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第三十一話 Rの道筋/交ざる濃い血に

「俺が預かっていてもいいか?」


 黒く輝くリングを手に彼らへ問う。

 お互いに顔を見合わせた後、


「わかった。失くすなよ?」


「もちろんだ」


 了承を得て、そのリングをカバンにしまう。

 そして、今日のところは解散することになった。



 宿の外へ出て、一息。

 ふとリングを月に掲げる。

 艶のある黒。光を吸収する闇の色。見つめれば見つめる程、自分まで吸い込まれるのではないかと錯覚する。

 血の匂いを放つそれをカバンにしまいかけたところで、布を先に取り出す。一度入れてしまっているが、血で汚れたものをそのまま入れるのは流石によした方がいいだろう。

 布にくるんだ後、それを今度はポケットの中にしまった。

 スリ対策である。今夜も何やら嫌な予感がするのだ。

 さて、折角手に入った手掛かりだ。早速活用するほかない。

 向かう先は『オトナの街』。

 ここから歩いて十分程の、宿屋街から少し離れた位置に固まっている歓楽街。

 もちろん、冒険者御用達だ。

 存在は知っていたが、実際に足を踏み入れるのは初めてである。そして、そこから危険な臭いがするのはこの世界でも変わらない。


「……」


 その街はピンクの炎が灯された燭台が並び、男と女と文字通り妖しい香りの漂う場所だった。人種と風に乗ってくる香りを除けば、よく見た景色と何ら変わりはない。

 覚悟を決め、その通りに足を踏み入れた。

 すれ違う人間全て、欲望の匂いがする。

 命のやり取りをすることが多い冒険者にとって、こういう息抜きの場は大切なのかもしれない。

 商売女であろう彼女らは化粧を施し、奇抜な服を着て女の匂いを蒔き散らして男を誘う。そうじゃない女は客側であろう。だが、圧倒的に売る側が多い。

 その女を一人一人チェックする。耳を、匂いを。意識を集中している中、一人の売春婦に肩を叩かれた。


「お兄さん、もしかして女の子探してる?」


 声をかけてきたのは、長いブロンドヘアーで、化粧の濃い、若い女性。

 その質問は非常に都合がいい。


「ああ。探してる」


 あれだけキョロキョロしていたら流石にわかるか。

 警戒をもっとした方が良かったなと反省しつつも、乗り掛かった舟だ。彼女を味方につけよう。


「お、やっぱり! それってどんな子かな?」


 彼女は俺の手を取り、小首を傾げた。


「そうだな……」


 顎に手をやり考える。どうすればイヤリングに残った、この独特な香りを言語化できるだろうか。

 似たものを伝えればいいのではないか。


「太陽のような温かみがあって、それでいて柑橘系のような爽やかな香りだ」


「ど、独特だね……」


 彼女は引きつった笑顔で答えた。どうやらうまく伝わらなかったようだ。


「ならば、イヤリングを付けた人だな」


「あ! それなら私もつけてるよ!」


 彼女は耳を指差す先には、真珠の輝く小さなイヤリング。


「いや、それじゃないんだ」


「こ、こだわりの強い人なんだね……」


 一瞬取り戻したかと思ったが、再び引きつる。そもそも、先に声を掛けたのは彼女なのに、何故そんな嫌な顔をされなければならないのだろうか。

 不服に思いながら、


「俺が探しているのは、黒い三日月形のイヤリングだ」


「掌サイズの大きめなやつ?」


「そうだ」


「艶っぽい黒だよね?」


「ああ、そうだ! 知っているのか?」


 早速ヒットするとは思わなかった。骨の折れる作業だと思っていたが、こうもあっさり見つかるとは。


「それ、何処で見た?」


 尋ねると、彼女は後ろを指差す。


「そこ」


「あ?」


 その先を視線で追うと、この場に似つかわない程小さな子供が、両手でバナナの皮を剥くように布をめくり、中の黒いリングを眺めていた。

 嫌な予感がして、俺はポケットをジャケットの外から叩くと、柔らかい感触。本来そこにあるはずの硬い感触は何処にもなかった。

 ポケットへ手を入れても、反対側を確認しても、同じである。

 そして、その子供のフードにも見覚えがあった。例の幼女だ。


「な! このクソガキ!」


 俺の殺気に気が付いたのか、幼女はそれを大事に抱えて逃げ出す。

 畜生! これでは対策の意味がないではないか!


「待ちやがれ!」


 俺は路地を駆け抜け、その背中を追いかける。

 前回よりも学習したのか、さらに細く、カーブの多い場所を選択して逃げていく。

 だが、曲がりなりにも冒険者の端くれ。なんなら『黄昏の三連星』の元四天王だ。生身でも、常人よりは素早く動ける。

 貴重な証拠を盗られるなんて。ましてや盗られるなと念を押されたばかりではないか。

 しかし、予想外の展開でその追いかけっこは終わった。

 彼女の逃げるその先にいたのは、たまたま通りがかったのか、それとも待ち構えていたのか、正義に燃える少年の姿。


「な、なんだ⁉︎」


 ルインとかいう少年の後ろに隠れる幼女。

 彼は目を白黒させながら、こちらと幼女を見比べた。そこから導き出される結論は一つ。


「お前、ヘンタイだな!」


「なっ――!」


 ビシッと指差し高らかに宣言。俺はただただ絶句した。


「ち、違う!」


 だが、客観的に見れば、大の大人が幼女を追いかけまわしていたのだ。これでは誘拐犯に見えても仕方がない。しかも、今回は相手が悪すぎる。昨日、叩きのめしたばかりで、なおかつこういうタイプは話を聞かない奴が多い。何と説得するべきか。


「何が違うんだよ。この子が逃げてきたじゃないか」


「それはそこのガキが――」


「子供のせいにするのか。大人の癖に」


「ぐ……」


 最後まで言わせろ、このクソ坊主!


「理由は言えねぇが、ソイツをとっ捕まえないとだな――」


「理由が言えないということは、ヤバイことしようとしているんだな!」


「いや、そうじゃなくてだな――って、何しやがる!」


「問答無用!」


 あろうことか、切りかかってきたのだ。

 昨日の恨みがあれど、これは流石に厄介だ。


「いい加減にしろ!」


 こちらは丸腰。だが、問題はない。


「おりゃあ!」


 威勢よく突っこんできた少年。そのガラ空きな胸元に入ると、勢いのまま背負い投げをかます。


「お、おおわああああ!」


 ルインはされるがままに地面へ叩きつけられ、そのまま伸びて動かなくなった。


「邪魔しやがって……」


 手をパンパンと払ってから、幼女がいた方を見ると、流石にもういなくなっていた。

 慌てて路地裏から飛び出すが、その姿は何処にもない。


「ああ、畜生。どうすっかな……」


 結局、先程の宿屋街に戻ってきていた。


「おい、坊ちゃんよ。どうしてくれるんだ」


「は、はんっふぁ……」


 訳の分からないことを呟く彼を揺さぶる。


「おい、起きろ!」


「ふぁっ⁉」


 慌てて飛び起きるルインに、ちょっとたじろぐ。


「おい、坊ちゃん。取り逃がしちまったじゃねぇかよ!」


 そのことを聞いて、彼は鼻息が荒くなる。


「それは結構! お前みたいな犯罪者の犯罪を防いだんだからな!」


 どうにも偉そうだ。正義に酔っているのか、それとも煽っているだけなのか。

 いや、彼にそこまでの駆け引きができるとは思えない。前者か。


「馬鹿野郎! お前のせいで誰かが死んだらどうするんだ!」


「あ? 何で子供を助けたら人が死ぬんだよ!」


 一から説明している時間はないというのに、なかなか伝わらないもどかしさにイライラする。


「いいか、俺はアイツに殺人の――」


「ぎゃああああああああああああああああああ!」


「⁉」


 突如、夜の街に悲鳴が響き渡った。今度は、男の物だった。


「お、おいおい、嘘、だろ?」


 固まる少年に、


「それと関係しているかわからんが、とにかく俺は行くからな! 二度と邪魔するな!」


「あ……」


 ルインを置いて、悲鳴のした方へと急ぐ。

 近づく程に強まる臭いに嫌な予感がしながら。


「おい、何が――」


 そこに転がっていたのは、遠くを見つめながら、口をパクパクさせて倒れるシーマの姿。

 彼は全身血塗れになりながら、息も絶え絶えと言ったところである。


「シーマ!」


 集まり始めた野次馬をかき分けて、大男が飛び出してきた。

 そして、その光景を見るなり、彼は胃の中の物を全て吐き出す。

 周りにいる人々も、口を押さえてどんどん離れていく。


「こ、こんなのって……おえぇ」


 追いかけてきたルインもまた、その様子を見て吐いた。

 阿鼻叫喚の図に強烈な臭いが組み合わさり、最低最悪の状況。

 それもそのはず。明らかにこれはおかしい。


「ぐ、グロ、グロリ、ア……」


「あ、ああ……」


 何かに縋るようにグロリアを捉えた後、痙攣を一度起こして、沈黙した。

 顔は血で汚れているのを除けば、傷は少なく見える。それでも皆が吐くほどおかしな状況になっていた。

 彼は、彼の身体は、首と胴体以外の全てが胴体と接続されていなかったのだ。

 俺は見ても強い不快感を覚えるだけで、戻すところまでいっていない。だが、あまりに惨すぎる。この光景になにやらデジャブを感じ、周囲を見渡す。

 野次馬は流石に集まりそうもなく、遠くへ行って興味津々に見ていた。

 そこに怪しい動きの人物はいない。

 ふと、上へ視界を運んだ時。


「何だ、アレ……」


 月をバックに、屋根の上を忍者のように飛び越えていく人の影。

 遠い為に断定できないが、イヤリングはなく、そして女にも見えなかった。


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