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第三十三話 匂う解答、イドとエゴ、ミッドナイトに乙女のファイト

「申し訳ないことをした!」


 地に膝を付き、平身低頭で謝罪を述べる男が一人。

 俺の滞在する宿の一室。

 日が落ちて燭台のほんのり薄い明かりの中、怯えて壁際に身を寄せて震える受付嬢、ラルリラ・ラティス。通称ララは、こちらをケダモノでも見るかのような視線を送る。

 それもそうだ。部屋に入るなり、いきなり押し倒されたのだから……。


「つい、やってしまった。俺を押さえることができなかった……」


 これも全て、俺の鍛錬と判断力の不足から来るもの。

 ララのことを敵だと勘違いしてしまうなど、本当にあってはならない。

 組織に所属していたときなら、間違いなく恥晒しだ。


「し、失望しました!」


「ぐ……」


 ぐさりと抉る言葉。他人を裏切ることの痛みを実感する。

 そこへ、口を挟むノア。


「お兄さんさぁ、ガールフレンドがいたのに、私とこんなことシテるんだぁ」


 いつの間にやら上体を起こしてベッド脇に座る彼女。その口元はいやらしく歪んでいた。


「い、いや、ララはそんな関係じゃない」


「――っ!? その通りです!」


 ララの顔は相当ご立腹なようで、丸っこい顔がフグのようにさらに膨らんでいる。

 いや、今日の場合はハリセンボンか。

 その様子にさらに落ち込む俺を他所に、


「ははーん、そういうことね」


 と、何か察したのかにやけ顔をするノア。

 嫌な予感がする。


「つまり、お兄さんも三人でシタい人だ!」


「は?」


 頭の中で何かの切れる音がした。

 三人でシタい? ナニをするというのだ? 二人で尋問でもすると? 待て、聞き取り調査じゃないなら何なんだ?


「隠さなくていいのにぃ。私も頼まれたことあるんだ! 断ったけど」


「それで私もって言ってたんですね……」


「な、何のことだ?」


 グルグルと回る視界にブレーキをかけたのも、ノアだった。


「あっはっは! なんてね」


「へ?」


 彼女は片目を瞑って舌を出す。


「お兄さんもお姉さんも、私に用があるんじゃない?」


「なっ――」


 ララと俺は顔を見合わせる。

 彼女は金魚のように口をパクパクさせて固まっていたが、俺もきっと同じ顔をしているだろう。


「……どうして、そう思ったんだ?」


 唾を飲み込み、彼女に尋ねる。


「そりゃあ、不自然に耳ばっか触ってきたし、一緒に何かしようって言うのも、お姉さんが関係者である証拠でしょ?」


 驚いた。まさかここまで読まれているとは思わなかった。


「それにぃ……」


「……」


 ノアのしなやかな指が、鞭のようにこちらを指す。


「お兄さん、女慣れしてないでしょ?」


「なっ――!?」


 顔が引きつるのがわかる。

 いや、女性と話すことは別にどうということはない。


「そ、そそそそんなことはないぞ?」


「あー、じゃあ言い方変えるわ」


 やれやれと言わんばかりに首を横に振り、


「アナタ、童貞じゃない?」


 と爆弾を落としていった。


「ま、待ってくれ!」


 俺のこの反応はどうやら間違いだったようで、ノアの目は狐のようにキュッと細くなった。

 慌てて横を見れば、そこにも嫌な目で見る知り合い。この顔、生前テレビか何かで見たことがある。何だったかな。


「その反応はイエスって事かなぁ?」


「マザランさん……」


 思い出した。チベットスナギツネとかいう種類の動物だ。

 と、同時にそのテレビを見ながらしていた会話も思い出した。

 その時に部下がボソッと呟いた言葉。三十歳を過ぎても童貞だった男は魔法使いと呼ぶそうだ。なんだ、普通にかっこいいじゃないかと言うと笑われ、そこで注意された。それは馬鹿にした呼び方、ネット内のスラングだと。

 最後には心配される始末だった。

 果たして、今の俺はいくつなのだろうか。死んだ時から換算すると……。いや、まだ大丈夫のはずだ。


「って、待て。俺がそうだと決まったわけではないだろう?」


「え、言い訳?」


 と真顔に戻るノアとは別に、


「そういえば記憶がないんでしたよね。分かるはずがないですよ!」


「ララ……」


 正直、その設定を忘れかけていた。これを使えばこんなに簡単に潜り抜けられたではないか。

 潜り抜けたところで問題は解決してないですよと俺の中から部下の幻聴が聞こえてきそうだが、別に気にすることでもなかったと俺は振り切った。

 咳払いを一つ。


「と、とにかく! 俺がアンタに用があったのは事実だ」



 気を取り直して、彼女への尋問を開始する。


「その耳の飾りは片方にしかつけていないのか?」


「あー、今はね」


 彼女はベッドの上で手をひらひらさせる。

 俺とララは小さなテーブルを挟んで座っていた。とはいえ、椅子は一つしかないので、俺は自分のバックパックを椅子代わりにしている。

 中に色んなものを詰め込むことで形を作ってはいるが、やはり座り心地は悪い。


「それで耳ばっか触っていたんだぁ」


「ああ、気になってな」


「本当はそういう趣味?」


「からかうな」


 ノアの話術につい話題を逸らされそうになる。

 ハイハイと悪びれもすぐに首を掻く彼女。


「で、このイヤリングがどうかしたの?」


「俺に質問するな。聞いているのはこっちだ」


 低い声で言い放つと、「おーこわ」と視線を逸らした。


「今ということは、かつては二つあったと」


「そうね」


 先ほどより若干ぶっきらぼうに答える。


「いつなくなった?」


「どうして?」


「……」


「……」


 答えない俺と探るノア。

 数分続いたその沈黙に耐えられなかったのか、重たい口を開く。


「そうね、ついこないだよ」


「二日前ぐらいか?」


 その言葉に再びこちらと目が合う彼女の目は、欲しいおもちゃを買い与えられたような笑顔を浮かべている。


「もしかして、見つけてくれたの?」


 その言葉に俺は首を横に振り、


「見つけはした。だが、盗まれた」


「そう……」


 望まぬ解答で明らかに落ち込む。


「では、アンタに問う。セドリックのことは知っているな?」


「さて、誰のことかしら?」


「二日前に死んだ初老の男のことだ」


 一瞬目を見開いたかと思えば、すぐに伏せる。


「……あの男、死んだんだ」


 彼女が何を思っているのか計り知れない。


「あの夜、アンタはセドリックの部屋にいて、相手をしていたんじゃないのか?」


「……」


 頬杖をつきながら、彼女の出方を覗う。

 彼女が最も疑わしい存在なのは確かだ。

 ノアは「はぁ~」と大きな溜息を零すと、


「確かにいたよ。あの夜相手をしていたのは確かさ。でもアイツ、三人でヤル気満々でさ、ちょっと冷めちゃって途中で飛び出したのよ」


「ほう」


 であるなら、第一発見者で、俺に助けを求めたあの売春婦が一番怪しいことになるはずだ。


「そのときに縋るもんだから、ちょっと揉めちゃってね、そのときにイヤリングを落としちゃったみたい」


「で、お前はその後のことを知らないと」


「疑ってるの? いや、疑っているんでしょうね。確かに怪しいもの」


 彼女は余裕そうにうんうんと頷く。


「その割には、慌てていないようだが?」


「だって、私はやっていないもの」


 あっけらかんとした態度の彼女。


「そんなに疑うなら、私のレベルを測定すればいいじゃないの?」


 そう言って、ララにアイコンタクトをとる。

 彼女はというと、ずっとこの会話をメモに取ってもらっていた。


「……そうですね」


「今捕まってる人も、それで無罪になったんでしょ?」


「どうしてそれを――!?」


驚愕を隠せないララ。

 だがキョトンとしているノアは、


「いや、捕まったといっても所詮は売春婦よ? だからベテラン冒険者を殺すなんてできないと思うの」


 と、当然のように言い放った。


「……それもそうだな」


 どうやらそれが世に出回っていない情報らしく、その証拠にララの驚きがあった。

 だが、それが推理から来るものだと分かると、少しほっとした表情になっている。


「ならば、明日にでも測定しよう」


「いいわよ」


 俺の提案に二つ返事で答えるノアに、


「わかりました!」


 と意気込むララ。


「ん-、今日は相手をしてもらえなくて残念だわ」


 彼女は乱れた服を戻しながら立ち上がる。


「疑いが晴れたら、イイことシヨうね」


「アナタは――!」


 さっきまでのノリはどこへやら。怒りを露わにするララを涼しい風で受け流すノア。


「あら? アナタは関係ないんじゃない?」


「むぅ……」


 言い返せずに頬を膨らませるララに追い打ちをかける。


「それとも、三人がいいのかしら?」


「なっ――!?」


 その顔を真っ赤にするララ。


「それくらいにしてくれ」


「はいはーい」


 ノアがウィンクと共に答える。

 女の怖さの一部を体験したような気がした。


「それじゃあ、またねぇ」


「待て」


 立ち去ろうとする彼女を呼び止める。


「何?」


 不思議そうな顔で小首を傾げているノア。


「まだ、アンタの容疑が晴れた訳じゃない」


「別に逃げも隠れもしないわよ」


 やれやれと額を押さえる仕草でため息を吐く。


「誰がその言葉を信用できる?」


「信じてよ」


「無理だ」


「酷い!」


「今日初対面の人間を、どうしたら信じられる?」


「……」


 しばしの間、無言で見つめ合う。


「わかったわかった! 今日は泊っていけばいいんでしょう」


「ああ」


 折れた彼女が再びベッドに戻る。


「あ、あの、マザランさん?」


 そこで不安気に見つめるララ。何やらもじもじとしている。ああ、そういうことか。


「ララには残ってもらわなくてもいいぞ」


「えっ」


 何故かショックを受けている。俺は何か言う言葉を間違えたのか?

 ベッドではその様子をニヤニヤと楽しむ女がいるが、知ったことではない。


「あ、あの、その……」


 ララが立ち上がり、帰るかと思ったが。


「私も泊まります!」


「……は?」


 一瞬、時が止まった気がした。


 正直、あそこで動きを止めた段階では迷っていた。

 果たして、このまま帰してもいいものか。

 自由を奪う必要はあるのか。

 だが、まだ容疑が晴れた訳ではないのだ。

 もし彼女が何かを隠していた場合、また誰かが死ぬかもしれない。逃亡した場合、止められなくなるかもしれない。これで無実ならば、その時はその時だ。

 だが、既に半分後悔している。


「何故、こうなったのか……」


 小さなシングルベッドに座る俺と、左にノア、右にララがしがみつくように寝ていた。

 彼女たちは天使のような寝顔で、悪魔のように俺を苦しめている。

 女はやはり恐ろしい生き物かもしれない。


 そんなこんなで一睡もできない――元々監視の為に寝る気はなかったが、予想以上に長く感じる夜が明けた。


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