第三十話 遺したもの、残されたもの
事件発生。
その犯人は一体……。
目を見開いたまま絶命しているセドリック。
最期に映した景色はどんな色だったのか想像に難しくない。
そして、開け放たれたドアの下で腰を抜かす女性の姿。肢体が透けて見える程薄いシルクの上に厚めの上着を羽織っている。恐らく、仏になった男が契約した女性だろう。つまりは売春婦だ。
震える彼女の元へ、大柄で顎髭を蓄えた男と、小柄で髪の短い男が駆け寄った。
大柄な方がグロリア、小柄な方がシーマで、あの三人がセドリックのチームメンバーだった筈だ。セドリック程ではないが、それなりに面識はある。
「何があった!」
大柄な男は、扉の向こうを見て絶句する。
「そんな、まさか――」
そして、側の女性へ目を向けた。
「ち、違う! 私じゃ、私じゃない」
腰を抜かしたまま、後ずさる彼女へ詰め寄る男二人。
「助けて!」
彼女はあろうことか、目の前にいた俺目掛けて飛びついた。
が、そのままグロリアによって取り押さえられてしまう。
「どうして! 助けて! 助けてよ!」
「五月蝿い! 静かにしろ!」
男二人に腕を掴まれ、そのまま引きずり出される。
じたばたと暴れる彼女。俺はその光景をただ見届けることしかできず、ただただ彼女が連行されるのを眺めていた。
いや、それだけではダメだ。
俺は周囲に目を配らせ、人混みの中に何か紛れていないか確認する。
すると……、いた。唯一、この場から離れようとしている姿があった。
だが、すぐに群集へ隠れてしまい、見落としてしまう。
あの後ろ姿は女性であると思った。
と、そこへギルドの職員が数名現れる。
彼らはその第一発見者であろう女性を引き取ると、後処理を開始した。
なるほど。これが警察組織も兼ねたものであるか。そう合点がいったところでその場は解散となった。
翌日。
俺は再びララの元を訪れていた。
「昨日の事件だが、どう処理されるんだ?」
「あ、処理ですか」
彼女は斜め上の空虚を眺めながら、
「この後、一旦拘留されて、裁判にかけられますね」
「いきなり裁判なのか……」
「はい。そこで証拠不十分と判断された場合、証拠集めのクエストが発行されます」
「俺の思っている順番と違うんだな」
日本の司法と違うのは当たり前だが、ここまで差があるとは驚いた。
「だが、証拠集めとはあまりいい気しないな」
「と言いますと?」
ララが目をパチクリさせる。
「つまり、彼女が犯罪者であると決めつけている訳だろう?」
俺はあの捕まる直前の行動、こちらに縋る目を忘れられないでいた。
どうにも、彼女が犯人に思えないのだ。
「うーん、そこはどうなんでしょうね」
難しい顔をする彼女に自分も瞑目する。
俺自身、あくまで直感の域を出ないのだ。犯人と決めつけることと何ら変わらない。
「でも、現行犯で逮捕されたのでしょう?」
「ん?」
彼女の言葉に耳を疑う。
「セドリックさんが殺害された瞬間に居たって聞いてますけど……?」
「いや、その瞬間という訳ではないぞ。あくまで第一発見者ってだけだ」
「あ、そうだったのですね!」
少しの情報で勘違いするというのはよくある話だ。うまく伝達できていなかった場合、大変なことになりかねない。
「だとすると、裁判官の役割を持つ人物にも同様に伝わっていた場合」
「証拠不十分でも刑罰が下されることもある……」
サーッと顔から血の気が引く感覚。
自分の目的とは全く重ならない事件だが、どうしようもない胸騒ぎがしてしまう。
いつからこんな野郎になり下がったのだ。
脳内でその靄を振り払おうとするが、纏わりついて消えてくれない。
「マザランさん?」
水晶のような瞳がこちらを覗き込む。
「いや、気にしないでくれ。こっちの話だ」
仕方がない。こんな状態では戦えるものも戦えない。
「とりあえず、クエストの発行を待たずに証拠を集めてみようと思う」
「えっ――」
小さな口がぽっかりと開いたまま固まる。昨日と言っていることが違うとでも言いたげだ。
「気にするな。――呪いみたいなものだ」
そう言い残し、セドリックの葬儀へと向かう。
街の教会にて行われる、小さな葬儀。
墓標が並ぶ中、ひと際大きな石碑が安置されている。
神父らしき純白の祭服に身を包んだ壮年の男性が追悼と祈りの言葉をささげ、その周囲を囲うように十数名の冒険者が手を組み祈っていた。
この墓地は冒険者共用。一つの石碑の下には、数えきれない程の魂が眠っている。
この中に、アイル、ヴァイス、ライ。トリプルアクセルの三人も、半分眠っている。残りの半分はまだ宿の部屋に置いてあり、故郷での眠りを待っていた。
冒険者界隈ではいつ誰が死んでもおかしくないのは常識である。中には遺体すら上がらないこともしばしば。冒険中に死んだ訳ではないとはいえ、骨が残るのは救いだろうか。
「彼の冒険譚に乾杯」
「乾杯」
酒を一口全員で酌み交わし、瓶の残りを石碑へかけて葬儀は締めくくられた。
解散直後、俺はセドリックの所属していたチーム、『ヤンググラス』のリーダーである髭の大男に近づく。
「グロリア」
声を掛けると、悲しげな顔で微笑む。
「来てくれありがとう、マザラン殿」
「敬称はなくていい」
軽くハグを交わすと、そこにあったのは屈強な男の崩れそうな顔だった。
「今回は残念だった」
「……ああ」
少し目を伏せ、
「今まで、腐る程冒険者を見送ってきた。先輩も、同期も……後輩も。だが、身近であればあるほど、きついものだな」
と、大きな溜息を零した。
「同感だ」
「マザランも、失ったばかりだったな」
「ああ」
あの三人の葬儀は行っていない。何故かと問われれば、それは故郷で行うべきだと思ったからだ。
だが、やはり多くの者に惜しまれるというのは、嬉しいものだろう。
果たして、俺の死にはどれだけの者が惜しんでくれたのだろうか。
いや、今は余計なことを考えるのはよそう。
「グロリア。昨日捕まえた女のことだが」
「ああ、アイツが殺したのだろう?」
悲しみの中に怒気を織り交ぜた声色に変化する。
一瞬だけ、周辺の空気が凍り付くのを感じた。
「いや、俺はそう思えない」
「何だと⁉︎」
大男が詰め寄る。
背丈は俺とあまり変わらないが、肩幅は彼の方が広いため、やや迫力を感じた。
「あの目は人殺しの目じゃない、と思ったんだ」
「なんだ、ただの勘か。疑いたくはないが、お前もグルなんじゃないだろうな?」
「勘の領域を出ないが、お前さんも同じはずだ」
彼の鼻息は荒くなり、頭に血が昇り始める。
「貴様! セドリックの死を愚弄する気か!」
「待てよグロリア!」
小柄な男性が間に入って止めようとした。チームメンバーのシーマだ。
頭一つ分小さいが、今は頼もしく見える。
「気持ちは分かるが、一旦マザランの話も聞こう」
「……わかった」
数秒呼吸を整えた後、大男はこちらの目を見た。
その瞳にはまだ負の感情が燻っていたが、どうやら聞く耳は持ってもらえたらしい。
そこが今まで築き上げた関係性の違いだろう。
「助かる」
二人に頭を下げると、立ち話も良くないので、酒場へ向かうことにした。
「さて、話を聞こうか」
四人掛けとテーブルに、グロリアとシーマに向かい合う形で腰かけている。
注文を簡単に済ますと、グロリアが切り出してきた。
「そもそも、あの女性は第一発見者であって犯人ではないと思うというのが俺の見解だ」
「なるほど。その根拠は? さっきは目だと言ったな?」
俺はその言葉に頷く。
「俺に助けを求めて縋ってきたのだ。とても殺人を犯した後のように思えない」
「まるで殺人を犯した奴を見たことがあるかのような口ぶりだな」
その言葉に、過去の記憶がフラッシュバックする。
俺は数々の死を経験してきたが……。
「ある。だが、あの目は巻き込まれた人間がする目だ」
「でも、それでは薄いな。他は? まさかそれだけではあるまい」
「決定的な証拠を求めるなら、レベルを確認するべきだと思うのだが、どうだろうか」
「恐らく、現状調べていると思うぞ。まだ、情報は出ていないけど」
シーマがコップを傾けながらそう言う。
どうやら、その程度は調べてくれているらしい。
「アンタたちは長いこと冒険者をやってきた。だったら、レベルはそこそこ高いんじゃないのか?」
「まぁ、アンタのところみたく、狂ったように魔物狩っていた訳じゃないが……。それでも、そっちより少し高いぐらいだと思うぞ」
「そうだよな」
その言葉に同意する。ベテラン冒険者であれば、一般人より高くなるのは当然だ。
「普通に考えれば、彼女が犯人の線は薄いと思うのだが、どうだろうか」
「……確かに。そんな簡単なことも思い浮かばなかったとは」
「冷静じゃなければ仕方がないだろう。俺も同じだ」
頭を抱えるグロリアを宥める。
長年連れ添った仲間を失えば、その分気が狂ってしまうのは致し方がないだろう。
「では、犯人は他にいるとなると、誰が怪しい?」
「セドリックが恨みを買うような人物はいるか?」
二人は顔を見合わせ、唸る。
彼の生前は少ししか知らないが、悪い奴ではなかった、と思う。寝坊はするわ、女にだらしないわでろくでもない人間ではあったが。
「心当たりは、なくはないな」
「……そうだな」
二人共、予想に反して難しい顔をしていた。
「アイツ、いろいろとだらしないからな……」
「人間関係も雑だからな……。そこが良さでもあるんだけど」
「そ、そうか」
苦笑いを浮かべながら、想像すると、なんとなく理解ができた。
だが、悪い奴ではないのだ。人当たりの良さもあった。
「部屋に何か残っていないか?」
「これから片付けようと思っていた所だ。一緒に来るか?」
「ああ、是非」
場面は移り変わってセドリックの部屋。
宿屋の女将に事情を話し、部屋へ上がらせてもらった。
早めに片付けてここから立ち退こうという考えだったらしいが、今日は片づけを諦めて調査にする。
こんな状況でも出費を抑えようとする姿勢に冒険者の強かさを感じた。
「惨い有様だな……」
「そう、だな」
換気をしているとはいえ、血生臭さと血飛沫の跡に居の中身がこみ上げてくる。
特に酷いのはベッドの上。大半が血を浸み込んで赤茶色に変色していた。
「アイツは首を掻き切られて死んだ」
「ならば、その凶器があるかもしれないな」
俺はベッドの下も探る。
暗くて見えない為、俺は杖を取り出して光を灯す。
「驚いた。魔法も使えるんだな」
息を呑むシーマの方を見ずに、
「下級の魔法しか使えないがな」
と答えて探り続けた。
ベッドの下には様々なものがあり、自分の下着に女物の下着まで出てくる。中にはかなり際どいものもあったが、そのどれもが血に塗れて悪臭を放っていた。
出てくる度に顔を顰めていたグロリアは「アイツらしいな」と零す。
ベッドの下が綺麗になる頃には、十着近い下着とプレイに使うのであろうグッズが出てきていた。
「おい、ちょっとこっちも照らしてくれ」
シーマがベッド脇のナイトテーブルを指差す。
どうやらその隙間に何か見えたらしい。
「わかった」
光で照らすと、何か小物が反射しているのがわかった。
彼とアイコンタクトを交わし、そのナイトテーブルを動かすと、コトンと小さな音を鳴らして、何かが転がった。
「何だ?」
シーマが拾い上げると、それは掌に丁度収まる程度の三日月形の大きなリング。黒くて艶がある、少々珍しい女性物の装飾品だ。
「イヤリングか……」
彼はそう呟きながら観察すると、何かに気が付いたのか目を見開いた。
「これ、血の跡か?」
「どこだ?」
グロリアも受け取って観察する。
「ほら、ここだよ」
点々とこびりついた液体の跡。本体の色も相まって、その色を判別しにくい。
「血がここにも飛んでいたのか」
顎髭を撫でる彼から俺も受け取って観察する。鉄臭い香りがするので、恐らく血液だろう。だが、その付き方はどうも飛沫とは別に見えた。
何となく、俺はその血の跡に合わせて持ち方を変える。沿わせるように、握るように指を配置すると、その配置はぴったり重なった。
「これは……!」
さらに観察していると、ある部分に気が付く。
「ここ、耳に直接触れる部分だよな。ここにも血……というか肉が付いている」
「不自然だな」
「まさか、引き千切ったのか?」
「誰から?」
三人、顔を見合わす。
「これが、セドリックの遺した手掛かり――」
高鳴る鼓動に共鳴するかのように、漆黒のダイイングメッセージが不気味に揺らめいていた。




