第二十九話 敢為邁往、交わす邂逅
さて、どうしてこうなったのか。
「俺が勝ったら、仲間に入れてくれるんだよな!」
少年が切先をこちらに向ける。
「坊ちゃん、その気概は買ってやろう」
「俺は坊ちゃんって名前じゃねぇ!」
あのコロシアムでの一件のように、彼は声を荒げた。
「俺は、ルイン! ルイン・ルドベキアだ!」
ルインと名乗った少年は、腰を落として備える。
名乗られたらこちらも名乗った方がいいだろう。
「俺はマザラン。ただの、マザランだ」
俺もロングソードを鞘から抜き取り、中段に構えた。
「いくぞ!」
「来い」
踏み込んできた素早い剣戟を受け止める。
さて、振り返ること数分前。
魔族と戦いたいとかいう正気の沙汰を疑うようなことを叫ぶルインに誰も手を貸そうとしない。それもそうだ。魔族と戦うということは死に近づくリスクが格段に上がるのだから。
「マザランさん、あの子は……」
何かを訴えかけるようにこちらを見上げるララ。
そんな目で見られても困る。こういう生き急ぐ奴ほど早死にしやすい。もうそんなわかり切ったことをやって嫌な気分を味わいたくはない。
「ああいう奴ほど仲間にすると危ない。誰も手を差し伸べないのがその証拠だ」
「……そうですね」
可愛そうだが、仕方がない。
「俺は戻るとするよ」
俺は野次馬の後ろを抜けてギルドを後にしようとする。
「弱虫共が! ここにいる奴らはみんな魔族に蹂躙される家畜と同じだ!」
後ろからとんでもない言葉が聞こえてきたが、気にしてはいけないと思って無視をしていると、その腕を掴まれる。
「おい、兄さん」
「何だ?」
そこには面識のない冒険者の男性。
「こういうのを何とかするの、得意だろ?」
いや、そんな便利屋みたいに扱われても困るのだが。
確かに厄介者の撃退は何度かしているが、あれは絡まれたからであって、自ら首を突っ込むのはなるべく避けたい。
「マザラン、ここにいたのか。あの時みたいにガキを黙らせてくれよ」
「アンタが凄いの知ってるよ!」
やがて周囲が俺に期待の目を寄せ始める。
「おい、勘弁してくれよ……」
その騒ぎはやがて広がり、沢山の視線が俺に降り注ぐ。
それはあの少年も例外ではなく、
「はぁ……」
気が付けば目が合ってしまっていた。
「わかったよ。やればいいのだろう」
俺は二つに割れた民衆の間を通って少年の下へと向かう。
「嫌な役目はいつも俺か……」
「何?」
首を傾げる少年に告げる。
「坊ちゃん、お前は強いのか?」
人々が息を呑む。
ざわつきが収まり、まるで俺と少年の二人しかいないような感覚に陥る。
「ああ、絶対に役に立つ」
高揚した少年の瞳は、親、先生に期待された子供のソレに似ているが、その奥に燻る炎はそんな綺麗なものではない。邪気というより、憎しみや怒りの籠った、黒い煌めき。
「無理だな」
一点しか見ていない、純粋な闇。それは爆弾の他ならない。
「何だと⁉ 俺の実力も知らないくせに!」
不服そうに激昂するルイン。だからダメなのだ。
「ならば、試してみるか」
こういうタイプには口で言っても伝わらない。
ならば、その身に刻ませればいい。
「一撃でも俺に攻撃を当てられれば、坊ちゃんの勝ちにしてやろう」
「へへっ! 今に見てろよ。偉そうに説教垂れたことを後悔させてやるぜ!」
ということで始まったのがこの一騎打ちだ。
向こうはこちらを認知していないが、俺は知っている。彼の高いセンスも、諦めない心も。故に、彼の攻撃は大体読めてしまう。
「セイ! やあ!」
ステップを二回踏み込む、俺の知っている型の、どれにも当てはまらない独特な動き。
一見、捨て身のように見えるが、そこは彼自身の俊敏さと反射神経で補っている。隙を見せつつ、そこを狙わせることでカウンターを放ったり、回避に転用したりと、かなり器用な動きをする。
だが、一度それを見ている俺には通用しない。
ブラフ目掛けてロングソードを振り下ろすと、彼はカウンターに持ち替えようとする。残念ながら、俺はそのひと振りに荷重をそこまで載せていない。ましてやこの踏み込まれた間合いではリーチの長さが仇となってしまう。そこまでわかってのこの動き。つまりは罠である。
罠にかかった彼の手首目掛け、柄頭で殴りつけた。
「なっ――」
彼の手から放たれた小さな剣は地面を滑っていく。
「まだだ!」
そこで怯むかと思われたが、その執念によって俺の追撃を転がりながら回避し、転がった剣を手に取り投げつける。
横回転しながら飛ぶ剣を迎え、打ち上げたところに素手で飛び込むルイン。まさかのダメもとで投げた剣すらブラフだとは、何とも恐ろしい。
だが、甘い。
「がはっ」
俺は打ち上げた際に踏み込んだ左足を軸に、回し蹴りを彼の横腹に叩き込む。
小さなその体は横回転しながら地面に伏せた。
どよめく野次馬。
そんなことを他所に、よろめきながら立ち上がろうとする少年。
「ま、まだだ……。まだ負けて、ねえ!」
俺は彼に近づき、その背中を踏みつけた。
「諦めろ。お前はその程度だ」
「ぐ、ぐぅおおおお!」
その足をどかそうと必死で上体を起こそうとするが、大人の体重をのけられる程の力は彼にない。
「レベルさえ、高けりゃ、俺だって!」
まだ言い訳を浮かべて戦おうとする彼の顔の真横に、俺は剣を突き刺した。
すると、一瞬で大人しくなる。
「そんなつまらんプライドで『たられば』を述べてどうする」
「何を――」
「本当の戦場でそんな慈悲が通用すると思うか?」
「――っ!」
明らかに彼の態度が変化した。
現実を受け止め始めた証拠だろう。
「俺は……俺は……」
歯を食いしばり、拳を地面に叩きつける。
「命なんて惜しくない!」
「だったら、なおさらだ。少年」
俺は足を退けると、血反吐を吐く少年目掛けてヒールを施す。
これが彼のプライドをへし折ったようで、すぐに起き上がることはなかった。
「ああああああああ!」
悲痛な叫び声を背に、俺は買い物をしに店へ向かう。
その様子に、人だかりも散り始めた。
戦の準備を俺は始める。残された自分の所持金を用いてグレードアップできないか、武器屋を覗く。
「いらっしゃい。マザランの旦那、聞いたよ。ガキをボコボコにしたんだってな」
店に入るなり、カウンターの向こうで出迎えたスキンヘッドの店主が悪そうな笑顔で迎える。もう先程の情報が回っているらしい。
「やめてくれ、人聞きが悪い」
「でも、本当なんだろう?」
「間違ってはいないが……」
どう誤解を解こうか頭を悩ませていると、
「冗談だよ、冗談。教えてあげたってやつだろう?」
「ま、そういうことだ」
冗談と知り、ほっと胸を撫でおろす。
先の光景は、知らない人が見れば間違いなく俺が悪者扱いされるようなものである。自らが引き受けておいてアレだが、それで悪名が広まればたまったものではない。
そう思うと、周りのあの冒険者たちの性格の悪いこと……。
「ああ、あと、そうだ。あの変な蜥蜴の尻尾だが」
「何かできそうなのか?」
本体を倒したのにも関わらず生きていた、あの不気味なレベルゼロの尻尾。何か武器の素材になるかもしれないと言われ、預けていたのだ。
「いや、工房の方でも頭抱えちまってな……。今まで魔物の素材からいろんなユニーク武具を作ってきたが、あれほど変な素材は初めてだ」
「ほう」
相槌を打つと、彼は身振り手振り交えながら、
「普通だと魔物素材と金属素材を結合剤と合わせてこうすりゃガチッとなって、それをガンガンすればバチッとなるんだけど、こいつはガチッとする所がちょこっとだけガツンとなるからそこを――」
「わかった、もう大丈夫だ」
「いや、まだ半分も言ってないんだが!」
驚愕する店主には悪いが、擬音ばかりでさっぱりわからない。しっかり伝えてくれたとしても、専門用語が多すぎてわからなさそうだが。
「素材の問題もあるが、旦那の注文する『片刃』で『切れ味を追求した』とかいうのが難しいんだよ。その上、『靱性持たせろ』って魔族かよってな。こう、ガンガンやって作っても、どうしてもバキッてなってすぐ割れちまう」
相変わらず擬音塗れだが、何となく伝わった。
故郷の伝統、それを生半可な知識でお願いしても難しいのだ。
ただ、生前によく使って慣れていたのは刀である。西洋風の諸刃の剣はどうも自分の型には相性が良くないと感じていた為、折角のオーダーメイドの機会に頼んでみたのだ。
「とりあえず、今はまだ待ちということだな」
「ああ、すまねぇな。それで、他に何か用はあるか?」
「そうだな……」
俺は物色しながら、良さげなものを手に取ってみる。
今回は、バックラーとサブウェポンとしてのダガーを購入した。
最後にクエスト中に食べる為の非常食を買い揃えると、いつもの酒場へ向かう。
酒を飲むつもりはないが、何かを求めて向かってしまったのだ。その何かが何なのか、自分でもわからないが。
酒場は今日も多くの人で賑わっていた。愚痴を言う者、泣いている者、怒っている者、歌っている者。様々な色を見せる酒場の客らを見渡し、その顔一つ一つを確認していく。
確認して、一体何になるのか。それこそ理解できない。だが、つい視線を動かしてしまう。
俺はそれを振り切るように店員を呼び、手短に注文を伝える。
味は相変わらずわからない。満たされるのは結局胃袋だけだったが、それも仕方がない。
俺はさっさと食事を済ませると、会計に向かおうと席を立つ。
が、その時、あるべきものが無いことに気が付いた。
「俺の荷物が、ないだと⁉︎」
周囲を見渡すと、さっきと変わらない光景。匂いを辿ろうにも、ここは人間と香辛料の入り混じった空間故に場所を特定できない。
視界に頼ってぼんやりと全体を見てみると……いた!
フードを付けた子供が、俺のカバンを持ってちょこまかと走り去っていく姿。
丁度、店から出ていくタイミングだ。
急がなくては、見失ってしまう。
「マスター、すまない! 荷物を盗られたみたいだ。後で払うから、少し抜けさせてくれ!」
会計しようにも財布ごと盗られている以上、どうしようもない。
「それは本当かい? 旦那、つけといてやるから、急ぎなさい!」
「助かる!」
俺は急いで外へ出る。
財布を盗られる分にはまだ構わない。
だが、あのカバンには絶対に盗られてはいけない物が入っているのだ。
もちろん、そんな物から目を離した俺に責任があるのだが、そのまま見逃すわけにはいかない。
外に出た瞬間は犯人を見失っていたが、中と違って風通しがよい為、匂いを辿りやすい。店の中と同じ匂いが、道標のように続いている。
それを辿り、盗んだ子供の背中を追う。
ルートは少し考えてあるらしく、ジグザグと路地を進み、目で追いかけにくくしている。
だが、生憎とこちらは鼻が利く。まるでカーナビのように進むべき道がわかる。
すぐさま小さな犯人が視界に入り、追い詰めていく。
そして――
「あ……」
道を間違えたのか、それとも勘が外れたのか、路地の行き止まりに追い詰められていた。
「さて、返してもらおうか」
俺の横を抜けて逃げ出そうとする子供のフードを掴むと、そのまま軽く持ち上げる。
「放して!」
バタバタする子供を他所に、まずはカバンをもぎ取る。
「さて、後はお前さんをどうするかだが……」
思い悩んでいると、
「えい!」
と、子供はローブを脱ぎ捨てることで拘束から逃れると、そのまま逃走した。
「おい、待て!」
となるも、これ以上深追いする必要がなくなったので、一旦酒場に行って会計を済ませた。
宿屋に着く頃、心身ともにヘロヘロになっていた。
「もう、今日はこれ以上何も起こらないで欲しいが……」
等と呟くと、向かいの宿から大きな悲鳴が聞こえてきた。
「おいおい、また事件かよ……」
正直、これ以上何かに巻き込まれるのはごめんだ。
だから、無視してしまおう。
そう思っていたが、あの悲鳴は明らかにおかしい。
気が付けば俺は、また事件に首を突っ込んでしまっていた。
「俺は一体何をやっているんだか……」
悪態を吐きながら、続々集まる野次馬に紛れて事件現場へと向かう。
それは向かいの宿の一室。
開け放たれた扉の外で腰を抜かした宿の女将。
そして中まで覗き込むと、今回の事件の被害者が横たわっていた。
その被害者は俺も知っている初老の男性。
「セドリック……」
その被害者は、首から血を流し、事切れた冒険者仲間だった。




