受付嬢の関係だ。何も怪しいことはないさ」
彼女が求める答えと若干ベクトルがズレている自覚はあったが、これで十分だろう。
「あーあ。あの子が聞いたらどんな反応するだろうねぇ」
「……さぁな」
ノアは何処かつまらなさそうに溜息を吐いて、ギルド内を見渡した。
「さて、ここでアンタが高レベルだった場合、一気に犯人の確立が高まる訳だが?」
彼女は一瞬だけこちらを見ると、長い睫毛を羽ばたかせて視線を戻す。
「だからと言って、私が犯人と決まった訳じゃないでしょ?」
そこへ無機質な声色で「それに、あり得ないし」と付け足した。
「一晩、考え続けていたのだが……」
「?」
俺は昨日の眠れない時間を使って様々な可能性について考えていた。
「気になっていたんだ。あのとき部屋にいたのはセドリックと今捕まっている売春婦だけ」
「そうなのね」
「彼女が見たのは既に事切れたセドリックだった」
あの時の情景を思い出す。
俺は集まり始めていた野次馬の一人でしかなかった。故に、その瞬間を見た訳ではない。
「あの時に犯人は一体どこにいたのか。そこが気になっていたんだ」
「密室だった。とでも言いたいのかしら?」
「ああ」
俺は彼女の目を見つめて問う。
「アンタ、セドリックがあの日に三人でシタいと言ったんだってな?」
「ええ、そうね。断ったけど」
「本当に言ったのか?」
「……」
目と目が合う。揺れる瞳の奥に、睨む俺がいた。
「いつそれを知ったんだ?」
「……どうして?」
「それは――」
「お待たせしました」
準備の整ったララに導かれ、俺達は別室へ移動した。
そこに用意されていた、いつかの日に見たレベル測定器。
「ま、これで全てがわかるはずよ」
彼女はその石桶に張られた聖水へと手を入れる。
その数値を見るララ。
ノアの表情は無表情で、何を考えているのかわからない。
俺は腰のナイフに手を伸ばして、いつ何が起きてもいいように構える。
もし高レベルが判明した場合、ララのみが危険にさらされるかもしれない。
息を呑み、彼女の唇が動き始めるのを待ちに待つこと数十秒。
「……レベル、スリー」
その時、ノアの口元が歪む。安心感から来るもの……だろうか。
「ほらね、だから言ったじゃない」
「……」
俺は目を閉じる。
何故だ。何故高い数字が出ない。
システムエラー? そんなものではない。
「これでわかったわね。私は犯人じゃない」
「……そうだな」
ノアは濡れた手をタオルで拭き、
「じゃ、私はこれで」
「長い間拘束してすまなかった」
俺が頭を下げると、
「お兄さん、謝りすぎじゃない? もっと堂々としていた方がモテると思うよぉ」
そう言い残して去っていった。
ララが何かぶつぶつ呟いていたが。
俺はララに向き直る。
「協力してくれてありがとう」
「いえ、こちらも色々配慮が足りず、さらに見苦しいところも結構……」
苦笑いを浮かべる彼女の頭をポンポンと叩く。
「いや、ララはよくやってくれている。感謝しかない」
「そ、そうですかね……えへへ」
気まずさの混じったはにかむ姿を見て、少し安心する。
「しかし、これで振り出しだ」
「そう、ですね……」
連続殺人事件の犯人は誰なのか。
有力候補が一人外れたとなると、さらなる証拠を集めなくてはならない。
「もし、マザランさんの言うようにヤンググラスが狙われているとすると、あと残るグロリアさんの元に現れたりしないですか?」
「なるほど。一理あるな」
あの希望を失った男の為に護衛をする気はさらさらないが、犯人を追及するのにかなり向いているのは確かだ。
「でも、無茶をしてはいけません」
「――わかっている」
「私はその点全く信用していませんから」
そしてもう一つ、ヒントがあることに気が付いた。
「そうだ。あの捕まっていた女はどうなった?」
「今は釈放されています。話を聞きに行く分にはいいかと」
「ありがとう」
俺は装備を整え、夕方を待った。
そして日が暮れだす頃、俺はグロリアを探し始める。
そこで死んでいるのなら捕まっていた女性へ突撃するだけだ。
まずは、彼の部屋を訪れる。
だが、ノックしても出てこず、耳を澄ましても生活音がしない。まさか既に死んでいるということはないだろうか。
五分十分程待ってみたが、現れる気配はない。
「仕方がない、次へ行くか」
俺は捕まっていた女性――源氏名をミサというらしい、彼女の元へと向かう。
といっても、手掛かりがあるわけではないので、とりあえず歓楽街を歩いていく。
こんな時だからか、あまり人出は多くない。昨日までの半分もいないのではないだろうか。二夜連続で凄惨な事件が起きたのだから仕方がない。
歩を進め、大通りに出歩く姿を視線で追うが、ミサらしき女性は見当たらない。
特徴を覚えていないのが痛いところだ。
と、ふと視界に映った路地に見知った大男の姿があった。その隣には、女性の姿。
何をしているんだ? 俺はこっそりとその後ろを付ける。
彼らは路地裏へと進み、そこで歩を止めた。
俺は気づかれぬよう、陰に隠れて話している内容を伺う。
「――あの時は――」
「――あの、もう――ので」
声が小さく、何を言っているのかはっきりと聞き取れない。
「そう――。キミに――」
「私はもう――」
何かをグロリアが頼んでいるのか?
だとすれば、女性の方は――クソ! 横顔だけじゃ判別できない。
「ならば――」
と、視線を感じて表通りの方を向くと、そこに立っていたのはあの少年だった。
目が合うと、彼は剣を抜いてこちらに向ける。
おいおい、街中でコイツは何をしているのだ。
「見つけたぞ! おっさん!」
「おっさ――。今は黙っていろ」
声を殺しながらルインへと返事する。
「何かまたやましいことをしているんだな!」
「正義のヒーローごっこは他所でしていろ。ここは子供が遊ぶ場所じゃない」
俺は表通りに向かいながらそう答えた。
そういうよくわからない理論で突っかかってくるところまでアイツとそっくりなのか。
「また子供扱いしやがって! 今度こそ俺の強さを見せてやる」
そう言う彼の服装は土や返り血のようなものがたくさんこびりついていた。
「レベルを上げて来たってところか」
「そうだ」
「お前ではどれだけあげても俺には勝てん」
「何だと!? 俺のレベルとアンタ、そんなに差があるというのか!」
そういうすぐにキレるところがガキなんだと言ってやりたいが、それを言ったところで燃え上がって面倒なことになるだけだ。
「レベルじゃない、技術だ」
「痛い目を見ても知らないぞ?」
「抜かせ」
剣に手を伸ばしかけ、抜くのをやめた。
「あ? どういうつもりだ?」
「別に」
「怖気づいたってことだな! 弱虫!」
下手糞な煽り文句に頭痛が痛くなってくる。
こっちの知能指数まで下がりそうな下品で間抜けっぷりが彼に付いている。一体誰がこんなことを教えたのか。
「お前には剣が必要ないということだ」
「舐めやがって!」
戦い、特に一騎討において、精神攻撃は効果的である。
賛否両論あるが、部下に徹底させたのは煽る際に感情を乗せてはいけないということだ。感情はプラスマイナスどちらにでも振れるが、かなりピーキーになる。相手に感情を乗せさせ、冷静さを欠かせれば、そこに隙が生まれて倒しやすくなるということだ。
逆を言えば、こちらが危険になることもある。
だから、相手が煽る内容は九割聞き流し、こちらは乗せてやるだけ。
故に、俺のチームは圧倒的な対人性能を誇ったものだ。
「おりゃああああああああ!」
彼の初動はこないだの一件と比較して二割増しのスピードを誇っていた。
だが、フェイントも何もない真っ直ぐな軌道は躱すことも容易い。
彼の独特な間合いもすでに見切っている。
身体の能力は上がっていたが、駆け引き等の技術はかなり落ちているように見えた。
「クソ! 避けてばかりじゃないか! 卑怯者!」
「悔しければ早く当ててみろよ」
「がああああああああ!」
彼が叫ぶものだから、少なかった人出が集まりだす。
ここ数日、人に注目されることが多い気がする。おかげでまた俺の知らない知り合いが増えてしまうではないか。
「よそ見するな!」
下から鋭い切り上げが頸を狙う。速さは十分。
「その程度なら見る必要もない」
彼の視線、呼吸の乱れ、重心移動。
どれをとっても三流以下。
「堕ちたものだな」
「何?」
それよりも速く、俺は彼を蹴り上げた。
吹き飛ばされ、地面を転がる小さな体。
彼は咳き込みながら血を吐き出す。口の中を切っただけだろう。
「まだだ!」
剣を杖に立ち上がろうとするが、そのままグラついて地面に伏した。
顎を蹴り飛ばされた影響で、軽い脳震盪でも起こしているのだろう。
「く、クソぉ……」
「だから必要ないと言ったのだ」
勝負ありとなると、周囲から拍手が巻き上がった。
だから、観衆がいるのは嫌いなのだ。
すると、その中から二人組の若い男が現れる。
年齢は……トリプルアクセルとさして変わらないか。
「あっはっはっは! ざっこ!」
と、手を打ちながら現れた赤髪。
「お前、なーに負けてんのぉ?」
ポケットに手を入れながら顔を覗き込む緑髪。
「ご、ごめん……」
「仕方ねぇ野郎だな」
彼は二人に肩を貸してもらいながら起き上がる。
「おっさん、強いな! また会おうぜ」
「じゃあな」
と、一瞬で消えていった。
俺はもう二度と会いたくないが。
「って、こんなことしている場合じゃない」
俺は急いで路地に入り、先程の裏を除くと、既に人はいなくなっていた。
「また……またアイツに邪魔された!」
俺の小さな怒りは路地裏へと消えていった。




